2022年12月29日木曜日

[裁判例]システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 株式会社REVO等が保有する特許に対して、SELF株式会社が起こした無効審判の審決取消訴訟である。並行して、株式会社REVO等がSELF株式会社を特許侵害で訴えており(令和4年(ネ)10008号)、その件も同じ裁判体によって判断され、同日に判決が言い渡されている。

 対象の特許は、健康管理を想定した情報提供装置の発明であり、一度に多くの個人情報を入力させるのはユーザにとって負担が大きいので、最初に個人情報の入力を受け付けた後は、折に触れてユーザに質問して、負担のない態様で個人情報の入力をさせることをポイントとする発明である。
【請求項1】
1A ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段と, 
1B 前記第1受付手段によって受け付けていない個人情報に対応する属性の質問を行う質問手段と, 
1C 前記質問手段による質問に対する返答である個人情報を受け付ける第2受 付手段と, 
1D 前記第1及び第2受付手段によって受け付けられた個人情報と当該個人情報に対応する属性とが紐付けた状態で格納される格納媒体と, 
1E 前記第1又は第2受付手段によって受け付けられた個人情報に基づいて前記ユーザに対して提案を行う提案手段と,を備え, 
1F 前記提案手段は,前記個人情報に基づいてウェブサイトから前記ユーザに対して提案すべき情報を取得する手段と, 
1G 前記個人情報に基づいてユーザに注意を促す手段と,を有する 
1H 情報提供装置。

 引用発明は、ユーザの意欲を喚起する学習・生活支援システムであり、対象特許と同様に、段階的な個人情報の入力を受け付ける構成を有するものである(請求人はそのように主張している)。
 審決では、3つの相違点を認定しており、裁判所はそのうちの相違点3について相違があり、かつ、容易想到でもないと判断した。その相違点というのは、次である。

・相違点3
 情報提供システムが、本件発明1は「情報提供装置」であるのに対し、甲1発明は、ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2とユーザ端末3とを備える「学習・生活支援システム1」である点。 

[裁判所の判断]
 裁判所は、本件発明は装置であるのに対し、甲1発明はシステムであるとして、新規性を認めた上、進歩性について次のように判断した。

「イ 前記アの記載事項によれば、前記アの刊行物には、①スマートフォンを利用した店舗検索システムにおいて、その処理の一部をスマートフォンで行う場合と、Webサーバで行う場合があること(前記ア(ア))、②クラウドサービスでは、利用者は、最低限の環境、すなわち、携帯情報端末等のクライアント、その上で働くWebブラウザ等を用意すればサービスを利用できること(同(イ))、③場所に関する表現を含むコンテンツにおいて、表現された箇所を見つけ出すことを可能とする情報提供システムの発明において、そのシステムの構成要素が閲覧端末に搭載されるものが実施例の一つとして開示されていること(同(ウ))が認められる。 
 しかしながら、上記①ないし③から、一般的に、情報提供サービスを行う場合において、当該サービスを提供するために必要となる処理をサーバを含むシステム全体で行うことと、当該処理をユーザ端末のみで行うことが、提供するサービスの内容いかんにかかわらず適宜選択可能な事項であるとはいえない。そして、当業者が、ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2と、複数の受講生・生徒が使用するユーザ端末3とを備え、受講生・生徒同士がコミュニケーションをとることのできる甲1発明の「学習・生活支援システム1」において、当該システムで必要となる処理の全てを単独のユーザ端末3で行うようにすることについては、その必要性、合理性が認められない。 
 よって、甲1発明の「学習・生活支援システム1」を単独の情報提供装置に変更することが設計的事項の範疇にあるということはできない。 
 ウ この点に関し、原告は、甲1の学習・生活支援サーバ2に実装された記憶部をユーザ端末3に配置変更することは、甲1の【0022】に記載されているから、甲1に接した当業者であれば、ユーザ端末3の制御部が、当該記憶部から個人情報を読み出し、ユーザ端末3の制御部によってユーザに対する提案が実現されるように設計変更することは容易である旨主張する。 
 しかし、甲1の【0022】には、学習・生活支援サーバ2が備える記憶部に記憶されるようにされている各種情報をユーザ端末3に記憶するようにしてもよいとの記載があるにすぎず、学習・生活支援サーバ2が備える他の機能をユーザ端末3に備えることについての記載や示唆はない。
 したがって、甲1に接した当業者が、甲1発明の「学習・生活支援システム1」の構成全体を単独の情報提供装置に変更することの動機付けは認められないから、相違点3に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。 
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。 

(コメント)
 装置とシステムとで構成上の違いがあるから新規性あり、というところまでよいとして、システムで構成している甲1発明を装置に変更するのが容易でないという判断には驚いた。甲1発明が学習・生活支援システムであるという点を考慮して、単独の装置では、実現不可能ということを考慮したと思われる。確かに、甲1発明を出発点とすれば、システムを装置に変えるのは困難ということは言えるかもしれないが、たまたま選んできた引例がそういう前提だったというだけで、発明のポイントは開示されているのではないか。特許のための議論という感じは否めないが、こういう議論が通用する可能性があることは留意しておいた方がよいと思う。

 さて、本件に関してさらに驚いたのは、同日に出された侵害訴訟の判決では、本件発明は、甲1発明を理由に、新規性なしと判断されたことである。(いや、これは自分が何かを見落としているのかもしれない。) 下記の判決文における乙8が上で述べた甲1発明である。

[裁判所の判断](侵害訴訟)
「(ウ) 構成要件1Hについて 
乙8発明1の学習・生活支援サーバ2は、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」に相当するものである。 
 b これに対し、控訴人らは、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」は、「ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段と、」という構成要件1Aを含む各手段等を備えるものであり、本件明細書の【0029】の記載から、構成要件1Aの「第1受付手段」は、「タッチパネル114」と「制御部101」と「記憶部102」とが協働して実現することができるものと解釈すべきであるところ、乙8発明1の構成1hの「学習・生活支援サーバ」は、「タッチパネル114」のようなユーザインタフェースを有していないから、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」と、乙8発明1の構成1hの「学習・生活支援サーバ」は、ユーザインタフェースの有無という点で相違すると主張する。 
 しかるところ、本件発明1の構成要件Hの「情報提供装置」は、構成要件1Aの「第1受付手段」を備えるものであるが、前記(ア)bのとおり、本件特許の特許請求の範囲(請求項1)には、本件発明1の「ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段」を「タッチパネル」のようなユーザインタフェースを有するものに限定する記載はないから、控訴人らの上記主張は、その前提において採用することができない。 
 したがって、控訴人らの上記主張は、理由がない。 
ウ まとめ 
 以上によれば、乙8発明1は、本件発明1の構成要件1Aないし1Hの構成を全て有するから、本件発明1は、乙8発明1と同一の発明であるものと認められる。 
 したがって、本件発明1に係る本件特許には、新規性欠如の無効理由(特許法29条1項3号、123条1項2号)がある。 」

(コメント)
 こちらでは、進歩性欠如ではなく、新規性欠如である。装置とシステムは実質的に違いはないと。

2022年12月22日木曜日

[EP]UIは技術的事項かPart3(T1143/06)

 この審決は、大容量のデータベースを所定のソート条件で検索したときの検索結果を表示するデータ選択システムの発明(出願人はブリティッシュテレコム)に関する。
 顧客ファイルを例として、この発明のポイントを説明する。ユーザがソートのための文(ステートメント)を選択すると、データ選択システムは、ソート文と顧客ファイルとの関連性を決定する。そして、データ選択システムは、ディスプレイにソート文を表示すると共に、顧客ファイルを示すデータ要素を表示する。このとき、関連性に基づいて、少なくとも1つのデータ要素を最初の位置からソート文の方へ相対的に移動させるエフェクトを表示する。そして、データ要素を選択することで顧客ファイルを選択する、というものである。


 上の明細書の図6の例では、108,110,112がソート文である。108は宛先Aへコールしたトランザクションデータ、110は宛先Bへコールしたトランザクションデータ、112はISDNによるコールのトランザクション、というソート文である。
 114,116,・・・122がデータの要素であり、124は最初の位置である。データ要素は、ソート文との関連性に基づいて、最初の位置124からソート文108~112に向かって相対的に移動する。例えば、要素114は、宛先Aへのコールが25%、宛先Bへのコールが0%、ISDNによるコールが0%の顧客ファイルを示す。要素114はソート文108に向かって移動する。要素120は、宛先Aへのコールが40%、宛先Bへのコールが40%、ISDNによるコールが0%の顧客ファイルを示す。要素120は、ソート文108と110から等距離にある軌道上を移動し、122に至る。
 
(先行文献D1との相違)
 本件発明がD1と異なるのは、各データ要素の移動速度を決定し、各データ要素を相対的に移動させる点のみである。

(審判部の判断)
 さて、本発明に戻ると、データファイルを象徴する要素が画面上を移動することで、情報を伝達することを意図している。このことは、特許明細書自体から明らかである。「各要素は、それが表すデータファイルとソートステートメントの関連性に従って動くので、データのパターンは容易に認識できる」(3頁第2文)。この特徴を単独で考えると、EPC 第52条(2)(d)の意味での「情報の提示」であると判断されなければならない。したがって、請求項の文脈では、この特徴が技術的効果を追加的にもたらす場合にのみ、進歩性に寄与することができる。

 審判部の見解は、唯一の新機能が表示要素の移動に関するものであるため、本発明は情報の検索と取得に直接関係する問題を解決するものではないというものである。ビジュアライゼーションの直接的な効果は、それがユーザに与える印象である。この問題はあまりにも広範囲に及んでいる。より正確には、本発明は、データファイルに関する情報を、人が容易に評価できるような方法で提示する問題を解決するものであり、この人は、データベース内のデータファイルの検索および取得のためのシステムのユーザである。この表現は、この問題が純粋に技術的なものでないことをより明確に示している。実際、理論的には、同じ情報を自然文の記述や表で表示することも可能である。(これらの表示方法が実際に適切でないかは別問題である)。したがって、直接的な技術的効果はないように思われる。

(コメント)
 下線を引いたように、ビジュアライゼーションはユーザに与える印象であり、技術的なものではないと判断された。
 2つめの下線にあるとおり、同じ情報を別の態様で表すことができるかどうか?という観点は、ユーザに与える印象にかかるビジュアライゼーションなのか、技術的効果を伴うものかを判断する上で、一つの基準になるように思った。



 

2022年12月15日木曜日

[EP]UIは技術的事項かPart2(T1741/08)

  PC等のユーザーインターフェースに関する発明についての審判である。明細書の図面の一部を抜粋する。(カラーの部分は、筆者にて追記)


 この例は、旅行の予約をする画面であり、上の赤のところが手続きの流れを示している。不鮮明であるが、具体的には、

「一般データを入力(Enter General Data)→サービスの選択(Select Service)→レビューと予約(Review and Book)→確認(Confirmation)」

という手順で、このサイトの入力を進めることを示している。その下の青の部分は、「サービスの選択」の中のサブの手順であり、

「フライトの検索(Search for Flight)→フライトの選択(Select Flight)→レビュー(Review)」

という手順を示している。一番下の大きな枠は、フライトの検索条件を入力するためのインターフェースである。
 本発明はこのようなインターフェースにより、多くのステップやサブステップを必要とするデータ入力のプロセスにおいて到達した段階を特定することが容易になるというものである。

(出願人の主張)
 出願人は、コンピュータ資源の使用量の削減が、本件において要求される付加的な技術的効果であると主張した。その心は、ユーザーは、現在の段階で入力すべきデータの性質をより迅速に把握することができる。迅速に対応することで、時間のかかる入力トランザクションが少なくなれば、使用するコンピュータ資源が少なくなるという技術的効果があるというものである。

(審判部の判断)
 特定のGUIレイアウトは、経験の浅いユーザーが、どこに、どのようなデータを入力すべきかを探す時間を確かに短縮することができると、審判部は考える。その結果、より少ないコンピュータ資源が使用されるかもしれない。しかし、この資源使用の削減は、特定の情報提示方法によって与えられた視覚情報をユーザーの脳がどのように知覚し処理するかによって生じるものである。
 出願人は、事実上、次のような効果の連鎖があることを主張しているのである。すなわち、レイアウトの改善(判例によれば、これはまさに「情報の提示」である)により、ユーザーの「認知的負担が軽減」される;そのためユーザーの反応が速くなる;したがってコンピュータが必要とする資源が少なくなる。
 しかし、技術的な効果という点では、レイアウトがユーザーの心理に影響を与える;先行技術よりも精神的な移行が早く行われる;ユーザーの反応が早くなり、コンピュータのリソース使用量が減る、というのは壊れた連鎖である。これらのリンクのうち、技術的効果と呼べるのは3番目だけである。つまり、従来技術よりも、ユーザーがコンピュータをアイドル状態にしておく時間が短いため、リソースの消費が抑えられるのである。
 審判部は、このような壊れた連鎖を、全体として要求される技術的効果の証拠として受け入れることはできない。このような連鎖論が説得力を持つためには、それぞれのリンクが技術的なものでなければならないように思われる。したがって、出願人は、レイアウトがユーザーに心理的効果をもたらし、ユーザーがコンピュータに技術的効果をもたらすという、改善されたレイアウトによる付加的な技術的効果があることを立証していない。このことは、レイアウトがコンピュータに技術的効果をもたらすということと同じではない。

(コメント)
 審判部は、壊れた連鎖という言い方をしているが、言いたいことはレイアウトの工夫によりユーザがデータの入力手順を理解しやすくなるということと、リソースの消費が抑えられること(技術的な効果)とはリンクしていないということと思われる。確かに出願人の三段論法のような主張は強引という印象であり、これを認めると多くのUIは同じ論法で技術的効果が認められることになってしまうだろう。
 日本ではこうしたタイプの出願も結構あるので、どういう対策を取っていくべきか検討が必要である。他の事例もみていきたい。




2022年11月26日土曜日

[EP]UIは技術的事項か(T0077/14)

 タッチスクリーン画像スクロールの特許についての2015年の審決である。特許で規定している動きは、審決が下記のようにまとめている。表中にlong touchとshort touchがあるが、long touchは、t1より長くt2より短い時間のタッチ、short touchは、t1より短いタッチである。


c 画面にタッチして指を移動し、離す動き → スクロール開始
d,f スクロール開始後に画面タッチまたはスクロール停止 → スクロール停止
e スクロール開始後にタッチなし → 徐々に減速
g 画面にタッチし、動きがありから動きなしとなり指を離す → 待機
h 画面にタッチし、動きなく指を離す → アイテムの選択

 最も近い先行文献D7には、構成d~fが開示されている。

 原審では、「特徴的な機能は、相乗的な技術的効果をもたらすものではなく、本発明にとって不可欠な実際のデータスクロールの手順そのものに関するものではなく、むしろ、「ある方向と速度でデータスクロールするコマンドとスクロールを停止するコマンドを起動するという『意味を帰属』させる(マッピング)ためのジェスチャーの選択」という問題に関するものである。」とし、相違点に係る構成は、技術的ではないと判断された。

 審決は、次のように、客観的技術的課題を認定した。

「特に最も重要なことは、タッチスクリーン装置の3つの異なるスクロール関連機能、すなわちスクロールの開始(特徴cに関連)、スクロールの中断(特徴gによる「待機」状態に対応)、データアイテムの選択(特徴hに関連)を実装レベルで適切に認識し区別することを実際に可能にすることである。) これは、特に、異なる時間間隔(すなわち、独立請求項の特徴cおよびgに関するt1<Δt<t2または特徴h)に関するΔt<t2)の観点から、タッチ接触持続時間を含む物理パラメータを追加することによって達成される。・・・審判部は、それによって、明確な順序(シーケンスセンシティブ)タッチイベントの数および実現可能なジェスチャーベースの機能の数を大幅に拡張することができると考える。」

「以上のことから、本独立請求項1及び10が解決しようとする客観的技術課題は、"D7に示されるようなタッチパネル装置におけるスクロールベースのデータリスト検索の文脈において、認識可能なジェスチャーベースの機能の数をいかに拡張するか "として定式化することが可能である。」
 
 その上で、時間に関する閾値を検出する実装することは自明であるとしつつも、それだけでは、D7から対象発明に想到しないと判断した。

「むしろ、特徴cによるジェスチャーに基づくスクロールの開始を定義し適用するための所定の時間間隔の追加の検出、および特徴gとhによるスクロール操作に直接または間接的に関連する追加のジェスチャーと機能のマッピングを実際に組み込むことは、異なるジェスチャーとその結果の機能の間の単なる差別化を概念的なレベルで可能にすることを超えていると判断する。
 特に、D7とD5には、検出可能なタッチイベントの組み合わせの数、つまり実現可能なジェスチャーベースの出力機能の幅を著しく拡大するような明確な奨励は一切ない。また、すでに関与している物理的なタッチ検出パラメータに加え、明確なタッチ持続時間間隔を活用するための指針もない。このことは、D10で定義された標準化されたユーザビリティ原則に照らしても同様である。検出すべき物理パラメータの数を拡張することによって生じる実装の複雑さ及び困難さ(例えば、ジェスチャー認識速度、衝突解決、較正、ノイズ耐性に関する)の増加を考慮すると、特にD7の出版時(すなわち1998年)には、当業者はむしろ請求された解決策から遠ざかるだろうと審判部は考える。したがって、D7から出発し、請求項1に対する補正を考慮すると、その特徴的な機能は、タッチスクリーンインターフェース設計の分野の当業者が、状況に応じて、本願発明の後知恵の恩恵を受けずに、本願優先日において必然的に選択するであろう直接的な実施策とは考えられない。」

[コメント]
 本件発明は、タッチ画面のスクロールに関して、この場合はスクロール開始、この場合はスクロール停止ということを規定しているにすぎないので、技術的ではないという気がするが、最も近い先行文献D7との差分として、タッチしている時間間隔というファクターが入っているので、その部分を技術的事項として拾い上げた事例と整理することができる。ここを技術的事項と捉えることができるように技術的課題を設定しているような印象はある。
 なお、審決の最後のところ、阻害事由を述べているが、この基準が本願優先日ではなく先行文献D7の出版時であるところは、これで合っているのだろうか?

2022年11月16日水曜日

[商標]記述的商標の識別力(商標法3条1項3号)

  商品の品質等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標は登録を受けることができない(商標法3条1項3号)。どういう場合がこれに該当するのか、今年の拒絶査定不服審判の審決を調べてみた。商標が図柄を含んでいる場合は、「普通に用いられる方法」ではないので、基本的には文字だけの商標を想定している。

 「赤もも肉」(31類 愛玩動物用飼料)
 「チャットボット型LP」(35類 広告業等、41類 販売に関する知識の教授等)
 「超加湿」(5類 薬剤等、11類 便所ユニット等)
 「フランチャイズEXPO」(35類 広告業等、
               41類 技芸・スポーツ又は知識の教授等)

 これらは、商品役務の品質等を表示する商標だと思われますか?
 審決で3条1項3号に該当すると判断されたのは「チャットボット型LP」だけで、他の3つは3条1項3号に該当しないとされています。とても難しい。

 記述的商標かどうかは、次のように判断するのがよいと思われる。

(ステップ1) 商標は造語かどうか?
 商標が造語でない場合、それが指定商品・役務との関係がある言葉なら、記述的と判断される。造語でないというのは、例えば、辞書に載っている言葉であり、これが識別力がないのは当たり前といえば当たり前である。

(ステップ2) 造語は、全くの新しい言葉か、既存の言葉の組合せか?
 全くの新しい言葉の場合には記述的商標ではない。
 既存の言葉の組み合わせからなる造語の場合には、次のステップへ。

(ステップ3) 商標は不特定多数の者に使われているか?
 不特定多数の者に使われている場合には、3条1項3号に該当すると判断される。独占適応性がないからである。例えば、ウェブ検索により、その商標そのものが多数ヒットする場合には、だいたい拒絶される。
 逆に、不特定多数の者に使われていない場合、つまりウェブ検索してもその商標そのものが出てこない場合には、3条1項3号に該当しないと判断される場合が多いように感じる。登録審決の決めゼリフは、「職権をもって調査するも、〇〇が使用されている事実は見つからなかった。」というものである。
 しかし、当該商標そのものが使用されていない場合にも、拒絶される場合があるので注意すべきである。この判断が次のステップである。

(ステップ4) 拒絶パターンに該当しないか?
 ここが一番難しいところである。
 以下は、審決を見ていて気が付いたパターンであり、例示列挙である。他にも拒絶パターンがあると思うので、下記に該当しないからOKというわけではない(ので上記のフローでは点線にしている)。

a.類似の使用例がある場合
 例.「発酵だしシリーズ」(不服2021-010404)
 一の製造者の製造に係る複数のだし汁又はだしの素の商品群や,用途等を同じくする複 数のだし汁又はだしの素の商品群を総称して「○○だしシリーズ」と称している例が認められる(別掲2)。
 
 例.「トレペファイル」(不服2021-005021)
 「文房具類」を取り扱う業界において、別掲2のとおり、「トレーシングペーパーで作成した付箋」を「トレペ付箋」、「トレーシングペーパーで作成した封筒」を「トレペ封筒」、また「トレーシングペーパーで作成したメモ帳」を「トレペメモ帳」等のように、「トレーシングペーパーで作成した商品」を「トレペ○○」(「○○」には商品名が入る。)と表示して、実際に取引されている事実があることが認められる。

 例.「糀ジェラート」(不服2021-002697)
   ア  塩糀,米糀,甘糀(甘酒)等を使用した食品について,その原材料である糀に着目し,単に「糀(麹,こうじ)」と称し,商品名に冠したり,商品の説明に用いたりする場合があることは,原審で示した拒絶査定の別掲(6)ないし(16)(別掲)に加え,以下の情報からも確認することができる。

 他に、「顧問助産師」「ビジネス実務与信管理検定試験」「幸町歯科口腔外科医院」

b.薬剤の効能に関連する記載
 例.「汗ムレ湿疹」(不服2021-006271)
  薬剤業界において、「汗ムレ」が、肌トラブルの原因であるとする表示や「汗ムレ」による肌トラブルの治療薬の効能・効果として「湿疹」が表示されている実情からすれば、「汗ムレ湿疹」の文字は、上記(1)のとおり、「汗ムレ」という原因を表す文字と「湿疹」という症状を表す文字を単に一連に表示したものと認識、理解されるとみるのが自然であり、・・・本願商標をその指定商品中の「薬剤(農薬に当たるものを除く。)」に使用したときは、「汗ムレ(蒸れ)による湿疹に効く薬剤」の意味合い、すなわち、商品の品質を表示するものと容易に認識されるものである。

 他に、「汗ムレかゆみ」「更年期むくみ」

c.使用の実情からの商標の理解
 例.「バルーンダイエット」(不服2021-004437)
   そして、本願の指定商品は、第28類「風船」であるところ、原審の拒絶理由通知書で示した事例(別掲2)や当審の審尋で示した事例(別掲1)があるように、風船を膨らます等の手段によって取り組むダイエット(風船を使用するダイエット)が「風船ダイエット」と称され行われ、当該ダイエットに風船が使用されている実情が認められる。
 そうすると、「バルーンダイエット」の文字からなる本願商標は、これに接する取引者、需要者に、「風船ダイエット」又は「風船を使用するダイエット」の意味合いを理解させるものであるから、これをその指定商品(風船)に使用しても、当該商品が「ダイエットに使用する風船」であること、すなわち、商品の用途、品質を表示したものとして認識させるにとどまり、自他商品の識別標識としては認識し得ないというのが相当である。

 例.「産業セキュリティ構築」(不服2021-002281)
   そして、原審の拒絶理由通知書及び拒絶査定で示した事例(別掲2)の他、別掲1の2及び別掲1の3のインターネット情報によれば、本願の指定役務の業界において、「産業セキュリティ」の文字が、例えば「産業界における(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等の)セキュリティ」や「産業用(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等)のセキュリティ」など提供する役務の対象を示すものとして、また、「セキュリティ構築」の文字が、例えば「(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等の)セキュリティを構築する」など提供する役務の内容を表すものとして、それぞれ使用されていることが認められる。
  上記を踏まえると、「産業」、「セキュリティ」、「構築」の各文字を組み合わせた「産業セキュリティ構築」の文字は、本願の指定役務との関係において、「産業界における(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等の)セキュリティの構築」や「産業用(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等)のセキュリティの構築」程の意味合いを表すものであることを取引者、需要者に、認識させるにとどまるものというのが相当である。
 

2022年11月10日木曜日

「欧州におけるコンピュータ実装発明」(パテント2021年2月号より)

 欧州におけるコンピュータ実装発明(CII)の特許適格性や進歩性についての論文である。特許適格性のハードルが非常に低いことや、技術的特徴と非技術的特徴の両方を含む混合型クレームの判断の仕方については、おなじみの話のように感じた。
 
 個人的には、この論文での学びは、進歩性をクリアするためには、非技術的な課題を明細書に書くべきではないということであった。そのこころは、「明細書が技術的効果と非技術的効果を潜在的に進歩性を備える構成に関連付けている場合、非技術的効果はこの潜在的に進歩性を備える構成を非技術的にする。簡単に言えば、非技術的効果は技術的効果を打ち負かす。」ということである。
 どうしても非技術的効果に言及したい場合には、出願の全体的な背景に関連させて非技術的効果について漠然と言及する、あるいは、進歩性の議論に用いることができない既知の構成に関連させて非技術的効果に言及する、ということが考えられるそうである。
 
 ソフトウェア関連発明の場合、最終的には、非技術的効果を狙ったものも多く、日本の明細書では、普通に効果として記載しているように思う。しかし、欧州では、それを正直に書いてしまうと厳しいようなので、欧州向けには明細書を変える必要があるのかもしれない。
 
 

 

2022年10月21日金曜日

「AI関連発明の権利行使に関する留意点の検討について」(パテント2022年9月号より)

 昨今のAI関連発明の特許件数増加に伴い、 AI関連発明の権利行使については注視すべき論点である。
 タイトルに記載した論文は、令和3年度特許委員会第3部会第1チームによるものである。この論文では、権利行使しやすいAI関連発明の請求項とはどのようなものか、という仮説をたて、仮想登録例、仮想裁判例、審査基準の事例をもとに、仮説の検証・考察を行っている。仮説は、権利行使しやすいAI関連発明の請求項とは、次の2つの要件を満たす請求項である。
1.内部の処理を請求項中に書かない。
2.入力と出力の関係を規定した請求項を書く。

 仮説の検証・考察は、仮想登録例だと権利行使できそうかの検討、仮想裁判例の検討と請求項の変更案の検討、審査基準の事例をどのように改善すれば権利行使できそうかの検討、のアプローチで構成されている。

 この論文では、仮説に沿った請求項を作るためのアイデアとして、次のような方法が提案されている。

・学習アルゴリズムを特定しないために、「ニューラルネットワーク」のような用語は使わず、「学習済みモデル」等とする。
→これは基本だと思うので、ぜひ実践すべき。

・学習工程と算出工程とを含む場合、学習工程を削除し、算出工程に学習工程に関する記載を含める。
→算出工程に学習工程を含めた場合、そうした学習を経て生成された学習済みモデルで算出する、という要件になり、結局のところ学習工程も問題になるので、立証が容易になるのかは疑問である。ただし、学習工程を行う者と算出工程を行う者が異なる場合には、算出工程を行う者に対して直接侵害を訴えることができるという効果はあると思う。

・機械学習が教師あり学習に限定されないように、教師データとして出力データを特定しない。
→確かに、入出力の両方を教師データとすると教師なし学習は外れてしまう。もし、教師あり学習で発明提案を受けたとしても、教師なし学習が可能で、入力データだけで特徴が出せるなら、出力データを特定しないことは検討に値する。

2022年10月15日土曜日

[裁判例]間接侵害の要件-主観的要件(知財高裁 平成31年(ネ)10007号)

 前回の投稿と同じ裁判例より、特許法101条2号の間接侵害の主観的要件の判示を取り上げる。
 特許法101条2号は、
「特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」
を侵害とみなすと規定しており、上記下線部分が主観的要件である。
 裁判所は、主観的要件①「特許発明であることを知りながら」、主観的要件②「発明の実施に用いられることを知りながら」に分けて検討している。

 本稿で取り上げるのは、特許が訂正された場合に、主観的要件を満たすのはいつの時点からか、という点である。
 経緯は以下のとおり。
・平成17年 7月22日 特許登録
・平成25年 4月 2日 警告書受領
・平成28年11月16日 訂正審決

 被告は、原審において、主観的要件①を満たすのは訂正審決日以降であると主張し、控訴審において、主観的要件②を満たすのは訂正審決日以降であると主張している。
 しかし、裁判所は、被告のいずれの主張も否定し、被告が警告書を受領した日以降、主観的要件①②を満たすと判断した。

[原審の判断]
 (イ) 主観的要件①について 
a 被告は,本件発明1(本件特許1に係る発明)の存在を知った時期は,本件第1特許の特許請求の範囲を本件発明1に係る構成要件のように訂正することを認めるとの審決(甲20)がされたことを知った平成28年11月16日であると主張している。 
 そこで,まず,特許発明について特許請求の範囲の訂正があった場合には,訂正後の特許請求の範囲に係る発明を知った時に主観的要件①を満たすことになるのか,それとも,訂正前の特許請求の範囲に係る発明を知っていれば,特許請求の範囲が訂正された後の発明との関係でも,主観的要件①を満たすことになるのかを検討する。 
 特許法101条2号が主観的要件①を間接侵害の要件とした趣旨は,同号の対象品は適法な用途にも使用することができる物であることから,部品等の販売業者に対して,部品等の供給先で行われる他人の実施内容についてまで,特許権が存在するか否かの注意義務を負わせることは酷であり,取引の安全を害するとの点にある。
 他方,特許請求の範囲等の訂正は,特許請求の範囲の減縮や誤記等の訂正等を目的とするものに限られ(特許法126条1項),特許請求の範囲等の訂正は,願書に(最初に)添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず(同条5項),かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならないとされている(同条6項)。そして,特許請求の範囲等の訂正をすべき旨の審決が確定したときは,その訂正後における特許請求の範囲により特許権の設定の登録がされたものとみなされる(同法128条)。 
 以上のように,特許請求の範囲の訂正が認められる場合が上記のように限定されていることを踏まえると,訂正前の特許請求の範囲に係る特許発明を知っていれば,特許請求の範囲が訂正された後の特許発明との関係でも,主観的要件①を満たすことになると解するのが相当である。このように解しても,特許法101条2号が主観的要件①を求めた趣旨に反するわけではないし,第三者にとって不意打ちとなることもないからである。 
 なお,本件第1特許の特許請求の範囲の訂正も誤記の訂正及び特許請求の範囲の減縮を目的とするもので,その他の訂正の要件も満たしており(甲19の1ないし20),被告製品3は本件発明1の技術的範囲に属する以上,上記訂正前の本件発明1の技術的範囲にも属することは明らかである。

[控訴審の判断]
 d 一審被告の主張について
・・(略)・・
 なお、一審被告は、同⑶イ(本判決前記第2の4⑹で補正されたもの)のとおり、本件では訂正前発明1に係る訂正前の発明は従来技術そのものであり、それとの関係ではいかなる物も課題解決不可欠品に該当することはあり得ないから、間接侵害が成立する余地はないと主張する。この主張は、主観的要件②を満たすためには、当該製品が「その発明による課題の解決に不可欠なもの」であることの認識を必要とするとの趣旨と解される。しかし、上記のとおり、特許法101条2号において主観的要件②が必要とされる趣旨が、対象品(部品等)が適法な用途にも使用されるものであることから、その生産、譲渡等をしようとする者の取引の安全を図る点にあることからすると、当該製品が侵害用途に用いられることについて上記の意味での悪意であれば足り、それが「その発明による課題の解決に不可欠なもの」であることの認識までは要しないと解するのが相当である。したがって、一審被告の上記主張は採用することができない。 

[コメント]
 主観的要件①の判断について、訂正は特許請求の範囲を減縮する方向にしか行えないから第三者に対して不意打ちになることはない、というのはそのとおりと思う。補償金請求権(特65条)の場合には、特許請求の範囲の補正を行った場合には再度の警告が必要と考えられるが、これは補正によって権利範囲が広がることがあるからである。
 主観的要件②の判断について、課題解決不可欠品の要件と切り離して考えるべきというのは、そう言われればそういうものかと思う。
 今回の裁判例では、いったん警告をしておけば、それ以降は、間接侵害の主観的要件について悪意になり、特許請求の範囲の訂正をしても再度の警告は必要ないということが言える。

2022年10月14日金曜日

[裁判例]間接侵害の要件-課題解決不可欠品(知財高裁 平成31年(ネ)10007号)

 株式会社ジェイテクトが三菱電機株式会社を訴えた特許侵害訴訟の控訴審である。争点は多岐に渡るが、原審と控訴審とで判断が変わった間接侵害(特許法101条2号)の要件について取り上げる。
 侵害訴訟で争われた4件の特許のうち、以下で説明するのは、特許3700528号(プログラマブル・コントローラにおける異常発生時にラダー回路を表示する装置)である。発明は、制御対象に異常が発生すると異常の種類を表示し、異常の種類を指定すると、異常現象が発生したラダー回路を表示するという技術に関し、その特徴はラダー回路の出力要素を指定するとその出力要素を入力要素とするラダー回路が表示され、これを順次繰り返すことで、異常の原因を容易に見つけることができるようにした点にある。




被疑侵害品は、被告表示器Aと被告製品3である。
被告表示器Aは、プログラマブル表示器であり、工場等における設備機械を制御する制御装置であるプログラマブル・コントローラ(以下「PLC」という。)等の状態を表示(モニタ)するとともに、PLC等に指令信号を送る機器(表示操作装置)である。
被告製品3は、被告表示器専用の画面作成ソフトウェアである。これには被告表示器のOS(基本機能OS及び拡張/オプション機能OS)とその他のソフトウェアが含まれている。
被告表示器Aに被告製品3をインストールした製品が対象特許の技術的範囲に属すると判断された。しかし、被告製品3をインストールするのはユーザなので、被告製品3をインストールした被告表示器Aを生産しているのはユーザであるとして、被告が直接侵害しているとは認められなかった。
被告による被告表示器Aと被告製品3の生産、譲渡等について、特許法101条2号の間接侵害が成立するかが本投稿で記載する内容である。
原審は、被告製品3については間接侵害が成立するが、被告表示器Aは「課題の解決に不可欠なもの」ではないとして、間接侵害が成立しないとした。
これに対し、控訴審では、被告製品3と被告表示器Aの両方について間接侵害が成立すると判断した。

[原審の判断]
エ 以上の認定を踏まえ、被告表示器Aや被告製品3が本件発明1「による課題の解決に不可欠なもの」に当たるかをさらに検討する。
() まず、被告表示器Aがこれに当たるかを検討すると、確かに、被告表示器Aは表示器(表示装置)で、本件特許1の特許請求の範囲に記載された部材であって、これはラダー回路を表示したり、入出力要素をタッチしてその検索結果を表示したりするなど、本件発明1の実施に必要な物ではある。
しかし、本件発明1の特徴的技術手段との関係についてみると、被告表示器Aは、被告製品3がインストールされたパソコンで、動作設定を「回路モニタ」とする拡張機能スイッチが配置されたプロジェクトデータを作成することを前提に、被告製品3によってインストールされたプログラムで異常現象の発生がモニタされたときに、プログラムに従って、ラダー回路を表示し、そのタッチパネル上での入出力要素をタッチしてその検索結果を表示するものにすぎない。すなわち、被告表示器Aはプログラムに従ってラダー回路等の表示やタッチパネル上のタッチや検索結果の表示を可能としているにすぎないが、これらは従来技術においても採用されていた構成にすぎない。
したがって、被告表示器Aは、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらすものに当たるとは認められない。
() 他方で、上記判示のとおり、被告製品3は、拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能等部分を格納しており、これが被告表示器Aにインストールされることによって、被告表示器Aにおいて回路モニタ機能等の使用が可能となるのである。
そうすると、被告製品3は、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらすものであると認められる。
したがって、被告製品3は本件発明1「による課題の解決に不可欠なもの」に当たる。

[控訴審の判断]
()課題解決不可欠品の意義
特許法101条2号において、その生産、譲渡等を侵害行為とみなす物を「発明による課題の解決に不可欠なもの」とした趣旨は、同号が対象とする物が、侵害用途のみならず非侵害用途にも用いることができるものであることから、特許権の効力の不当な拡張にならないよう、譲渡等の行為を侵害行為とみなす物(間接侵害品)を、発明という観点から見て重要な部品、道具、原料等(以下「部品等」という。)に限定する点にあり、そのために、単に「発明の実施に不可欠なもの」ではなく、「発明による課題の解決に不可欠なもの」と規定されていると解される。
この趣旨に照らせば、「発明による課題の解決に不可欠なもの」(課題解決不可欠品)とは、それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるような部品等、換言すれば、従来技術の問題点を解決するための方法として、当該発明が新たに開示する特徴的技術手段について、当該手段を特徴付けている特有の構成等を直接もたらす特徴的な部品等が、これに該当するものと解するのが相当である。
(イ)本件発明1の特徴的技術手段について 
・・略・・
()特徴的な部品等
前記のとおり、特許法101条2号は、間接侵害品を当該発明の特徴的部分を特徴付ける特有の構成等を直接もたらす特徴的な部品等に限定していると解されるが、「部品等」の範囲は、物理的又は機能的な一体性を有するか否かを社会的経済的な側面からの観察を含めて決定されるべきものであり、ある部材が既存の部品等であっても、当該発明の課題解決に供する部品等として用いるためのものとして製造販売等がされているような場合には、当該部材もまた当該発明による課題の解決に不可欠なものに該当すると解すべきものである。なぜならば、特徴的な部品等といえども公知の部品等が組み合わせられているにすぎない場合が多いところ、一体性を有するものも形式的に分離できるのであれば直ちに間接侵害の適用が排除されるとすると、間接侵害の規定が及ぶ範囲を極度に限定することとなり、特許法が間接侵害を特許権侵害とみなして特許権の保護を認めた趣旨に著しく反することになるからである。
()被告製品3について
被告製品3は、拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能等部分を格納しており、これが被告表示器Aにインストールされることによって、被告表示器Aにおいて回路モニタ機能等の使用が可能となるものである。そして、被告製品3の回路モニタ機能等部分とこれを除く他の部分とは、物理的にかつ機能的にも一体性を有するものと認められる。
そうすると、被告製品3は、全体として、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらす特徴的部品であると認められる。
したがって、被告製品3は本件発明1の課題解決不可欠品に当たる。
()被告表示器Aについて
本件発明1が新たに開示する特徴的技術手段である、異常発生時のタッチによる接点検索との構成は、被告表示器Aと被告製品3の双方があって初めて実現し得る構成である。そして、一審被告が自認するとおり、回路モニタ機能等を実現するために被告表示器AにインストールできるOSは被告製品3のみであり、同機能の実現のために被告製品3がインストールできる表示器は被告表示器Aのみであるから(甲5、8)、上記構成を実現するように被告表示器Aが機能し得るのは、被告製品3のOSがインストールされた場合であり、かつ、その場合に限る。その上、被告表示器Aと被告製品3は、いずれも一審被告が生産、販売するものであり、一審被告は上記のような構成を熟知し、あえてこのような構成を選択し、かつ、顧客に両者を提供しているものといえる。
以上からすると、被告表示器Aと被告製品3とは、たまたま物理的に別個の製品とされたことにより、一つの機能が複数の部品に分属させられているものの、本来的には、被告表示器Aは、被告製品3と機能的一体不可分の関係にあるものであって、独立した製品とされていたとしても、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらす特徴的部品等を構成するものであるというべきである。
したがって、被告表示器Aは本件発明1の課題解決不可欠品である。

[コメント]
控訴審では、被告表示器Aと被告製品3の一体不可分性に鑑みて、それ自体は既存の部品等といえる被告表示器Aも課題解決不可欠品と認定し、間接侵害を認めた。
この裁判例によれば、既存の部品等は原則として課題解決不可欠品ではないが、課題解決不可分品との一体不可分性が認められれば、既存の部品等であっても発明の課題解決に供する部品等として用いるためのものとして、間接侵害が認められることがある。
物理的又は機能的な一体性を有するか否かの判断は「社会的経済的な側面からの観察を含めて決定されるべき」としており、ケースバイケースであるが、本件で考慮された事実は、
・被告表示器Aに被告製品3をインストールした場合にのみ、本件特許発明の構成が実現できること
・被告表示器Aと被告製品3は、いずれも被告が生産、販売し、事情を熟知していることであった。

2022年10月4日火曜日

[裁判例]国外のサーバからのプログラム配信について(平成30年(ネ)10077)

 最近話題になっている裁判例である。特許権は属地主義が原則であり、日本国内でのみ効力を有するが、本件は、プログラムを配信するサーバが米国にあることから、属地主義との関係で、権利侵害が認められるかどうかが争点の一つとなった。

 侵害が認定されたプログラムの発明は、ユーザが投稿したコメントを表示することができる動画の配信プログラムに関する発明であり、請求項は、次のとおりである。

【請求項9】
 動画を再生するとともに,前記動画上にコメントを表示する表示装置のコンピュータを, 
 前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生手段, 
 コメントと,当該コメントが付与された時点における,動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部に記憶された情報を参照し, 
 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて,前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち,前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントをコメント情報記憶部から読み出し, 
 当該読み出されたコメントの一部を,前記コメントを表示する領域であって一部の領域が前記第1の表示欄の少なくとも一部と重なっており他の領域が前記第1の表示欄の外側にある第2の表示欄のうち,前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示するコメント表示手段, 
 として機能させるプログラム。

 裁判所は、被控訴人らのプログラムが上記特許の技術的範囲に属すると判断した上で、属地主義の原則との関係について、次のように判示した。

「b 我が国は、特許権について、いわゆる属地主義の原則を採用しており、これによれば、日本国の特許権は、日本国の領域内においてのみ効力を有するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、前掲最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決参照)。そして、本件配信を形式的かつ分析的にみれば、被控訴人ら各プログラムが米国の領域内にある電気通信回線(被控訴人ら各プログラムが格納されているサーバを含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内にある電気通信回線(ユーザが使用する端末装置を含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内でも米国の領域内でもない地にある電気通信回線上を伝送される場合等を観念することができ、本件通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることは否めない。 
 しかしながら、本件発明1-9及び10のようにネットワークを通じて送信され得る発明につき特許権侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施しようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは著しく正義に反するというべきである。他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。
 したがって、問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。
 c これを本件についてみると、本件配信は、日本国の領域内に所在するユーザが被控訴人ら各サービスに係るウェブサイトにアクセスすることにより開始され、完結されるものであって(甲3ないし5、44、46、47、丙1ないし3)、本件配信につき日本国の領域外で行われる部分と日本国の領域内で行われる部分とを明確かつ容易に区別することは困難であるし、本件配信の制御は、日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであり、また、本件配信は、動画の視聴を欲する日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものである。さらに、本件配信によって初めて、日本国の領域内に所在するユーザは、コメントを付すなどした本件発明1-9及び10に係る動画を視聴することができるのであって、本件配信により得られる本件発明1-9及び10の効果は、日本国の領域内において発現している。これらの事情に照らすと、本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である。 」

 このように、裁判所は、プログラムの提供が「実質的かつ全体的にみて」日本国の領域内で行われたか評価し得るかの基準として、以下を例示し、本件とのあてはめを行った。

①当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか
→日本国内のユーザにより配信が開始され完結するから、明確かつ容易に区別することは困難

②当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか
→日本国内のユーザによって制御が行われる

③当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか
→動画の視聴を欲する日本国内のユーザに向けられたもの

④当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているか
→本件配信によって本件発明にかかる動画を視聴することができ、本件発明の効果は日本国内で発現している。

 裁判所が示した基準は例示なのでこれにとらわれることはないが、日本国内のユーザ向けにプログラムの配信をしていれば、上記のような基準を満たすことになりそうな気がする。
 注意が必要なのは、本件発明のプログラムが端末の機能を規定していることである。引用していないが請求項1は表示装置の発明であり、内容は、プログラムの発明と対応している。請求項1には属地主義の上記の論点はない。本件発明のようなケースでは、仮に、国外からのプログラム配信の侵害が認められなくても、装置の発明でカバーできる範囲である。(本判決の判示は考え方としては面白いが、実務的には、それほどありがたみがないような気がする。)
 本件は、構成要件の一部が国外のサーバで行われる発明とは趣が違うように感じる。

2022年8月23日火曜日

[EP]ゲームルールか技術的事項かPart4(T0060/98)

 Gameaccount(T1543/06)の中で、進歩性が認められた例として引用された審決である。対象は、スロットマシンに係る発明で、特徴は、シンボルが揃ったときの当選価値の判断の仕方にある。(下の図は、基礎出願より抜粋)

  


 具体的には、シンボルは代替可能なシンボル(いわゆるワイルドシンボル)を含んでいる。上の図では、「Angel」「Devil」は、ほかのシンボルの代替として使用でき、例えば、「7-Bar」「7-Bar」「Angel」というシンボルが並べば、「7-Bar」「7-Bar」「7-Bar」の当選とみなされる。
 ここで、「Angel」はランクアップシンボル、「Devil」はランクダウンシンボルである。「Angel」を1つ含む場合は、例えば、「7-Bar」「7-Bar」「7-Bar」よりも1ランクアップの「Devil」「Devil」「Devil」と同じ当選価値となり、「Angel」を2つ含む場合は、「7-Bar」「7-Bar」「7-Bar」よりも2ランクアップの「Angel」「Angel」「Angel」と同じ当選価値となる。

 クレームは以下のとおりである。
「当選ライン(A,B,C)に沿って停止表示される複数のキャラクタを備え、前記キャラクタは、異なるキャラクタとして使用可能な少なくとも1つの置換可能キャラクタを含み、前記置換可能キャラクタの置換により、前記当選ラインに沿って停止表示されるキャラクタの組み合わせを前記置換可能キャラクタを含まない同等の当選組み合わせの当選価値と異なる当選組み合わせとし得るゲーム機であって
 前記当選ライン(A、B、C)に沿って停止した前記キャラクタの組合せを当選テーブルと比較して、当選の有無を判定するステップと 
 前記当選テーブルが、異なるキャラクタとして使用された場合に置換可能なキャラクタを含まないキャラクタの組合せをランク付けした値で構成されている点(上の右図)、及び、
 前記置換可能なキャラクタは、ランクアップ又はランクダウンのキャラクタであり、ランクアップのキャラクタを置換してキャラクタの組合せを入賞組合せとした場合、ランクアップのキャラクタを含まない同等の組合せよりも上位となり、これにより、上位の当選組合せに対して当選価値を増加させ、ランクダウンのキャラクタを置換してキャラクタの組合せを当選組合せとした場合、ランクダウンのキャラクタを含まない同等の組合せよりも下位となり、より低い当選組合せに対して当選価値を減少させる。」

 従来技術として、「ダブル」、「トリプル」、「+10」、「+20」などの代替可能なシンボルは知られていた。「ダブル」を含む場合には当選価値を2倍に、「+10」を含む場合には当選価値を+10する。
 しかし、これらは、当選テーブルにおいてランクアップ、ランクダウンをさせるものではない点が、本件発明と相違している。
 
 審判部は、上記の相違について、進歩性の評価は、非技術的ゲーム開発者から渡された非技術的概念に基づいてゲーム機の開発を任された技術専門家の立場から行わなければならず、ゲームのルールにある改善は進歩性に寄与しないと判断した。
 ただし、請求項の解決手段は、演算操作を省略できる程度にゲーム機を簡素化するものであるから、先行文献の教示と比較して技術的な改善をもたらすものであるとし、進歩性を認めた。

→進歩性あり

[コメント]
 整理が難しい事例である。
 当選テーブルを参照して当選価値を決定することはルールであって非技術的事項であるから進歩性には寄与しない。このルールが制約として与えられたときに開発者が何をするか、が進歩性の評価基準である。ここまでは審決もそう言っている。なお、このルールは、おそらくプレイヤも知っているものと思う。
 本発明は、与えられたゲームルールにしたがって実装しただけのような気がする。ゲームルールを実装した結果、演算操作が簡素になったというのは、与えられたゲームルールが簡素だったからではないのか?
 演算操作を省略できることがゲームルールの変更によるものであるとしても、ときに有効な主張になるのかもしれない。

[EP]ゲームのルールか技術的事項かPart3(T1543/06)

 先に紹介した2件の審決例を含む20件以上の審決で引用されている審決である。
 発明の内容は、ランダムに生成された数字に基づいて手が打たれるゲーム(例えば、双六)に関する。完全にランダムだと運ゲーであるが、この発明ではプレイヤスキルの要素を持たせるため、あらかじめ数字のシーケンスを与え、その中から、第1回目の動き、第2回目の動き、・・・を選択させる(一例として使った数字をシーケンスの中から削除していく)ようにした。
 請求項1は次のとおりである。

「1. ユーザーが手を打つ(makes move)ゲームまたは他のアプリケーションを実行するためのシステムであって、該システムは、
 プロセッサと
 インジケータを表示するためのモニタであって、該インジケータは複数の数字を表示する、モニタとを備え、プロセッサは以下のように構成される:
 入力デバイスからのユーザー入力に従って、1または複数の数字に対応するゲーム内のポジションの数だけ駒を進めること、
 前記インジケータを所定の回数だけ作動させて、前記複数の移動番号の第1のシーケンスを決定するように、前記インジケータを制御すること、および
 前記前進は、前記第1のシーケンスの第1の手番に対応する数の位置だけ前進することと、前記シーケンスの第2の手番に対応する数の位置だけ前進すること。」

[出願人の主張]
 本発明の貢献は、固定またはスクロールされた数字のセットを提示するインジケータによるグラフィカルユーザーインターフェースの提供に存在し、これは、ゲームを行うプロセスの効率に影響を与え、また、ゲームにある程度のスキル、予測性、洗練性、興味を付加する効果を有する。

[審判部の判断] →進歩性なし
「本発明の中心的な考え方は、ゲームプレイにおいて手番を生成し使用する方法、すなわちプレーヤに事前に提供されるグループに関するものである。これは、例えば、ゲームに付属するゲームルールのシート(「各プレイヤーは6個のサイコロを投げ、順番に、すべての番号がなくなるまで、サイコロの目の数だけ自分の駒を動かす」)に記載されているように、実際には(ボード)ゲームをプレイする典型的な指示として読むことができる。」

 審判部はまず本発明の中心的な考え方がゲームルールのシートに記載されている指示と同視できるものであるとした。そして、物理的手段であるプロセッサは、ゲームルールを実行するだけであると判断した。

「また、ゲーム規則と技術的実装の間には識別可能な相乗効果も存在しない。特許請求の範囲(および明細書)には、プロセッサがこれらの機能を実行するために具体的にどのように構成されるか、または、モニタがどのように指標を表示するかについての詳細は記載されていない。被告が「ゲームをプレイするプロセスの効率に影響を与え、さらに熟練度、予測可能性、洗練度、興味を付加する」と特定した効果は、ゲームの非技術的領域で重要となり得るゲームの関心事と要因に完全に関連しており、いずれにしてもルールの中心概念から流れているものである。これらは、モニターに固定された、あるいはスクロールされた一連の数字を表示した結果ではない。」

 クレームは、プロセッサの構成をゲームのルールにしたがった実行内容を特定する形で発明を規定しているが、本質は、ゲームルールのシートに記載された指示と同じであり、効果もゲームルール自体によって生み出されるものである。
 ゲームルールのシートに記載されているような内容は、当然、プレイヤが知っているから、本件についても、“クレームで特定されたルールをプレイヤが知っているかどうか”という判断基準があてはまると言える。


 

2022年8月19日金曜日

[EP]ゲームのルールか技術的事項かPart2(T0414/12)

 ダイス、トランプ、スロットマシーンリール等の模擬ランダム化装置を含む電子ゲームの発明についての審決である。特徴は、複数のスポーツイベントから選択されたスポーツイベントの1つ以上の結果に基づいて、ベットの結果を決定することにある。
 クレームから、プロセッサ手段の特徴を記載すると以下のとおりである。

(a)前記ベットを受信したことに応答して、受信したスポーツイベント情報に基づいて、複数のスポーツイベントからスポーツイベントを選択する1つ又は複数のアルゴリズムを実行する
(b)選択されたスポーツイベントにベットを割り当てる
(c) 選択されたスポーツイベントの1つ以上のイベント結果を受信する
(d) 前記少なくとも1つの入力値を、前記受け取ったイベント結果に基づいて少なくとも部分的に決定し、ベットの結果が少なくとも部分的には前記選択されたスポーツイベントの受信されたイベント結果に基づくようにする
(e)前記メモリ手段(52)は、前記ゲームのためのルールを決定する入力値の複数のセットを記憶するために動作可能であり、かつ
(f)前記プロセッサ手段(50)は、前記複数の入力値決定規則のセットを選択し、前記選択された規則のセットを利用することによって、前記1つまたは複数の入力値を決定するために動作可能である。

(最も近い先行資料との相違)
 ゲームの「チャンス」入力値を生成する「模擬ランダム化装置」としての乱数発生器を用いてベッティングゲームを行うよう動作可能なメモリ手段とプロセッサ手段とを含む公知の電子ゲーム装置が、最も近い先行技術として考えられることは議論の余地がないところである。当業者、すなわち、ソフトウェア工学の技術を有するゲームシステム開発者にとって、このような著名な装置は、発明のステップを評価するための良い出発点となるものである。
 このような著名な先行技術のシステムに関して、請求項1のシステムは、模擬乱数化装置の値を決定する方法のみが異なる。これは請求項の特徴である特徴(a)~(f)に定義されている。

(本発明の本質)
 プレイヤは「ゲーム結果が固定されていないこと、ゲームに勝つチャンスがあること」(7 ページ 27 行目から 28 行目)を知ることができる。このように、プレイヤは単に偶然のゲームに賭けているのではなく、表面上は偶然のゲームであるものを仲介して、スポーツイベントの結果に賭けているのである。重要なのは、プレイヤはそれを承知の上で行っていることである。このことから、審判部は、請求項に係る発明の基本的な核心思想は、実際には、スポーツイベントへの賭けとチャンスゲームを組み合わせた、いわば賭博場とゲームカジノを一緒にした新しいハイブリッドベッティング方式であると結論付けている。

(進歩性) →進歩性なし
 請求項1の特徴(a)~(f)は、それぞれベッティングスキームの異なる側面の明白な実装であり、当業者が著名な電子ゲーム装置でスキーム全体を実施すれば、すべて明白な態様に従うことになる。
 本発明では、スポーツイベントの結果に対してベットを行うので、改ざんの影響を受けにくいという効果があるが、これは、ゲームルールの特定の実装方法から生じる技術的効果ではなく、むしろベッティングゲームが変更されたことの直接的な結果である。非技術的なソリューションにすぎない。

 前述した任天堂のケース(T12/08)との違いは、プレイヤがルールを知っているかどうかということである。任天堂のケースでは出現確率のアルゴリズムを知らないのに対し、本件ではスポーツイベントの結果に依存することを知っている。そこが、非技術的なゲームのルールかどうかの判断の分かれ目になっている。

 

[EP]ゲームのルールか技術的事項か(T12/08)

 ガイドラインで引用されている2009年の審決である。対象は、ポケモンGOに関係する任天堂の出願である。発明のポイントは、キャラクタをマップ上に出現させるか否かの確率を時間に依存して変化させる構成にある。
 キャラクタの出現確率を時間依存にすることは、ゲームのルールなのか、技術的事項なのか。

 EPにおいて、技術的事項と非技術的事項とを含む発明の進歩性判断は、非技術的事項についてはそれがいくら画期的であっても、非技術的事項は、制約条件として設定し、その制約条件を満たすために技術的事項として何をしたか、が問題となる。
 例えば、ショッピングツアーを提供する発明の例(2022/4/7投稿)では、2つ以上の商品を選択したときに最適なショッピングツアーを提供することは非技術的事項であり、2つの商品を購入する最適ルートを提供するという仕様(=制約条件)がビジネス部門から与えられたとき、技術的にそれを実現することが自明であったかどうかが問題となった。
 
 キャラクタの登場確率を時間依存で変える、ということはゲームルールであって、非技術的なのであろうか?
 審判部の判断はNOであり、技術的事項であるとの判断であった。その理由を見ていきたい。

→進歩性あり

「出現確率を時間依存にするこれらの相違は、機械が生成する偶然の出会いの予測可能性を低下させる効果がある(提出された説明の 5 ページ 23 行から 6 ページ 22 行を参照のこと)。この効果は、ゲーム文脈の中でプレーヤの興味を引き、その娯楽価値を高めるのに役立つ偶然の出会いそれ自体の一般的な(非技術的な)目的を超えるものである。異なる特徴によって対処される問題は、それに応じて、より予測しにくい方法で出会いを生成するように、ゲーム装置またはゲームプログラムをどのように修正するかとして定式化することができる。

 制約条件は、より予測しにくい方法で出会いを生成する、である。そして、制約条件を満たすために出現確率を時間依存にすることは技術的事項である。

 ゲームルールについて以下のように述べている(翻訳がやや変かもしれない)。
「「ゲームルール」は、一般に受け入れられているより古典的な意味(EPC 策定時に策定者が理解したであろう意味)で、「ゲームの文脈(そのようなものとして)でのみ意味を持つ行為、慣習、条件に関してプレイヤ間(またはプレイヤとの間)で合意された規制の枠組みが純粋に精神的、抽象的な構成要素であること」の一部を形成する、と審判部は解釈している(T336/07, 理由3.3.1 参照)。」

 ゲームルールは、ゲームの枠組みの中で、プレイヤ間またはプレイヤと合意されるものである。これに対して、出現確率を時間依存にすることはプレイヤに同意されるものではあり得ない(これを同意してしまっては、出現確率がバレてしまう)。よって、ゲームのルールではないと述べている。
 また、わかりやすいアナロジーとして次の例を挙げている。
「類似の例として、サイコロを振ることはそれ自体ゲームルールではなく、(よく知られているとしても)数字をランダムに発生させる技術的な方法と手段(サイコロ)であり、ヘビとはしごゲームでサイコロで出た目によってボード上の駒を動かすことは明らかにゲームルールに対応するものである。」

 この審決からすると、ゲームルールかどうかを見分ける一つの判断材料としては、それが、ゲームの枠組みの中でプレイヤと合意されるものであるかどうか、ということである。




 
 

 
 

[裁判例]マッサージ関連サービスを提供するシステム(知財高裁令和4年6月28日)

  無効審決(請求棄却)に対する審決取消訴訟である。発明は、マッサージチェアの制御に関し、マッサージチェアを制御するプログラムをダウンロードするとともに、リモートコントローラから制御を行わせる発明である。


【請求項1】(下線は、相違点を示すために引いた)
 マッサージ装置であって、 
 マッサージ部と、 
 リモートコントローラと、 
 前記マッサージ部の運動を駆動するように機能する駆動部と、 
 前記駆動部と接続された、縮小命令セットコンピュータであるマイクロコトローラとを備え、前記マイクロコントローラは、
 外部装置と接続し、 
 前記マイクロコントローラによって実行可能なマッサージプログラムのプログラムコードと、前記マッサージプログラムと関連付けられたアイコンのグラフィカルコンテンツとを、暗号化された形式で前記外部装置から受信して前記マッサージプログラムをメモリに保存し、
 前記外部装置から受信した前記マッサージプログラムと前記アイコンの前記グラフィカルコンテンツとを復号し、 
 前記アイコンを前記リモートコントローラに保存させ、一連のマッサージ動作を身体に施すために前記マッサージ部を介して前記復号されたマッサージプログラムを実行するように構成される、マッサージ装置。 

 審決の相違点の認定について争いはない。
 相違点1は、本件発明では、暗号化された形式で受信したマッサージプログラム及びアイコングラフィカルコンテンツを、復号してリモートコントローラに保存している点、
 相違点2は、マイクロコントローラが縮小命令セットコンピュータである点である。 
 
[裁判所の判断]
(相違点1について)
「d そして、本件発明1において、「アイコンをリモートコントローラに保存させること」が特定されているが、アイコンはプログラム選択という操作に利用されるものであり、甲1発明1においては、操作手段としてリモートコントローラを有しているのであるから、アイコンによって選択されることが予定されているプログラムをダウンロードした後、そのプログラムがアイコンによって選択できるように対処すべきことは、当業者が当然考慮すべき普遍的な課題であるところ、その普遍的課題に照らして、甲1発明1に操作手段として備わっているリモートコントローラにアイコンを保存させることは、当然に考慮する設計的事項にすぎず、しかも、ダウンロードしたアイコンをリモートコントローラに保存することも周知の技術である(甲2、甲3)から、当業者であれば、「アイコンをリモートコントローラに保存させること」は、容易に想到し得たものと認められる。 」

※ここでは割愛したが、プログラムやアイコンを暗号化して通信することは周知技術であると判断されている。

(相違点2について)
「・・・このように、本件特許の出願時において、プロセッサアーキテクチャとしてはRISC(縮小命令セットコンピュータ)が主流となっており、また、マッサージ装置の技術分野においてRISCを用いることも周知技術であったから、甲1発明1において、治療プログラムを実行する主データ処理装置200(マイクロコントローラ)としてRISCを採用し、相違点2に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たものであり、そのことにより、格別な効果を奏するものでもないと認められる。」

 以上のように、裁判所の判断は至極当然のように思われる。ではなぜ、審決は、同じ証拠をみて、進歩性ありと判断したのか。
 審決は、甲2,甲3に記載されているのは、「駆動部に接続されたマイクロコンピュータ」ではないので、本件発明に係る構成が開示されていないと判断した。

「したがって、甲2に記載のシステムにおいて、制御端末110が被制御端末の操作実行ファイル及びその操作に対応するアイコンを受信し、リモコン端末140に対して上記アイコンなどの識別子を送信しているとしても、上記相違点1における「駆動部に接続されたマイクロコントローラによる処理」に関するものではなく、上記相違点1における本件発明1に係る構成を開示するものとはならない。(本件審決84頁)」

 この点に関し、裁判所は次のように、引用文献を限定的に解釈すべきでないと判示した。
「本件審決は、甲2において、制御端末110から複数の家電機器に対する制御命令は、家電機器の制御部に対して実行されるものであるから、制御端末110は家電機器の駆動部に接続して制御する装置ではなく、また、甲3において、AV用集中制御装置(12)から複数のAV用機器(14)に対する制御命令は、家電機器の制御部に対して実行されるものであるから、AV用集中制御装置(12)はAV用機器の駆動部に接続して制御する装置ではないので、いずれも、本件発明1の「駆動部に接続されたマイクロコントローラ」に相当するものではないと解釈した。しかし、甲2及び甲3に記載された技術的事項は、前記⑶ア(イ)、イ(イ)のとおり認定されるものであって、本件審決のように、制御端末110が家電機器の駆動部に接続して制御する装置ではないこと、AV用集中制御装置(12)がAV用機器の駆動部に接続して制御する装置ではないことと限定的に解釈すべき根拠はなく、本件審決による甲2及び甲3の記載事項から把握される技術の認定には誤りがある。 
 したがって、被告の上記主張は採用することはできない。」

[コメント]
 引用文献からどういう発明を抽出するかは、しばしば問題となる。事案によっては、認定すべき発明を細分化しすぎ(いいとこどり)であると言われる。
 本件の場合は、甲2,甲3は周知技術として認定されているものの、普遍的課題に照らして当然に考慮する設計事項にすぎない、との判断が先にあるので、その時点で、進歩性なしという事案であったと思われる。










2022年7月25日月曜日

[裁判例]車両誘導システム事件(知財高裁令和4年7月6日)

 高速道路で車両を誘導する車両誘導システムに関する特許を保有する株式会社PXZが東日本高速道路株式会社を特許侵害で訴えた事件の控訴審である。原審では、被侵害を理由に原告の訴えが棄却された。
 発明の内容は、ETCを利用するレーンと通常の料金所のレーンがあり、ETCのレーンに進入した車両を誘導するシステムに関する。ETCのレーン【A】に入った車両がETCを利用できるかどうか判定し、ETCを利用できる場合にはレーン【D】を通じてそのままETCのゲートに誘導し、ETCを利用できない場合(ETCを搭載していない場合と故障している場合のいずれも)には、第2のレーン【E】を通じてETC専用出入口の手前に誘導する。(【A】【D】【E】は下の図に対応)


請求項1は次のとおりである。

A1 有料道路料金所,サービスエリア又はパーキングエリアに設置されている,ETC車専用出入口から出入りをする車両を誘導するシステムであって, 
B1 前記有料道路料金所,サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知する第1の検知手段と,  
C1 前記第1の検知手段に対応して設置された第1の遮断機と, 
D1 車両に搭載されたETC車載器とデータを通信する通信手段と, 
E1 前記通信手段によって受信したデータを認識して,ETCによる料金徴収が可能か判定する判定手段と, 
F1 前記判定手段により判定した結果に従って,ETCによる料金徴収が可能な車両を,ETCゲートを通って前記有料道路料金所,サービスエリア又はパーキングエリアに入る,または前記有料道路料金所,サービスエリア又はパーキングエリアから出るルートへ通じる第1のレーンへ誘導し,ETCによる料金徴収が不可能な車両を,再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーンへ誘導する誘導手段と,を備え, 
G1 前記誘導手段は,前記第1のレーンに設けられた第2の遮断機と,前記第2のレーンに設けられた第3の遮断機と,を含み, 
H1 さらに,前記第2の遮断機を通過した車両を検知する第2の検知手段と,前記第3の遮断機を通過した車両を検知する第3の検知手段と,
を備え, 
I1 前記第1の検知手段により車両の進入が検知された場合,前記車両が通過した後に,前記第1の遮断機を下ろし,前記第2の検知手段により車両の通過が検知された場合,前記車両が通過した後に,前記第2の遮断機を下ろすことを特徴とする 
J1 車両誘導システム。 

 争点は、構成要件該当性、無効論(進歩性、記載要件)、損害論等、多岐にわたるが、ここでは、(争点1-イ)構成要件C1~E1の「第1の検知手段」及び「第1の遮断機」と「通信手段」との位置関係に関する構成要件の充足性を取り上げる。

[原審の判断]
 原審は、本件発明の技術的課題の1つに、車両の逆走を許さず後続の車両と衝突するおそれを防止するというものがあることに着目し、「第1の遮断機」との構成は、「通信手段」よりもETCレーンの入口側に位置することが必要というべきであるとクレーム解釈し、その結果、被告システムは、構成要件C1~E1を充足しないと判断した。

[控訴審の判断]
「ア(ア) 本件各発明の特許請求の範囲の記載は、原判決別紙の特許公報(特許第6159845号及び特許第5769141号)の該当部分記載のとおりであり、「第1の検知手段」については、有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知することや、「第1の遮断機」が「第1の検知手段」に対応して設置されたこと、「第1の検知手段」により車両の進入が検知された場合、前記車両が通過した後に、第1の遮断機を下ろす旨の記載があるのみであって、それ以上に、「第1の遮断機」、「第1の検知手段」及び「通信手段」が設置される位置関係を特定する記載はないから、それぞれが設置される位置関係によって構成要件該当性が左右されるものではないというべきである。」

[コメント]
 本明細書には、発明の目的に関し、次の記載がある。
「【0010】
  従って、本発明は、一般車がETC車用出入口に進入した場合又はETC車に対してETCシステムが正常に動作しない場合(路側アンテナと車載器の間で通信不能・不可)であっても、車両を安全に誘導する車両誘導システムを提供することを目的とする。
【0011】
  更に本発明は、ETCシステムを利用した車両誘導システムにおいて、例えば、逆走車の走行を許さず、或いは先行車と後続車の衝突を回避し得る、安全な車両誘導システムを提供することを目的とする。」

 このように明細書には2つの目的が記載されているところ、原審は第2の目的に鑑み、クレームの「第1の検知手段」「第1の遮断機」「通信手段」の位置関係を限定解釈した。これに対し、控訴審では、請求項の文言に位置関係についての限定はなく、また限定がなくとも少なくとも第1の目的は果たせられるとしている。さらに、本発明が想定する逆走車の少なくとも一部は位置関係によらず防止できるとした。
 クレームに書かれざる構成要件が読み込まれて限定解釈される場合もあるが、本件では、2つある目的のうちの1つは達せられているのであるから、原審の判断はやや強引だったような印象を受けた。
 ただし、原審のような考え方もあることに鑑みれば、発明の目的という名目では、いくつも記載しない方がよいだろう。記載したいなら、実施例が奏する効果として記載しておくべきである。



 

2022年7月14日木曜日

[EP]ゲームについての進歩性判断[T0928/03]

 古い審決であるが、審査ガイドラインでも言及されている重要な審決である。

(概要)
 出願人はコナミで、ゲームでアクティブプレイヤキャラクタを表示する技術に関する。まずは、基礎出願の記載を参照して発明の概要について説明する。
 遊技者が操作するプレイヤは、ボールを支配するプレイヤP1で、その識別を容易にするべく、CPU1は、ボールをキープしているプレイヤP1を監視し、特定する監視機能と、このプレイヤP1の足元のフィールド面にリング状のガイドG1を表示するガイド表示機能と、プレイヤP1の進行方向、乃至は足元に対するボールの方向に向けられる矢印で示すガイドG2を、ガイドG1とは異なる色で表示する方向ガイド表示機能とを備えて、方向の容易な認識を可能にしている。
 側近の味方のプレイヤP2、すなわち、基本的には、パスが可能なプレイヤP2には足元から4方向に放射状に延びるガイドG3が、CPU1の持つ第2のガイド表示機能によって、ガイドG1と同色で表示さ れている。この第2のガイド表示機能は、更に、プレイヤP2が画面から外れて、ガイドG3が見えなくなった場合にも、その方向に沿った画面の端に、その一部を表示させるようにして、プレーヤP1のパスすべき方向を 好適に案内するようになされている。 


まとめると、プレイヤキャラクタに表示されるガイドは、以下のとおりである。。
・ガイドG1(環状)・・プレーヤP1(操作対象)の足元
・ガイドG2(矢印)・・プレーヤP1の進行方向
・ガイドG3(放射状)・・側近の味方プレーヤP2の足元
 ※ガイドG3は、プレーヤP2が画面から外れても画面の端に一部を表示

(請求項)
1. モニター画面(13)に表示された複数のプレイヤキャラクタ(P1、P2、P3)をそれぞれ有する数チームが単一のゲーム媒体(b)で互いに競争するタイプのビデオゲームシステムで使用するための案内表示装置であって、前記チームの少なくとも1つがコントローラ(8)を介してゲームプレイヤの制御下にある前記案内表示装置であって、
 前記ゲーム媒体(b)を保持するプレイヤキャラクタ(P1)を特定するための監視手段と、
 前記監視手段により特定されたプレイヤキャラクタ(P1,P2,P3)に付随し、前記監視手段により特定されたプレイヤキャラクタ(P1)により前記ゲーム媒体(b)が保持されていることを示すガイドマーク(G1,G2)を表示するガイド表示手段と、を備え、
 [a]前記ガイドマーク(G1,G2)は、リング状であり、前記プレイヤキャラクタ(P1,P2,P3)の周囲のフィールド面(f)の画像上で、前記プレイヤキャラクタ(P1,P2,P3)の足付近の位置で表示され、
 [b]前記ガイド表示手段は、前記ゲーム媒体(b)を保持している前記プレイヤキャラクタ(P1)と同じチームに所属し、前記ゲーム媒体(b)を保持している前記プレイヤキャラクタ(P1)から最も容易に前記ゲーム媒体(b)を渡すことができる他のプレイヤキャラクタ(P2)に付随するパスガイドマーク(G3)をさらに表示し、
 [c] 前記ガイド表示手段は、前記プレイヤキャラクタ(P1)が前記ゲーム媒体(b)を渡す方向を適切に示すために、前記別のプレイヤキャラクタ(P2)と前記パスガイドマーク(G3)が前記モニタ画面の表示領域から出たときにも前記表示領域の端部に前記パスガイドマーク(G3)の一部が表示されるように前記別のプレイヤキャラクタ(P2)に同行して前記パスガイドマークを表示することを特徴とする、方法。

(主引例)
主引例には、プレイヤキャラクタの頭上に、どのプレイヤがボールのコントロールを獲得したかを示す三角形のコントロールマーク「m」が示されている。

(審判部の判断要旨)
 以下の説明で、ユーザによって制御されるプレイヤキャラクタをアクティブプレイヤキャラクタという。
 主引例は、請求項の構成[a]~[c]を開示していない。

[a]リング状のガイドマークをアクティブプレイヤキャラクタの足元に表示する構成について
 主引例のガイドマークmが他のプレイヤキャラクタによって隠ぺいされる問題は、必然的に発生するものであり、自明である。ガイドマークの視認性を維持するためにサイズを大きくすることは当然であり、特徴[a]による技術的貢献は進歩性を伴うものではない。

[b]アクティブプレイヤ(第1の関心点)に加え、パスを最も渡しやすい他のプレイヤキャラクタ(第2の関心点)にパスガイドマークを表示する構成
 サッカーのようなチームゲームをプレイするルールに鑑みると、明白な追加的関心点は、達成すべきゲームおよび目標の枠組みにおいてアクティブプレイヤキャラクタが最も容易にボールをパスすることができるチームメイトである。様々な注目点が選手のキャラクタを表していることは、ゲームの非技術的なルールに起因するものであり、したがって、非自明性の認定を裏付けることはできない。

[c]上記他のプレイヤキャラクタとパスガイドマークが画面の外に外れたときに、パスガイドマークの一部を画面の端に表示する構成
 チームメイトの位置をユーザーが知るべきであるという事実は、ゲームルールの直接的な帰結とみなすことができるが、そのような位置をどのように知らせるかという技術的実現は、ゲームルールとは関係がない。
 構成[c]による技術的貢献は、画像の拡大部分(ユーザーがズームした可能性がある)を表示することと、表示領域より大きい関心領域の概観を維持することの相反する技術的要件に対処するものである。
 相反するディスプレイ要件を処理する様々な妥協案が知られているが、本願の特徴[c]が提供する解決策は、モニタ画面の端部にある単純なガイドマーク(最小限の周辺ディスプレイ表面を占有する)の助けを借りてディスプレイ機能を拡大し、画像の拡大部分を見るときにユーザーが方向を知ることを可能にするものである。


(コメント)
 ゲームにはルールがある。この例のサッカーゲームでは、チームメイトでパスをし、ボールをゴールに運ぶのがルールである。このルール自体は非技術的な事項である。
 非技術的事項に着目したときに当業者ならだれでもやるようなこと、つまり、パスをしやすい他のプレイヤキャラクタにガイドマークを表示することは、非自明性の認定の裏付けにならない(構成[b])。
 他のプレイヤキャラクタが画面外に出てしまったときにパスコースを知らせたいという制約条件が与えられたときに、これをどうやって実現するかということにつき、工夫があれば、進歩性が認められる。本事案では、その工夫というのが、モニタ画面の端部にガイドマークの一部を表示することであった。
 
 この審決からの学びとしては、ゲームのルール自体は技術的貢献ではない。ゲームルールから導かれる直接的な技術的事項(目立たせるべきキャラクタにマークを付す)は非自明性の認定を裏付けない。ゲームルールによって与えられる制約条件を解決する技術的手段が自明ではなく、効果のある解決手段を提供した場合、非自明性を裏付けになる。


2022年7月13日水曜日

[審査基準]学習済みモデルの発明該当性

 審査基準では、学習済みモデルが発明に該当する事例(事例2-14、下記請求項)が挙げられている。app_z_ai-jirei.pdf (jpo.go.jp)

【請求項1】
 宿泊施設の評判に関するテキストデータに基づいて、宿泊施設の評判を定量化した値を出力するよう、コンピュータを機能させるための学習済みモデルであって、 
 第1のニューラルネットワークと、前記第1のニューラルネットワークからの出力が入力されるように結合された第2のニューラルネットワークとから構成され、
 前記第1 のニューラルネットワークが、少なくとも1つの中間層のニューロン数が入力層のニューロン数よりも小さく且つ入力層と出力層の ニューロン数が互いに同一であり各入力層への入力値と各入力層に対応する各出力層からの出力値とが等しくなるように重み付け係数が学習された特徴抽出用ニューラルネットワークのうちの入力層から中間層までで構成されたものであり、
 前記第2のニューラルネットワークの重み付け係数が、前記第1のニューラルネットワークの重み付け係数を変更することなく、学習されたものであり、
 前記第1のニューラルネットワークの入力層に入力された、宿泊施設 の評判に関するテキストデータから得られる特定の単語の出現頻度に対し、前記第1及び第2のニューラルネットワークにおける前記学習済みの重み付け係数に基づく演算を行い、前記第2のニューラルネットワークの出力層から宿泊施設の評判を定量化した値を出力するよう、コンピュータを機能させるための学習済みモデル。

 この請求項の成り立ちとしては、「・・学習されたものであり、」までが、学習済みモデルの構造および学習のさせ方を規定しており、それ以降が学習済みモデルの利用について規定している。


 さて、上記の例にならって、“学習済みモデルの構造”+「・・するよう、コンピュータを機能させるための学習済みモデル」と記載すれば、学習済みモデルの発明該当性は認められるのであろうか?
 答えはNOである。

 審査基準によれば、上記請求項の記載に加えて発明の詳細な説明の記載(★)も参酌すれば、当該請求項 1 の末尾が「モデル」であっても「プログラム」であることが明確であること、をもって発明該当性を認めるとしている。

★審査基準の例では、発明の詳細に以下の記載がある。
[発明の詳細な説明]
 本発明の学習済みモデルは、人工知能ソフトウエアの一部であるプログラムモジュールとしての利用が想定される。 ・・・
 本発明の学習済みモデルは、CPU及びメモリを備えるコンピュータにて用いられる。具体的には、コンピュータのCPUが、メモリに記憶された学習済みモデルからの指令に従って、第1のニューラルネットワークの入力層に入力された入力データ(宿泊施設の評判に関するテキストデータから、例えば形態素解析して、得られる特定の単語の出現頻度)に対し、第1及び第2のニューラルネットワークにおける学習済みの重み付け係数と応答関数等に基づく演算を行い、第2のニューラルネットワークの出力層から結果(評判を定量化した値)を出力するよう動作する。

 上記の請求項の記載だけだと、
①ニューラルネットワークの重み付け係数(パラメータセット)という解釈と、
②ニューラルネットワークの重み付け係数(パラメータセット)+CPUへの指令(=プログラム)という解釈、
の両方が可能であり、①の場合には、単なる情報の提示に該当するため、発明該当性が認められない。

 下記の説明資料の73頁右下を参照されたい。
「(*)請求項1に係る学習済みモデルは、ニューラルネットワークの重み付け係数(パラメータ セット)のみで構成されるものではなく、「プログラム」である」
との記載があり、学習済みモデルという記載であってもプログラムであるから発明該当性ありとしている。
 
 学習済みモデルでも発明該当性が認められるというと、コンピュータを機能させるために用いるパラメータセットだけでも発明になるようにも聞こえるが、実際にはプログラムであることを明確に求めている。
 上記①の学習済みモデルが発明になるかのような言い方をしているのは、やや理解に苦しむところである。学習済みモデルと書いてあってもプログラムだからOKというのではなく、学習済みモデルを含むプログラムと書きなさいと言った方が直接的でスッキリする。



2022年6月30日木曜日

[裁判例]ウェブ情報提供方法事件(知財高裁令和4年4月21日)

  ウェブ情報提供方法に関する特許を有するジェイキャストが、Zホールディングスを訴えた特許侵害訴訟の控訴審である。一審では、ジェイキャストの訴えが認められ、10億円以上の損害賠償請求が認められたが、控訴審では非侵害の結論となった。
 判決文には閲覧制限がかけられているため被告システムの構成は明らかではないが、クレーム解釈の相違によって結論が変わった。
 
 発明は、アクセスポイントの地域性を利用してターゲット広告を出すという内容であり、特許請求の範囲は次のとおりである。

1A 通信ネットワークを介して,ウェブ情報をユーザ端末に提供するウェブ情報提供方法において,
1B1 ユーザ端末に接続されたアクセスポイントが該ユーザ端末に割り当てた前記アクセスポイントのIPアドレス,およびIPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベースを用いて,
1B2 前記ユーザ端末に割り当てられたIPアドレスを所有するアクセスポイントが属する地域を判別する第1の判別ステップと,
1C 前記判別された地域に基づいて,該地域に対応したウェブ情報を選択する第1の選択ステップと,
1D 前記選択されたウェブ情報を,前記IPアドレスが割り当てられたユーザ端末に送信する送信ステップと,
1E を有したことを特徴とするウェブ情報提供方法。

 争点となったのは、1B1,1B2で、「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベースを用いて」いるかどうか、より具体的には、「アクセスポイントに対応する地域」をどう解釈するかである。

 一審判決および原告の主張は、「アクセスポイントが利用している物理的回線網等の敷設範囲に相当する地域」であり、被告の主張は「アクセスポイントの設置されている地点とその近傍の一定の地域」である。

[裁判所の判断]
イ 構成要件1B2の「第1の判別ステップ」及び構成要件2B2の「第1 の判別手段」において,「判別」の対象となっているのは「アクセスポイントが属する地域」である。ここで「アクセスポイント」はインターネットやパソコン通信のホストにアクセスするために各地に設けられるモデム 等の接続点を意味し(甲16の2),「属する」とは「範囲内にある」と いう意味であるから(乙57),文言上,「アクセスポイントが属する地域」とは,「アクセスポイントという接続点が設置された各地点がその範囲内にある一定の地域」と解釈される。 

エ 以上によれば,本件各発明は,①当該アクセスポイントは一定の範囲の連続するIPアドレスを所持していること,②アクセスポイントに接続す るユーザ端末は,同端末が存在する地域と同じ地域に所在するアクセスポイントに接続することが一般的であること,③アクセスポイントは,接続されたユーザ端末に,所持するIPアドレスを一つ割り当てること,というインターネット接続の基本的な仕組みに関する技術的事項を前提とした上で,本件特許出願当時には,一般ユーザのインターネット接続方式はダイヤルアップ接続がほとんどであり,ダイヤルアップ接続においては,ユーザの発信地域以外の地域にあるアクセスポイントに接続することが可能であるものの(本件明細書等の段落【0038】),同方式によるユーザ は,電話料金を抑えるため,自分のいる場所から市内通話料金(単位料金区域)内の最寄りのアクセスポイントにアクセスして接続を行うことが通常であり(甲3,甲68,甲69,甲70,甲71),各アクセスポイン トはそのアクセスポイントの近傍からアクセスしてきたユーザにそのアクセスポイントが所持するIPアドレスを付与していたことを踏まえ,ダイヤルアップ接続を前提として,出願当時,ダイヤルアップ接続においては, ISPは日本全国に多数のアクセスポイントを設置していたため(甲68,甲69,甲72),アクセスポイントは一定の地域性を有していること, ユーザは単位料金区域内の最寄りのアクセスポイントに接続するのが通常であることから,ユーザ端末はアクセスポイントの設置された地点の近傍に所在する蓋然性が高いという経験則があることを利用して,そのアクセスポイントの設置場所の近傍をユーザが所在する地域と想定することによって,ユーザの所在する地域に対応した地域情報をある程度の確率で提供することができるという技術的思想に基づくものと認められる。 
オ そうすると,「アクセスポイントに対応する地域」等とは,「アクセスポイントの設置されている地点とその近傍の一定の地域」と解釈するのが相当であり,また,「近傍の一定の地域」とは,原則として,ダイヤルアップ接続を前提として,同一の市内通話料金で通信することができる地域, すなわち単位料金区域を指すものと解するのが相当である。

このように、裁判所は、本発明はダイアルアップ接続を前提とした発明であり、アクセスポイントにアクセスしてくるユーザは自然とその近傍に所在しているということを利用し、アクセスポイントの設置されている地点を規定したものだと述べた。

[原審との対比]
 控訴審の判断と原審の判断を対比すると非常に面白い。立場変わればここまで違うか、という感じ。

〇ダイアルアップ接続について
(原審)
しかし,本件特許出願日当時におけるダイヤルアップ接続であろうと,NTT東西の設立後のIP網等であろうと,ユーザ端末が同端末の存在する地域と同一地域内にあるアクセスポイントに接続し,当該アクセスポイントがその所持する一定の範囲のIPアドレスの一つを割り当てるという前提は同一であり,これにより,いずれの方式によっても,IPアドレ スと「アクセスポイントに対応する地域」等とを対応付けることが可能となるのであるから,ダイヤルアップ接続であろうが常時接続であろうが変わることなく本件各発明の技術思想は当てはまるというべきである。 

(控訴審)
しかしながら,前記1⑵イのとおり,そもそも「地域IP網」が現れたのは,平成11年以降のことであり,本件特許出願時(平成10年6月26日)には存在しない仕組みであって,出願当時に存在した技術常識ともいえず,当然,本件明細書等には記載も示唆もされていない。したがって,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たり,上記事実を参酌することはできないというべきである。

〇審査経過について
(原審)
しかし,本件補正に係る意見書(甲12の14)によれば,原告は,ユ ーザの発信地域とアクセスポイントに対応する地域等が同一であることを前提としつつも,「ユーザの発信地域は,ユーザ端末101aがアクセ スポイント109aに接続されているため,正確にはアクセスポイント109aに対応する地域であること」(同2頁)等を考慮し,「地域」とい う文言を「アクセスポイントに対応する地域」に補正したものと認められる。 
このように,本件補正は特許請求の範囲の文言の意味を明確化するものにすぎないというべきであり,本件補正は判別される地域を限定したもの であるとの被告の上記主張は理由がない。 

(控訴審)
そして,このことは,本件特許の出願経過からも明らかである。すなわち,本件特許の出願経過は原判決「事実及び理由」第2の2⑵イ記載のと おりであるが,一審原告は,出願経過中の本件補正により,「IPアドレスと地域とが対応したIPアドレス対地域データベース」を「IPアドレ スとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域デ ータベース」とし,さらに「IPアドレスが属する地域」を「IPアドレ スを所有するアクセスポイントが属する地域」(甲12の13)として,自ら「アクセスポイントが対応する」及び「アクセスポイントが属する」 をあえて付加している。そして,一審原告は,意見書(甲12の14)に おいて,「アクセスポイントが属する地域を判別することについては,・・・ユーザの発信地域は,ユーザ端末101aがアクセスポイント109aに接続しているため,正確にはアクセスポイント109aに対応する地域である」と説明し,さらに,本件拒絶査定不服審判における審判 請求書(甲12の16)において,「・・・,IPアドレス対地域データ ベースにおいてはIPアドレス毎にアクセスポイントが設置された地域,例えば県や市,さらには市よりも狭い地域を対応付けておくことによって, ユーザ端末が接続しているアクセスポイントの属する地域から,ユーザ端末の地域を県単位,市単位または市よりも狭い地域単位で判別することができるという顕著な効果を奏します」と述べている。このように,一審原告自らが「アクセスポイントに対応する地域」等の解釈につき,IPアドレス毎にアクセスポイントが設置された地域を対応付けることを意味するものと主張していたものである。 


 

 

2022年6月28日火曜日

[米国]クレーム解釈についての判決

  NATURE SIMULATION SYSTEMS INC.,(以下「NSS」)とAUTODESK, INC. の特許侵害訴訟。地裁がNSSの特許クレームは不明確であると判断したのに対し、CAFCが地裁の判断を誤りであると判断した。

[経緯・背景]
 被告であるAUTODESKは、専門家の宣誓供述書を提出し、NSSの特許クレームは不明確であると主張した。
 これに対し、NSSは、問題となっている文言は明細書に明確に記載されており、クレーム解釈を要せず、本技術分野の通常の意味に解釈すればよいと反論した。

 地裁は、専門家が当業者が理解できないと言っている場合に、クレームが明確かどうかを判断するためには、未回答の問題についての議論を見るしかないとし、クレーム文言について「未回答の問題」がある場合には、そのクレーム文言は不明確であると判断した。
 また、地裁は、明細書で「未回答の問題」に答えたとしても、クレームで答えていなければ、明確性の要件は満たさないとした。

[CAFCの判断]
 クレームは、クレーム文言、明細書、審査経過などの内部証拠に基づき、足りなければ、関連する科学的原則、技術用語の意味、技術水準などの外部証拠を参酌して解釈すべきである(Phillips v. AWH Corp)。地裁の判断は、このクレーム解釈のプロトコルを採用せず、「未回答の問題」という基準で判断しており、誤りであるとした。

 また、CAFCは、米国特許法112条の条文から見て、クレームの主たる機能は、排除する権利の境界を通知し、限界を定めることであり、発明を説明することではないと述べ、未回答の問題にクレームで答えなければ明確性の要件を満たさないとの地裁判断を否定した。
 
 さらに、CAFCは審査経過との関係について、次のように述べた。
 PTOの審査官は、特許性の法定要件だけでなく、関連技術にも精通しているとみなされるから、審査官の行動は、公的機関の行動として適切な敬意を払うべきである。我々は、審査官が、出願を許可する状態にすることをまさに目的としてクレームを修正することを選択した場合、クレームに不明確な用語を導入することはないと推定する。 
 なお、最後の見解に対しては、DYK判事による反対意見(特許審査官が不明確な表現を導入したという事実は、特許法112条の要件をクレームから免責するものではない。)が付されている。




2022年6月26日日曜日

[米国]IPRでAAPAは使えるか。

  米国のIPR(Inter partes review)でAAPA(発明者が自認した先行技術:Applicant Admitted Prior Art)を使えるかどうかが争点となったCAFC判決(Qualcomm v. Apple, CAFC 2020-1558, 2020-1559)についての報告。

[背景・経緯]
 米国の審査においては、AAPA、すなわち、自身の明細書で先行技術として記載した技術は、その出願に対する先行技術として扱われ、拒絶の理由となり得る。このことは、MPEPにも記載されている。
 
 IPRは、申立の根拠について、次のように定めている。

311条(IPR)
(b) Scope.--A petitioner in an inter partes review may request to cancel as unpatentable 1 or more claims of a patent only on a ground that could be raised under section 102 or 103 and only on the basis of prior art consisting of patents or printed publications. 

 下線で示した部分によりをどう解釈するかが問題となった。

 特許権者であるQualcommは、IPRにおいてAAPAを基礎(basis)として用いることは認められていないと主張し、申立人であるAppleは特許または刊行物(書類それ自体が先行技術でなくとも)に含まれるあらゆる「先行技術」をIPRに用いることができると主張し、PTABはAppleの主張を認めた。

[CAFCの判断]
 311条(b)の条文の文言や従前の司法解釈からみて、IPRでは特許または刊行物それ自体が先行技術であることが必要である。したがって、対象特許に記載されているいかなる記載も先行技術とはならないと判断した。
 ただし、AAPAであるということによって一律にIPRから除外されるわけではない。IPRで、申立人が先行文献以外の証拠(専門家の証言等)に依拠することができるのと同じように、特許クレームが自明であるか否かを評価する際に、特許明細書での自認に依拠することは適切であると述べた。



2022年6月10日金曜日

[商標]類否判断トレーニング

 商標類否判断のトレーニングのサイトを作成しました。

http://trademarkquiz.jp/quiz_trade_mark/

最近の審決、審査より題材を抜粋した。
審決ではほとんどが非類似と判断されている。審査で類似→審決取消で権利者が諦めた例(指定商品の削除等で登録審決)は、審査での商標「類似」の判断し、類似例としている。

類否判断には、若干のブレがあるように思う。特に、審査と審判では違うような印象である。しかしながら、グレーゾーンがあるということを認識した上で、どの辺から類似でどの辺からが非類似かを知ることには意味があると思う。

不具合などありましたら、ぜひ、ご連絡ください。

商標類否の非類似の理由はだいたい3パターンに分類され、次の順序で見ていけばよいと思う。
ステップ1 対比し得る部分を分離できるかどうか?
      一体不可分を理由に対比し得る部分を分離できなければ非類似。
ステップ2 対比し得る部分の称呼が類似するか?
      称呼が類似しなければ、ほぼ非類似。
ステップ3 称呼が類似している場合、全体として相紛れるか?
      称呼共通でも外観が著しく異なり、相紛れない場合は非類似。
     



2022年5月17日火曜日

無効審判と異議申立

これは単に思ったこと。

無効審判と異議申立、権利をつぶす観点からそれぞれの勝率が着目されるのは当然であり、統計的には大きな差がないことは、以前の投稿で記載したとおりである(2021/9/8、2020/9/9)。

そうすると、どちらも提起できる時期には匿名で提起できる異議申立が有利ということになる。しかし、審理の過程で特許権者に何を言わせるか、禁反言により何を権利範囲から除外させることができるか、という観点からは両者はかなり違う。

というのは、異議申立では取消理由があるかどうかをまず審判官が審理して、取消理由ありと判断された場合だけ、特許権者は反論すればよい。したがって、権利が維持されるという結論は同じでも、特許権者の反論が必要ないかもしれない。そうすると、権利には全くキズがつかない。
これに対し、無効審判では、まず、特許権者に反論の機会が与えられるので、審判官がどの点に着目するかということを知る前に反論しなければならず、いきおい「反論できるところは反論しておこう」ということになる。その中で、権利の限定材料が出てきたり、権利範囲の外延がより明確になる可能性がある。
異議申立の場合には、そもそも反論しなくてもよいかもしれないという上記の点に加え、審判官が取消の理由と考えている理由が分かるから、反論のポイントを絞りやすい。

ただし、無効審判の場合には、請求人が分かってしまうので、請求人の製品を研究されてしまうということはあるかもしれない。そうするとやはり一長一短か。


2022年4月26日火曜日

[米国]著作権侵害訴訟(メモ)

本日の研究会で知ったことのメモ。

・ 米国では、著作権侵害訴訟を提起するためには、著作権が登録されていることが必要

・セーフハーバー規定・・・特定の行為が特定の規則に違反しないとみなされることを指定する法令または規則の規定。

・Unicolors v. H&Mの最高裁判決(2022年2月24日)
 Unicolorsによる著作権の登録申請が正確でなかったことで登録が無効かという争点について、事実誤認だけでなく法律誤認があったという理由だけで登録が無効ということはないと判断。



2022年4月18日月曜日

[EP]技術的特徴と非技術的特徴からなるクレーム (審査ガイドライン)例1~5まとめ

 例1~例5の概要は以下のとおり。

発明概要

判断

1

ユーザが購入したい2つ以上の商品を選択すると、ユーザの現在位置に基づき、商品を購入するのに最適なルートを提示する発明

ユーザに2つの商品を選択させ、その2つの商品を購入する最適ルートを提供するというビジネス上のアイデアは技術的課題を設定する際には、満たすべき制約として与えられる。

その制約を満たすために技術的に何をしたか、という問題になる。進歩性なし。

2

貨物輸送のオファーとデマンドをユーザの現在位置に基づいてマッチングする発明

請求項の構成要件において、技術的な構成要素が主体となっていないため、ビジネス方法と技術的特徴が分離された。GPS端末を使った受注管理という全く違う先行技術を元に進歩性なし。

3

放送メディアを送信する際に、データ接続の最大レートで伝送を行うのではなく、ユーザが契約したデータレートで伝送するシステムの発明

最大レートより低いデータレートで送信するのは、顧客がその価格モデルに従ってデータレートのサービスレベルを選択することを可能にするという商業目的である。技術的課題を設定する際に、制約として与えられる。進歩性なし。

4

赤外線カメラの画像に基づいて、建物内の結露のリスクのある領域をユーザに示す発明

先行技術との相違点は、赤外線カメラを使ったこと、過去の平均温度・湿度を用いて結露温度を計算したこと。

相違点は、技術的効果に貢献する。技術的課題は、表面上の結露のリスクをより正確かつ信頼性の高い方法で判断する方法である。進歩性あり。

5

被処理物をコーティングする方法に関し、溶射コーティングプロセスのパラメータを自動調整する発明

先行技術との相違点は、ニューラルネットワークかニューロファジーコントローラか。

相違点に起因する効果がなく、代替解決策の提供にすぎない。進歩性なし。


上記の例から分かる注意点としては、次のようになる。

・相違点が、ビジネス上のアイデア、商業目的をアルゴリズム化したもの。
 →例1,例3 ビジネスアイデアは要求仕様として与えられる。進歩性なしとなり勝ち。
 →例2 書き方が悪いと、技術的側面として残るのは、コンピュータやGPSだけ。

・相違点が、技術的効果に貢献する。→例4 進歩性ある可能性(副引例との関係)

・相違点に起因する技術的効果なし。→例5 進歩性なし。寄せ集め。


2022年4月14日木曜日

[EP]技術的特徴と非技術的特徴からなるクレーム (審査ガイドライン)例5

 例5は、被処理物をコーティングする方法に関し、溶射コーティングプロセスのパラメータを自動調整する発明である。

「請求項1
溶射法を用いて被処理物をコーティングする方法であって、該方法は、以下を含むことを特徴とする、溶射法:
(a)スプレージェットを用いて、溶射によってワークピースに材料を塗布する;
(b)溶射ジェット中の粒子の特性を検出し、その特性を実測値として供給することにより、溶射プロセスをリアルタイムで監視する;
(c)実測値と目標値を比較する;実測値が目標値から乖離している場合,
(d)溶射コーティングプロセスのプロセスパラメータをニューラルネットワークに基づくコントローラによって自動的に調整し、前記コントローラは、ニューラルネットワークとファジー論理ルールとを組み合わせ、それによってニューロファジーコントローラの入力変数と出力変数の間に統計的関係をマッピングするニューロファジーコントローラである。 」

 この発明に最も近い文献D1は、「溶射ジェットを用いてワークピースに材料を塗布し、前記溶射ジェット中の粒子の特性の偏差を検出し、ニューラルネットワーク解析の結果に基づいてプロセスパラメータを自動的に調整することによる溶射プロセスの制御方法を開示している。」
 例5の発明とD1との違いは、D1ではニューラルネットワークを用いているのに対し、例5の発明では、ニューラルネットワークとファジー論理ルールとを組み合わせたニューロファジーコントローラを用いる点である。

 人工知能に関連する計算モデルやアルゴリズムは、それ自体、抽象的な数学的性質を持っているが、相違点にかかる特徴は、技術的目的に資する技術的効果の発生に寄与し、それによって発明の技術的性質に貢献するから、進歩性の評価において考慮される。これは、例4の場合と同じである。

 課題ー解決アプローチの客観的な技術的課題、および自明性の判断は、次のとおり。

「ステップ(iii)(c):客観的な技術的課題は、客観的に立証された事実に基づき、請求項の技術的特徴に直接的かつ因果的に関連する技術的効果から導き出されるものでなければならない。
 本件では、溶射プロセスへの具体的な適応に関する詳細な説明もなく、ニューラルネットワーク解析とファジーロジックの結果を組み合わせてパラメータを算出するという事実だけでは、プロセスパラメータの異なる調整以上の技術的効果を信頼性高く保証することはできない。特に、請求項1の特徴の組合せにより、コーティング特性または溶射方法の品質が向上することを認める証拠は見いだせない。このような証拠がない場合、客観的な技術的課題は、D1において既に解決されている溶射プロセスを制御するプロセスパラメータの調整という問題に対する代替的な解決策を提供することである。

「自明性:D1の教示から出発し、上記の目的技術的課題を課された制御工学の分野の当業者(G-VII、3)は、プロセスの制御パラメータを決定するための代替的解決策を探すであろう。
 第2の先行技術文献D2は、制御工学の技術分野において、ニューロ・ファジー制御器を提供するニューラルネットワークとファジー論理ルールの組み合わせを開示している。この先行技術から、本願の出願日において、ニューロファジーコントローラは、制御工学の分野でよく知られ、適用されていることが明らかになった。したがって、本解決は自明な代替案であると考えられ、請求項1の主題は進歩性がない。」

 相違点にかかるニューロファジーコントローラは公知技術であり、例5では、ニューラルネットワークに代えて、単にニューロファジーコントローラを使ったというだけであり、進歩性が認められないのは、至極当たり前に思われる。なぜなら、溶射コーティングプロセスのパラメータを自動調整にニューロファジーコントローラを用いたことによる技術的効果がなければ、公知技術の寄せ集めにすぎないので。
 
 ところで、この例における客観的な技術的課題を「代替的な解決策を提供すること」としているのは、進歩性なしという結論に結び付ける、うまい問題設定だと思った。
 例4では、「表面上の結露のリスクをより正確かつ信頼性の高い方法で判断する方法」という定式化を行っており、単に代替策ということではなく、正確かつ信頼性の高いというところまで技術的課題と設定しているため、この技術的課題の技術的解決を示唆する他の先行技術がなければ進歩性ありという結論になる。一方、例5では「代替的な解決策」を技術的課題としているため、ニューロファジーコントローラが知られていれば進歩性が否定されるという寸法である。
 公知技術を適用しただけで特段の効果が見えなければ、それは寄せ集めにすぎず進歩性なしという結論は普通だと思っていたので、そこまで分析的に考えたことはなかったが、客観的な技術的課題という考え方を介在させるとすれば、そういう課題(代替的な解決策の提供)を設定することになるのだろう。

[EP]技術的特徴と非技術的特徴からなるクレーム (審査ガイドライン)例4

  例4は、赤外線カメラの画像に基づいて、建物内の結露のリスクのある領域をユーザに示す発明である。例1~例3はいずれも進歩性のない事例であったが、この例は進歩性がある事例である。

「請求項1
建物内の表面について結露のリスクが高まっている領域を決定するコンピュータ実装方法であって、以下のステップを含む、コンピュータ実装方法:
(a)赤外線(IR)カメラを制御して、表面の温度分布の画像を撮影するステップ;
(b)過去24時間に渡って建物内で測定された空気温度および相対空気湿度の平均値を受け取るステップ;
(c)前記平均空気温度及び平均相対空気湿度に基づいて、前記表面に結露する危険性がある結露温度を計算するステップ;
(d)画像上の各点における温度を、前記算出された結露温度と比較するステップ;
(e)計算された結露温度より低い温度を有する画像ポイントを、表面上の結露のリスクが増大した領域として特定するステップ;
(f)ステップ(e)で特定された画像ポイントを特定の色で着色することによって画像を修正し、結露のリスクが高まっている領域をユーザに示すステップ。」

 ステップ(a)は明らかに技術的であるが、数学的なステップであるステップ(b)~(e)が技術的か否かが、最初に検討されている。

「したがって、アルゴリズムや数学的なステップ、および情報の提示に関するステップが、発明の文脈において、技術的効果の発生に寄与し、それによって発明の技術的性質に貢献するかどうかを評価する必要がある。
 上記のアルゴリズムおよび数学的ステップ(b)~(e)は、物理的特性の測定値(IR画像、測定された空気温度および時間経過による相対空気湿度)から、存在する現実の物体(表面)の物理的状態(結露)を予測するために使用されるので、技術的目的に役立つ技術的効果に貢献するものである。これは,表面上の結露のリスクに関する出力情報をどのように使用するかに関係なく適用される(G-II, 3.3,特に小項目 "技術的用途 "を参照されたい)。したがって、ステップ(b)~(e)は発明の技術的性質にも寄与する。」

 物理的な測定値から物理的状態を予測しているので、技術的効果に貢献し、技術的性質に寄与する。

ーーー
 例4の発明に最も近い先行技術は、次の文献D1である。
「文献D1には、表面に結露が生じる危険性を判断するために、表面を監視する方法が開示されている。結露のリスクは、表面上の1点についてIRパイロメータを介して得られた温度測定値と、実際の周囲空気温度および相対空気湿度に基づいて計算された結露温度との差に基づいて決定される。そして、その差の数値を、当該地点の結露の可能性を示す指標としてユーザーに提示する。」

 請求項1の主題とD1との相違点は、以下の通りである。
「(1)赤外線カメラが使用されている(表面の1点の温度しかとらえないD1の赤外線パイロメーターの代わりに);
(2)過去24時間に渡って建物内部で測定された空気温度と相対空気湿度の平均値を受信し;
(3)平均気温と平均相対湿度に基づいて結露温度を計算し、表面のIR画像上の各点の温度と比較する;
(4)計算された結露温度より低い温度を持つ画像点を、表面上の結露のリスクが高い領域として識別する;
(5)結露の危険性が高い箇所を色で表示する。

 以上のように、(1)~(4)の特徴は、クレーム対象の技術的性質に貢献するものであり、技術的課題の設定に際して考慮されるべきものである。これらの特徴は、(一点ではなく)すべての表面領域を考慮し、日中の温度変化を考慮する結果、結露の危険性についてより正確で信頼性の高い予測を行うという技術的効果をもたらす。」

 その一方で、(5)の特徴は、利用者の主観的選好に依存するので、技術的効果をもたらさないとされた。

 上記の分析から、課題-解決アプローチによって客観的な技術的課題は、「表面上の結露のリスクをより正確かつ信頼性の高い方法で判断する方法」と定式化された。

ーーー
「自明性 :表面上の温度測定値を得るために赤外線カメラを使用することは、発明行為を行うことなく、サーモグラフィの分野における通常の技術開発であると考えることができる。IR カメラは、本件の有効な出願日において周知であった。IRカメラを使用することは、当業者が表面の温度分布を得るために、IRパイロメータを使用して監視対象表面の複数の点の温度を測定することに代わる、簡単な方法である。
 しかしながら、D1は、表面上の温度分布を考慮し(単一点での温度とは対照的に)、空気温度の平均値を計算し、過去24時間にわたって建物内で測定された相対空気湿度を考慮に入れることを示唆していない。また、結露のリスクを予測するために、時間の経過とともに建物内部で現実的に発生する可能性のある異なる条件を考慮することを示唆するものでもない。
 特徴(1)〜(4)によって定義される客観的な技術的課題の技術的解決を示唆する他の先行技術がないと仮定すると、請求項1の主題は進歩性を有する。」

 上に下線を引いたところは、例1と対比して非常に異なる部分である。例1を振り返ってみると、
(1)ユーザは、(単一商品のみではなく)2つ以上の商品を選択して購入することができる。
(2)2つ以上の製品を購入するための「最適なショッピングツアー」がユーザーに提供される。
という2つの相違点は、客観的な技術的課題を把握する際に、満たすべき制約として組み込まれてしまっていた。
 これに対し、例4では、特徴(1)〜(4)は、客観的な技術的課題として評価されている。
 この違いは、例4においては、数学的なステップであるステップ(b)~(e)が「技術的目的に役立つ技術的効果に貢献するものである。」ためと考えられる。例1では、相違点(1)(2)は、「技術的な目的はなく、これらの相違点から技術的な効果を見出すことはできない。」と判断されていた。
 つまり、相違点にかかるアルゴリズムが「技術的目的に役立つ技術的効果に貢献するか」という点がポイントだと思う。

 この点について、ガイドラインの備考も次のように記載している。

「備考 :この例は、G-VII,5.4第2段落で扱った状況を示している。すなわち、単独では非技術的であるが、請求項に係る発明の文脈において、技術的目的に資する技術的効果の発生に貢献する特徴(アルゴリズム/数学的ステップである特徴(b)〜(e))である。当該特徴は、発明の技術的性質に貢献するものであるため、進歩性の存在を裏付けることができる。」

2022年4月11日月曜日

[EP]技術的特徴と非技術的特徴からなるクレーム (審査ガイドライン)例3

 例3は、放送メディアを送信する際に、データ接続の最大レートで伝送を行うのではなく、ユーザが契約したデータレートで伝送するシステムの発明である。

「請求項1 
 データ接続を介して遠隔端末に放送メディアチャンネルを送信するためのシステムであって、前記システムは以下を含む:
(a)遠隔端末の識別子と、前記遠隔端末へのデータ接続の利用可能なデータレートの表示とを記憶する手段であって、前記利用可能なデータレートは、前記遠隔端末へのデータ接続の最大データレートよりも低いことを特徴とする記憶手段;
(b)前記データ接続の利用可能なデータレートの表示に基づいて、データを送信するレートを決定する手段;
(c)前記決定されたレートで前記遠隔端末にデータを送信する手段。」

 最も近い先行文献D1は、加入者のセットトップボックスにxDSL接続でビデオを放送するシステムを開示しており、このシステムは、コンピュータ用に記憶された最大データ速度で加入者のコンピュータにビデオを送信する。

 容易に分かるように、相違点は次のとおりである。
「ステップ(iii):請求項1記載の主題とD1との相違点は、以下の通りである:
(1) 遠隔端末へのデータ接続の利用可能なデータレートの表示を記憶し、前記利用可能なデータレートは、遠隔端末へのデータ接続の最大データレートより低いこと;
(2) 前記利用可能データレートを使用して、前記遠隔端末にデータを送信するレートを決定する(D1のように前記遠隔端末に対して記憶された最大データレートでデータを送信するのではない)。」

 課題ー解決アプローチでは、客観的な技術的課題に基づき、上記の相違点は次のように定式化される。

「遠隔端末へのデータ接続のために最大データレートより低い「利用可能なデータレート」を使用することによって果たされる目的は、請求項からは明らかではない。したがって、明細書の関連する開示内容が考慮される。本明細書では、顧客が複数のサービスレベルから選択することを可能にする価格モデルが提供され、各サービスレベルは、異なる価格を有する利用可能なデータレートのオプションに対応すると説明されている。ユーザは、支払額を少なくするために、接続可能な最大データレートよりも低い利用可能データレートを選択することができる。したがって、遠隔端末への接続に最大データレートより低い利用可能なデータレートを使用することは、顧客がその価格モデルに従ってデータレートのサービスレベルを選択することを可能にするという目的に対応している。これは技術的な目的ではなく、財政的、管理的又は商業的な性質の目的であるため、第52条(2)(c)のビジネスを行うためのスキーム、規則及び方法の除外に該当する。 したがって、満たすべき制約として、客観的な技術的課題の定式化に含まれる可能性がある。

 利用可能なデータ速度を記憶し、データ送信速度を決定するためにそれを使用する機能は、この非技術的な目的を実施するという技術的効果を有する。」

 データ伝送に際して、最大データレートではなく、敢えて低いデータレートでの伝送を可能にするのは面白い考え方と思うが、これは商業的な目的であるため、このような考え方は評価の特許性の評価対象とはならない。評価の対象となるのは、次の事項である。

「ステップ(iii)(c):したがって、客観的な技術的課題は、顧客がデータレートのサービスレベルを選択することを可能にする価格モデルをD1のシステムにどのように実装するかということに定式化される。

自明性:この価格設定モデルに従ってデータ・レート・サービス・レベルの選択を実施するという課題を考えると、加入者が購入したデータ・レート(すなわち請求項1の「利用可能データ・レート」)、これは加入者のコンピュータ(すなわち請求項1の「遠隔端末」)へのデータ接続の最大データ・レートより低いか等しくしかあり得ない、を各加入者について記憶し、加入者にデータを送信するための速度をシステムで決定するために使用することは、当業者に明らかであるだろう。したがって、法52条(2)及び56条の意味における発明的進歩は含まれない。」

 上記のように、サービスレベルを選択可能な価格モデルの技術的な実装部分のみが相違点として評価される。
 サービスレベルを選択可能にしようとするならば(=与えられた制約を満たすためには)、最大データ・レートより低くするしかあり得ない、という理由で、文献D1から自明であると判断されてしまった。
 
 請求項と文献D1との相違点は、最大レートでデータ伝送するか否かである。
 日本の感覚では、最大レートでデータ伝送する文献D1から、低いレートでデータ伝送する構成とするのが容易かどうかということが問題になるので、それなりに有望な感じがする(少なくとも副引例は必須であろう)。しかし、課題ー解決アプローチにおける定式化では、データレートのサービスレベルを選択可能にするためには(商業目的を達成するためには)当業者ならどうしたか? という制約まで(日本流にいえば動機付けと言っても良いと思う)が定式化されてしまうので、簡単に自明という結論になってしまう。
 





[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...