ラベル 裁判例(均等論) の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 裁判例(均等論) の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年7月6日木曜日

[裁判例]均等論の枠組み(令和3年(ワ)10032号)

 均等論は、被疑侵害品の構成が対象特許と同一でない場合にも、一定の要件を満たした場合に侵害を認める法理であり、 最高裁において以下のように判示されている。

「特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、・・(均等論の5要件)・・、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。 

 上記のように、均等論の枠組みは、典型的には特許の構成Aが被疑侵害品では構成A´となっているような場合であるが、被疑侵害品に構成Aに対応する構成が存在しない場合はどうであろうか。
 令和3年(ワ)10032号はこの点について以下のように判示した。

[裁判所の判断]
 これに対し、被告は、対象製品等が構成要件の一部を欠く場合に均等論を適用することは、特許請求の範囲の拡張の主張であって許されない旨を主張するが、構成要件の一部を他の構成に置換した場合と構成要件の一部を欠く場合とで区別すべき合理的理由はないし、本件において、原告は、被告製品には構成要件 Cの「消弧材部」に対応する消弧作用を有する部分が存在し、置換構成を有する旨主張していると解されるから、被告の前記主張を採用することはできない。

 このように裁判所は、構成要件の一部を欠く場合も均等論の枠組みの中であることを判示した。
 
 構成要件の一部を欠くというのは、構成要件の分説によるようなところもあると思う。つまり、特許がA+B+C+Dに対し、被疑侵害品がA+B+Cである場合、構成Dを欠くということになるが、見方によっては、構成C+Dに変えて構成Cを採用しているということもできると思う。そう考えると、上記の最高裁の判示の自然な理解であるとも言える。

2022年3月27日日曜日

[裁判例]遠隔監視方法事件(知財高裁令和3年11月25日)

 「遠隔監視方法および監視制御サーバ」という特許に基づく特許侵害事件の控訴審である。
 発明は、従来、家庭への侵入者や家庭内の異常を警備会社へ通知するホームセキュリティシステムが知られているが、施設の所有者や管理責任者が、一次的に当該侵入や異常発生を知ることができなかったという課題に鑑みてなされたものである。すなわち、監視装置にて異常を検出すると、撮影された画像を顧客の携帯端末に送信する。また、携帯端末からの遠隔操作により、他の領域を参照することができるようにしたものである。

【請求項1】
1A 施設中の所定の位置に配置された監視装置からの情報を受理し、当該監視装置からの情報に基づき、所定のデータを関連する携帯端末に伝達するように構成された遠隔監視方法であって、
1B 監視装置による異常検出によって前記監視装置により撮影された画像を受理するステップと、
1C 前記受理された画像を監視装置と関連付けて記憶するステップと、前記受理された画像のうち、少なくとも所定の部分をコンテンツとして形成するステップと、
1D 前記監視装置の顧客の所持する携帯端末を特定するステップと、前記携帯端末に通知すべきメッセージを作成するステップと、前記通知すべきメッセージ、および、前記コンテンツを、前記携帯端末に伝達するステップと、を備え、
1E 前記コンテンツは、初期的に受理された画像のうち、略中央部分の画像の領域から構成され、前記コンテンツを受理した携帯端末からの遠隔操作命令であって、前記受理された画像のうち、他の領域の画像を参照することを示す命令であるパンニングを含む遠隔操作命令を受理するステップと、
1F 前記パンニングを含む遠隔操作命令にしたがって、前記受理され或いは記憶された画像のうち、前記中央部分の画像の領域から縦横左右の何れかにずらした画像の領域を特定し、当該特定された画像の領域から構成されるコンテンツを形成するステップと、
1G 前記特定された画像の領域から構成されるコンテンツを前記携帯端末に伝達するステップと、を備えた
1H ことを特徴とする遠隔監視方法。

 原審では、被告製品ではパソコン等の固定式のモニタを使用していることから、対象特許の「携帯端末」に該当しないとして、文言侵害および均等侵害の成立を否定した。
 控訴審では、「携帯端末」に加えて、「パンニング」についても、文言侵害および均等侵害の成立を否定した。
 裁判所の判断の概要は、対象特許はいずれの場所でも通知を受け取ることができるという携帯端末の特性を利用した点と、また、携帯端末の画面の小ささをカバーするためにパンニング可能とした点が本質的部分であるからこれを備えない被控訴人製品は非侵害というものである。
 以下に、対象特許の本質的部分についての裁判所の判示を抜粋する。

「本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書の開示事項を総合すれば,本件発明1は,従来の遠隔監視システムでは,施設の侵入者があったり,施設において異常が発生した場合に,当該施設の所有者や管 理責任者が一次的に当該侵入や異常発生を知ることができず,また,警備会 社からの二次的な通報により上記所有者や責任者が侵入や異常発生を知ることは可能であるが,これらの者が外出している場合等には警備会社が通報を することができないといった課題があり,こうした課題を解決するために, 構成要件1Bないし1Gの構成を採用し,施設の監視対象領域を監視する監視装置からのメッセージと監視装置によって得られた画像の情報が当該施設の所有者や管理責任者に対応する顧客の携帯端末に通知又は伝達されることにより,顧客が何れの場所においても施設の異常等を適切に把握することができるとともに,監視装置から受理された画像の略中央部分の画像からなるコンテンツを携帯端末に伝達することにより,表示装置が小さい携帯端末でも顧客により十分に認識可能な画像を表示することができ,さらに,カメラの「パンニング」を含む携帯端末からの遠隔操作命令により「パンニング」に従った領域を特定し,その領域の画像を携帯端末に伝達するステップを備え,顧客が参照したい領域を特定して携帯端末に提示することができるようにしたことにより,施設の所有者や管理責任者が外部からの侵入や異常の発生を知り,その内容を確認することができるという効果を奏するようにしたことに技術的意義があるものと認められる(【0004】ないし【0007】)。」


2021年8月26日木曜日

[均等論]半導体チップの製造方法事件(東京地裁平成28年10月14日)

  本件特許は、半導体チップの製造方法に関する特許である。特許に係る方法は、半導体ウエハーをチップに分離するために、上面に第一の割り溝(11)を形成すると共に、下面に第二の割り溝(22)を形成し、その後に割って分離するというものである。
 特許請求の範囲は、次のとおりである。
A サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において、
B 前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝(11)を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に、第一の割り溝(11)の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と、
C 前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で、第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝(22)を形成する工程と、
D 前記第一の割り溝(12)および前記第二の割り溝(22)に沿って、前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備することを特徴とする
E 窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。

(被告方法の構成)
 本件で充足性が問題になったのは、「第二の割り溝」(構成要件C、D)である。
 被告方法では、ウエハーの下面に、レーザースクライブによって断面V字形状の変質部分を形成する。レーザースクライブによっては、溝(「溝」とは、周囲よりも窪んでいる細長い形状の部分である)は形成されない。

 裁判所は、大合議判決にも触れつつ、次のように判断した。

(裁判所)
 本件においては、本件明細書等に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分であるという事情は認められない。
 以上のような、本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から導かれる本件発明の課題、解決方法、その効果に照らすと、本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり、半導体層側にエッチングにより第一の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分を形成し、サファイア基板側にも何らかの方法により第二の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分を形成するとともに、それらの位置関係を一致させ、サファイア基板側の線幅を狭くした点にあると認めるのが相当であり、サファイア基板側に形成される第二の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分が、空洞として溝になっているかどうか、また、線状の部分の形成方法としていかなる方法を採用するかは上記特徴的部分に当たらないというべきである。
ウ 被告方法は、・・・LMA法でサファイア基板を加工した場合、溶融領域が発生し急激な冷却で多結晶化し、この多結晶領域は多数のブロックに分かれるが、加工領域中央に実質の幅が極端に狭い境界が発生し、この表面に垂直な境界線の先端に応力集中するので割れやすくなることが認められる。・・・
 そうすると、被告方法は本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を共通に備えているものと認められる。したがって、本件発明と被告方法との相違部分は本質的部分ではないというべきである。

(コメント)
 特許請求の範囲の記載において、「第二の割り溝」が特許の本質的部分に関係のある構成であるが、被告製品が「第二の割り溝」の構成を備えていないことをもって第1要件の非充足としてはいない。明細書に記載された従来技術に照らして、本件発明の特徴的部分は、“切断に資する線状の部分”であると認定し、被告製品がこの特徴的部分を共通に備えているから、相違部分が非本質的部分であると判断した。この例は、特許請求の範囲に記載された「第二の割り溝」の構成要件が、“切断に資する線状の部分”に上位概念化された例である。
 ここで、“切断に資する線状の部分”は明細書に表れておらず、これをどこから持ってきたのかは不明である。本件の場合は、具体的構成である「第二の割り溝」が果たすべき機能で特定すると、“切断に資する線状の部分”になるようにも思える。しかし、明細書にも記載されていない概念での上位概念化は、場合によっては発明者すら発明していないことを後知恵で発明してしまう結果になってしまうかもしれない。また、均等論による権利範囲の広がりの予測を難しいものにするであろう。

平成25年(ワ)第7478号

2021年8月23日月曜日

[均等論]ナビゲーション事件(知財高裁 平成29年5月23日)

  ナビゲーション装置の特許を有るパイオニア株式会社が株式会社いいよねっとを訴えた事件の控訴審である。発明の概要は、ナビゲーション装置において、経路設定を行った時点と、経路案内を開始する時点とで、車両の位置が異なる場合(「ずれ」がある場合)に、経路案内を開始する位置を基準として経路案内を開始するというものである。本件特許と被控訴人製品では、この「ずれ」の求め方が異なる。

【請求項1】
A 移動体の現在位置を測定する現在位置測定手段と, 
B 前記現在位置から経由地を含む前記移動体が到達すべき目的地までの 経路設定を指示する設定指令が入力される入力手段と,
C 前記設定指令が入力され,経路の探索を開始する時点の前記移動体の 現在位置を探索開始地点として記憶する記憶手段と, 
D 前記記憶した探索開始地点を基に前記経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する経路データ設定手段と, 
E 前記移動体の現在位置と前記設定された経路データとに基づいて前記移動体を目的地まで経路誘導するための誘導情報を出力する誘導情報出力手段と, 
F 前記移動体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する制御手段と,を備え, 
G 前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する 
H ことを特徴とするナビゲーション装置。

 本件特許では、上記クレームの引用において下線を引いたように、探索開始地点と誘導開始地点の「地点」どうしを比較する。
 これに対し、被控訴人製品では、マップマッチングにより車両の現在位置と一致する地図リンクを特定し、特定された「地図リンク」と設定された「経路リンク」とが一致するかどうかを判断し、一致する場合には経路リンクに基づく案内が行われ、一致しない場合には所定の絞り込みによって道路境界領域内のリンクと現在位置とを比較する。

 均等の第1要件について、裁判所は次のように判断した。

(裁判所)
イ 本件明細書によれば,本件発明は,従来技術では経路探索の終了時にいくつかの経由地を既に通過した場合であっても,最初に通過すべき経由予定地点を目標経由地点としてメッセージが出力されること(【0008】)を課題とし,このような事態を解決するために,通過すべき経由予定地点の設定中に既に経由予定地点 のいずれかを通過した場合でも,正しい経路誘導を行えるようなナビゲーション装置及び方法を提供することを目的とし(【0011】),具体的には,車両が動くことにより,探索開始地点と誘導開始地点のずれが生じ,車両が,設定された経路上にあるものの,経由予定地点を超えた地点にある場合に,正しく次の経由予定地点を表示する方法を提供するものである(【0018】【0038】)。・・・
 このように,本件発明は,上記技術常識に基づく経路誘導において,車両が動くことにより探索開始地点と誘導開始地点の「ずれ」が生じ,車両等が経由予定地点を通過してしまうことを従来技術における課題とし,これを解決することを目的として,上記「ずれ」の有無を判断するために,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断し,探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合には, 誘導開始地点から誘導を開始することを定めており,この点は,従来技術には見られない特有の技術的思想を有する本件発明の特徴的部分であるといえる。 
 したがって,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断する構成を有しない被控訴人装置が本件発明と本質的部分を異にすることは明らかである。 

 確かに、本件特許の構成要件のうちでは、探索開始地点と誘導開始地点との「ずれ」があるかを判断する構成要件Gが特徴的部分であると言えるが、控訴人が主張しているのは、請求項では地点と地点を比較すると記載しているが、必ずしも地点どうしの比較ではなく、リンクどうしの比較であっても、「経路探索の終了時にいくつかの経由地を既に通過した場合」の課題(上記判示の下線部)を解決できるから良いのではないか、ということである。
 その意味では、若干かみ合っていない(なぜ「地点どうし」であることが大事なのかがはっきりしない)ような気がするが、裁判所が最初に「被控訴人装置が,本件発明における探索開始地点と誘導開始地点と の比較を各地点の存するリンクとリンクとの比較に置換したものであるとは認め難い。」と判示しているとおり、均等論の前提に誤りがあることに起因するのかもしれない。
 また、「構成要件Gの解釈」のところでは、出願経過において、出願人が「探索開始地点と誘導開始地点を比較する点を明確に致しました」と主張したことにも言及しており、そのような事情も踏まえて、本質的部分という認定になったと思われる。

平成28年(ネ)第10096号

2021年8月22日日曜日

[均等論]骨の固定手段装置(知財高裁 平成29年12月5日)

  骨の断片の固定のための固定手段装置の特許を有する個人が株式会社ホムズ技研を訴えた事件の控訴審である。発明は、大腿骨頸部の骨折における骨の断片の固定のための大釘に関するものである。下の図に示すように、スリーブの内部に湾曲したピンを備えている。
【請求項1】
A 骨折における骨の断片を固定するための固定手段としての装置であって, 
B 固定手段(1)は大腿骨頚部の骨折(4)における骨断片(2,3) を固定するための大腿骨頚部用の大釘であり, 
C 前記固定手段(1)は作動可能位置(B)にピン(7)を挿入するために後部が開口したスリーブ(5)を備え, 
D 前記スリーブ(5)は2つの対向する壁面(8,9),すなわち側面開口部(10)を有する第1縦方向壁面(8)と案内面(12)が 斜め前方向に前記側面開口部(10)の先端部(13)まで延在する第2縦方向壁面(9)とにより細長い空間(6)が画定され, 
E 前記案内面(12)は,前記ピン(7)が,前記スリーブ(5)に 対して前進方向に移動される際に,前記ピン(7)の湾曲前端部(7 f)を案内して,前記ピン(7)の前記湾曲前端部(7f)が前記側 面開口部(10)を介して出口に押出されるように形成された装置に おいて, 
F 前記湾曲前端部(7f)に一番近接する前記ピン(7)は前方部 (7a)を含み,前記ピン(7)が前記スリーブ(5)の作動可能位置(B)に存在する際に前記前方部(7a)は,前記前方部(7a) の縦方向に直線状であり,また前記ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて前記湾曲前端部(7f)に至り,前記案内面 (12)に近接する前記第2壁面(9)の前方部(9a)まで延在する 
G ことを特徴とする装置。 

 上記引用中で下線部を引いた箇所が被告製品との相違点である。被告製品は、ピンが湾曲していない。
(裁判所の判断)
 (イ) また,本件明細書【0002】,【0003】及び【0006】には,本件各発明は,特許文献1(甲20)及び特許文献2(乙9の1)に記載された従来の固定手段では,ピンが作動可能位置から移動してしまうことで側面開口部を通る 出口を見つけられずにスリーブ内部で変形する危険性や,周囲の骨物質に移動する ピンの前端部の部分が有利に曲がった状態へ変形しない危険性があったことから, 特許請求の範囲請求項1記載の構成を採用することで,①ピンが作動可能位置を離れ意図しない動作をすることを防ぎ(第1の作用効果),及び/又は,②ピンの端部において骨の断片の安定した固定が得られ,かつ,骨の断片を貫通するピンが減るような有利な湾曲状態を得られるようにした(第2の作用効果)ものであること が記載されている。そして,特許請求の範囲請求項1記載の構成のうち,構成要件Fを除く構成は,従来技術である乙9発明に開示されていると認められるから(乙9の1・2),本件発明は,構成要件Fに規定された構成を採用することにより, 第1の作用効果及び第2の作用効果(本件各作用効果)を奏すると解される。 
 ・・・
 一方,本件発明1において,第1の作用効果を奏するのは,ピン7がスリーブ5の作動可能位置Bに存在する際に,ピン7の前方部7aが,ピンの後方部7eから第2壁面9に向かって斜め前方向に延びて湾曲前端部7fに至り,案内面12に近 接する第2壁面9の前方部9aに至ることで(本件明細書【0012】,【図1】), ピン7の前方部7aと第2壁面9との間の遊びがなくなり,ピン7の第2壁面に向かう方向の移動が抑制されることによるものと認められる。また,第2の作用効果を得られるのは,第1の作用効果によって,ピンが作動開始位置からずれにくい結果,ピンの湾曲前端部7fが案内面12に沿って押し出されて,意図した湾曲が得られることによるものと認められる。 

 この裁判例では、構成要件Fの相違点に係る要件は、従来技術と相違する構成であること、および、作用効果を奏するための構成であることから、本質的部分であると判断した。


平成29年(ネ)第10066号

2021年8月21日土曜日

[均等論]導光板事件(知財高裁 令和元年7月10日)

 嶋田プレシジョンがAmazonのKindleが特許を侵害しているとして訴えた事件である。原審、控訴審ともに均等不成立と判断されたが、第1要件の判断過程が異なる点が面白い。
 発明は、液晶のバックライト等に用いられ、光源からの光を均一に照射するための導光板に関する。従来は、裏面に多面プリズム33で構成されていたが(下の左図)、本件特許は裏面に回折格子3で構成されている(下の右図)。

【請求項1】
A 透明な板状体の少なくとも一端面から入射する光源からの光を,上記板状体の裏面に設けられた回折格子によって板状体の表面側へ回折させる導光板であって, 
B 上記回折格子の断面形状または単位幅における格子部幅/非格子部幅の比の 少なくとも1つが,上記導光板の表面における輝度が増大し,かつ均一化されるよ うに変化せしめられていることを特徴とする 
C 導光板。

 これに対し、被告製品において光源からの光を均一にしているのは、ディスプレイ側に設けられたライドガイドが微細構造体を有しているためである。微細構造体はライトガイドの「表面」に設けられており、「裏面」ではない点が相違点であるとされた。

(裁判所の判断)
イ 本件における第1要件の成否 
 本件発明に係る特許請求の範囲及び明細書の記載は,前記(1⑵のアイ)のとおりであり,要するに,本件発明は,液晶表示装置に用いられる平面照光装置に関し, 導光板の下面に多数の多面プリズムを設ける従来技術の下では,乱反射が起きて上面に向かう光量が減り,照光面である上面に極端な明暗のコントラストが生じるなどの問題があったところ,液晶表示装置を均一にかつ高い輝度で照らすという課題を解決するため,導光板である板状体の両面のうち,照光面とは反対側の面に回折格子を設け,この回折格子の回折機能によって,導光板である板状体に入射した光が照光面の側において均一にかつ高い輝度を発揮するようにしたものである。 
 そして,照光面とは反対側の面に回折格子を設けるようにしたのは,本件明細書の記載(前記1⑵イの(エ)(オ)(カ))によれば,本件発明においては,透明な板状体からなる導光板の両面のうち照光の効果を生じさせるのとは反対の面(裏面)に,光の入射角と臨界角をもとに適切に決められた間隔で,回折格子(刻線溝)が加工されており,これにより,導光板の一端面から裏面に向けて入射した光は,上記回折格子によって導光板の表面(照光の効果を生じさせる面)に向かって回折され,導 光板の表面がこれに直交する高強度の出射光と導光板内に導かれる全反射光によっ て極めて明るく照らされるようにしたからであり,以上が本件発明における回折機能の機序であるものと認められる。 
 このような機序が本件発明の技術的思想を構成していることからすれば,照光面とは反対側の面に回折格子を設けるようにしたこと,すなわち本件発明のうち板状体の裏面に回折格子を設けるとの部分は,本件発明における本質的部分であるというべきである。

 このように回折格子は裏面にあるからこそ、本件発明の効果を奏する、という発明の機序に基づき、「裏面に回折格子を設ける」が本質的部分であると判断された。

 なお、原審では、大合議事件の判示に従って、従来技術に対する貢献が小さいため、本質的部分は、請求項とほぼ同義であるとして第1要件を判断しており、判断の仕方を変えている点は興味深い。
 さらに面白いことに、原審が、従来技術と言っているのは、29条の2が適用される、いわゆる拡大先願発明であったことである。そのこころは、先願が公開される前に出願された後願であっても、先願と内容が同一である以上、新しい技術を公開するものではないから特許を与えないという29条の2の趣旨から、拡大先願発明も従来技術として参酌すべきというものである。
 しかも、原審は、この29条の2の文献では、本件発明は無効にできないと判断している。無効にすることができない文献であっても、均等論における貢献の程度が小さい、と判断することは可能ということを述べている。そもそも、無効にできてしまえば、均等を論ずる必要もないのであるから、それはそうかもしれない。8月15日に投稿した情報端末サービスシステム事件もそのような判断をしていると思われる。

平成31年(ネ)第10010号

2021年8月20日金曜日

[均等論]生活地図事件(知財高裁 令和元年7月19日)

 2020年1月20日に取り上げた裁判例である。 概要は、ヤフーが提供する地図が住宅地図に関する特許を侵害するとして、損害賠償請求を求めた事件である。対象の特許は、小型で廉価かつ検索を容易に行える住宅地図を提供することを目的として、一般住宅に関しては名称を省略することで縮尺を圧縮すると共に、地図を適宜に分割して区画化し、区分に付した記号と住宅の番地を対応させた索引を設けたものである。
 特許請求の範囲の記載は次のとおりである。
【請求項1】
A 住宅地図において, 
B 検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については居住人氏名や建物名称の記載を省略し住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載すると共に, 
C 縮尺を圧縮して広い鳥瞰性を備えた地図を構成し, 
D 該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し, 
E 付属として索引欄を設け, 
F 該索引欄に前記地図に記載の全ての住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した, 
G ことを特徴とする住宅地図。

 文言侵害については、構成要件D及びFを充足せず、非侵害と判断された。
 裁判所は、明細書に記載された課題を参照して、構成要件B~Fが本質的部分であると判断した。
「本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記(2)の本件明細書の開示事項を総合すると,本件発明の技術的意義は,従来の住宅地図においては,建物表示に住所番地及び居住者氏名も全て併記されていたため,肉眼でも判別可能な実用性を確保するために縮尺度を低いものにする必要があり,これに伴って全体として地図の大型化や大冊化を招き,この大型化や大冊化が氏名の記載変更作業の実地調査に係る人件費と相俟って住宅地図を高価格なものとし,更に氏名の公表を希望しない住人についても住宅地図に氏名を登載してしまうこととなるため,プライバシーの保護という点からも問題を有し,また,従来の住宅地図の付属の索引は,住所の丁目及びそれぞれの丁目に該当するページだけが掲載されていたため,「目的とする居住地(建物)を探し出す作業」(検索)が,煩雑で面倒であり,迅速さに欠け,非能率な作業となっていたという課題があったことから,本件発明の住宅地図は,この課題を解決するため,検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については,居住人氏名や建物名称の記載を省略し,住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載することにより,縮尺度の高い,広い鳥瞰性を備えた構成の地図とし(構成要件B及びC),地図の各ページを適宜に分割して区画化した上で,地図に記載の全ての住宅建物の所在番地を,住宅建物の記載ページ及び記載区画を特定する記号番号と一覧的に対応させた付属の索引欄を設ける構成(構成要件DないしF)を採用することにより,小判で,薄い,取り扱いの容易な廉価な住宅地図を提供することができ,また,上記索引欄を付すことによって,全ての建物についてその掲載ページと当該ページ内の該当区画が容易に分かるため,簡潔で見やすく,迅速な検索の可能な住宅地図を提供することができるという効果を奏することにあるものと認められる。 」

 裁判所は、明細書に記載された課題を把握し、その課題の解決に寄与している構成要件が本質的部分であると判断した。


平成31年(ネ)第10019号

2021年8月17日火曜日

[均等論]美容器事件(知財高裁令和3年3月8日)

  美容器に関する特許を保有する株式会社MTGが株式会社ファイブスターを訴えた事件の控訴審である。オリジナルの被告製品は文言侵害であり、新被告製品が均等侵害かどうか争われた。
 明細書によれば従来の美容器はハンドルを中心線に沿って上下又は左右に分割した構成を有していた(下の左図)。これに対し、本件発明は、表面から内方に窪んだ凹部にハンドルカバーが覆われた構成を備えている(下の右図)。これにより、、ハンドルの成形精度や強度を高く維持することができるとともに、組み立て作業性の向上が図られるという効果がある。

 

 請求項1は、以下のとおりである。
【請求項1】
A 棒状のハンドル本体と,該ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部 と,上記ハンドル本体との結合部分が露出しない状態で上記凹部を覆うように上記ハンドル本体に取り付けられたハンドルカバーとからなるハンドルと, 
B 上記ハンドル本体の長手方向の一端に一体的に形成された一対の分枝部と, 
C 該一対の分枝部のそれぞれに形成されているとともに,上記凹部に連通する軸孔と, 
D 該軸孔に挿通された一対のローラシャフトと, 
E 該一対のローラシャフトに取り付けられた一対のローラと,を備え, 
F 上記ハンドル本体の表面及び上記ハンドルカバーの表面が,上記ハンドルの表面を構成している, 
G 美容器。

 新被告製品は、構成要件Cに相当する構成が、「一対の分枝部はそれぞれ中空であり,当該中空は,ハンドル本体の穴部に貫通していない。」ので、「連通する軸孔」を有していない。
 裁判所は、均等の第1要件について以下のとおり判断した。

(裁判所の判断)
 前記2⑴ア(ア)のとおり,本件発明の技術的思想(課題解決原理)は,二股の美容器において,ハンドルを中心線に沿って上下又は左右に分割して, ハンドルの内部に各部材を収納する構成とした場合には,ハンドルの成形精度や強度,組み立て作業性が低下するなどの技術的課題が生じていたため, ハンドルを,凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーで構成することにより,ハンドルが上下又は左右に分割された従来の構成よ りも,ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに,美容器の組み立 て作業性が向上するようにして,上記の技術的課題の解決を図ったというものである。このような本件発明の技術的思想(課題解決原理)からすれば, 分枝部の軸孔とハンドル本体の凹部が連通していない場合であっても,ハンドルを,凹部を有するハンドル本体と,その凹部を覆うハンドルカバーで構成するときには,なお上記の従来の構成の問題点により生ずる技術的課題を解決できることに変わりはなく,この点を置換することによって技術的思想 (課題解決原理)が本件発明とは別のものとなるということはできない。また,新被告製品のように,「連通する軸孔」との構成をとらずに連通していない構成をとった場合にも,ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとと もに,美容器の組み立て作業性が向上するとの上記作用効果を奏することについては,本件発明と変わらないものと認められる。したがって,新被告製 品の構成c2が非貫通の構成であって,「連通する軸孔」(構成要件C)の文言を充足しないという,本件発明と新被告製品の異なる部分(相違部分) は,本件発明の本質的部分ではなく,新被告製品は均等の第1要件を充足するものと認められる。 

 この裁判所の判断は、明細書に記載された発明の課題解決原理に沿ったものであり、かつ、審査経過における意見書での特許権者の主張にも沿ったものである。この判決では、従来技術に対する貢献の大きさには触れられていない。

令和2年(ネ)第10035号

2021年8月16日月曜日

[均等論]振動機能付き椅子事件(知財高裁平成28年6月29日)

 本件は、均等論について判示した大合議事件のわずか3カ月後に判決が言い渡された事件であるにもかかわらず、大合議事件の判示にしたがった判断がなされた事件である。
 発明の対象は、典型的には揺動可能な乳幼児用の椅子である。明細書によれば、従来は、下記の左図のように1つの点を中心に回転する椅子が知られていた。しかし、従来の構成は、①弧形状の鉄心を用いているので、ソレノイドとの間に距離が生じるという問題点、②着座位置により座席の重心位置が異なった場合、基点を中心とした回転モーメントが増大するという問題点があった。
 
 本発明は上記①②を解決する構成として、上記右図に示すように、離間して設けられた2つのロッドが揺動する構成を採用した。
 請求項1の構成は以下のとおりである。被告製品との相違点と認定されたのは下線を引いた要件である。
【請求項1】
A ベースと,該ベースに対して揺動可能に設けられた座席と,を備えた揺動機能付き椅子であって,
B 前記座席に支持された磁性材料の部材と,
C 前記座席の静止時における磁性材料の部材位置とは異なる位置に,前記磁性材料の部材に近接して前記ベースに固定され,電磁力により前記磁性材料の部材を揺動方向に吸引するソレノイドと,
D 該ソレノイドを所定のタイミングで励磁することで前記座席の揺動動作を制御する揺動制御手段と,を備え,
E 前記磁性材料の部材とソレノイドとは離間した状態で揺動する揺動機能付き椅子において,
F´ 前記ベースには,少なくとも2つのロッドが互いに前記座席の揺動方向に離間した位置で揺動可能に設けられ,この2つのロッドに前記座席が揺動方向に対して離間された2つの異なる位置で支持され,
G 前記磁性材料の部材は,所定の間隔で対向配置された2つの磁性材料の部材で構成され,
H 前記ソレノイドは前記座席の揺動静止時における前記2つの磁性材料の部材間の中点位置近傍で前記ベースに固定され,
I 前記ソレノイドは,巻線軸に沿った貫通穴を有し,前記巻線軸を前記座席の揺動方向に対して平行に前記ベースに固定され,
J 前記2つの磁性材料の部材は,前記座席に固定された直線形状のシャフトに固定され,
K 前記シャフトは,前記貫通穴に挿入されていることを特徴とする
L 揺動機能付き椅子。

 被告製品は、揺動可能な2点で支持する構成だがロッド方式ではない。



 本発明の本質的部分について、以下のとおり判示した。
(裁判所の判断)
(イ) 本件発明の貢献の程度
・・そして,本件明細書の記載及び上記各周知技術によれば,本件発明は,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって,揺動制御手段としてソ レノイドを採用し,座席支持機構としてロッド1点支持方式を採用するものに,従来技術である,ロッド2点支持方式という座席支持機構,及び,直線状のシャフトをソレノイドに挿入するという構成を適用したものということができる。また,従来技術であるロッド2点支持方式は,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等に従来から存在した座席支持機構であるから,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であれば,揺動制御手段としてソレノイドを採用するものであっても,座席支持機構自体にロッド2点支持方式を組み合わせることは,さほど困難なこととはいえない。 したがって,本件発明の貢献の程度は,座席支持機構としてロッド1点方式ではなく,ロッド2点支持方式を採用するという点においては,それ程大きくないと評価することができるから,本件発明の本質的部分は,座席支持機構に関する限度に おいては,特許請求の範囲の請求項1の記載とほぼ同義となる。 
オ 本件発明の本質的部分
 (ア) 以上によれば,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって,揺動制御手段としてソレノイドを有するものにおいて,座席支持機構としてロッド2点支持方式を採用したことは,本件発明の本質的部分(特許請求の範囲のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分)であると認められる。 

平成28年(ネ)10007号

2021年8月15日日曜日

[均等論]情報端末サービスシステム事件(知財高裁 平成30年6月19日)

 「情報端末サービスシステム」という名称の特許を保有する個人がサイバーエージェントが運営するアバターコミュニティサービス「アメーバピグ」が特許を侵害するとして訴えた事件の控訴審である。
 発明の内容は、仮想モールでキャラクターのパーツを提供し、ユーザは複数のパーツを組み合わせてキャラクターを形成できると共に、パーツの対価を通信料に対して課金するというものである。請求項1は次のとおりである。
【請求項1】
A 表示部と,電話回線網への通信手段とを備える携帯端末から,前記電話回線網に接続されたデータベースにアクセスすることによって, 
B 前記データベースに用意された複数のキャラクターから,表示部に表示すべ き気に入ったキャラクターを決定し,その決定したキャラクターを前記表示部にて表示自在となるように構成してある携帯端末サービスシステムであって, 
C その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え, 
D 前記キャラクターが,複数のパーツを組み合わせて形成するように構成して あり, 
E 気に入ったキャラクターを決定するにあたって,前記データベースにアクセスすることによって,複数のパーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを選択することにより,少なくとも一つ以上のパーツを気に入ったパーツに決 定し,複数のパーツを組み合わせて,気に入ったキャラクターを創作決定する創作決定手段を備え, 
F 前記創作決定手段に,前記表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせ てなる基本キャラクターとを表示させ, 
G 前記基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツ を購入することにより,前記パーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを決定し,前記基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替える操作により,気に入ったキャラクターを創作決定する着せ替え部を備える 
H 携帯端末サービスシステム。

(相違点)
 被告サービスは、構成要件Cの課金手段と、構成要件F,Gにおける「仮想モール」を備えていないと判断された。被告サービスでは、通信料金に課金する形で「コイン」を発行するが、コインは前払支払い手段であり、アイテムの代金とは別個独立に理解される。

(均等論)
 裁判所は、平成28年3月25日の大合議判決の判示にしたがって判断をしている。明細書の記載以外の証拠も参酌して、発明が解決しようとする課題が未解決のままであったとは認められないとして、「従来技術に対する本件発明の貢献の程度は小さいというべきである。」と判断した。
 ここでは、課金手段に関する裁判所の認定を取り上げる。

c キャラクター画像情報に対する課金方法について
 本件特許出願日以前に,キャラクター画像情報に対する課金方法として,携帯端末自体を改めて販売する態様ではないもの,すなわち,毎月100円を支払うことにより携帯電話機へ毎日異なるキャラクタ画面データを配信するiモード上での上記サービス「いつでもキャラっぱ!」が公知であったこと(乙6),及びiモードにおいてはコンテンツプロバイダー(情報提供者)がコンテンツの情報料をNTTドコモから携帯電話の通信料と合わせて課金し得るシステムが採用されていたこと(乙9)が認められる。このことに鑑みれば,本件特許出願日において,「サービス提供者にとっても,…キャラクター画像情報を更新するには,携帯端末自体を改めて販売するしかない」ため「キャラクター画像情報により効率良く利益を得るのは困難であった。」(本件明細書【0003】)との課題が未解決のままであったとは認められない。

 上記判断によれば、「いつでもキャラっぱ!」は定額の100円を支払うことによりキャラクタの画面データが配信されるものであり、通信料に課金されるのは「その決定したキャラクターに応じた情報提供料」(構成要件C)とはやや異なる感じがする。
 別の構成である仮想モールに関しても、裁判所の判示からは、アイテムを購入するための仮想モールが存在したのかどうかは不明である。

 そうすると、従来技術に対する貢献を判断する場合には、進歩性判断とは異なり、必ずしも進歩性なしと言えない場合でも、従来技術に対する貢献は小さいと判断されるように思われる。

平成29年(ネ)第10096号




 

2021年8月14日土曜日

[均等論]人脈関係登録システム(知財高裁令和元年9月11日)

  人脈関係登録システムという名称の特許を保有する株式会社メキキがDMM GAMESを訴えた事件である。発明は通信ネットワーク上で人脈関係を結ぶためのシステムに関するものであり、簡単にいうと、①友だちになりたい人に対して友だち申請を出して、OKされれば友だちになれることと、②友だちの友だちを検索する機能を有し、友だちの友だちに対して友だち申請を出せることを規定している。請求項1は次のとおりである。

1A 登録者の端末と通信ネットワークを介して接続したサーバであって, 
1B 人間関係を結ぶことを希望している旨の第一のメッセージと人間関係を結ぶことに合意する旨の第二のメッセージとを交換した登録者同士の個人情報を記憶している記憶手段と, 
1C 第一の登録者が第二の登録者と人間関係を結ぶことを希望している旨の 第一のメッセージを第一の登録者の端末(以下,「第一の端末」という)から受信して第二の登録者の端末(以下,「第二の端末」という)に送信すると共 に,第二の登録者が第一の登録者と人間関係を結ぶことに合意する旨の第二のメッセージを第二の端末から受信して第一の端末に送信する手段と, 
1D 上記第二のメッセージを送信したとき,上記第一の登録者の個人情報と第 二の登録者の個人情報とを関連付けて上記記憶手段に記憶する手段と, 
1E 上記第二の登録者の個人情報を含む検索キーワードを上記第一の端末から受信する手段と, 
1F 上記受信した第二の登録者の個人情報と関連付けて記憶されている第二の登録者と人間関係を結んでいる登録者(以下,「第三の登録者」という)の 個人情報を上記記憶手段から検索する手段と, 
1G 上記検索された第三の登録者の個人情報を第一の端末に送信する手段と, 
1H 上記第一の登録者が上記第三の登録者と人間関係を結ぶことを希望している旨の第一のメッセージを上記第一の端末から受信して上記第三の登録 者の端末(以下,「第三の端末」という)に送信すると共に,第三の登録者が 第一の登録者と人間関係を結ぶことに合意する旨の第二のメッセージを第三の端末から受信して第一の端末に送信したとき,上記記憶手段に記憶されている上記第一の登録者の個人情報と上記第三の登録者の個人情報とを関連付ける手段と, 
1I を有してなることを特徴とする人脈関係登録サーバ。 

(相違点)
 裁判所は、被告サービスが構成要件Dを充足しないと判断した。理由は、第二のメッセージ(=友だち申請に合意するメッセージ)を「送信したとき」とは、送信したことを条件として、又は送信した後で、ということを規定していると述べた上、被告サービスでは、第二のメッセージの送信前に友だちであることが記憶されているからであるというものである。

(均等論)
 均等論についてであるが、裁判所は、平成28年3月25日の大合議判決の判示にしたがって判断をしている。すなわち、明細書に記載されていない従来技術も参照した上で、本件特許の従来技術に対する貢献は大きくないから、「従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する部分については、本件各発明の特許請求の範囲とほぼ同義のものとして認定するのが相当である。」として均等を認めなかった。本質的部分が特許請求の範囲と同義と判断された場合、均等は一切認められないことになる。
 
 本件の判示で注意すべきは、本質的部分の判断においては、請求項から把握される発明の従来技術に対する貢献の程度を見ており、相違点であると判断した構成要件Dがどうこうということは言っていないことである。本質的部分の認定に際しては、相違点のことはいったん措いて、発明の進歩性を判断するようなことになっており、進歩性がなければ、貢献は小さいので均等を認めない、というようなロジックに感じられる。

(知財高裁 平成30年(ネ)10071)

2021年4月7日水曜日

[裁判例]学習用具事件(大阪地裁令和3年3月25日)

 七田式で知られる株式会社しちだ・教育研究所が、「歌って覚えるゴロゴロイメージ都道府県」というDVD-ROMが、被告が保有する学習用具の特許を侵害しないことの確認を求めた差止請求権不存在確認請求事件である。
 対象の特許の内容は以下のとおりである。

A コンピューターを備え,対応する語句が存在する原画の形態を該語句と結びつけて憶えるための学習用具であり, 
B 前記コンピューターが, 
 B1 前記原画,該原画の輪郭に似た若しくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画,並びに,該原画及び第一の関連画に似た若し くは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画,から成る組画の画像データが,複数個記録された組画記録媒体と, 
 B2 前記組画記録媒体に記録された複数個の組画の画像データから,一の組画の画像データを選択する画像選択手段と, 
 B3 前記選択された組画の画像データにより,前記第一の関連画,前記第二の 関連画,及び前記原画の順に表示する画像表示手段と, 
 B4 前記関連画及び原画に対応する語句の音声データが記録された音声記録媒体と, 
 B5 前記音声記録媒体から,前記語句の音声データを選択する音声選択手段と, 
 B6 前記選択された語句の音声データを再生する音声再生手段と,を含み, 
C 前記画像表示手段が,前記第一の関連画,前記第二の関連画,及び前記原 画を,対応する語句の再生と同期して表示する
D 学習用具。 

 「第一の関連画」「第ニの関連画」と言われてもピンとこないが、次のような画像である。

 例えば都道府県の形状を連想させる画像を用意し、画像に対応する語句と共に頭に入れることで、その形状を記憶させやすくするというものである。
 原告が販売する「歌って覚える~」の広告動画を見たところ、都道府県の形状をとても覚えやすい優れもの、だが、一見して侵害しているように思え、不存在確認訴訟を起こした原告の真意を図りかねた。
 
 裁判所は、構成要件B2の画像選択手段以外は、構成要件を充足していると判断した。画像選択手段については、二つ以上の組画の画像データを同時に選択することしかできない構成は、構成要件B2を充足しないという解釈を示した上で、原告製品は個々の都道府県単位で組画を選択することができないから、文言上は、構成要件を充足しないと判断した。
 しかし、対象特許の本質的部分は、「組画の1単位として,原画,該原画の輪郭に似た 若しくは該原画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第一の関連画,並 びに該原画及び第一の関連画に似た若しくは該原画及び第一の関連画を連想させる輪郭を有し対応する語句が存在する第二の関連画から成る組画を組画記録媒体に記録する点,画像表示手段に表示するに際し,前記第一の関連画,前記第二の関連 画,及び前記原画の順に表示する点,第一の関連画に対応する語句,第二の関連画に対応する語句,原画に対応する語句から成る語句の音声データを,音声記録媒体に記録し,音声再生手段で再生し,前記画像表示手段が前記第一の関連画,前記第二の関連画,及び前記原画を対応する語句の再生と同期して表示する点」であるとし、均等論による侵害を認めた。

(参考URL)
 

2020年7月21日火曜日

均等論について ~電子メール誤送信防止事件の補足~

 前回の投稿で、均等論について判断した裁判例を紹介したが、均等論について補足する。
 均等論は、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、特許侵害を認める法理であり、その第1要件は、対象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことである。
 この要件の判断に関し、本質的部分説と技術思想同一説があったが、平成28年3月25日の大合議事件において、本質的部分か否かは、技術思想同一説で判断するべきことが判示された(下記判示の後段部分参照)。
[裁判所の判断]
 そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。
・・・
 また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。


 上記判示内容について解説する。
 上述した本質的部分同一説とは、特許発明において、従来技術に見られない技術的特徴を構成する特徴部分に係る構成要件を、対象製品が備えているかという観点で判断するという説である。これに対し、技術思想同一説は、従来技術に見られない特徴部分を対象製品が備えているかという観点で判断するという説である。
 例を示す。特許発明がA,B,Cを備えるDであり、特徴部分に係る構成要件がAであったとする。これに対し、対象製品は、Aに代えてA´を備えているとする。本質的部分同一説によれば、対象製品は、特徴部分に係る構成要件Aにおいて相違するから、均等論の第1要件を満たさないことになる。これに対し、技術思想同一説によれば、A,B,CからなるD(対象特許)と、A´,B,CからなるD(対象製品)が、特許発明の本質的部分(従来技術に見られない技術的特徴)を共通に備えているか否かを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断される。つまり、特徴部分にかかるAにおいて相違するとしても、直ちに、第1要件が否定されるわけではなく、特徴部分を共通に備えるかどうかをいう観点で判断される。

 さて、電子メール誤送信防止事件においては、明細書に、
「【課題が解決しようとする課題】
 しかしながら、特許文献1に記載の技術においては、送信メール保留装置は受信したメッセージ単位でしか保留の可否を判断することができない。そのため、複数の送信先が記載された電子メールに対しては、誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていれば、その他の送信先に対するメール送信までもが保留、取り消しがされることとなる。
 本発明は上述の問題点に鑑みなされたものであり,ユーザによる電子メールの誤送信を低減可能とすると共に,宛先に応じた電子メールの送出制御を行うことにより効率よく電子メールを送出させる仕組みを提供することを目的とする。」

との記載があることから、この課題を解決する構成が従来技術には見られない特有の技術的思想を構成する特徴部分であると理解された。上に引用した大合議事件の判示(前段部分参照)からみて妥当な判断といえる。
 その上で、ドメイン単位で保留の可否判断を行う対象製品では、同じドメイン内に誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていれば、その他の送信先に対するメール送信までも保留等されてしまうから、明細書に記載の課題を解決する従来技術には見られない特徴部分を共通に備えているとは言えない。つまり、相違部分は本質的部分であると判断された。


2020年7月15日水曜日

[裁判例]電子メール誤送信防止事件(知財高裁 令和2年6月18日)

本件は、電子メール誤送信防止に関する特許権を保有するキャノンITソリューションズがデジタルアーツ株式会社を訴えた事件の控訴審である。

対象となる特許は、電子メールを送信する際に、メールの誤送信を防止するために、送信先と送信元に対応付けた制御ルールに基づいて、メール送信を保留する技術に関する。この特許の特徴は、電子メールを複数の送信先に一斉送信するときに、送信先を個々の送信先に分割し、送信先ごとにメール送信を保留するか否かの判定を行うことにした点である。従来は、保留するかどうかの判定がメッセージ単位で行われていたため、一つでも保留条件を満たす送信先が含まれていると、その他のメール送信まで保留、取消がされるという課題があったが、本件発明はこのような課題を解決した。

これに対し、被控訴人の装置は、複数の宛先の電子メールアドレスが設定された電子メールを、宛先のドメイン毎の電子メールに分割するものである。

 ポイントとなった構成要件は、「11D 前記受信手段で受信した電子メールに設定された複数の送信先を個々の送信先に分割する分割手段と」である。

ドメインを特定するのみでは電子メールは受信者に届かないことや、本件明細書の記載等から、上記要件における「送信先」は電子メールアドレスと解すべきであるとされた。この解釈を前提として、被控訴人の装置は、文言上、本件特許を侵害しないと判断された。「送信先」という文言からみても、妥当な判断である。

本件では、均等侵害についても判断されており、こちらの方が興味深い。

本件発明の課題は、次のとおりである。

「【課題が解決しようとする課題】

しかしながら、特許文献1に記載の技術においては、送信メール保留装置は受信したメッセージ単位でしか保留の可否を判断することができない。そのため、複数の送信先が記載された電子メールに対しては、誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていれば、その他の送信先に対するメール送信までもが保留、取り消しがされることとなる。」

 控訴人は、ドメイン毎に送信保留の可否判断を行う被控訴人装置の構成であっても、従来技術であるメッセージ単位での判断よりも、送出制御を効率化することができると主張した。つまり、本件発明の本質的部分は、メッセージ単位より小さい単位で送信保留の判断をすることであり、その単位が電子メールアドレス単位であるかドメイン単位であるかは本質ではないという趣旨である。

これに対して、裁判所は次のように判断した。

[裁判所の判断]

「特許文献1に記載の技術においては、送信メール保留装置は受信したメッセージ単位でしか保留の可否を判断することができない。そのため、複数の送信先が記載された電子メールに対しては、誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていれば、その他の送信先に対するメール送信までもが保留、取り消しがされることとなる。」(段落【0004】)とあるところ、一部であっても本来保留される必要のない送信先に対するメール送信が保留されれば、誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていることにより、メール送信が保留されてしまったことに変わりはないから、本件発明1の課題は、誤送信の可能性がないその他の送信先に対するメール送信は保留、取り消しがされなくなることと解すべきであり、メッセージ単位での保留の可否判断よりも送出制御を効率化すれば足りるとはいえない。

という判断を元に、

・・・(段落【0004】①)とは、本来保留される必要のないその他の送信先(すなわち電子メールアドレス)に対するメール送信は全てなされるべきであるとの趣旨と解するのが自然である。

また、前記アのとおり、「効率よく電子メールを送出させる」ことは、電子メールアドレスに応じた電子メールの送出制御によってもたらされるものとされている。電子メールアドレスに応じた電子メールの送出制御によれば、保留の必要がないその他の電子メールアドレスに対する送信は全てなされるのであるから、本件発明の効果も同様と解すべきであって、保留の必要がないその他の電子メールアドレスのうちの一部の電子メールアドレスに対する電子メールの送信が保留されなくなることでは足りないというべきである。


 以上の裁判所の判断によれば、ドメイン単位での送信保留の可否判断する構成でも従来技術よりも送出効率が良いにもかかわらず、本件発明の本質的部分が電子メールアドレスの単位の保留可否判断でなければならないとされてしまった要因は、課題の書き方にあるようである。

この点に関して、控訴人の主張も主張しており、それに対する裁判所の判断は次のとおりである。

[裁判所の判断]

  控訴人は、文言侵害が否定された場合に、本件明細書等1の課題に記載された「送信先」を「電子メールアドレス」と読み替えて、課題を認定し、当該課題から直接的に本質的部分を認定することは、均等侵害の成否の場面において、文言侵害が否定されることを理由に、均等侵害の成立が直ちに否定され、均等侵害がその機能を果たさない結果となることから、かかる結果が著しく妥当性を欠く旨主張する。

しかし、本質的部分の認定は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである(大合議判決)。よって、本件明細書等1の記載に基づいて、本件発明1が、従来技術である特許文献1のどのような点を課題として把握し、どのような解決手段を提示し、どのような効果をもたらすものなのかを把握することは、当然なされるべきことであるから、控訴人の主張は理由がない。


このような判示をみると、発明の課題はなるべく書かない方が得策なのかもしれない。書いていない分には、大合議判決(平成27年(ネ)10014号)のように、従来技術との対比によって、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定され、従来技術との差分が発明の本質的部分として認められる可能性があるからである。そして、後から差分を主張する方が、被疑侵害品が見えているだけにやりやすい。


除くクレーム(令和6年(行ケ)第10081号)

 1 除くクレームについて  特許実務において、引用文献と差別化を図るために、構成要件の一部を除くことが行われることがある。新たな技術的事項を導入しないものである場合には構成要件の一部を除くことが認められるが(ソルダーレジスト大合議事件(平成18年(行ケ)第10563号))、...