2022年10月21日金曜日

「AI関連発明の権利行使に関する留意点の検討について」(パテント2022年9月号より)

 昨今のAI関連発明の特許件数増加に伴い、 AI関連発明の権利行使については注視すべき論点である。
 タイトルに記載した論文は、令和3年度特許委員会第3部会第1チームによるものである。この論文では、権利行使しやすいAI関連発明の請求項とはどのようなものか、という仮説をたて、仮想登録例、仮想裁判例、審査基準の事例をもとに、仮説の検証・考察を行っている。仮説は、権利行使しやすいAI関連発明の請求項とは、次の2つの要件を満たす請求項である。
1.内部の処理を請求項中に書かない。
2.入力と出力の関係を規定した請求項を書く。

 仮説の検証・考察は、仮想登録例だと権利行使できそうかの検討、仮想裁判例の検討と請求項の変更案の検討、審査基準の事例をどのように改善すれば権利行使できそうかの検討、のアプローチで構成されている。

 この論文では、仮説に沿った請求項を作るためのアイデアとして、次のような方法が提案されている。

・学習アルゴリズムを特定しないために、「ニューラルネットワーク」のような用語は使わず、「学習済みモデル」等とする。
→これは基本だと思うので、ぜひ実践すべき。

・学習工程と算出工程とを含む場合、学習工程を削除し、算出工程に学習工程に関する記載を含める。
→算出工程に学習工程を含めた場合、そうした学習を経て生成された学習済みモデルで算出する、という要件になり、結局のところ学習工程も問題になるので、立証が容易になるのかは疑問である。ただし、学習工程を行う者と算出工程を行う者が異なる場合には、算出工程を行う者に対して直接侵害を訴えることができるという効果はあると思う。

・機械学習が教師あり学習に限定されないように、教師データとして出力データを特定しない。
→確かに、入出力の両方を教師データとすると教師なし学習は外れてしまう。もし、教師あり学習で発明提案を受けたとしても、教師なし学習が可能で、入力データだけで特徴が出せるなら、出力データを特定しないことは検討に値する。

2022年10月15日土曜日

[裁判例]間接侵害の要件-主観的要件(知財高裁 平成31年(ネ)10007号)

 前回の投稿と同じ裁判例より、特許法101条2号の間接侵害の主観的要件の判示を取り上げる。
 特許法101条2号は、
「特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」
を侵害とみなすと規定しており、上記下線部分が主観的要件である。
 裁判所は、主観的要件①「特許発明であることを知りながら」、主観的要件②「発明の実施に用いられることを知りながら」に分けて検討している。

 本稿で取り上げるのは、特許が訂正された場合に、主観的要件を満たすのはいつの時点からか、という点である。
 経緯は以下のとおり。
・平成17年 7月22日 特許登録
・平成25年 4月 2日 警告書受領
・平成28年11月16日 訂正審決

 被告は、原審において、主観的要件①を満たすのは訂正審決日以降であると主張し、控訴審において、主観的要件②を満たすのは訂正審決日以降であると主張している。
 しかし、裁判所は、被告のいずれの主張も否定し、被告が警告書を受領した日以降、主観的要件①②を満たすと判断した。

[原審の判断]
 (イ) 主観的要件①について 
a 被告は,本件発明1(本件特許1に係る発明)の存在を知った時期は,本件第1特許の特許請求の範囲を本件発明1に係る構成要件のように訂正することを認めるとの審決(甲20)がされたことを知った平成28年11月16日であると主張している。 
 そこで,まず,特許発明について特許請求の範囲の訂正があった場合には,訂正後の特許請求の範囲に係る発明を知った時に主観的要件①を満たすことになるのか,それとも,訂正前の特許請求の範囲に係る発明を知っていれば,特許請求の範囲が訂正された後の発明との関係でも,主観的要件①を満たすことになるのかを検討する。 
 特許法101条2号が主観的要件①を間接侵害の要件とした趣旨は,同号の対象品は適法な用途にも使用することができる物であることから,部品等の販売業者に対して,部品等の供給先で行われる他人の実施内容についてまで,特許権が存在するか否かの注意義務を負わせることは酷であり,取引の安全を害するとの点にある。
 他方,特許請求の範囲等の訂正は,特許請求の範囲の減縮や誤記等の訂正等を目的とするものに限られ(特許法126条1項),特許請求の範囲等の訂正は,願書に(最初に)添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず(同条5項),かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならないとされている(同条6項)。そして,特許請求の範囲等の訂正をすべき旨の審決が確定したときは,その訂正後における特許請求の範囲により特許権の設定の登録がされたものとみなされる(同法128条)。 
 以上のように,特許請求の範囲の訂正が認められる場合が上記のように限定されていることを踏まえると,訂正前の特許請求の範囲に係る特許発明を知っていれば,特許請求の範囲が訂正された後の特許発明との関係でも,主観的要件①を満たすことになると解するのが相当である。このように解しても,特許法101条2号が主観的要件①を求めた趣旨に反するわけではないし,第三者にとって不意打ちとなることもないからである。 
 なお,本件第1特許の特許請求の範囲の訂正も誤記の訂正及び特許請求の範囲の減縮を目的とするもので,その他の訂正の要件も満たしており(甲19の1ないし20),被告製品3は本件発明1の技術的範囲に属する以上,上記訂正前の本件発明1の技術的範囲にも属することは明らかである。

[控訴審の判断]
 d 一審被告の主張について
・・(略)・・
 なお、一審被告は、同⑶イ(本判決前記第2の4⑹で補正されたもの)のとおり、本件では訂正前発明1に係る訂正前の発明は従来技術そのものであり、それとの関係ではいかなる物も課題解決不可欠品に該当することはあり得ないから、間接侵害が成立する余地はないと主張する。この主張は、主観的要件②を満たすためには、当該製品が「その発明による課題の解決に不可欠なもの」であることの認識を必要とするとの趣旨と解される。しかし、上記のとおり、特許法101条2号において主観的要件②が必要とされる趣旨が、対象品(部品等)が適法な用途にも使用されるものであることから、その生産、譲渡等をしようとする者の取引の安全を図る点にあることからすると、当該製品が侵害用途に用いられることについて上記の意味での悪意であれば足り、それが「その発明による課題の解決に不可欠なもの」であることの認識までは要しないと解するのが相当である。したがって、一審被告の上記主張は採用することができない。 

[コメント]
 主観的要件①の判断について、訂正は特許請求の範囲を減縮する方向にしか行えないから第三者に対して不意打ちになることはない、というのはそのとおりと思う。補償金請求権(特65条)の場合には、特許請求の範囲の補正を行った場合には再度の警告が必要と考えられるが、これは補正によって権利範囲が広がることがあるからである。
 主観的要件②の判断について、課題解決不可欠品の要件と切り離して考えるべきというのは、そう言われればそういうものかと思う。
 今回の裁判例では、いったん警告をしておけば、それ以降は、間接侵害の主観的要件について悪意になり、特許請求の範囲の訂正をしても再度の警告は必要ないということが言える。

2022年10月14日金曜日

[裁判例]間接侵害の要件-課題解決不可欠品(知財高裁 平成31年(ネ)10007号)

 株式会社ジェイテクトが三菱電機株式会社を訴えた特許侵害訴訟の控訴審である。争点は多岐に渡るが、原審と控訴審とで判断が変わった間接侵害(特許法101条2号)の要件について取り上げる。
 侵害訴訟で争われた4件の特許のうち、以下で説明するのは、特許3700528号(プログラマブル・コントローラにおける異常発生時にラダー回路を表示する装置)である。発明は、制御対象に異常が発生すると異常の種類を表示し、異常の種類を指定すると、異常現象が発生したラダー回路を表示するという技術に関し、その特徴はラダー回路の出力要素を指定するとその出力要素を入力要素とするラダー回路が表示され、これを順次繰り返すことで、異常の原因を容易に見つけることができるようにした点にある。




被疑侵害品は、被告表示器Aと被告製品3である。
被告表示器Aは、プログラマブル表示器であり、工場等における設備機械を制御する制御装置であるプログラマブル・コントローラ(以下「PLC」という。)等の状態を表示(モニタ)するとともに、PLC等に指令信号を送る機器(表示操作装置)である。
被告製品3は、被告表示器専用の画面作成ソフトウェアである。これには被告表示器のOS(基本機能OS及び拡張/オプション機能OS)とその他のソフトウェアが含まれている。
被告表示器Aに被告製品3をインストールした製品が対象特許の技術的範囲に属すると判断された。しかし、被告製品3をインストールするのはユーザなので、被告製品3をインストールした被告表示器Aを生産しているのはユーザであるとして、被告が直接侵害しているとは認められなかった。
被告による被告表示器Aと被告製品3の生産、譲渡等について、特許法101条2号の間接侵害が成立するかが本投稿で記載する内容である。
原審は、被告製品3については間接侵害が成立するが、被告表示器Aは「課題の解決に不可欠なもの」ではないとして、間接侵害が成立しないとした。
これに対し、控訴審では、被告製品3と被告表示器Aの両方について間接侵害が成立すると判断した。

[原審の判断]
エ 以上の認定を踏まえ、被告表示器Aや被告製品3が本件発明1「による課題の解決に不可欠なもの」に当たるかをさらに検討する。
() まず、被告表示器Aがこれに当たるかを検討すると、確かに、被告表示器Aは表示器(表示装置)で、本件特許1の特許請求の範囲に記載された部材であって、これはラダー回路を表示したり、入出力要素をタッチしてその検索結果を表示したりするなど、本件発明1の実施に必要な物ではある。
しかし、本件発明1の特徴的技術手段との関係についてみると、被告表示器Aは、被告製品3がインストールされたパソコンで、動作設定を「回路モニタ」とする拡張機能スイッチが配置されたプロジェクトデータを作成することを前提に、被告製品3によってインストールされたプログラムで異常現象の発生がモニタされたときに、プログラムに従って、ラダー回路を表示し、そのタッチパネル上での入出力要素をタッチしてその検索結果を表示するものにすぎない。すなわち、被告表示器Aはプログラムに従ってラダー回路等の表示やタッチパネル上のタッチや検索結果の表示を可能としているにすぎないが、これらは従来技術においても採用されていた構成にすぎない。
したがって、被告表示器Aは、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらすものに当たるとは認められない。
() 他方で、上記判示のとおり、被告製品3は、拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能等部分を格納しており、これが被告表示器Aにインストールされることによって、被告表示器Aにおいて回路モニタ機能等の使用が可能となるのである。
そうすると、被告製品3は、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらすものであると認められる。
したがって、被告製品3は本件発明1「による課題の解決に不可欠なもの」に当たる。

[控訴審の判断]
()課題解決不可欠品の意義
特許法101条2号において、その生産、譲渡等を侵害行為とみなす物を「発明による課題の解決に不可欠なもの」とした趣旨は、同号が対象とする物が、侵害用途のみならず非侵害用途にも用いることができるものであることから、特許権の効力の不当な拡張にならないよう、譲渡等の行為を侵害行為とみなす物(間接侵害品)を、発明という観点から見て重要な部品、道具、原料等(以下「部品等」という。)に限定する点にあり、そのために、単に「発明の実施に不可欠なもの」ではなく、「発明による課題の解決に不可欠なもの」と規定されていると解される。
この趣旨に照らせば、「発明による課題の解決に不可欠なもの」(課題解決不可欠品)とは、それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるような部品等、換言すれば、従来技術の問題点を解決するための方法として、当該発明が新たに開示する特徴的技術手段について、当該手段を特徴付けている特有の構成等を直接もたらす特徴的な部品等が、これに該当するものと解するのが相当である。
(イ)本件発明1の特徴的技術手段について 
・・略・・
()特徴的な部品等
前記のとおり、特許法101条2号は、間接侵害品を当該発明の特徴的部分を特徴付ける特有の構成等を直接もたらす特徴的な部品等に限定していると解されるが、「部品等」の範囲は、物理的又は機能的な一体性を有するか否かを社会的経済的な側面からの観察を含めて決定されるべきものであり、ある部材が既存の部品等であっても、当該発明の課題解決に供する部品等として用いるためのものとして製造販売等がされているような場合には、当該部材もまた当該発明による課題の解決に不可欠なものに該当すると解すべきものである。なぜならば、特徴的な部品等といえども公知の部品等が組み合わせられているにすぎない場合が多いところ、一体性を有するものも形式的に分離できるのであれば直ちに間接侵害の適用が排除されるとすると、間接侵害の規定が及ぶ範囲を極度に限定することとなり、特許法が間接侵害を特許権侵害とみなして特許権の保護を認めた趣旨に著しく反することになるからである。
()被告製品3について
被告製品3は、拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能等部分を格納しており、これが被告表示器Aにインストールされることによって、被告表示器Aにおいて回路モニタ機能等の使用が可能となるものである。そして、被告製品3の回路モニタ機能等部分とこれを除く他の部分とは、物理的にかつ機能的にも一体性を有するものと認められる。
そうすると、被告製品3は、全体として、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらす特徴的部品であると認められる。
したがって、被告製品3は本件発明1の課題解決不可欠品に当たる。
()被告表示器Aについて
本件発明1が新たに開示する特徴的技術手段である、異常発生時のタッチによる接点検索との構成は、被告表示器Aと被告製品3の双方があって初めて実現し得る構成である。そして、一審被告が自認するとおり、回路モニタ機能等を実現するために被告表示器AにインストールできるOSは被告製品3のみであり、同機能の実現のために被告製品3がインストールできる表示器は被告表示器Aのみであるから(甲5、8)、上記構成を実現するように被告表示器Aが機能し得るのは、被告製品3のOSがインストールされた場合であり、かつ、その場合に限る。その上、被告表示器Aと被告製品3は、いずれも一審被告が生産、販売するものであり、一審被告は上記のような構成を熟知し、あえてこのような構成を選択し、かつ、顧客に両者を提供しているものといえる。
以上からすると、被告表示器Aと被告製品3とは、たまたま物理的に別個の製品とされたことにより、一つの機能が複数の部品に分属させられているものの、本来的には、被告表示器Aは、被告製品3と機能的一体不可分の関係にあるものであって、独立した製品とされていたとしても、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらす特徴的部品等を構成するものであるというべきである。
したがって、被告表示器Aは本件発明1の課題解決不可欠品である。

[コメント]
控訴審では、被告表示器Aと被告製品3の一体不可分性に鑑みて、それ自体は既存の部品等といえる被告表示器Aも課題解決不可欠品と認定し、間接侵害を認めた。
この裁判例によれば、既存の部品等は原則として課題解決不可欠品ではないが、課題解決不可分品との一体不可分性が認められれば、既存の部品等であっても発明の課題解決に供する部品等として用いるためのものとして、間接侵害が認められることがある。
物理的又は機能的な一体性を有するか否かの判断は「社会的経済的な側面からの観察を含めて決定されるべき」としており、ケースバイケースであるが、本件で考慮された事実は、
・被告表示器Aに被告製品3をインストールした場合にのみ、本件特許発明の構成が実現できること
・被告表示器Aと被告製品3は、いずれも被告が生産、販売し、事情を熟知していることであった。

2022年10月4日火曜日

[裁判例]国外のサーバからのプログラム配信について(平成30年(ネ)10077)

 最近話題になっている裁判例である。特許権は属地主義が原則であり、日本国内でのみ効力を有するが、本件は、プログラムを配信するサーバが米国にあることから、属地主義との関係で、権利侵害が認められるかどうかが争点の一つとなった。

 侵害が認定されたプログラムの発明は、ユーザが投稿したコメントを表示することができる動画の配信プログラムに関する発明であり、請求項は、次のとおりである。

【請求項9】
 動画を再生するとともに,前記動画上にコメントを表示する表示装置のコンピュータを, 
 前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生手段, 
 コメントと,当該コメントが付与された時点における,動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部に記憶された情報を参照し, 
 前記再生される動画の動画再生時間に基づいて,前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち,前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントをコメント情報記憶部から読み出し, 
 当該読み出されたコメントの一部を,前記コメントを表示する領域であって一部の領域が前記第1の表示欄の少なくとも一部と重なっており他の領域が前記第1の表示欄の外側にある第2の表示欄のうち,前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示するコメント表示手段, 
 として機能させるプログラム。

 裁判所は、被控訴人らのプログラムが上記特許の技術的範囲に属すると判断した上で、属地主義の原則との関係について、次のように判示した。

「b 我が国は、特許権について、いわゆる属地主義の原則を採用しており、これによれば、日本国の特許権は、日本国の領域内においてのみ効力を有するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、前掲最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決参照)。そして、本件配信を形式的かつ分析的にみれば、被控訴人ら各プログラムが米国の領域内にある電気通信回線(被控訴人ら各プログラムが格納されているサーバを含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内にある電気通信回線(ユーザが使用する端末装置を含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内でも米国の領域内でもない地にある電気通信回線上を伝送される場合等を観念することができ、本件通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることは否めない。 
 しかしながら、本件発明1-9及び10のようにネットワークを通じて送信され得る発明につき特許権侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施しようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは著しく正義に反するというべきである。他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。
 したがって、問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。
 c これを本件についてみると、本件配信は、日本国の領域内に所在するユーザが被控訴人ら各サービスに係るウェブサイトにアクセスすることにより開始され、完結されるものであって(甲3ないし5、44、46、47、丙1ないし3)、本件配信につき日本国の領域外で行われる部分と日本国の領域内で行われる部分とを明確かつ容易に区別することは困難であるし、本件配信の制御は、日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであり、また、本件配信は、動画の視聴を欲する日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものである。さらに、本件配信によって初めて、日本国の領域内に所在するユーザは、コメントを付すなどした本件発明1-9及び10に係る動画を視聴することができるのであって、本件配信により得られる本件発明1-9及び10の効果は、日本国の領域内において発現している。これらの事情に照らすと、本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である。 」

 このように、裁判所は、プログラムの提供が「実質的かつ全体的にみて」日本国の領域内で行われたか評価し得るかの基準として、以下を例示し、本件とのあてはめを行った。

①当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか
→日本国内のユーザにより配信が開始され完結するから、明確かつ容易に区別することは困難

②当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか
→日本国内のユーザによって制御が行われる

③当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか
→動画の視聴を欲する日本国内のユーザに向けられたもの

④当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているか
→本件配信によって本件発明にかかる動画を視聴することができ、本件発明の効果は日本国内で発現している。

 裁判所が示した基準は例示なのでこれにとらわれることはないが、日本国内のユーザ向けにプログラムの配信をしていれば、上記のような基準を満たすことになりそうな気がする。
 注意が必要なのは、本件発明のプログラムが端末の機能を規定していることである。引用していないが請求項1は表示装置の発明であり、内容は、プログラムの発明と対応している。請求項1には属地主義の上記の論点はない。本件発明のようなケースでは、仮に、国外からのプログラム配信の侵害が認められなくても、装置の発明でカバーできる範囲である。(本判決の判示は考え方としては面白いが、実務的には、それほどありがたみがないような気がする。)
 本件は、構成要件の一部が国外のサーバで行われる発明とは趣が違うように感じる。

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...