2022年11月26日土曜日

[EP]UIは技術的事項か(T0077/14)

 タッチスクリーン画像スクロールの特許についての2015年の審決である。特許で規定している動きは、審決が下記のようにまとめている。表中にlong touchとshort touchがあるが、long touchは、t1より長くt2より短い時間のタッチ、short touchは、t1より短いタッチである。


c 画面にタッチして指を移動し、離す動き → スクロール開始
d,f スクロール開始後に画面タッチまたはスクロール停止 → スクロール停止
e スクロール開始後にタッチなし → 徐々に減速
g 画面にタッチし、動きがありから動きなしとなり指を離す → 待機
h 画面にタッチし、動きなく指を離す → アイテムの選択

 最も近い先行文献D7には、構成d~fが開示されている。

 原審では、「特徴的な機能は、相乗的な技術的効果をもたらすものではなく、本発明にとって不可欠な実際のデータスクロールの手順そのものに関するものではなく、むしろ、「ある方向と速度でデータスクロールするコマンドとスクロールを停止するコマンドを起動するという『意味を帰属』させる(マッピング)ためのジェスチャーの選択」という問題に関するものである。」とし、相違点に係る構成は、技術的ではないと判断された。

 審決は、次のように、客観的技術的課題を認定した。

「特に最も重要なことは、タッチスクリーン装置の3つの異なるスクロール関連機能、すなわちスクロールの開始(特徴cに関連)、スクロールの中断(特徴gによる「待機」状態に対応)、データアイテムの選択(特徴hに関連)を実装レベルで適切に認識し区別することを実際に可能にすることである。) これは、特に、異なる時間間隔(すなわち、独立請求項の特徴cおよびgに関するt1<Δt<t2または特徴h)に関するΔt<t2)の観点から、タッチ接触持続時間を含む物理パラメータを追加することによって達成される。・・・審判部は、それによって、明確な順序(シーケンスセンシティブ)タッチイベントの数および実現可能なジェスチャーベースの機能の数を大幅に拡張することができると考える。」

「以上のことから、本独立請求項1及び10が解決しようとする客観的技術課題は、"D7に示されるようなタッチパネル装置におけるスクロールベースのデータリスト検索の文脈において、認識可能なジェスチャーベースの機能の数をいかに拡張するか "として定式化することが可能である。」
 
 その上で、時間に関する閾値を検出する実装することは自明であるとしつつも、それだけでは、D7から対象発明に想到しないと判断した。

「むしろ、特徴cによるジェスチャーに基づくスクロールの開始を定義し適用するための所定の時間間隔の追加の検出、および特徴gとhによるスクロール操作に直接または間接的に関連する追加のジェスチャーと機能のマッピングを実際に組み込むことは、異なるジェスチャーとその結果の機能の間の単なる差別化を概念的なレベルで可能にすることを超えていると判断する。
 特に、D7とD5には、検出可能なタッチイベントの組み合わせの数、つまり実現可能なジェスチャーベースの出力機能の幅を著しく拡大するような明確な奨励は一切ない。また、すでに関与している物理的なタッチ検出パラメータに加え、明確なタッチ持続時間間隔を活用するための指針もない。このことは、D10で定義された標準化されたユーザビリティ原則に照らしても同様である。検出すべき物理パラメータの数を拡張することによって生じる実装の複雑さ及び困難さ(例えば、ジェスチャー認識速度、衝突解決、較正、ノイズ耐性に関する)の増加を考慮すると、特にD7の出版時(すなわち1998年)には、当業者はむしろ請求された解決策から遠ざかるだろうと審判部は考える。したがって、D7から出発し、請求項1に対する補正を考慮すると、その特徴的な機能は、タッチスクリーンインターフェース設計の分野の当業者が、状況に応じて、本願発明の後知恵の恩恵を受けずに、本願優先日において必然的に選択するであろう直接的な実施策とは考えられない。」

[コメント]
 本件発明は、タッチ画面のスクロールに関して、この場合はスクロール開始、この場合はスクロール停止ということを規定しているにすぎないので、技術的ではないという気がするが、最も近い先行文献D7との差分として、タッチしている時間間隔というファクターが入っているので、その部分を技術的事項として拾い上げた事例と整理することができる。ここを技術的事項と捉えることができるように技術的課題を設定しているような印象はある。
 なお、審決の最後のところ、阻害事由を述べているが、この基準が本願優先日ではなく先行文献D7の出版時であるところは、これで合っているのだろうか?

2022年11月16日水曜日

[商標]記述的商標の識別力(商標法3条1項3号)

  商品の品質等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標は登録を受けることができない(商標法3条1項3号)。どういう場合がこれに該当するのか、今年の拒絶査定不服審判の審決を調べてみた。商標が図柄を含んでいる場合は、「普通に用いられる方法」ではないので、基本的には文字だけの商標を想定している。

 「赤もも肉」(31類 愛玩動物用飼料)
 「チャットボット型LP」(35類 広告業等、41類 販売に関する知識の教授等)
 「超加湿」(5類 薬剤等、11類 便所ユニット等)
 「フランチャイズEXPO」(35類 広告業等、
               41類 技芸・スポーツ又は知識の教授等)

 これらは、商品役務の品質等を表示する商標だと思われますか?
 審決で3条1項3号に該当すると判断されたのは「チャットボット型LP」だけで、他の3つは3条1項3号に該当しないとされています。とても難しい。

 記述的商標かどうかは、次のように判断するのがよいと思われる。

(ステップ1) 商標は造語かどうか?
 商標が造語でない場合、それが指定商品・役務との関係がある言葉なら、記述的と判断される。造語でないというのは、例えば、辞書に載っている言葉であり、これが識別力がないのは当たり前といえば当たり前である。

(ステップ2) 造語は、全くの新しい言葉か、既存の言葉の組合せか?
 全くの新しい言葉の場合には記述的商標ではない。
 既存の言葉の組み合わせからなる造語の場合には、次のステップへ。

(ステップ3) 商標は不特定多数の者に使われているか?
 不特定多数の者に使われている場合には、3条1項3号に該当すると判断される。独占適応性がないからである。例えば、ウェブ検索により、その商標そのものが多数ヒットする場合には、だいたい拒絶される。
 逆に、不特定多数の者に使われていない場合、つまりウェブ検索してもその商標そのものが出てこない場合には、3条1項3号に該当しないと判断される場合が多いように感じる。登録審決の決めゼリフは、「職権をもって調査するも、〇〇が使用されている事実は見つからなかった。」というものである。
 しかし、当該商標そのものが使用されていない場合にも、拒絶される場合があるので注意すべきである。この判断が次のステップである。

(ステップ4) 拒絶パターンに該当しないか?
 ここが一番難しいところである。
 以下は、審決を見ていて気が付いたパターンであり、例示列挙である。他にも拒絶パターンがあると思うので、下記に該当しないからOKというわけではない(ので上記のフローでは点線にしている)。

a.類似の使用例がある場合
 例.「発酵だしシリーズ」(不服2021-010404)
 一の製造者の製造に係る複数のだし汁又はだしの素の商品群や,用途等を同じくする複 数のだし汁又はだしの素の商品群を総称して「○○だしシリーズ」と称している例が認められる(別掲2)。
 
 例.「トレペファイル」(不服2021-005021)
 「文房具類」を取り扱う業界において、別掲2のとおり、「トレーシングペーパーで作成した付箋」を「トレペ付箋」、「トレーシングペーパーで作成した封筒」を「トレペ封筒」、また「トレーシングペーパーで作成したメモ帳」を「トレペメモ帳」等のように、「トレーシングペーパーで作成した商品」を「トレペ○○」(「○○」には商品名が入る。)と表示して、実際に取引されている事実があることが認められる。

 例.「糀ジェラート」(不服2021-002697)
   ア  塩糀,米糀,甘糀(甘酒)等を使用した食品について,その原材料である糀に着目し,単に「糀(麹,こうじ)」と称し,商品名に冠したり,商品の説明に用いたりする場合があることは,原審で示した拒絶査定の別掲(6)ないし(16)(別掲)に加え,以下の情報からも確認することができる。

 他に、「顧問助産師」「ビジネス実務与信管理検定試験」「幸町歯科口腔外科医院」

b.薬剤の効能に関連する記載
 例.「汗ムレ湿疹」(不服2021-006271)
  薬剤業界において、「汗ムレ」が、肌トラブルの原因であるとする表示や「汗ムレ」による肌トラブルの治療薬の効能・効果として「湿疹」が表示されている実情からすれば、「汗ムレ湿疹」の文字は、上記(1)のとおり、「汗ムレ」という原因を表す文字と「湿疹」という症状を表す文字を単に一連に表示したものと認識、理解されるとみるのが自然であり、・・・本願商標をその指定商品中の「薬剤(農薬に当たるものを除く。)」に使用したときは、「汗ムレ(蒸れ)による湿疹に効く薬剤」の意味合い、すなわち、商品の品質を表示するものと容易に認識されるものである。

 他に、「汗ムレかゆみ」「更年期むくみ」

c.使用の実情からの商標の理解
 例.「バルーンダイエット」(不服2021-004437)
   そして、本願の指定商品は、第28類「風船」であるところ、原審の拒絶理由通知書で示した事例(別掲2)や当審の審尋で示した事例(別掲1)があるように、風船を膨らます等の手段によって取り組むダイエット(風船を使用するダイエット)が「風船ダイエット」と称され行われ、当該ダイエットに風船が使用されている実情が認められる。
 そうすると、「バルーンダイエット」の文字からなる本願商標は、これに接する取引者、需要者に、「風船ダイエット」又は「風船を使用するダイエット」の意味合いを理解させるものであるから、これをその指定商品(風船)に使用しても、当該商品が「ダイエットに使用する風船」であること、すなわち、商品の用途、品質を表示したものとして認識させるにとどまり、自他商品の識別標識としては認識し得ないというのが相当である。

 例.「産業セキュリティ構築」(不服2021-002281)
   そして、原審の拒絶理由通知書及び拒絶査定で示した事例(別掲2)の他、別掲1の2及び別掲1の3のインターネット情報によれば、本願の指定役務の業界において、「産業セキュリティ」の文字が、例えば「産業界における(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等の)セキュリティ」や「産業用(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等)のセキュリティ」など提供する役務の対象を示すものとして、また、「セキュリティ構築」の文字が、例えば「(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等の)セキュリティを構築する」など提供する役務の内容を表すものとして、それぞれ使用されていることが認められる。
  上記を踏まえると、「産業」、「セキュリティ」、「構築」の各文字を組み合わせた「産業セキュリティ構築」の文字は、本願の指定役務との関係において、「産業界における(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等の)セキュリティの構築」や「産業用(コンピュータやそのソフトウェア、そのネットワークシステム等)のセキュリティの構築」程の意味合いを表すものであることを取引者、需要者に、認識させるにとどまるものというのが相当である。
 

2022年11月10日木曜日

「欧州におけるコンピュータ実装発明」(パテント2021年2月号より)

 欧州におけるコンピュータ実装発明(CII)の特許適格性や進歩性についての論文である。特許適格性のハードルが非常に低いことや、技術的特徴と非技術的特徴の両方を含む混合型クレームの判断の仕方については、おなじみの話のように感じた。
 
 個人的には、この論文での学びは、進歩性をクリアするためには、非技術的な課題を明細書に書くべきではないということであった。そのこころは、「明細書が技術的効果と非技術的効果を潜在的に進歩性を備える構成に関連付けている場合、非技術的効果はこの潜在的に進歩性を備える構成を非技術的にする。簡単に言えば、非技術的効果は技術的効果を打ち負かす。」ということである。
 どうしても非技術的効果に言及したい場合には、出願の全体的な背景に関連させて非技術的効果について漠然と言及する、あるいは、進歩性の議論に用いることができない既知の構成に関連させて非技術的効果に言及する、ということが考えられるそうである。
 
 ソフトウェア関連発明の場合、最終的には、非技術的効果を狙ったものも多く、日本の明細書では、普通に効果として記載しているように思う。しかし、欧州では、それを正直に書いてしまうと厳しいようなので、欧州向けには明細書を変える必要があるのかもしれない。
 
 

 

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...