2022年6月30日木曜日

[裁判例]ウェブ情報提供方法事件(知財高裁令和4年4月21日)

  ウェブ情報提供方法に関する特許を有するジェイキャストが、Zホールディングスを訴えた特許侵害訴訟の控訴審である。一審では、ジェイキャストの訴えが認められ、10億円以上の損害賠償請求が認められたが、控訴審では非侵害の結論となった。
 判決文には閲覧制限がかけられているため被告システムの構成は明らかではないが、クレーム解釈の相違によって結論が変わった。
 
 発明は、アクセスポイントの地域性を利用してターゲット広告を出すという内容であり、特許請求の範囲は次のとおりである。

1A 通信ネットワークを介して,ウェブ情報をユーザ端末に提供するウェブ情報提供方法において,
1B1 ユーザ端末に接続されたアクセスポイントが該ユーザ端末に割り当てた前記アクセスポイントのIPアドレス,およびIPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベースを用いて,
1B2 前記ユーザ端末に割り当てられたIPアドレスを所有するアクセスポイントが属する地域を判別する第1の判別ステップと,
1C 前記判別された地域に基づいて,該地域に対応したウェブ情報を選択する第1の選択ステップと,
1D 前記選択されたウェブ情報を,前記IPアドレスが割り当てられたユーザ端末に送信する送信ステップと,
1E を有したことを特徴とするウェブ情報提供方法。

 争点となったのは、1B1,1B2で、「IPアドレスとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域データベースを用いて」いるかどうか、より具体的には、「アクセスポイントに対応する地域」をどう解釈するかである。

 一審判決および原告の主張は、「アクセスポイントが利用している物理的回線網等の敷設範囲に相当する地域」であり、被告の主張は「アクセスポイントの設置されている地点とその近傍の一定の地域」である。

[裁判所の判断]
イ 構成要件1B2の「第1の判別ステップ」及び構成要件2B2の「第1 の判別手段」において,「判別」の対象となっているのは「アクセスポイントが属する地域」である。ここで「アクセスポイント」はインターネットやパソコン通信のホストにアクセスするために各地に設けられるモデム 等の接続点を意味し(甲16の2),「属する」とは「範囲内にある」と いう意味であるから(乙57),文言上,「アクセスポイントが属する地域」とは,「アクセスポイントという接続点が設置された各地点がその範囲内にある一定の地域」と解釈される。 

エ 以上によれば,本件各発明は,①当該アクセスポイントは一定の範囲の連続するIPアドレスを所持していること,②アクセスポイントに接続す るユーザ端末は,同端末が存在する地域と同じ地域に所在するアクセスポイントに接続することが一般的であること,③アクセスポイントは,接続されたユーザ端末に,所持するIPアドレスを一つ割り当てること,というインターネット接続の基本的な仕組みに関する技術的事項を前提とした上で,本件特許出願当時には,一般ユーザのインターネット接続方式はダイヤルアップ接続がほとんどであり,ダイヤルアップ接続においては,ユーザの発信地域以外の地域にあるアクセスポイントに接続することが可能であるものの(本件明細書等の段落【0038】),同方式によるユーザ は,電話料金を抑えるため,自分のいる場所から市内通話料金(単位料金区域)内の最寄りのアクセスポイントにアクセスして接続を行うことが通常であり(甲3,甲68,甲69,甲70,甲71),各アクセスポイン トはそのアクセスポイントの近傍からアクセスしてきたユーザにそのアクセスポイントが所持するIPアドレスを付与していたことを踏まえ,ダイヤルアップ接続を前提として,出願当時,ダイヤルアップ接続においては, ISPは日本全国に多数のアクセスポイントを設置していたため(甲68,甲69,甲72),アクセスポイントは一定の地域性を有していること, ユーザは単位料金区域内の最寄りのアクセスポイントに接続するのが通常であることから,ユーザ端末はアクセスポイントの設置された地点の近傍に所在する蓋然性が高いという経験則があることを利用して,そのアクセスポイントの設置場所の近傍をユーザが所在する地域と想定することによって,ユーザの所在する地域に対応した地域情報をある程度の確率で提供することができるという技術的思想に基づくものと認められる。 
オ そうすると,「アクセスポイントに対応する地域」等とは,「アクセスポイントの設置されている地点とその近傍の一定の地域」と解釈するのが相当であり,また,「近傍の一定の地域」とは,原則として,ダイヤルアップ接続を前提として,同一の市内通話料金で通信することができる地域, すなわち単位料金区域を指すものと解するのが相当である。

このように、裁判所は、本発明はダイアルアップ接続を前提とした発明であり、アクセスポイントにアクセスしてくるユーザは自然とその近傍に所在しているということを利用し、アクセスポイントの設置されている地点を規定したものだと述べた。

[原審との対比]
 控訴審の判断と原審の判断を対比すると非常に面白い。立場変わればここまで違うか、という感じ。

〇ダイアルアップ接続について
(原審)
しかし,本件特許出願日当時におけるダイヤルアップ接続であろうと,NTT東西の設立後のIP網等であろうと,ユーザ端末が同端末の存在する地域と同一地域内にあるアクセスポイントに接続し,当該アクセスポイントがその所持する一定の範囲のIPアドレスの一つを割り当てるという前提は同一であり,これにより,いずれの方式によっても,IPアドレ スと「アクセスポイントに対応する地域」等とを対応付けることが可能となるのであるから,ダイヤルアップ接続であろうが常時接続であろうが変わることなく本件各発明の技術思想は当てはまるというべきである。 

(控訴審)
しかしながら,前記1⑵イのとおり,そもそも「地域IP網」が現れたのは,平成11年以降のことであり,本件特許出願時(平成10年6月26日)には存在しない仕組みであって,出願当時に存在した技術常識ともいえず,当然,本件明細書等には記載も示唆もされていない。したがって,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たり,上記事実を参酌することはできないというべきである。

〇審査経過について
(原審)
しかし,本件補正に係る意見書(甲12の14)によれば,原告は,ユ ーザの発信地域とアクセスポイントに対応する地域等が同一であることを前提としつつも,「ユーザの発信地域は,ユーザ端末101aがアクセ スポイント109aに接続されているため,正確にはアクセスポイント109aに対応する地域であること」(同2頁)等を考慮し,「地域」とい う文言を「アクセスポイントに対応する地域」に補正したものと認められる。 
このように,本件補正は特許請求の範囲の文言の意味を明確化するものにすぎないというべきであり,本件補正は判別される地域を限定したもの であるとの被告の上記主張は理由がない。 

(控訴審)
そして,このことは,本件特許の出願経過からも明らかである。すなわち,本件特許の出願経過は原判決「事実及び理由」第2の2⑵イ記載のと おりであるが,一審原告は,出願経過中の本件補正により,「IPアドレスと地域とが対応したIPアドレス対地域データベース」を「IPアドレ スとアクセスポイントに対応する地域とが対応したIPアドレス対地域デ ータベース」とし,さらに「IPアドレスが属する地域」を「IPアドレ スを所有するアクセスポイントが属する地域」(甲12の13)として,自ら「アクセスポイントが対応する」及び「アクセスポイントが属する」 をあえて付加している。そして,一審原告は,意見書(甲12の14)に おいて,「アクセスポイントが属する地域を判別することについては,・・・ユーザの発信地域は,ユーザ端末101aがアクセスポイント109aに接続しているため,正確にはアクセスポイント109aに対応する地域である」と説明し,さらに,本件拒絶査定不服審判における審判 請求書(甲12の16)において,「・・・,IPアドレス対地域データ ベースにおいてはIPアドレス毎にアクセスポイントが設置された地域,例えば県や市,さらには市よりも狭い地域を対応付けておくことによって, ユーザ端末が接続しているアクセスポイントの属する地域から,ユーザ端末の地域を県単位,市単位または市よりも狭い地域単位で判別することができるという顕著な効果を奏します」と述べている。このように,一審原告自らが「アクセスポイントに対応する地域」等の解釈につき,IPアドレス毎にアクセスポイントが設置された地域を対応付けることを意味するものと主張していたものである。 


 

 

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