2022年12月29日木曜日

[裁判例]システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 株式会社REVO等が保有する特許に対して、SELF株式会社が起こした無効審判の審決取消訴訟である。並行して、株式会社REVO等がSELF株式会社を特許侵害で訴えており(令和4年(ネ)10008号)、その件も同じ裁判体によって判断され、同日に判決が言い渡されている。

 対象の特許は、健康管理を想定した情報提供装置の発明であり、一度に多くの個人情報を入力させるのはユーザにとって負担が大きいので、最初に個人情報の入力を受け付けた後は、折に触れてユーザに質問して、負担のない態様で個人情報の入力をさせることをポイントとする発明である。
【請求項1】
1A ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段と, 
1B 前記第1受付手段によって受け付けていない個人情報に対応する属性の質問を行う質問手段と, 
1C 前記質問手段による質問に対する返答である個人情報を受け付ける第2受 付手段と, 
1D 前記第1及び第2受付手段によって受け付けられた個人情報と当該個人情報に対応する属性とが紐付けた状態で格納される格納媒体と, 
1E 前記第1又は第2受付手段によって受け付けられた個人情報に基づいて前記ユーザに対して提案を行う提案手段と,を備え, 
1F 前記提案手段は,前記個人情報に基づいてウェブサイトから前記ユーザに対して提案すべき情報を取得する手段と, 
1G 前記個人情報に基づいてユーザに注意を促す手段と,を有する 
1H 情報提供装置。

 引用発明は、ユーザの意欲を喚起する学習・生活支援システムであり、対象特許と同様に、段階的な個人情報の入力を受け付ける構成を有するものである(請求人はそのように主張している)。
 審決では、3つの相違点を認定しており、裁判所はそのうちの相違点3について相違があり、かつ、容易想到でもないと判断した。その相違点というのは、次である。

・相違点3
 情報提供システムが、本件発明1は「情報提供装置」であるのに対し、甲1発明は、ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2とユーザ端末3とを備える「学習・生活支援システム1」である点。 

[裁判所の判断]
 裁判所は、本件発明は装置であるのに対し、甲1発明はシステムであるとして、新規性を認めた上、進歩性について次のように判断した。

「イ 前記アの記載事項によれば、前記アの刊行物には、①スマートフォンを利用した店舗検索システムにおいて、その処理の一部をスマートフォンで行う場合と、Webサーバで行う場合があること(前記ア(ア))、②クラウドサービスでは、利用者は、最低限の環境、すなわち、携帯情報端末等のクライアント、その上で働くWebブラウザ等を用意すればサービスを利用できること(同(イ))、③場所に関する表現を含むコンテンツにおいて、表現された箇所を見つけ出すことを可能とする情報提供システムの発明において、そのシステムの構成要素が閲覧端末に搭載されるものが実施例の一つとして開示されていること(同(ウ))が認められる。 
 しかしながら、上記①ないし③から、一般的に、情報提供サービスを行う場合において、当該サービスを提供するために必要となる処理をサーバを含むシステム全体で行うことと、当該処理をユーザ端末のみで行うことが、提供するサービスの内容いかんにかかわらず適宜選択可能な事項であるとはいえない。そして、当業者が、ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2と、複数の受講生・生徒が使用するユーザ端末3とを備え、受講生・生徒同士がコミュニケーションをとることのできる甲1発明の「学習・生活支援システム1」において、当該システムで必要となる処理の全てを単独のユーザ端末3で行うようにすることについては、その必要性、合理性が認められない。 
 よって、甲1発明の「学習・生活支援システム1」を単独の情報提供装置に変更することが設計的事項の範疇にあるということはできない。 
 ウ この点に関し、原告は、甲1の学習・生活支援サーバ2に実装された記憶部をユーザ端末3に配置変更することは、甲1の【0022】に記載されているから、甲1に接した当業者であれば、ユーザ端末3の制御部が、当該記憶部から個人情報を読み出し、ユーザ端末3の制御部によってユーザに対する提案が実現されるように設計変更することは容易である旨主張する。 
 しかし、甲1の【0022】には、学習・生活支援サーバ2が備える記憶部に記憶されるようにされている各種情報をユーザ端末3に記憶するようにしてもよいとの記載があるにすぎず、学習・生活支援サーバ2が備える他の機能をユーザ端末3に備えることについての記載や示唆はない。
 したがって、甲1に接した当業者が、甲1発明の「学習・生活支援システム1」の構成全体を単独の情報提供装置に変更することの動機付けは認められないから、相違点3に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。 
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。 

(コメント)
 装置とシステムとで構成上の違いがあるから新規性あり、というところまでよいとして、システムで構成している甲1発明を装置に変更するのが容易でないという判断には驚いた。甲1発明が学習・生活支援システムであるという点を考慮して、単独の装置では、実現不可能ということを考慮したと思われる。確かに、甲1発明を出発点とすれば、システムを装置に変えるのは困難ということは言えるかもしれないが、たまたま選んできた引例がそういう前提だったというだけで、発明のポイントは開示されているのではないか。特許のための議論という感じは否めないが、こういう議論が通用する可能性があることは留意しておいた方がよいと思う。

 さて、本件に関してさらに驚いたのは、同日に出された侵害訴訟の判決では、本件発明は、甲1発明を理由に、新規性なしと判断されたことである。(いや、これは自分が何かを見落としているのかもしれない。) 下記の判決文における乙8が上で述べた甲1発明である。

[裁判所の判断](侵害訴訟)
「(ウ) 構成要件1Hについて 
乙8発明1の学習・生活支援サーバ2は、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」に相当するものである。 
 b これに対し、控訴人らは、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」は、「ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段と、」という構成要件1Aを含む各手段等を備えるものであり、本件明細書の【0029】の記載から、構成要件1Aの「第1受付手段」は、「タッチパネル114」と「制御部101」と「記憶部102」とが協働して実現することができるものと解釈すべきであるところ、乙8発明1の構成1hの「学習・生活支援サーバ」は、「タッチパネル114」のようなユーザインタフェースを有していないから、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」と、乙8発明1の構成1hの「学習・生活支援サーバ」は、ユーザインタフェースの有無という点で相違すると主張する。 
 しかるところ、本件発明1の構成要件Hの「情報提供装置」は、構成要件1Aの「第1受付手段」を備えるものであるが、前記(ア)bのとおり、本件特許の特許請求の範囲(請求項1)には、本件発明1の「ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段」を「タッチパネル」のようなユーザインタフェースを有するものに限定する記載はないから、控訴人らの上記主張は、その前提において採用することができない。 
 したがって、控訴人らの上記主張は、理由がない。 
ウ まとめ 
 以上によれば、乙8発明1は、本件発明1の構成要件1Aないし1Hの構成を全て有するから、本件発明1は、乙8発明1と同一の発明であるものと認められる。 
 したがって、本件発明1に係る本件特許には、新規性欠如の無効理由(特許法29条1項3号、123条1項2号)がある。 」

(コメント)
 こちらでは、進歩性欠如ではなく、新規性欠如である。装置とシステムは実質的に違いはないと。

2022年12月22日木曜日

[EP]UIは技術的事項かPart3(T1143/06)

 この審決は、大容量のデータベースを所定のソート条件で検索したときの検索結果を表示するデータ選択システムの発明(出願人はブリティッシュテレコム)に関する。
 顧客ファイルを例として、この発明のポイントを説明する。ユーザがソートのための文(ステートメント)を選択すると、データ選択システムは、ソート文と顧客ファイルとの関連性を決定する。そして、データ選択システムは、ディスプレイにソート文を表示すると共に、顧客ファイルを示すデータ要素を表示する。このとき、関連性に基づいて、少なくとも1つのデータ要素を最初の位置からソート文の方へ相対的に移動させるエフェクトを表示する。そして、データ要素を選択することで顧客ファイルを選択する、というものである。


 上の明細書の図6の例では、108,110,112がソート文である。108は宛先Aへコールしたトランザクションデータ、110は宛先Bへコールしたトランザクションデータ、112はISDNによるコールのトランザクション、というソート文である。
 114,116,・・・122がデータの要素であり、124は最初の位置である。データ要素は、ソート文との関連性に基づいて、最初の位置124からソート文108~112に向かって相対的に移動する。例えば、要素114は、宛先Aへのコールが25%、宛先Bへのコールが0%、ISDNによるコールが0%の顧客ファイルを示す。要素114はソート文108に向かって移動する。要素120は、宛先Aへのコールが40%、宛先Bへのコールが40%、ISDNによるコールが0%の顧客ファイルを示す。要素120は、ソート文108と110から等距離にある軌道上を移動し、122に至る。
 
(先行文献D1との相違)
 本件発明がD1と異なるのは、各データ要素の移動速度を決定し、各データ要素を相対的に移動させる点のみである。

(審判部の判断)
 さて、本発明に戻ると、データファイルを象徴する要素が画面上を移動することで、情報を伝達することを意図している。このことは、特許明細書自体から明らかである。「各要素は、それが表すデータファイルとソートステートメントの関連性に従って動くので、データのパターンは容易に認識できる」(3頁第2文)。この特徴を単独で考えると、EPC 第52条(2)(d)の意味での「情報の提示」であると判断されなければならない。したがって、請求項の文脈では、この特徴が技術的効果を追加的にもたらす場合にのみ、進歩性に寄与することができる。

 審判部の見解は、唯一の新機能が表示要素の移動に関するものであるため、本発明は情報の検索と取得に直接関係する問題を解決するものではないというものである。ビジュアライゼーションの直接的な効果は、それがユーザに与える印象である。この問題はあまりにも広範囲に及んでいる。より正確には、本発明は、データファイルに関する情報を、人が容易に評価できるような方法で提示する問題を解決するものであり、この人は、データベース内のデータファイルの検索および取得のためのシステムのユーザである。この表現は、この問題が純粋に技術的なものでないことをより明確に示している。実際、理論的には、同じ情報を自然文の記述や表で表示することも可能である。(これらの表示方法が実際に適切でないかは別問題である)。したがって、直接的な技術的効果はないように思われる。

(コメント)
 下線を引いたように、ビジュアライゼーションはユーザに与える印象であり、技術的なものではないと判断された。
 2つめの下線にあるとおり、同じ情報を別の態様で表すことができるかどうか?という観点は、ユーザに与える印象にかかるビジュアライゼーションなのか、技術的効果を伴うものかを判断する上で、一つの基準になるように思った。



 

2022年12月15日木曜日

[EP]UIは技術的事項かPart2(T1741/08)

  PC等のユーザーインターフェースに関する発明についての審判である。明細書の図面の一部を抜粋する。(カラーの部分は、筆者にて追記)


 この例は、旅行の予約をする画面であり、上の赤のところが手続きの流れを示している。不鮮明であるが、具体的には、

「一般データを入力(Enter General Data)→サービスの選択(Select Service)→レビューと予約(Review and Book)→確認(Confirmation)」

という手順で、このサイトの入力を進めることを示している。その下の青の部分は、「サービスの選択」の中のサブの手順であり、

「フライトの検索(Search for Flight)→フライトの選択(Select Flight)→レビュー(Review)」

という手順を示している。一番下の大きな枠は、フライトの検索条件を入力するためのインターフェースである。
 本発明はこのようなインターフェースにより、多くのステップやサブステップを必要とするデータ入力のプロセスにおいて到達した段階を特定することが容易になるというものである。

(出願人の主張)
 出願人は、コンピュータ資源の使用量の削減が、本件において要求される付加的な技術的効果であると主張した。その心は、ユーザーは、現在の段階で入力すべきデータの性質をより迅速に把握することができる。迅速に対応することで、時間のかかる入力トランザクションが少なくなれば、使用するコンピュータ資源が少なくなるという技術的効果があるというものである。

(審判部の判断)
 特定のGUIレイアウトは、経験の浅いユーザーが、どこに、どのようなデータを入力すべきかを探す時間を確かに短縮することができると、審判部は考える。その結果、より少ないコンピュータ資源が使用されるかもしれない。しかし、この資源使用の削減は、特定の情報提示方法によって与えられた視覚情報をユーザーの脳がどのように知覚し処理するかによって生じるものである。
 出願人は、事実上、次のような効果の連鎖があることを主張しているのである。すなわち、レイアウトの改善(判例によれば、これはまさに「情報の提示」である)により、ユーザーの「認知的負担が軽減」される;そのためユーザーの反応が速くなる;したがってコンピュータが必要とする資源が少なくなる。
 しかし、技術的な効果という点では、レイアウトがユーザーの心理に影響を与える;先行技術よりも精神的な移行が早く行われる;ユーザーの反応が早くなり、コンピュータのリソース使用量が減る、というのは壊れた連鎖である。これらのリンクのうち、技術的効果と呼べるのは3番目だけである。つまり、従来技術よりも、ユーザーがコンピュータをアイドル状態にしておく時間が短いため、リソースの消費が抑えられるのである。
 審判部は、このような壊れた連鎖を、全体として要求される技術的効果の証拠として受け入れることはできない。このような連鎖論が説得力を持つためには、それぞれのリンクが技術的なものでなければならないように思われる。したがって、出願人は、レイアウトがユーザーに心理的効果をもたらし、ユーザーがコンピュータに技術的効果をもたらすという、改善されたレイアウトによる付加的な技術的効果があることを立証していない。このことは、レイアウトがコンピュータに技術的効果をもたらすということと同じではない。

(コメント)
 審判部は、壊れた連鎖という言い方をしているが、言いたいことはレイアウトの工夫によりユーザがデータの入力手順を理解しやすくなるということと、リソースの消費が抑えられること(技術的な効果)とはリンクしていないということと思われる。確かに出願人の三段論法のような主張は強引という印象であり、これを認めると多くのUIは同じ論法で技術的効果が認められることになってしまうだろう。
 日本ではこうしたタイプの出願も結構あるので、どういう対策を取っていくべきか検討が必要である。他の事例もみていきたい。




[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...