2020年10月21日水曜日

[裁判例]医薬品相互作用チェックシステム事件(知財高裁 令和2年10月7日)

 無効審判の不成立審決に対する取消訴訟である。対象の特許は、「医薬品相互作用チェックシステム」であり、「一の医薬品から見た他の一の医薬品の場合と,前記他の一の医薬品から見た前記 一の医薬品の場合の2通りの主従関係で,相互作用が発生する組み合わせを個別に格納する相互作用マスタ」を有している。

 これに対し、引用発明も医薬品相互作用チェックをする装置である。引用発明は、「一の医薬品から見た他の医薬品の一般名コード,薬効分類コード,BOX コードかの少なくともいずれかについて,相互作用が発生する組み合わせを格納し, また,他の一の医薬品から見た医薬品の一般名コード,薬効分類コード,BOXコードかの少なくともいずれかについて,相互作用が発生する組み合わせを格納する」構成を有し、争点となった。

 裁判所は、対象特許における「医薬品」について以下のとおり判断した。

「これらによると,本件発明1においては,「相互マスタ」には,「一の医薬品」及 び「他の一の医薬品」として,「降圧剤」などといった単なる薬効を入力するだけでは足りず,販売名(商品名)又は一般名を記載するか,薬価基準収載用薬品コードであれば薬効,投与経路・有効成分(7桁のコード)以下の下位の番号によって特定されるものなど,具体的に当該医薬品の薬効,投与経路及び有効成分が特定できるレベルのものを登録する必要があると解される。」

 原告は、「医薬品」を上記のように解釈するのは、リパーゼ事件判決に反すると主張している。

 ここで、リパーゼ事件判決とは、発明の要旨認定に関する最高裁判決である。この事件において、発明の要旨認定は、「特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない」と判示された。

 裁判所は、リパーゼ事件判決との関係について以下のように述べた。

「特許請求の範囲から発明を認定するに当たり,特許請求の範囲に記載された発明特定事項の意味内容や技術的意義を明らかにする必要がある場合に,技術常識を斟酌することは妨げられないというべきであり,リパーゼ事件判決もこのことを禁じるものであるとは解されない。 」

 

2020年10月11日日曜日

[最高裁]予測できない顕著な効果(令和元年8月27日)

 予測できない顕著な効果に関する最高裁判決である。事件の経緯は以下のとおりである。

[特許庁前審決] 引用文献1と引用文献2との組合せは動機づけられない。

[前訴判決]   引用文献2の適用は容易に想到し得た。

[特許庁本件審決]組合せは容易だが、当業者が予測し得ない格別顕著な効果がある。

[原審判決]   本件各発明の効果は予測し難い顕著なものとはいえない。

 最高裁は、以下のとおり、他の化合物において本件化合物と同種の効果を有することは、本件化合物の顕著な効果を直ちには否定することにはならないと判示した。

「上記事実関係等によれば,本件他の各化合物は,本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの,いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって,引用発明1に係るものではなく,引用例2との関連もうかがわれない。そして,引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに,当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず,また,本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると,本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって,本件各発明の効果の程度が,本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。 」

 その上で、原審判決の問題点について以下のとおり指摘した。

「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 」

 最高裁は、組み合わせが容易であることを前提として効果の顕著性について評価をすることは誤りであると指摘した。結局、本件審決が、組合せは容易だが当業者が予測し得ない格別顕著な効果があると判断したように、組み合わせが容易か否かということと、発明の構成から予測し得ない効果があるか否かということは、別々に評価しなければならない。

2020年10月3日土曜日

[裁判例]医療情報提供装置事件(東京地裁 令和2年8月11日)

 患者および医師等に医療情報を提供する情報処理装置の特許に関する侵害訴訟である。判決文を読む限り、本件は、かなりクリアに侵害しているといえ、論点になりそうなものがない。

 ソフトウェア特許は権利行使が難しいといわれることが多いが、本件のような特許であれば侵害の立証も可能であると思われる。対象特許の内容を紹介する。対象特許は2件あるが、親子の関係にあり、権利内容もほぼ同じである。

 発明の概要は、下記のような医療情報を患者および医師等に提供する装置である。下記は、患者に提供される情報であるが、医師等に提供される情報は患者のバイタル情報等である。


 発明の概要は、例えば患者が身に着けているリストバンド等から患者のIDを読み取って認証を行い(第1判定)、第1判定がOKの状態で、医師等のIDを入力することで認証を行って(第2判定)、医師等向けの医療情報を提供するものである。認証が2段階になっているところがポイント。
 本件特許の請求項は以下のとおりである。

1-1A 患者を識別するための第1患者識別情報を端末装置より取得する第1取得部と,

1-1B 前記第1患者識別情報と,患者を識別する情報としてあらかじめ記憶された第2患者識別情報とが一致するか否かを判定する第1判定部と, 

1-1C 前記第1判定部が一致すると判定した場合,前記第2患者識別情報に対応する患者の医療情報を,前記端末装置へ出力する第1出力部と, 

1-1D 前記第1判定部で一致すると判定された場合に,看護師または医師を識別するための第1医師等識別情報を前記端末装置から取得する第2取得部と,

1-1E 前記第1医師等識別情報と,看護師または医師を識別する情報としてあらかじめ記憶された第2医師等識別情報とが一致するか否か判定する第2判定部と, 

1-1F 前記第2判定部が一致すると判定した場合,前記第2患者識別情報に対応する患者の医療情報のうち前記看護師または前記医師が必要とする医療情報を含む表示画面を,前記端末装置 へ出力する第2出力部と,を備える情報処理装置。


 識別情報を取得するステップ(1-1A 、1-1D)と、情報を出力するステップ(1-1C、1-1F)は、そのような動作を行うことは見ればわかる。また、認証を行うステップ(1-1B、1-1E)は、識別情報を読み取ってログインを認めていることから明らかである。

 このように外部からみて把握できる内容だけで発明を特定されていることが望ましい。


(参考URL)089734_hanrei.pdf (courts.go.jp)


[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...