2023年1月30日月曜日

[裁判例]引用発明の本来的な要請に基づき組み合わせの容易性が認められた例(令和4年(行ケ)10039号)

 株式会社ぐるなびの拒絶査定不服審判の審決取消訴訟である。出願にかかる発明は、次のとおりである。ポイントとなる構成に下線を引いた。
【請求項1】
 一又は複数のプロセッサーが、 予約対象となる第1施設と一又は複数の予約内容とを含む初期予約条件の入力をユーザー端末から受け付け、 
 前記第1施設に対応する施設端末に前記予約内容を通知し、 
 前記施設端末からの返信を受け付けた場合に予約を成立させ又は返信内容を前記ユーザー端末に通知し、 
 前記予約内容が前記施設端末に通知された後、前記施設端末からの返信を有効に受け付ける期間として予め設定された待機期間内に前記施設端末からの返信がない場合に、前記施設端末からの返信受付を終了して、前記初期予約条件に基づいて前記第1施設を除く一又は複数の第2施設を抽出し、 
 前記抽出された一又は複数の前記第2施設の情報を前記ユーザー端末に通知する、 予約支援方法。


 ユーザが予約対象としている第1施設の施設端末から待期期間内に返信がない場合に、初期予約条件に基づいて複数の第2施設を抽出し提案する(図7)というシステムである。これにより、施設側は、早期に返信をしないとスキップされてしまうことから、対象特許が目的としている「施設側の早期の返信を促す」ことを実現する。

 主引例は、同じく施設の予約システムであるが、希望する施設の予約がNGであった場合に自動的に別候補の検索を行い、別候補を提供する発明であった。
 本願発明と主引例との違いは、本願発明では第2の候補の抽出を第1施設からの返信がない場合に行うのに対し、主引例では予約登録結果がNGだった場合に行う点である。
 副引例は、ホテルの仮予約に関する発明で、仮予約センタ端末が複数のホテル端末に対して順次、空き問い合わせを行い、宿泊が可なら仮予約を行うというものである。この発明では、空き問い合わせに対する宿泊可否の通知を一定時間経過しても行わなかった場合、ホテル端末に対してキャンセルの通知を行い、次のホテルに空き問い合わせを行う。これは相違点に係る構成である。
 
 本裁判の論点は、主引例と副引例とを組み合わせることが容易かどうかである。裁判所は次のように判断した。
(裁判所の判断)
「イ ところで、施設の予約は、利用日又は利用日時を指定して行うものであり、予定される利用日又は利用日時よりも前に予約を完了するという本来的な要請がある。そして、引用発明は、ある特定の施設の予約を目的とするものではなく、利用者の希望する条件に合致した複数の施設を対象とし、一つの施設の予約ができなかった場合に、別の施設の予約をすることが可能であるような施設予約システムにおける予約方法であるところ、・・・宿泊施設の予約担当者による判断の時期によっては、相当程度に遅くなる場合も想定され、その間に、当初の検索条件に合致する別候補の施設の予約枠が埋まってしまうこともある。 
 そうすると、引用発明には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができないおそれがあるといえる。 
ウ 次に、前記2(2)イの引用文献2記載技術をみると、・・・甲2には、施設端末が、一定時間を経過しても予約可否の回答をしなかった場合には、キャンセルとして扱い(以下「タイムアウト処理」という。)、次の施設に問い合わせるという技術が開示されているといえる。そして、予定される利用日又は利用時間よりも前に、タイムアウト処理をして、次の施設に問合せをすることで、最初に問合せをした施設からの回答を待っていたために、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができなくなるという事態を回避するのに、一定の効果があると認められる。 
エ ところで、引用発明と引用文献2記載技術とは、複数の施設を対象とした施設予約システムにおける施設予約方法という共通の技術分野に属するものであって、第1施設に対して予約可否の問合せを行い、第1施設から予約不可の返信を受けた場合には第1施設に類似する他の施設を抽出するという手法も共通するところ、前記イのとおり、引用発明において、第1施設から予約可否の返信が長時間送信されない場合には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができないおそれがあるところ、上記本来的な要請を満たすために、第1施設からの予約可否の返信を長時間待ち続けるという事態を回避しようとすることは、当業者であれば当然に着想するものと認められるから、引用発明に引用文献2記載技術のタイムアウト処理を適用する動機付けがあるといえる。 」

(コメント)
 動機付けありとした判断のポイントは、施設予約には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請があるところ、引用文献1では本来的な要請を満たすことができないおそれがあり、引用文献2ではそのおそれを回避する効果があるというものである。
 このロジックによれば、副引例が奏する効果、または解決する課題等が、本来的な要請に基づくもの(あるいは普遍的な課題を解決するもの等)と言ってしまえば、常に副引例を組み合わせる動機付けがあることになってしまう。判断が恣意的にならないようにするために、判断者は、本来的な要請があることを丁寧に示す必要がある。また、無効を主張する立場としては、当然そうした要請を示す必要があるであろう。







 

2023年1月20日金曜日

[裁判例]携帯情報通信装置事件(令和3年(行ケ)10139号)

 携帯端末に表示しきれない高解像度の画像を受信したときに外部の表示装置に表示させる携帯情報通信装置の発明についての無効審判の審決取消訴訟である。



 特許請求の範囲の記載はとても長いが、ポイントとなるのは次の構成要件である。下線及び①②は筆者が追加。

G’ 前記無線通信手段が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信してデジタル信号に変換の上、前記中央演算回路に送信し、前記中央演算回路が該デジタル信号を受信して、該デジタル信号が伝達する画像データを処理し、前記グラフィックコントローラが、該中央演算回路の処理結果に基づき、前記単一のVRAMに対してビットマップデータの書き込み/読み出しを行い、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記ディスプレイ制御手段又は前記インターフェース手段に送信して、前記ディスプレイ手段又は前記外部ディスプレイ手段に画像を表示する機能(以下、「高解像度画像受信・処理・表示機能」と略記する)を有する、 携帯情報通信装置において、 
H’ 前記グラフィックコントローラは、前記携帯情報通信装置が前記高解像度画像受信・処理・表示機能を実現する場合に、①前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度と同じ解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記ディスプレイ制御手段に送信する機能と、②前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記インターフェース手段に送信する機能と、を実現し、

 G´で言っているのは、無線通信手段によって高解像度画像を受信し、処理し、表示する一連の機能があるということであり、H’で言っているのは、その一連の処理において、①携帯端末の備え付けのディスプレイパネルと同じ解像度の画像を読み出して表示する機能、②ディスプレイより高解像度の画像を読み出して外部ディスプレイ手段に表示させるためにインターフェース手段に送信する機能、の2つがあるということである。

 さて、主引例となった甲1発明は以下のとおりである。

(甲1発明)
「甲1発明は、内部表示装置における内部表示用の表示データを格納するための領域と、内部表示装置よりも高解像度の外部表示装置における外部表示用の表示データを格納するための領域を表示メモリに確保し、内部表示用の表示データを選択的に外部表示用の領域に格納することで、解像度の違いによる外部表示装置における表示領域を有効に利用することが可能となるという効果を奏する(【0104】)」



(周知技術)
「携帯電話機において、携帯電話機のディスプレイによりそのままでは表示できないデータを外部の表示装置に表示する技術は、周知技術であるといえる。」

(裁判所の判断)
「ア 甲1文献には、「データ」や「プログラム」の受信に際して無線を利用することについては、そもそも一切記載はない。もっとも、甲1文献の【0103】の「本装置を実現するコンピュータは、記録媒体に記録されたプログラムを読み込み、または通信媒体を介してプログラムを受信し、このプログラムによって動作が制御されることにより、上述した処理を実行する。」との記載に照らせば、無線を含む通信媒体を「プログラム」を「受信」するために利用することは示唆されているといえる。また、甲1文献の【0083】では、表示内容を上位のアプリケーションが処理することも記載されているから、甲1発明において、「無線通信手段」を設け、「無線通信手段」で受信した「画像データ」を処理して画像を表示するように構成することまでは、当業者が容易に想到し得たことということも可能と考えられる。 
 しかし、甲1文献には、表示装置の解像度に関する記載はあっても、プログラムやデータに関する解像度の記載はなく、無線通信手段が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信して、この「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」についてディスプレイ制御手段やインターフェース手段に送信するデジタル表示信号を生成する具体的な構成については、何らの開示や示唆もない。そうすると、結局、当業者が相違点4に係る構成を容易に想到することができたとはいえないというべきである。」

「しかし、前示のとおり、甲1文献には、「データ」や「プログラム」の受信に際して無線を利用することについて一切記載はないものの、この点については想到可能であるとしても、表示装置の解像度に関する記載はあっても、プログラムやデータの解像度に関する記載は一切なく、甲1発明の「画像データ」が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」であることについて、何らの開示や示唆もない。 
 また、前記認定の周知技術も、携帯電話機において、携帯電話機のディスプレイによりそのままでは表示できないデータを外部の表示装置に表示する技術を開示するのにとどまり、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信するとの点や、グラフィックコントローラは、携帯情報通信装置が前記高解像度画像受信・処理・表示機能を実現する場合に、「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記インターフ
ェース手段に送信する機能を実現するとの点まで具体的に示唆するものではないから、前記 認定の周知技術を加味しても、当業者が相違点4に係る構成を容易に想到できたとはいえないし、この点に係る構成が単なる設計事項であるということもできない。」

(コメント)
 甲1発明は、構成要件H’の①②を備えている。足りないのは、①②の処理が「前記高解像度画像受信・処理・表示機能(構成要件G)を実現する場合」の機能である点である。もう少し細かくいうと、甲1発明も画像の処理と表示はしているから、足りないのは、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信」する点である。
 携帯電話機の中に、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」が入ってくる経路として、無線通信手段を介して入ってくることも当然あり得る話だと思うが、そのことを開示した文献が示されなかったため、進歩性が認められたと考えられる。

2023年1月9日月曜日

早期審査についてPart2

 以前、早期審査と特許査定率の関係について調べたが、今回は早期審査を経て登録になった特許と、通常(非早期)の審査で登録になった特許について、異議申立事件での取消率等に影響があるのかどうかを調べた。
 対象は、2014年1月以降に特許公報が発行された案件で、異議申立が終了している案件である。前も書いたが、データベースに、早期審査をした、という分類はなかったので、早期審査の事情説明書、早期審査に関する通知書、早期審査に関する報告書等のいずれかが出ていることをキーとして早期審査の特許に分類した。

 まず、早期審査で登録になった特許が全件の26.1%と、異議申立ての全件数に占める割合は非常に高かった。(前回調査によれば、登録件数に占める早期審査の割合は、6%程度にすぎない。)
 しかし、取消理由が通知される割合、訂正請求を出した割合、権利が取り消される割合については、早期審査で登録になった特許と非早期の審査で登録になった特許でほとんど違いがない。
 
 肌感覚としては、早期審査した案件の特許査定率の高さとも相俟って「よくこれで特許になったなあ」と思うものが多いような気がしたが、必ずしもそうではないのかもしれない。
 これまで、早期審査→特許査定率が高いと思っていたが、原因と結果が逆なのかもしれない。つまり、特許査定率が高いものが早期審査されている。
 早期審査の特許の方が異議申立てされる割合が高いのは、それだけ、重要性が高いと考えれば説明がつく。

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...