2020年1月25日土曜日


「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」


 特許法は、特許出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明は、特許を受けられないことを規定している。
 近年では、インターネットに種々の情報が開示されるが、インターネットの情報は日々更新されるため、いつ公知になったものかを立証することは容易でない場合もある。裁判例を調べてみたところ、インターネットの情報が出願前に公知であったことを認めたものと認めていない例があった。証拠に記載された日付の信ぴょう性を評価するという事案ごとの判断がなされている。つまり、ケースバイケースであり一概にはどうということは言えないが、判断事例を知ることも意義があるので、いくつか例を挙げる。
 Wayback Machineは、インターネットアーカイブが運営するデジタルアーカイブであるが、Wayback Machineの情報を提出している例が多数みられた。Wayback Machineの情報が認められた例として、平成30年(行ケ)第10178号、平成16年(ワ)第10431号がある。後者の裁判例では、平成15年12月9日時点のページと、平成15年2月27日時点のページを比べ、平成15年2月27日のページにはなかった「※意匠登録申請済※」の記載が平成15年12月9日のページに存在することが意匠出願の経緯とも合致するいう事情も考慮された。
 Wayback Machineの情報が否定された例として、平成23年(ネ)第2651号、平成18年(行ケ)第10358号がある。前者の裁判例では、Wayback Machineの画像について、画像のURLのみが保存されている場合と、URLに加えて画像自体が保存されている場合があると述べている。画像を証拠とする場合には注意が必要であろう。
 Wayback Machine以外の例として興味深いのはブログの更新情報が認められた例である(上記の平成30年(行ケ)第10178号)。ブログ本文の更新日の情報、ブログの更新情報に表示された年月日、および、ブログにその更新日時と開催期間が整合するイベントの開催告知が記載されていることから、その更新日に公衆に利用可能になったと判断された。
 なお、周知技術の認定に用いられる場合、つまり、数ある証拠のうちの1つ(あるいは複数)といった場合には、公知日がどうこうということは言われていない印象であった。

2020年1月19日日曜日

金融商品取引管理装置事件(知財高裁 令和元年10月8日)


 無効審判の請求不成立に対する審決取消訴訟である。無効理由は、進歩性欠如とサポート要件違反があるが、ここではサポート要件違反を取り上げる。争点は、明細書に機能A+機能Bという構成が開示されているのに対し、機能Aのみを取り出してクレームすることがサポート要件違反に当たるかどうかである。
 具体的には、請求項1は、外為取引において注文を出す方式の一つである「シフト機能」を規定したものである。これに対し、実施の形態には、この「シフト機能」と「いったんスルー注文」及び「決済トレール注文」を組み合わせた構成が開示され、「シフト機能」単独の実施の形態はなかった。
 裁判所は、「シフト機能」自体が効果を有しており、組み合わされた他の機能とは別個の処理であることが読み取れるとして、「シフト機能」のみの発明を認めた。
 本件は、分割出願に係る特許であるが、原出願は、「決済トレール注文」に主眼をおいた明細書となっていたため、「シフト機能」のみからなる実施形態がなかったと思われる。しかし、そのような場合であっても、他の機能と分離可能である場合には、クレームアップが可能である。ただし、このようなケースでは、従たる機能について、単独で機能することも付言しておくとなお良い。

※以下、裁判所の判断
イ ・・・上記①の記載から,「シフト機能」は,「新規注文と決済注文が少なくとも1回ずつ約定したのちに,更に新規注文や決済注文が発注される際に,先に発注済の注文の価格や価格帯とは異なる価格や価格帯にシフトさせた状態で,新たな注文を発注させる態様の注文形態」であり,シフトされる先に発注済の注文には,「新規注文」又は「決済注文」の一方のみの構成又は双方の構成が含まれること,先に発注済の一つの注文の「価格」をシフトさせる構成のものと先に発注済の複数の注文の「価格帯」をシフトさせる構成のものが含まれることを理解できる。
 また,上記①ないし③の記載から,「シフト機能」は,「相場価格を反映した注文の発注を行うことができる」という効果を奏し,「いったんスルー注文」,「決済トレール注文」や,各種のイフダン注文(例えば…「リピートイフダン注文」や「トラップリピートイフダン注文」)」等の注文方法とは別個の処理であること,「シフト機能」にこれらの各種の注文方法のいずれを組み合わせるかは任意であることを理解できる。

2020年1月12日日曜日

住宅地図事件(知財高裁 令和元年7月19日)

 ヤフーが提供する地図が住宅地図に関する特許を侵害するとして、損害賠償請求を求めた事件である。対象の特許は、小型で廉価かつ検索を容易に行える住宅地図を提供することを目的として、一般住宅に関しては名称を省略することで縮尺を圧縮すると共に、地図を適宜に分割して区画化し、区分に付した記号と住宅の番地を対応させた索引を設けたものである。

 本件特許は、「地図の大型化や大冊化を招き」とあるように、書籍としての地図を対象としているものである。縮尺を圧縮しつつ検索も容易にするという課題を解決するために、地図を区画化して、そこに索引を付けるという構成を採用しているので、区画は視認できるものでなくてはならない、という本質的なところで、電子的な地図とは異なっている。 
 大型化や大冊化を防ぐための本発明の工夫はなかなかのものと思うが、本件訴訟に関しては、対象が異なっている感は否めない。

※以下、裁判所の判断
(3)ア 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記(2)の本件明細書の開示事項を総合すると,本件発明の技術的意義は,従来の住宅地図においては,建物表示に住所番地及び居住者氏名も全て併記されていたため,肉眼でも判別可能な実用性を確保するために縮尺度を低いものにする必要があり,これに伴って全体として地図の大型化や大冊化を招き,この大型化や大冊化が氏名の記載変更作業の実地調査に係る人件費と相俟って住宅地図を高価格なものとし,更に氏名の公表を希望しない住人についても住宅地図に氏名を登載してしまうこととなるため,プライバシーの保護という点からも問題を有し,また,従来の住宅地図の付属の索引は,住所の丁目及びそれぞれの丁目に該当するページだけが掲載されていたため,「目的とする居住地(建物)を探し出す作業」(検索)が,煩雑で面倒であり,迅速さに欠け,非能率な作業となっていたという課題があったことから,本件発明の住宅地図は,この課題を解決するため,検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については,居住人氏名や建物名称の記載を省略し,住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載することにより,縮尺度の高い,広い鳥瞰性を備えた構成の地図とし(構成要件B及びC),地図の各ページを適宜に分割して区画化した上で,地図に記載の全ての住宅建物の所在番地を,住宅建物の記載ページ及び記載区画を特定する記号番号と一覧的に対応させた付属の索引欄を設ける構成(構成要件DないしF)を採用することにより,小判で,薄い,取り扱いの容易な廉価な住宅地図を提供することができ,また,上記索引欄を付すことによって,全ての建物についてその掲載ページと当該ページ内の該当区画が容易に分かるため,簡潔で見やすく,迅速な検索の可能な住宅地図を提供することができるという効果を奏することにあるものと認められる。

被告地図が表示された画面(被告地図プログラムの構成(1)によって表示された〔画面7〕,〔画面8〕,被告地図プログラムの構成(2)によって表示された〔画面9〕ないし〔画面12〕)から,被告地図のデータが複数の区画に分割されていること及びその分割された区画の範囲を認識することはできない。被告地図において「メッシュ化」がされていて,また,被告地図に係るデータが複数のデータとして管理されているとしても,被告地図プログラムの構成(分説)及び前記アに照らし,利用者は,「メッシュ化」されている範囲や区分されたデータを通常認識しないだけでなく,それらに対応する区画の記号番号を認識することはない。したがって,被告地図において,線その他の方法及び区画の記号番号により,ページにある複数の区画の中で,検索対象の建物が所在する地番に対応する区画を認識することができるとはいえない。そうすると,前記(3)に照らし,被告地図において,「各ページ」が,「適宜に分割して区画化」されているとはいえない。



2020年1月6日月曜日

自律型思考パターン生成機事件(東京地裁 令和元年6月26日)

 本件特許は、いわゆる人工知能に関する発明を記載しており、このような特許で権利行使をした画期的なケースである。

 本件特許は、特許請求の範囲(下記)だけを読んで特許権者寄りに善解をすれば、構成要件1Aは、画像等をデジタルデータに変換することを述べており、構成要件1B~1Dは、データ同士の関係を学習するという理解が全く不可能というわけではない。特許権者としては、かなり広い権利範囲を持つと考えていたのかもしれない。
 特許権者は、「仕事を覚える」「処理マップを自分で作成する」「知識を保存・応用する」等の被告製品のパンフレットの記載をもとに特許権侵害を主張したが、「仕事を覚える」等の行為を行うものはすべて特許の権利範囲に含まれるかのような主張は認められる余地はなく、構成要件充足性を一つ一つ確認していかなくてはならないことは、他分野の特許と同じである。
 裁判所が、構成要件充足性を否定する際に、「・・・機能を有していると認めるに足りる証拠はない」等と述べていることは、人工知能に関する特許では、侵害の立証が容易ではないことを示している。

※以下、内容説明
本件特許
1A 画像情報,音声情報および言語を対応するパターンに変換するパターン変換器と,パターンを記録するパターン記録器と,
1B パターンの設定,変更およびパターンとパターンの結合関係を生成するパターン制御器と,
1C 入力した情報の価値を分析する情報分析器を備え,
1D 有用と判断した情報を自律的に記録していく自律型思考パターン生成機。


各構成要件について具体的な例を挙げて説明する。
構成要件1Aは、犬の画像をパターン(色、輝度等に対応した1,0の信号)に変換し、言語情報の「いぬ」を整理した型に変換することであり、構成要件1Bは、犬の画像と「いぬ」の言語情報がともに発生する場合には、犬の画像のパターンと「いぬ」のパターンの間に結合関係を生成することである。
構成要件1C、1Dは、入力された情報を分析し、有用であると判断した場合に、上記の結合関係を記録していくことを規定している。


裁判所の判断
(参考URL)088873_hanrei.pdf (courts.go.jp)

・構成要件1Aについて
イ 原告は,本件製品のパンフレットや動画において,アメリアが「感情的な対応力」を有するとされ,アメリアの表情が「EQ(共感指数)」により変化させられ,ユーザがアメリアの感情を画像で確認できるようになっていることなどを根拠として,本件装置は「画像情報・・・を対応するパターンに変換するパターン変換器」を有していると主張する。
 しかし,被告は,本件装置がアメリアの感情に対応した画像を予め保有しており,状況に応じてその場に適した表情の画像を表示可能であるとしても,画像情報を対応するパターンに変換する機能は備えていないと主張するところ,原告が指摘する本件パンフレットの記載や動画を総合すると,本件装置が様々な感情に対応する表情のアメリアの画像を保有し表示することができるとは認められるものの,本件装置が,外部から入力された表情等に関する画像をパターンに変換する機能を有していると認めるに足りる証拠はない。
・構成要件1Bについて
イ 原告は,本件装置が「パターンの変更」をする「パターン制御器」を有すると主張するが,本件装置に既に記録されているパターンとしての信号は,それ自身が何らかの情報と対応付けられた信号であるから,この信号に対して改めて何らかの変更をする必要性は乏しいと考えるのが相当であり,本件製品のパンフレット等の記載を総合しても,本件装置が「パターンの変更」をする「パターン制御器」を有すると認めるに足りる証拠は存在しない。
・構成要件1Dについて
イ 原告は,本件製品のパンフレットの記載などに基づき,「仕事を覚える」,「処理マップを自分で作成する」,「知識を保存・応用する」,「知識を自動的に応用する」などの行為を行うには,「有用と判断した情報を自律的に記録していく」ことが必須であると主張する。
 しかし,情報として得た知識を保存し,関連する情報の接続関係を把握する機能を有していれば,問題となっている事例と関連・類似する事例を情報の結合関係から特定し,その解として結合されている情報を提示することができ,これにより上記の機能を発揮することは可能であるから,必ずしも,入力する情報の有用性について判断し,有用な情報のみを記録するとの機能を備えている必要はないというべきである。

 かえって,本件製品のビデオ(甲12・図5)には,全ての質疑応答がアメリアの経験と知識に加えられる旨の記載があり,これによれば,仮にアメリアが情報分析器を備えているとしても,あらゆる情報をいったん記録しつつ,その中から有用な情報を抽出等する構成を採用しているとも考えられるところ,本件製品のパンフレット等には,本件装置が入力された情報の入力性について判断し,有用な情報のみを記録するとの機能を備えていることを示す記載は存在しない。
 そうすると,本件装置が「仕事を覚える」などの上記行為を行うことができることから,直ちに,同装置が入力された情報の有用性を判断し,有用と判断された情報のみを記録する機能を有するということはできない。

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...