2020年12月9日水曜日

[裁判例]入力支援コンピュータプログラム事件

  本件は、入力支援コンピュータプログラムに関する特許を有するコアアプリが、シャープを訴えた裁判である。対象製品は、スマートホンAQUOS SERIE SHV32である。対象特許は、利用者が必要になった場合にすぐに操作コマンドのメニューを画面上に表示させ、必要である間にコマンドのメニューを表示させ続けられる手段を提供するものである。

 対象製品は、ホーム画面に配置されたアイコンの場所を移動させるときに、対象のアイコンを長押しすることにより移動が可能になる。そして、アイコンを移動すると、画面は縮小モードとなり、上ページと下ページの画面の一部(上ページ一部表示、下ページ一部表示。下図において矢印で示す領域。)が表示される。


 そして、アイコンを上ページ一部表示または下ページ一部表示の方へ移動させるとページが切り替わる(ページ切り替わりの判断領域と上ページ一部表示または下ページ一部表示の範囲とは一致していない)。
 判決で判断された要件は、「ポインタの座標位置によって実行される命令結果を利用者が理解できるように前記出力手段に表示するための画像データである操作メニュー情報」である。上記した上ページ一部表示等が「操作メニュー情報」に該当するか否かである。
 裁判所は、以下のとおり判示した。
「以上の本件発明3の特許請求の範囲(請求項3)の記載及び本件明細書の記載によれば,構成要件Bの「操作メニュー情報」は,「ポインタの座標位置によって実行される命令結果を利用者が理解できるように前記出力手段に表示するため」の「画像データ」であり,出力手段に表示され,利用者がその表示自体から「実行される命令結果」の内容を理解できるように構成されていることを要するものと解される。
「 しかるところ,被告製品の「上ページ一部表示」及び「下ページ一部表示」は,別紙「乙2の2の説明図」の図6等に示すように,「縮小モード」の状態で,IGZO液晶表示ディスプレイの画面上に表示される長方形状上の画像データであるが,その表示には「実行される命令結果」の内容を表現し,又は連想させる文字や記号等は存在せず,利用者がその表示自体から「実行される命令結果」の内容を理解できるように構成されているものと認めることはできない。 
 また,利用者が,縮小モードの状態で,1つ上のページ又は1つ下のページの一部を表示した画像である「上ページ一部表示」又は「下ページ一部表示」を見て,「上ページ一部表示」又は「下ページ一部表示」までドラッグすれば,上ページ又は下ページに画面をスクロールさせることができるものと考え,実際にそのように画面をスクロールさせる操作をしたとしても,それは,「上ページ一部表示」又は「下ページ一部表示」の表示自体から「実行される命令結果」の内容を理解するのではなく,操作の経験を通じて,画面をスクロールさせることができることを認識するにすぎないものといえる。 
 したがって,被告製品の「上ページ一部表示」及び「下ページ一部表示」は,利用者がその表示自体から「実行される命令結果」の内容を理解できるように構成された画像データであるものと認めることはできないから,構成要件Bの「操作メニュー情報」に該当しない。 」

 このように上ページ一部表示等は、操作メニュー情報ではないとして、原告の主張が退けられた。請求項に「命令結果を利用者が理解できるように前記出力手段に表示するため」とまで記載してしまっているので、裁判所の判断も頷ける。
 面白いのは、本件の原審は、今回の高裁判決とは反対に、上ページ一部表示等が「操作メニュー情報」を充足すると判断している。その理由は、「その内容や表示位置からすれば,これを見た利用者は上ページ又は下ページにスクロールする結果を理解できるといえる」というものである。(なお、原審は、別の観点で非侵害の判断をした。)
 利用者が理解できるかどうかという評価の話にフォーカスされているので、このように判断が割れたといえるが、個人的な感覚としては、そもそも、ページの一部は、「メニュー」なのだろうかという疑問はある。今回の判決は、「「実行される命令結果」の内容を表現し,又は連想させる文字や記号等は存在せず」と述べているが、これはメニューではないといいたかったのかもしれない。
 



2020年11月19日木曜日

米国における特許適格性

11月18日にAIPPIソフトウェア特許研究会にて、矢作隆行ニューヨーク州弁護士より、機械分野において自然法則該当性が問題になったCAFC判決の紹介があった。備忘の意味を込めて、判決の骨子を書き留めておく。

 対象となったクレームは、トルクを伝達するシャフト部材の製造方法に関し、シャフトを伝達する振動を抑制する発明である。

 1. A method for manufacturing a shaft assembly of a driveline system, the driveline system further including a first driveline component and a second driveline component, the shaft assembly being adapted to transmit torque between the first driveline component and the second driveline component, the method comprising:

providing a hollow shaft member; tuning at least one liner to attenuate at least two types of vibration transmitted through the shaft member; and

positioning the at least one liner within the shaft member such that the at least one liner is configured to damp shell mode vibrations in the shaft member by an amount that is greater than or equal to about 2%, and the at least one liner is also configured to damp bending mode vibrations in the shaft member, the at least one liner being tuned to within about ±20% of a bending mode natural frequency of the shaft assembly as installed in the driveline system.

 ポイントは、シャフト部材を伝達する少なくとも2つのタイプの振動を減衰させるように少なくとも1つのライナーを調整し、少なくとも1つのシャフト部材をライナー内に配置することである。

 

22. A method for manufacturing a shaft assembly of a driveline system, the driveline system further including a first driveline component and a second driveline component, the shaft assembly being adapted to transmit torque between the first driveline component and the second driveline component, the method comprising:

providing a hollow shaft member; tuning a mass and a stiffness of at least one liner, and inserting the at least one liner into the shaft member;

wherein the at least one liner is a tuned resistive absorber for attenuating shell mode vibrations and wherein the at least one liner is a tuned reactive absorber for attenuating bending mode vibrations.

 ポイントは、少なくとも1つのライナーの質量と剛性を調整し、少なくとも1つのライナーをシャフト部材に挿入する、ことである。

 

上記の2つのクレームに対するCAFCの判断は以下のとおりである。

クレーム

多数意見

反対意見

クレーム1より一般的な記載であり、質量と剛性以外の変数も含む。

ライナーを所定の位置に配置することも限定されている。

→クレームは自然法則に向けられたものではない。差し戻し。

クレームは、振動の問題に対し、シャフト部材にライナーを挿入するという具体的な解決手段を含んでいる。

→特許適格性あり。

 

振動の減衰させるための最適化を要するが、それは実施可能要件である。

22

「ライナーの質量と剛性を調整する」は、フックの法則を適用したもの。

クレームにはライナーの調整に関する改良された方法は特定されていない。

→クレームは自然法則に向けられたもので、特許適格性なし。

 

2020年11月3日火曜日

[損害賠償額]102条2項の覆滅について

  特許法102条は特許権侵害による損害賠償額の算定について規定している。特許法102条2項は、侵害者が特許侵害行為によって受けた利益を特許権者の損害と推定することを定めている。102条2項は損害額を推定する規定なので、侵害者はその推定を覆すことが可能であり、推定を覆すことを覆滅という。

 共有に係る特許について一部の特許権者が訴訟を提起して特許侵害が認められた場合、侵害者が侵害行為によって受けた利益を一部の特許権者が総取りするのは、残る特許権者との関係からしても不合理である。

 このような場合には、共有者の存在により、102条2項の推定の覆滅が認められると判示したのが、知財高裁令和2年9月30日の判決である。

「しかるところ,例えば,2名の共有者の一方が単独で同条2項に基づく損害額の損害賠償請求をする場合,侵害者が侵害行為により受けた利益は,一方の共有者の共有持分権の侵害のみならず,他方の共有者の共有者持分権の侵害によるものであるといえるから,上記利益の額のうち,他方の共有者の共有持分権の侵害に係る損害額に相当する部分については,一方の共有者の受けた損害額との間に相当因果関係はないものと認められ,この限度で同条2項による推定は覆滅されるものと解するのが相当である。 

以上を総合すると,特許権が他の共有者との共有であること及び他の共有者が特許発明の実施により利益を受けていることは,同項による推定の覆滅事由となり得るものであり,侵害者が,特許権が他の共有者との共有であることを主張立証したときは,同項による推定は他の共有者の共有持分割合による同条3項に基づく実施料相当額の損害額の限度で覆滅され,また,侵害者が,他の共有者が特許発明を実施していることを主張立証したときは,同条2項による推定は他の共有者の実施の程度(共有者間の実施による利益額の比)に応じて按分した損害額の限度で覆滅されるものと解するのが相当である。 」

 以上のように、訴訟を提起していない共有者が存在している場合には、その共有者が受けた損害については、102条2項の推定は覆滅される。それがどの程度かというのは、共有者が実施しているかどうかで異なり、実施していなければ(実施料相当額×持分割合)が覆滅され、実施している場合には共有者間の利益額の比による。

2020年10月21日水曜日

[裁判例]医薬品相互作用チェックシステム事件(知財高裁 令和2年10月7日)

 無効審判の不成立審決に対する取消訴訟である。対象の特許は、「医薬品相互作用チェックシステム」であり、「一の医薬品から見た他の一の医薬品の場合と,前記他の一の医薬品から見た前記 一の医薬品の場合の2通りの主従関係で,相互作用が発生する組み合わせを個別に格納する相互作用マスタ」を有している。

 これに対し、引用発明も医薬品相互作用チェックをする装置である。引用発明は、「一の医薬品から見た他の医薬品の一般名コード,薬効分類コード,BOX コードかの少なくともいずれかについて,相互作用が発生する組み合わせを格納し, また,他の一の医薬品から見た医薬品の一般名コード,薬効分類コード,BOXコードかの少なくともいずれかについて,相互作用が発生する組み合わせを格納する」構成を有し、争点となった。

 裁判所は、対象特許における「医薬品」について以下のとおり判断した。

「これらによると,本件発明1においては,「相互マスタ」には,「一の医薬品」及 び「他の一の医薬品」として,「降圧剤」などといった単なる薬効を入力するだけでは足りず,販売名(商品名)又は一般名を記載するか,薬価基準収載用薬品コードであれば薬効,投与経路・有効成分(7桁のコード)以下の下位の番号によって特定されるものなど,具体的に当該医薬品の薬効,投与経路及び有効成分が特定できるレベルのものを登録する必要があると解される。」

 原告は、「医薬品」を上記のように解釈するのは、リパーゼ事件判決に反すると主張している。

 ここで、リパーゼ事件判決とは、発明の要旨認定に関する最高裁判決である。この事件において、発明の要旨認定は、「特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない」と判示された。

 裁判所は、リパーゼ事件判決との関係について以下のように述べた。

「特許請求の範囲から発明を認定するに当たり,特許請求の範囲に記載された発明特定事項の意味内容や技術的意義を明らかにする必要がある場合に,技術常識を斟酌することは妨げられないというべきであり,リパーゼ事件判決もこのことを禁じるものであるとは解されない。 」

 

2020年10月11日日曜日

[最高裁]予測できない顕著な効果(令和元年8月27日)

 予測できない顕著な効果に関する最高裁判決である。事件の経緯は以下のとおりである。

[特許庁前審決] 引用文献1と引用文献2との組合せは動機づけられない。

[前訴判決]   引用文献2の適用は容易に想到し得た。

[特許庁本件審決]組合せは容易だが、当業者が予測し得ない格別顕著な効果がある。

[原審判決]   本件各発明の効果は予測し難い顕著なものとはいえない。

 最高裁は、以下のとおり、他の化合物において本件化合物と同種の効果を有することは、本件化合物の顕著な効果を直ちには否定することにはならないと判示した。

「上記事実関係等によれば,本件他の各化合物は,本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの,いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって,引用発明1に係るものではなく,引用例2との関連もうかがわれない。そして,引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに,当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず,また,本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると,本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって,本件各発明の効果の程度が,本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。 」

 その上で、原審判決の問題点について以下のとおり指摘した。

「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 」

 最高裁は、組み合わせが容易であることを前提として効果の顕著性について評価をすることは誤りであると指摘した。結局、本件審決が、組合せは容易だが当業者が予測し得ない格別顕著な効果があると判断したように、組み合わせが容易か否かということと、発明の構成から予測し得ない効果があるか否かということは、別々に評価しなければならない。

2020年10月3日土曜日

[裁判例]医療情報提供装置事件(東京地裁 令和2年8月11日)

 患者および医師等に医療情報を提供する情報処理装置の特許に関する侵害訴訟である。判決文を読む限り、本件は、かなりクリアに侵害しているといえ、論点になりそうなものがない。

 ソフトウェア特許は権利行使が難しいといわれることが多いが、本件のような特許であれば侵害の立証も可能であると思われる。対象特許の内容を紹介する。対象特許は2件あるが、親子の関係にあり、権利内容もほぼ同じである。

 発明の概要は、下記のような医療情報を患者および医師等に提供する装置である。下記は、患者に提供される情報であるが、医師等に提供される情報は患者のバイタル情報等である。


 発明の概要は、例えば患者が身に着けているリストバンド等から患者のIDを読み取って認証を行い(第1判定)、第1判定がOKの状態で、医師等のIDを入力することで認証を行って(第2判定)、医師等向けの医療情報を提供するものである。認証が2段階になっているところがポイント。
 本件特許の請求項は以下のとおりである。

1-1A 患者を識別するための第1患者識別情報を端末装置より取得する第1取得部と,

1-1B 前記第1患者識別情報と,患者を識別する情報としてあらかじめ記憶された第2患者識別情報とが一致するか否かを判定する第1判定部と, 

1-1C 前記第1判定部が一致すると判定した場合,前記第2患者識別情報に対応する患者の医療情報を,前記端末装置へ出力する第1出力部と, 

1-1D 前記第1判定部で一致すると判定された場合に,看護師または医師を識別するための第1医師等識別情報を前記端末装置から取得する第2取得部と,

1-1E 前記第1医師等識別情報と,看護師または医師を識別する情報としてあらかじめ記憶された第2医師等識別情報とが一致するか否か判定する第2判定部と, 

1-1F 前記第2判定部が一致すると判定した場合,前記第2患者識別情報に対応する患者の医療情報のうち前記看護師または前記医師が必要とする医療情報を含む表示画面を,前記端末装置 へ出力する第2出力部と,を備える情報処理装置。


 識別情報を取得するステップ(1-1A 、1-1D)と、情報を出力するステップ(1-1C、1-1F)は、そのような動作を行うことは見ればわかる。また、認証を行うステップ(1-1B、1-1E)は、識別情報を読み取ってログインを認めていることから明らかである。

 このように外部からみて把握できる内容だけで発明を特定されていることが望ましい。


(参考URL)089734_hanrei.pdf (courts.go.jp)


2020年9月29日火曜日

[裁判例]動画配信システム事件(知財高裁 令和2年9月24日)

  本件は、拒絶審決に対する審決取消訴訟である。出願に係る発明は、アクターの動きに基づいて生成されるキャラクタの動画を配信するシステムに関し、特徴は、視聴ユーザが装飾オブジェクトの表示を要求すると、アクターによる選択に応じて、キャラクタに装飾オブジェクトを表示することである。


 甲1発明は、声優の動作に応じて動くキャラクタの動画を配信するシステムであり、ユーザからテキストメッセージを受け付けると、声優がメッセージに応じた動きをする。甲2発明は、3DCGキャラクタをライブ配信するライブ配信プラットフォームにおいて、視聴者が創作したギフトをVR空間内に登場させ、3DCGキャラクタの主人公が視聴者からの作品を装着する技術である。

 出願人は、多岐にわたって取消事由を主張しているが、ここでは、「(D3)前記装飾オブジェクトに設定されている装着位置情報に基づいて定められる前記キャラクタオブジェクトの部位に関連づけて」の要件に関する取消事由について取り上げる。

 出願人の主張は、相違点を解消するために2段階の変更が必要となるというものである。すなわち、甲1発明に甲2発明を適用した上で、さらに、審決が周知技術であると認定する(D3)の構成を適用する必要があるというものである。

 これに対して裁判所は以下のように判断した。

「しかしながら,CGの技術分野において,何らかのオブジェクト(例えば カチューシャ)をCGキャラクターが装着しているかのようにCGキャラク ターの動きに追従させて表示するためには,当該オブジェクトを装着する身 体の部位(カチューシャであれば頭部)のVR空間での座標に基づいて当該 オブジェクト(カチューシャ)を表示しなければならない。つまり,CGキ ャラクターの身体の部位とオブジェクトとを関連付ける装着位置情報に基づ いて当該オブジェクトの表示を行わなければ,当該オブジェクトを装着しているかのように表示することはできない。そうすると,甲2記載のユーザー ギフティング機能において,身体に装着するアクセサリー等がギフトとして想定されている場合(甲2記載の「東雲めぐ」もそのような場合である。)には,オブジェクトに設定されている装着位置情報に基づいて定められる部位にオブジェクトを表示させるという審決認定の周知技術は,まさに甲2記載の技術の一部をなしている(それは,適宜の手段によって実現されることが予定されているといえる。)のであって,甲2記載の技術とは別の技術ということはできないものというべきである。 」


 出願人は、容易の容易は非容易であるという論理に持ち込みたかったと思われる。しかし、形式的には2段階に見えても、2段階目の周知技術の適用が、1段目の技術の適用に際して予定されているものである場合には、細分化して論じることが失当なのであろう。

2020年9月22日火曜日

[裁判例]ホワイトカード事件(知財高裁 令和2年8月26日)

  本件は、ホワイトカードの使用限度額を引き上げるシステムに関する特許権を保有するMRSホールディングズがLINE Pay株式会社を訴えた事件の控訴審である。

 本件特許の概要は、次のとおりである。従来のクレジットカードはユーザの支払い能力等に基づいて使用限度額が設定されている。この使用限度額は、他者から送金を受ける等して一時的に所持金が増えた場合にも容易に変更できなかったという課題があった。この課題に鑑み、本件特許では、他者からの送金があった場合などに、「ホワイトカード」の使用限度を引き上げることができるようにした発明である。

 これに対し、LINE Payが、送金・入金及び振替入金の各機能に用いるLINE Payカードは電子マネーに係るプリペイドカードである。控訴人は、現金を電子マネーとしてプリペイドカードにチャージすることも使用限度額の引き上げに当たると主張した。

 論点となったのは、「ホワイトカード」はクレジットカードを意味しているのか(プリペイドカードは含まないか)、「使用限度額」の要件を充足するか、である。

 裁判所は、「ホワイトカード」「使用限度額」について以下のように認定した。

 本件明細書では、従来のクレジットカードにおいて使用限度額を引き上げるには「所定の手続き」を要する等して容易でないという課題を挙げ、その解決手段として本件発明の具体的構成を記載していることや、「ホワイトカード」の用語の意味(クレジットカードに関して使用された場合に「カード会社が個人向けに発行する最もベーシックなクレジットカード」を意味する)から、「ホワイトカード」はクレジットカードを意味し、プリペイドカードやデビットカードを含まないと判断した。

 「使用限度額」については、上記の課題に鑑み、ユーザが所定期間内に使用することのできる金額の上限額を意味し、その額は、ユーザとの契約時には、その支払能力(信用力)に応じて設定され、「ある程度固定される」ものであると認定した。


 表面的にだけ見れば、プリペイドカードのチャージ額も「使用限度額」と言えないこともなく、プリペイドカードも本件特許に該当するようでも、発明の課題等に基づいて理解すれば、「ホワイトカード」がプリペイドカードを意図したものでないことは明白である。

2020年9月9日水曜日

無効審判と異議申立

 

 無効審判と異議申立のどちらの方が特許を潰せる可能性が高いですか?という質問を受けることがある。

 感覚的には、異議申立の取消決定のハードルは非常に高いのだが、統計的にはそうでもない。

無効率

取消率

2019

16.0%

13.5%

2018

15.2%

12.9%

2017

21.0%

10.5%

2016

25.1%

7.8%

2015

17.8%

0.0%

※無効、取消は一部無効、一部取消を含む

(特許行政年次報告書2020年版<統計・資料編>のデータを加工) 

  

 面白いことに無効審判による無効化率は低下してきており、異議申立の取消率が上がってきている。このため、感覚と統計データとのギャップがあるのかもしれない。

 ところで、取消率が13.5%というのは非常に低いという印象を持たれるかもしれないが、これは、訂正により生き残る場合には、取消にカウントされないためである。

 


 (特許庁HP「特許異議申立の統計情報」より)


上記の審理結果の内訳から、かなりの案件で訂正させることには成功していることが分かる。



2020年8月1日土曜日

裁判例

これまでに紹介した裁判例を着目したテーマ別にまとめた。

構成要件該当性

R2.6.18知財高裁

電子メール誤送信防止事件

7/15投稿)

侵害訴訟/均等でない

特許発明は、メールの送信先単位で保留可否判断を行うことが特徴部分であり、ドメイン単位での保留可否判断は、本質的部分において異なり、均等ではないと判断された。

H30.9.6東京地裁

レイアウトエディタ事件

5/3投稿)

侵害訴訟/非侵害

「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」における「選択」とは、ゲーム空間内の一定の範囲を選択することを前提としているとして、被告製品は構成要件を充足しないと判断した。

R1.7.19知財高裁

住宅地図事件

1/12投稿)

侵害訴訟/非侵害

本件特許は、そもそも書籍としての地図を対象としており、被告の電子的な地図とは異なる。本件特許は、各ページを適宜に区画化して索引欄を設ける構成であるが、被告の地図は、メッシュ化されている範囲や区分されたデータを認識しない等として、非侵害と判断された。

R1.6.26知財高裁

自律型思考パターン生成機事件

1/6投稿)

侵害訴訟/非侵害

人工知能に関する特許の侵害訴訟であるが、多くの構成要件について、構成要件に係る機能を有していると認めるに足りる証拠はない、と判断された。

発明該当性

R2.6.18知財高裁

電子記録債権の決済方法事件

7/10投稿)

審決取消訴訟(拒絶)/発明該当性なし

本願発明は、その本質が専ら人為的な取り決めそのものに向けられているとして発明該当性が否定された。

新規性

R2.3.11知財高裁

情報管理方法事件

4/16投稿)

審決取消訴訟(無効)/新規性なし

動的に割り当てた電話番号を「クリーン」とみなして再利用するタイミングを計る始期について、本件特許は「識別情報が送出されてから」、主引例は「固有の番号が表示されてから」という相違を主張したが、主引例の課題等に基づき、特許権者の主張は排斥された。

R1.10.2知財高裁

ベッド操作装置事件

2/25投稿)

審決取消訴訟(拒絶)/新規性なし

本願発明と引用発明は、課題は異なるが同一であると判断した。

進歩性

R2.6.4知財高裁

対戦ゲーム制御プログラム事件

7/6投稿)

審決取消訴訟(拒絶)/進歩性あり

相違点はゲームの性格に関わる重要な相違点であるとして、進歩性が肯定された。

R1.12.11知財高裁

実時間対話型コンテンツ事件

5/2投稿)

審決取消訴訟(無効)/進歩性あり

引例における「ランク」は特定の者を指定できないから、本件特許の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは異なると判断された。

R2.3.17知財高裁

ホストクラブ来店勧誘方法事件

4/13投稿)

審決取消訴訟(拒絶)/進歩性あり

請求項の「メンタルケア」の文言について、特許庁は抽象的なものと解釈したが、裁判所は明細書の記載を参酌して解釈した上で、引例とは相違し、当業者が適宜決定すべき事項ではないと判断した。

R1.9.19知財高裁

アプリケーション生成支援システム事件

4/3投稿)

審決取消訴訟(拒絶)/進歩性あり

引用発明の課題に着目し、引用発明どうしの組合せについて動機付けがないと判断した。

R2.2.19知財高裁

コメント表示方法事件

3/16投稿)

審決取消訴訟(無効)/進歩性あり

主引例に対する慣用技術の適用に対して、前提となるシステムの違いや動機付けがないこと等を挙げて、容易ではないと判断した。

R1.6.4知財高裁

ゲームプログラム事件

2/13投稿)

審決取消訴訟(拒絶)/進歩性なし

第3者のキャラクタを登場させるゲームにおいて、同一レベルのキャラクタを登場させるか(本願)、人数を増減させるか(引例)の違いについて、レベルに応じたキャラクタを抽出することは周知技術であるとして、進歩性が否定された。

サポート要件

R1.10.8知財高裁

金融商品取引管理装置事件

1/19投稿)

審決取消訴訟(無効)/サポート要件あり

明細書に、「シフト機能」を単独で実施する形態は記載されていなかったが、「シフト機能」自体が効果を有しており、別個の処理であることが読み取れるとしてサポート要件を満たすと判断した。

 

2020年7月26日日曜日

早期審査について

 早期審査と特許査定率の関係について、データベースで調べてみた。方法は次のとおりである。 

 

 すでに審査がほぼ終了していると思われる、2005年1月1日から2015年12月31日に出願された案件を対象とした。これらを査定種別により、査定なし、登録査定、拒絶査定に分けた。拒絶査定の中には審判で登録審決と受けているものもあると思われるので、それらについては登録に含め、逆に拒絶査定の件数から登録審決の件数を差し引いた。 

 登録と拒絶のそれぞれについて、審査の報告書が作成されているものとそうでないものに分けた。厳密には、早期審査の報告書があっても、「早期審査を行わない」としたものもあるかもしれないが、概ね、早期審査は認められるという前提である。このようにして、早期審査の有無と登録/拒絶を分類すると、以下のようになった。 


  

早期 

非早期 

登録査定、登録審決 

128,054 

1,840,751 

拒絶査定(登録審決を除く) 

12,213 

593,011 

登録:拒絶 

10.5:1 

3.1:1 


 この表によれば、ずいぶんと多く登録されているようであるが、これは査定なし(審査請求せず)の件数を除外し、審査請求された案件のみ計上しているためである。 

 非早期の案件では、審査請求をした案件では、拒絶1に対し登録3.1の割合であった。これに対し、早期審査を行った案件では、拒絶1に対し登録10.5の割合であり、極めて高い確率で特許が得られている。これは早期審査を行う案件は特許権者が自信を持っている案件だからなのか、審査の関係なのかはわからない。

 そこで、登録された案件に対する無効審判及び異議申立の件数についても調べてみた。

 

  

早期 

非早期 

登録査定 、登録審決

120,054 

1,840,751 

無効審判、異議申立がされた件数(割合) 

1,043 

(8.7%) 

3,957 

(0.21%) 

 

 早期審査で登録を受けた案件の方が、一般的に権利者が権利活用に積極的であり、第三者から無効の請求や異議の申立てをされる可能性が高いということはことは想像がつく。しかし、これほどまでに差が大きいと、早期審査案件の方が権利に瑕疵があることが多いのではないかと思ってしまう。 

 早期と非早期の案件で、無効審判又は異議申立の成功率に差があるのか調べたかったが、自分が使っているデータベースでは簡単ではないようであった。 

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...