2020年5月22日金曜日

[審査]AI関連発明の記載要件

 特許明細書の記載要件は、特許を認められるための要件の一つである。特許は、発明を公開する代償として与えられるものであるから、明細書によって適切に発明を公開する必要がある。具体的には、明細書を読んだ者が発明を実施することができるように記載することが求められ(実施可能要件)、また、そのように記載した範囲において特許を請求することが認められる(サポート要件)。
 特許庁は、AI関連技術について具体的な事例を示しているので、2例、紹介する。

(例1)
 体重推定システムの例。発明者が顔のフェイスライン角度とBMIとに有意な相関関係があることを見出し、明細書に顔のフェイスライン角度とBMIの相関関係を示すグラフを記載している。その上で、以下の特許請求の範囲を記載している。

【請求項 1】
 人物の顔の形状を表現する特徴量と身長及び体重の実測値を教師データとして用い、 人物の顔の形状を表現する特徴量及び身長から、当該人物の体重を推定する推定モデルを機械学習により生成するモデル生成手段と、
 人物の顔画像と身長の入力を受け付ける受付手段と、
 前記受付手段が受け付けた前記人物の顔画像を解析して前記人物の顔の形状を表現する特徴量を取得する特徴量取得手段と、
 前記モデル生成手段により生成された推定モデルを用いて、前記特徴量取得手段が取得した前記人物の顔の形状を表現する特徴量と前記受付手段が受け付けた身長から体重の推定値を出力する処理手段と、 
 を備える体重推定システム。 
【請求項 2】
 前記顔の形状を表現する特徴量は、フェイスライン角度であることを特徴とする、請求項1に記載の体重推定システム。 

 明細書において、フェイスライン角度とBMIとの相関関係について説明されているので、この相関関係と汎用の機械学習アルゴリズムを用いることで、発明を実施することができる。ただし、明細書には、顔の形状の特徴量(一般)と体重との関係は記載されていないから、請求項1はサポート要件を満たさない。
 なお、本件は、請求項に「機械学習」という文言が見られ、AI関連技術の発明の例として説明されているが、推定モデルの作成にAIを使ったというだけであり、発明としてはAIとの関係は薄い。すなわち、「機械学習」でなくても回帰モデルやテーブル等であったとしても、記載要件を満たすための記載の仕方は同じである。発明の元になる知見を統計データで示し、その知見に基づく発明を特許として請求するというものであり、推定モデルを作成する方法は機械学習であるか否かに依らない。

(例2)
 アレルギー発症率を予測する発明の例。 ヒトにおけるアレルギー発症率が既知である複数の物質をヒト X 細胞に添加する。明細書には、このときのヒト X細胞の楕円形度、凹凸度、及び扁平率の形状変化の組合せと、既知のアレルギー発症率とを教師データとして、人工知能モデルの学習を行うことが記載されている。また、明細書には、人工知能モデルを用いて求めた予測スコアと実際のアレルギー発症率との差が小さかったことを示す実験結果が示されている。その上で、以下の特許請求の範囲を記載している。

【請求項 1】
 ヒトにおけるアレルギー発症率が既知である複数の物質を個別に培養液に添加した ヒトX 細胞の形状変化を示すデータ群と、前記既存物質ごとのヒトにおける既知のアレルギー発症率スコアリングデータとを学習データとして人工知能モデルに入力し、 人工知能モデルに学習させる工程と、 
 被験物質を培養液に添加したヒトX細胞において測定されたヒトX細胞の形状変化を示すデータ群を取得する工程と、
 学習済みの前記人工知能モデルに対して、被験物質を培養液に添加したヒトX 細胞において測定されたヒトX細胞の形状変化を示す前記データ群を入力する工程と、
 学習済みの前記人工知能モデルにヒトにおけるアレルギー発症率スコアリングデータを算出させる工程とを含む、 ヒトにおける被験物質のアレルギー発症率の予測方法。
【請求項 2】 
 ヒトX細胞の形状変化を示すデータ群が、ヒトX細胞の楕円形度、凹凸度、及び扁平率の形状変化の組合せであり、アレルギーが接触性皮膚炎である、請求項1に記載の予測方法。

 明細書において、人工知能モデルを用いた予測スコアと実際の発症率との差が小さいことを実験によって示しているので、明細書は、アレルギー発症率を予測できることを当業者が認識できるように記載されているといえ、実施可能要件を満たす。ただし、明細書には、ヒトX 細胞の形状変化(一般)とアレルギー発症率との関係は記載されていないから、請求項1はサポート要件を満たさない。
 本件の場合は、事前に統計データがあったわけではなく、人工知能モデルを用いて予測を行って精度が高いことを確認して初めて、課題を解決できることが分かる。そのことを明細書に記載することにより、発明が実施可能であることを示すものであり、AI関連技術に特有の明細書の記載の仕方であるといえる。
 

2020年5月8日金曜日

AI関連発明 登録例

 AIの処理はブラックボックスであるため、AI関連発明は権利行使が難しいと考えられているが、次の登録例(特許第6664776号)はどうだろう。

【請求項1】
  建築物からなる構造物から測定される振動データを状態判別モデルに入力することによ り、前記構造物の異常を判別する構造物の異常判別方法であって、
  前記状態判別モデルは、データベースに格納されている正常振動データ及び異常振動データを含むビッグデータに基づいて、人工知能を含む機械学習及び統計学的手法を用いることにより作成したものであり、
  前記状態判別モデルに測定された前記振動データを入力し、当該状態判別モデルからの 演算結果に基づいて、前記構造物の現在状態を判別することを特徴とする構造物の異常判別方法。

 この発明が言っているのは、振動データと正常/異常のデータを使って学習されたモデルに対し、振動データを入力することで正常/異常の状態を判別するというだけである。被疑侵害者が、「振動データをAIで解析して状態を判別します」等と謳っていれば、侵害を主張できそうである。
 振動データを使って構造物の状態を判別することは、従来から知られていたようなので、それに対して機械学習を適用しただけ、という気がしたので、登録されていることにやや驚いたが、有効を前提とすれば怖い特許である。

2020年5月7日木曜日

[審査]ソフトウェア関連発明の請求項

 特許庁が公表している特許・実用新案審査ハンドブックは、請求項や明細書の記載の仕方や審査の考え方を非常に詳細に記載している。その中から、ソフトウェア関連発明が発明に該当すると判断されるための請求項の記載について、一部を紹介する。
 ソフトウェア関連発明が発明(=自然法則を利用した技術的思想の創作)に該当すると判断されるための基本的な考え方は、ソフトウエアとハードウエア資源とが協働することによって、使用目的に応じた特有の情報処理装置又はその動作方法が構築されることである。 
  具体例を見てみる。次の例は、いずれも入力された文書の要約を作成する発明である。

(例1)
 文書データを入力する入力手段、入力された文書データを処理する処理手段、処理された文書データを出力する出力手段を備えたコンピュータにおいて、上記処理手段によって入力された文書の要約を作成するコンピュータ。
(例2)
 複数の文書からなる文書群のうち、特定の一の対象文書の要約を作成するコンピュータであって、
 前記対象文書を解析することで、当該文書を構成する一以上の文を抽出するととも に、各文に含まれる一以上の単語を抽出し、 前記抽出された各単語について、前記対象文書中に出現する頻度(TF)及び前記文書群に含まれる全文書中に出現する頻度の逆数(IDF)に基づくTF-IDF値を算出し、 各文に含まれる複数の単語の前記TF-IDF値の合計を各文の文重要度として算出し、
 前記対象文書から、前記文重要度の高い順に文を所定数選択し、選択した文を配して要約を作成するコンピュータ。

 例1は発明に該当せず、例2は発明に該当する。例1は、要約作成という使用目的に応じた特有の演算又は加工を実現するための具体的手段又は具体的手順が記載されているとはいえない。これに対し、例2は、入力された文書データの要約を作成するための、特有の情報の演算又は加工が具体的に記載されているからである。
 例2には、ハードウェアの構成は、コンピュータしかないが、ソフトウェアとハードウェアが協働しているといえるのであろうか。これに対し、審査ハンドブックは次のように解説をしている。
 請求項にはハードウエア資源として「コンピュータ」のみが記載されているが、「コンピュータ」が通常有するCPU、メモリ、記憶手段、入出力手段等のハードウエア資源とソフトウエアとが協働した具体的手段又は具体的手順によって、使用目的に応じた特有の情報の演算又は加工が実現されることは、出願時の技術常識を参酌すれば当業者にとって明らかである。
 要するに、例1のようにやりたいことだけを記載してもダメだが、構成要件を特定するという通常の実務にしたがって情報処理を記載すれば発明該当性を満たす。
 

2020年5月3日日曜日

レイアウトエディタ事件(東京地裁 平成30年9月6日)

 グリー株式会社が、ゲーム「クラッシュ・オブ・クラン」(クラクラ)が特許権を侵害するとして、スーパーセルオーワイを提訴した事件である。被告は、複数の構成要件の非充足、特許無効などの主張をしたが、裁判所は、このうち、「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとする」(構成要件1C、2D)の非充足を理由に、原告の請求を棄却した。
 対象の特許は、いわゆる「街づくり」ゲームに関する特許であり、プレイヤは家、道路、港、駅、空港、城、訓練所等の様々な施設を好きな場所に建設し、好みの街を作り上げていくものである。特許では、こうした施設を配置した街を「テンプレート」として作成することを規定している。上述した構成要件1C、2Dは、テンプレートに関する要件である。次の図に示すように、すでに作り上げた一部または全部を選択することで、選択された配置等をテンプレートとして登録できる。


 クラクラは同じく街づくりのゲームであり、レイアウト・エディタという機能を有している。レイアウトエディタの機能は、次のようなものである。

「プレイヤは,本件ゲームのレイアウトエディタ機能を利用することによって,施設の種類と配置位置を定めるレイアウトを作成して,これを保存し,保存したレイアウトを編集して更に保存することができる。プレイヤが,保存したレイアウトから,特定の一つのレイアウトを有効化することによって,自分の村において,当該レイアウトに従った施設の配置がされることになる」(判決文より)
 
 つまり、レイアウトエディタは、その名のとおり、村における施設のレイアウトを編集する機能である。クラクラにおいては、領域を選択するという操作はなく、特定のレイアウトを有効化するとその村のレイアウトが再現される。

 原告は、「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」とは、ゲーム空間の全体、すなわち、村におけるレイアウトだから、構成要件1C、2Dを充足すると主張したいようである。
 裁判所は、「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」における「選択」とは、テンプレートの作成について、プレイヤがテンプレートとするゲーム空間内の一定の範囲を選択することを前提として、テンプレートを作成する際に、プレイヤがゲーム空間内の全部の範囲を選択することを意味するものと解釈するのが相当であると述べ、クラクラは構成要件1C、2Dを充足しないと判断した。

 本件および関連の仮処分事件の提訴の翌年の2018年1月には、被告は、非侵害を確信しているとしながら、レイアウトエディタ機能を削除した。結果としては非侵害であったものの、その判断が出る前から問題の機能を削除させたのだから、本件訴訟は成功といえるだろう。

2020年5月2日土曜日

実時間対話型コンテンツ事件(知財高裁 令和1年12月11日)

 無効審決に対する審決取消訴訟である。対象の特許は、モバイル装置を用いた音楽又は動画等のコンテンツの形成及び分配に関する。操作者が第1のコンテンツ(例えば、音楽)に合わせて、第2のコンテンツ(例えば、歌声)を入力し、両者を重ねたコンテンツを受信者に送る発明である。

 争点は、進歩性の判断であり、問題となった相違点は、本件特許では、「第2のコンテンツの表現」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子」を送るのに対し、甲1には、そのような特定がない点である。
 甲1には、演奏についての評価を投票することができるシステムが開示されている。このシステムでは、演奏の際にサーバから伴奏が与えられ、演奏者は伴奏に合わせて演奏を行う。甲1では、不特定の視聴者が演奏を聴くことができる。
 この相違点に関し、被告は、次のように主張した。すなわち、甲1には、ランクが高い演奏者が、参加する演奏グループを特定するために、どの演奏グループに参加するかの情報をサーバに対して送信した後に演奏を開始することが開示されており、この情報が演奏グループを特定するものであって、演奏グループには少なくとも1人の聴衆が含まれるから、同情報は対象特許の「少なくとも単独の受信者の識別子」に相当する。
 これに対し、裁判所は、「少なくとも単独の受信者の識別子」は、当該識別子により識別される特定の者を、受信者として指定できる機能を有するものであるところ、「ランク」はこのような機能を果たすものではないと判断した。この判断は妥当であり、もし無効にしたいのなら、ランクを受信者の識別子に置き換える副引例が必要であろう。
 
 ハングアウトを対象として、本件特許に基づく侵害訴訟が提起されている(平成28年(ワ)39789)。この訴訟では、特許権者は、「 「第2のコンテンツと、少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」とは、第2のコンテンツと受信者の識別子とを一組のデータとして同時に受け取らせることを意味するものではない」と主張している。甲1の「ランク」も毎回指定するものではないという点では共通するので、そうした背景もあって、「ランク」が「少なくとも単独の受信者の識別子」に相当するという主張をしたものかもしれない。つまり、特許権者が、侵害論においてこういう主張をするなら、特許は無効になりますよという戦略である。
 なお、侵害訴訟は、この争点とは別の争点で非侵害と判断されている。




[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...