2022年7月25日月曜日

[裁判例]車両誘導システム事件(知財高裁令和4年7月6日)

 高速道路で車両を誘導する車両誘導システムに関する特許を保有する株式会社PXZが東日本高速道路株式会社を特許侵害で訴えた事件の控訴審である。原審では、被侵害を理由に原告の訴えが棄却された。
 発明の内容は、ETCを利用するレーンと通常の料金所のレーンがあり、ETCのレーンに進入した車両を誘導するシステムに関する。ETCのレーン【A】に入った車両がETCを利用できるかどうか判定し、ETCを利用できる場合にはレーン【D】を通じてそのままETCのゲートに誘導し、ETCを利用できない場合(ETCを搭載していない場合と故障している場合のいずれも)には、第2のレーン【E】を通じてETC専用出入口の手前に誘導する。(【A】【D】【E】は下の図に対応)


請求項1は次のとおりである。

A1 有料道路料金所,サービスエリア又はパーキングエリアに設置されている,ETC車専用出入口から出入りをする車両を誘導するシステムであって, 
B1 前記有料道路料金所,サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知する第1の検知手段と,  
C1 前記第1の検知手段に対応して設置された第1の遮断機と, 
D1 車両に搭載されたETC車載器とデータを通信する通信手段と, 
E1 前記通信手段によって受信したデータを認識して,ETCによる料金徴収が可能か判定する判定手段と, 
F1 前記判定手段により判定した結果に従って,ETCによる料金徴収が可能な車両を,ETCゲートを通って前記有料道路料金所,サービスエリア又はパーキングエリアに入る,または前記有料道路料金所,サービスエリア又はパーキングエリアから出るルートへ通じる第1のレーンへ誘導し,ETCによる料金徴収が不可能な車両を,再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーンへ誘導する誘導手段と,を備え, 
G1 前記誘導手段は,前記第1のレーンに設けられた第2の遮断機と,前記第2のレーンに設けられた第3の遮断機と,を含み, 
H1 さらに,前記第2の遮断機を通過した車両を検知する第2の検知手段と,前記第3の遮断機を通過した車両を検知する第3の検知手段と,
を備え, 
I1 前記第1の検知手段により車両の進入が検知された場合,前記車両が通過した後に,前記第1の遮断機を下ろし,前記第2の検知手段により車両の通過が検知された場合,前記車両が通過した後に,前記第2の遮断機を下ろすことを特徴とする 
J1 車両誘導システム。 

 争点は、構成要件該当性、無効論(進歩性、記載要件)、損害論等、多岐にわたるが、ここでは、(争点1-イ)構成要件C1~E1の「第1の検知手段」及び「第1の遮断機」と「通信手段」との位置関係に関する構成要件の充足性を取り上げる。

[原審の判断]
 原審は、本件発明の技術的課題の1つに、車両の逆走を許さず後続の車両と衝突するおそれを防止するというものがあることに着目し、「第1の遮断機」との構成は、「通信手段」よりもETCレーンの入口側に位置することが必要というべきであるとクレーム解釈し、その結果、被告システムは、構成要件C1~E1を充足しないと判断した。

[控訴審の判断]
「ア(ア) 本件各発明の特許請求の範囲の記載は、原判決別紙の特許公報(特許第6159845号及び特許第5769141号)の該当部分記載のとおりであり、「第1の検知手段」については、有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知することや、「第1の遮断機」が「第1の検知手段」に対応して設置されたこと、「第1の検知手段」により車両の進入が検知された場合、前記車両が通過した後に、第1の遮断機を下ろす旨の記載があるのみであって、それ以上に、「第1の遮断機」、「第1の検知手段」及び「通信手段」が設置される位置関係を特定する記載はないから、それぞれが設置される位置関係によって構成要件該当性が左右されるものではないというべきである。」

[コメント]
 本明細書には、発明の目的に関し、次の記載がある。
「【0010】
  従って、本発明は、一般車がETC車用出入口に進入した場合又はETC車に対してETCシステムが正常に動作しない場合(路側アンテナと車載器の間で通信不能・不可)であっても、車両を安全に誘導する車両誘導システムを提供することを目的とする。
【0011】
  更に本発明は、ETCシステムを利用した車両誘導システムにおいて、例えば、逆走車の走行を許さず、或いは先行車と後続車の衝突を回避し得る、安全な車両誘導システムを提供することを目的とする。」

 このように明細書には2つの目的が記載されているところ、原審は第2の目的に鑑み、クレームの「第1の検知手段」「第1の遮断機」「通信手段」の位置関係を限定解釈した。これに対し、控訴審では、請求項の文言に位置関係についての限定はなく、また限定がなくとも少なくとも第1の目的は果たせられるとしている。さらに、本発明が想定する逆走車の少なくとも一部は位置関係によらず防止できるとした。
 クレームに書かれざる構成要件が読み込まれて限定解釈される場合もあるが、本件では、2つある目的のうちの1つは達せられているのであるから、原審の判断はやや強引だったような印象を受けた。
 ただし、原審のような考え方もあることに鑑みれば、発明の目的という名目では、いくつも記載しない方がよいだろう。記載したいなら、実施例が奏する効果として記載しておくべきである。



 

2022年7月14日木曜日

[EP]ゲームについての進歩性判断[T0928/03]

 古い審決であるが、審査ガイドラインでも言及されている重要な審決である。

(概要)
 出願人はコナミで、ゲームでアクティブプレイヤキャラクタを表示する技術に関する。まずは、基礎出願の記載を参照して発明の概要について説明する。
 遊技者が操作するプレイヤは、ボールを支配するプレイヤP1で、その識別を容易にするべく、CPU1は、ボールをキープしているプレイヤP1を監視し、特定する監視機能と、このプレイヤP1の足元のフィールド面にリング状のガイドG1を表示するガイド表示機能と、プレイヤP1の進行方向、乃至は足元に対するボールの方向に向けられる矢印で示すガイドG2を、ガイドG1とは異なる色で表示する方向ガイド表示機能とを備えて、方向の容易な認識を可能にしている。
 側近の味方のプレイヤP2、すなわち、基本的には、パスが可能なプレイヤP2には足元から4方向に放射状に延びるガイドG3が、CPU1の持つ第2のガイド表示機能によって、ガイドG1と同色で表示さ れている。この第2のガイド表示機能は、更に、プレイヤP2が画面から外れて、ガイドG3が見えなくなった場合にも、その方向に沿った画面の端に、その一部を表示させるようにして、プレーヤP1のパスすべき方向を 好適に案内するようになされている。 


まとめると、プレイヤキャラクタに表示されるガイドは、以下のとおりである。。
・ガイドG1(環状)・・プレーヤP1(操作対象)の足元
・ガイドG2(矢印)・・プレーヤP1の進行方向
・ガイドG3(放射状)・・側近の味方プレーヤP2の足元
 ※ガイドG3は、プレーヤP2が画面から外れても画面の端に一部を表示

(請求項)
1. モニター画面(13)に表示された複数のプレイヤキャラクタ(P1、P2、P3)をそれぞれ有する数チームが単一のゲーム媒体(b)で互いに競争するタイプのビデオゲームシステムで使用するための案内表示装置であって、前記チームの少なくとも1つがコントローラ(8)を介してゲームプレイヤの制御下にある前記案内表示装置であって、
 前記ゲーム媒体(b)を保持するプレイヤキャラクタ(P1)を特定するための監視手段と、
 前記監視手段により特定されたプレイヤキャラクタ(P1,P2,P3)に付随し、前記監視手段により特定されたプレイヤキャラクタ(P1)により前記ゲーム媒体(b)が保持されていることを示すガイドマーク(G1,G2)を表示するガイド表示手段と、を備え、
 [a]前記ガイドマーク(G1,G2)は、リング状であり、前記プレイヤキャラクタ(P1,P2,P3)の周囲のフィールド面(f)の画像上で、前記プレイヤキャラクタ(P1,P2,P3)の足付近の位置で表示され、
 [b]前記ガイド表示手段は、前記ゲーム媒体(b)を保持している前記プレイヤキャラクタ(P1)と同じチームに所属し、前記ゲーム媒体(b)を保持している前記プレイヤキャラクタ(P1)から最も容易に前記ゲーム媒体(b)を渡すことができる他のプレイヤキャラクタ(P2)に付随するパスガイドマーク(G3)をさらに表示し、
 [c] 前記ガイド表示手段は、前記プレイヤキャラクタ(P1)が前記ゲーム媒体(b)を渡す方向を適切に示すために、前記別のプレイヤキャラクタ(P2)と前記パスガイドマーク(G3)が前記モニタ画面の表示領域から出たときにも前記表示領域の端部に前記パスガイドマーク(G3)の一部が表示されるように前記別のプレイヤキャラクタ(P2)に同行して前記パスガイドマークを表示することを特徴とする、方法。

(主引例)
主引例には、プレイヤキャラクタの頭上に、どのプレイヤがボールのコントロールを獲得したかを示す三角形のコントロールマーク「m」が示されている。

(審判部の判断要旨)
 以下の説明で、ユーザによって制御されるプレイヤキャラクタをアクティブプレイヤキャラクタという。
 主引例は、請求項の構成[a]~[c]を開示していない。

[a]リング状のガイドマークをアクティブプレイヤキャラクタの足元に表示する構成について
 主引例のガイドマークmが他のプレイヤキャラクタによって隠ぺいされる問題は、必然的に発生するものであり、自明である。ガイドマークの視認性を維持するためにサイズを大きくすることは当然であり、特徴[a]による技術的貢献は進歩性を伴うものではない。

[b]アクティブプレイヤ(第1の関心点)に加え、パスを最も渡しやすい他のプレイヤキャラクタ(第2の関心点)にパスガイドマークを表示する構成
 サッカーのようなチームゲームをプレイするルールに鑑みると、明白な追加的関心点は、達成すべきゲームおよび目標の枠組みにおいてアクティブプレイヤキャラクタが最も容易にボールをパスすることができるチームメイトである。様々な注目点が選手のキャラクタを表していることは、ゲームの非技術的なルールに起因するものであり、したがって、非自明性の認定を裏付けることはできない。

[c]上記他のプレイヤキャラクタとパスガイドマークが画面の外に外れたときに、パスガイドマークの一部を画面の端に表示する構成
 チームメイトの位置をユーザーが知るべきであるという事実は、ゲームルールの直接的な帰結とみなすことができるが、そのような位置をどのように知らせるかという技術的実現は、ゲームルールとは関係がない。
 構成[c]による技術的貢献は、画像の拡大部分(ユーザーがズームした可能性がある)を表示することと、表示領域より大きい関心領域の概観を維持することの相反する技術的要件に対処するものである。
 相反するディスプレイ要件を処理する様々な妥協案が知られているが、本願の特徴[c]が提供する解決策は、モニタ画面の端部にある単純なガイドマーク(最小限の周辺ディスプレイ表面を占有する)の助けを借りてディスプレイ機能を拡大し、画像の拡大部分を見るときにユーザーが方向を知ることを可能にするものである。


(コメント)
 ゲームにはルールがある。この例のサッカーゲームでは、チームメイトでパスをし、ボールをゴールに運ぶのがルールである。このルール自体は非技術的な事項である。
 非技術的事項に着目したときに当業者ならだれでもやるようなこと、つまり、パスをしやすい他のプレイヤキャラクタにガイドマークを表示することは、非自明性の認定の裏付けにならない(構成[b])。
 他のプレイヤキャラクタが画面外に出てしまったときにパスコースを知らせたいという制約条件が与えられたときに、これをどうやって実現するかということにつき、工夫があれば、進歩性が認められる。本事案では、その工夫というのが、モニタ画面の端部にガイドマークの一部を表示することであった。
 
 この審決からの学びとしては、ゲームのルール自体は技術的貢献ではない。ゲームルールから導かれる直接的な技術的事項(目立たせるべきキャラクタにマークを付す)は非自明性の認定を裏付けない。ゲームルールによって与えられる制約条件を解決する技術的手段が自明ではなく、効果のある解決手段を提供した場合、非自明性を裏付けになる。


2022年7月13日水曜日

[審査基準]学習済みモデルの発明該当性

 審査基準では、学習済みモデルが発明に該当する事例(事例2-14、下記請求項)が挙げられている。app_z_ai-jirei.pdf (jpo.go.jp)

【請求項1】
 宿泊施設の評判に関するテキストデータに基づいて、宿泊施設の評判を定量化した値を出力するよう、コンピュータを機能させるための学習済みモデルであって、 
 第1のニューラルネットワークと、前記第1のニューラルネットワークからの出力が入力されるように結合された第2のニューラルネットワークとから構成され、
 前記第1 のニューラルネットワークが、少なくとも1つの中間層のニューロン数が入力層のニューロン数よりも小さく且つ入力層と出力層の ニューロン数が互いに同一であり各入力層への入力値と各入力層に対応する各出力層からの出力値とが等しくなるように重み付け係数が学習された特徴抽出用ニューラルネットワークのうちの入力層から中間層までで構成されたものであり、
 前記第2のニューラルネットワークの重み付け係数が、前記第1のニューラルネットワークの重み付け係数を変更することなく、学習されたものであり、
 前記第1のニューラルネットワークの入力層に入力された、宿泊施設 の評判に関するテキストデータから得られる特定の単語の出現頻度に対し、前記第1及び第2のニューラルネットワークにおける前記学習済みの重み付け係数に基づく演算を行い、前記第2のニューラルネットワークの出力層から宿泊施設の評判を定量化した値を出力するよう、コンピュータを機能させるための学習済みモデル。

 この請求項の成り立ちとしては、「・・学習されたものであり、」までが、学習済みモデルの構造および学習のさせ方を規定しており、それ以降が学習済みモデルの利用について規定している。


 さて、上記の例にならって、“学習済みモデルの構造”+「・・するよう、コンピュータを機能させるための学習済みモデル」と記載すれば、学習済みモデルの発明該当性は認められるのであろうか?
 答えはNOである。

 審査基準によれば、上記請求項の記載に加えて発明の詳細な説明の記載(★)も参酌すれば、当該請求項 1 の末尾が「モデル」であっても「プログラム」であることが明確であること、をもって発明該当性を認めるとしている。

★審査基準の例では、発明の詳細に以下の記載がある。
[発明の詳細な説明]
 本発明の学習済みモデルは、人工知能ソフトウエアの一部であるプログラムモジュールとしての利用が想定される。 ・・・
 本発明の学習済みモデルは、CPU及びメモリを備えるコンピュータにて用いられる。具体的には、コンピュータのCPUが、メモリに記憶された学習済みモデルからの指令に従って、第1のニューラルネットワークの入力層に入力された入力データ(宿泊施設の評判に関するテキストデータから、例えば形態素解析して、得られる特定の単語の出現頻度)に対し、第1及び第2のニューラルネットワークにおける学習済みの重み付け係数と応答関数等に基づく演算を行い、第2のニューラルネットワークの出力層から結果(評判を定量化した値)を出力するよう動作する。

 上記の請求項の記載だけだと、
①ニューラルネットワークの重み付け係数(パラメータセット)という解釈と、
②ニューラルネットワークの重み付け係数(パラメータセット)+CPUへの指令(=プログラム)という解釈、
の両方が可能であり、①の場合には、単なる情報の提示に該当するため、発明該当性が認められない。

 下記の説明資料の73頁右下を参照されたい。
「(*)請求項1に係る学習済みモデルは、ニューラルネットワークの重み付け係数(パラメータ セット)のみで構成されるものではなく、「プログラム」である」
との記載があり、学習済みモデルという記載であってもプログラムであるから発明該当性ありとしている。
 
 学習済みモデルでも発明該当性が認められるというと、コンピュータを機能させるために用いるパラメータセットだけでも発明になるようにも聞こえるが、実際にはプログラムであることを明確に求めている。
 上記①の学習済みモデルが発明になるかのような言い方をしているのは、やや理解に苦しむところである。学習済みモデルと書いてあってもプログラムだからOKというのではなく、学習済みモデルを含むプログラムと書きなさいと言った方が直接的でスッキリする。



[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...