2023年9月21日木曜日

AI特許、審査体制4倍(日本経済新聞9月21日)


 AIに関する審査官を10人から40人に増員するとのこと。ここまで一気に増やすとは驚きである。ただし、ロボットやバイオ等に1人ずつ配置する、各審査室の優秀な審査官を研修するとのことなので、特定の審査官にAI関連の知識をつけてもらうということのようだ。
 
 2023年度中にAI関連出願の知見を整理した審査事例を公表するとのことなので、こちらは楽しみである。





2023年9月19日火曜日

[裁判例]引用発明の認定が、過度な上位概念化ではないとされた例(令和4年(行ケ)10118号)

 拒絶査定不服審判の審決取消訴訟である。本願発明は、スピーカを有するがテレビではない制御対象機器の状態(スピーカの音質又は音量)を制御するモバイル機器等の制御装置(タッチパネルディスプレイを有するもの)に関する。
 こうした制御装置においては、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態と制御対象機器の実際の状態とが一致している必要がある。制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でないにもかかわらずタッチパネルディスプレイにおけるタッチ操作がされた場合、これにより制御対象機器の状態を更新することはできないから、このような場合にタッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態が通常どおりに更新されてしまうと、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態(更新がされたもの)と制御対象機器の実際の状態(更新がされないもの)との間に齟齬が生じてしまうという課題が生じる。
 本願発明は、このような課題を解決するため、制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でない場合には、制御対象機器の状態に係るタッチパネルディスプレイ上の表示を更新できないとの構成を採用することとしたものである。

 本願発明の構成及び主引例(甲1発明)との相違点は以下のとおりである(下線部が甲1発明との相違点)。

[請求項2]
 タッチパネルディスプレイを有する制御装置であって、 
 前記制御装置とは異なる制御対象機器の状態を前記制御対象機器から取得する第1手段と、 
 前記取得した状態に基づいて、前記制御対象機器の状態を示す状態表示を、前記制御対象機器の状態に応じた表示態様で前記タッチパネルディスプレイに表示させる第2手段と、 
 前記状態表示の表示態様を更新するタッチ操作に応じて、更新後の前記状態表示の表示態様と前記制御対象機器の状態とが対応するよう、前記制御対象機器の状態を調整するための制御信号を生成する第3手段と、を備え、 
 前記制御対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく、 
 前記制御対象機器の状態は、前記スピーカの音質または音量であり、 
 前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない、制御装置。 

 審決は、相違点に関し、以下の甲4技術を適用することで進歩性がないと判断した。

(甲4技術)
 操作対象の高精細テレビ1との間で、信号の送受信を試みて、無線通信が可能な環境であるかどうかをチェックし、 無線通信が不能と判断されたときは、メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を操作部312で選択したとしてもその操作が無効になるよう構成する技術

 原告は、相違点の判断に関して様々な主張を行っているが、その一つが甲4技術の認定に対してである。
(原告の主張)
「甲4に記載された技術を甲1に記載された発明に適用できるか否かの判断に当たり、甲4に記載された技術における制御主体や制御対象機器が何であるかは重要な要素であるから、これらを捨象して上位概念化することは許されない。」

 これに対し、裁判所は以下のとおり判断した。
「イ 前記アのとおり、甲4に記載された具体的な技術(原告主張甲4技術)は、制御主体をデジタルカメラ3とし、操作場所を操作部312とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ1)とし、無効なものとされる操作の内容を「メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を選択した操作」とするものである。しかしながら、前記(1)のとおりの甲4の記載及び原告主張甲4技術の内容に照らすと、原告主張甲4技術を無線通信を利用した電子機器の制御に用いる場合、制御主体がデジタルカメラ3であること及び制御対象機器がテレビ(高精細テレビ1)であることに特段の技術的意義があるものとは認められず、甲4の記載によっても、制御主体をデジタルカメラ以外の機器とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ)以外の機器とした場合において、原告主張甲4技術に相当する技術が成り立たないものである、原告主張甲4技術はそのような機器について適用できないものである、原告主張甲4技術はそのような機器の場合を排除しているなどと認めることもできない。加えて、前記(2)ないし(4)のとおりの乙1ないし3の記載(特に、前記(2)エ、前記(3)ア及びイ、乙3の段落[0080]等)によると、無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術において、制御主体が具体的に何であるか(例えば、デジタルカメラであるか、リモートコントローラであるか、携帯通信端末であるかなど)及び制御対象機器が具体的に何であるか(例えば、テレビであるか、給湯器であるか、ボイラーであるか、空調装置であるか、照明であるか、冷蔵庫であるかなど)が特段の技術的意義を有するものとは認められず、・・・制御主体及び制御対象機器を特定の機器(それぞれデジタルカメラ3及び高精細テレビ1)に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定したとしても、そのことが不当な抽象化に当たるとか、過度な上位概念化に当たるとかいうことはできないというべきである(なお、付言すると、前記第2の2の特許請求の範囲の記載及び前記1(1)のとおりの本願明細書の記載も、制御対象機器がスピーカを有するがテレビではない機器であるか、テレビであるかなどによる技術的意義の相違がないことを前提としているものと解される。)。
 そして、制御主体及び制御対象機器が特定の機器に限定されないのであれば、操作場所及び無効なものとされる操作の内容についても、これらを具体的な操作場所及び操作の内容に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定することも当然に許されることになる。 
 以上によると、甲4に基づき、本件原出願日当時の公知技術として、本件審決が認定した本件技術(「無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能についての操作を無効なものとする操作制御技術」)が存在したものと認めるのが相当である。」


 このように、甲4の具体的な技術はデジタルカメラとテレビを対象とするものと認めながらも、電子機器の制御に用いる場合には、具体的な対象には特段の技術的意義がないとして、電子機器の操作制御技術を甲4技術として認定し、原告の請求を棄却した。この判断においては、乙1~乙3にリモコンにおいて通信ができないときに状態の不一致が生じるという課題が示されていたことが大きかったように思う。甲4だけだったとすると、甲4に記載された制御対象を捨象することは、やや違和感がある。
 なお、原告は、乙1~乙3は拒絶査定不服審判において審理されなかったから参酌することが相当ではないと主張したが、裁判所は、審決が認定した技術の意義に係る証拠として参酌することは当然に許されると述べた。

2023年9月15日金曜日

[裁判例]引用文献の課題に基づき阻害要因が認められた例(令和4年(行ケ)10100号)

  発明の名称を「塗装機器及び塗装方法」とする特許についての無効審判の審決取消訴訟である。請求項は訂正されているが、各請求項が共通して有する構成は以下のとおりである。判断のポイントとなったのは、「前記塗装剤ノズルの全てが前記車両部品に同一の塗装剤を塗布し得るように」という点である。

[各訂正請求項が共通して有する構成]
「 塗装剤を塗布する塗布機器を有し、塗料で車両部品を塗装する塗装機器であって、 
 前記塗布機器が、少なくとも1つの塗装剤ノズル(12; 14.1 ~14.4; 16.1~16.6; 20; 29; 36; 44; 45)から前記塗装剤を吐出するプリントヘッド(8、9)であり、 
 前記プリントヘッドが、ノズル列に配置された塗装剤ノズルを有し、それぞれのノズル列がいくつかの塗装剤ノズルを含み、 
 前記塗装剤ノズルの全てが前記車両部品に同一の塗装剤を塗布し得るように、さまざまな前記ノズル列の前記塗装剤ノズルが、塗布される前記塗装剤が供給される塗装剤供給ラインに一緒に接続され、 
 前記プリントヘッドが搭載される多軸ハンドを有する多軸ロボットによって前記プリントヘッドが位置決めされ、 
 前記プリントヘッドが、少なくとも1m2/分の面積塗装性能を発揮するように構成され(る、) 
ことを特徴とする塗装機器」 

 審決が認定した引用発明は、以下のとおりである。
[引用発明]
異なる色のインクジェットプリントヘッド14を備えた少なくとも1つの印刷ブロック18を備えるプリントアセンブリ13と、プリントアセンブリ13の位置決めを確実にし、水平(Tx)、垂直(Ty)、及び深さ(Tz)方向の並進を可能にする3並進自由度を有するキャリア15と、プリントアセンブリ13の向きを確実にし、2つの直交軸に沿ってその回転(Rx、Ry)を可能にする2自由度を有するリスト16とを備え、最大印刷速度は、180dpiの解像度で2.142m2/分であるトラック12の外面11上への3次元印刷に使用されるロボット10。 」

 本件特許と引用発明との相違点は、「塗装剤ノズル」に関して、同一の塗装剤を塗布するものか(本件特許)、異なる色であるか(引用発明)である。
 特許権者は、甲1明細書のクレーム17では色に関する具体的な言及はない等として、引用発明を「異なる色」に限定して認定する必要はないという取消事由を主張した。
 裁判所の判断は以下のとおりである。

(裁判所の判断)
「ア 甲1機器発明に係る審決の認定について 
 甲1の明細書の【0043】、【0068】、【0072】及び【0215】では、プリントアセンブリが、異なる色のインクを使用するいくつかのプリントヘッドを備えた少なくとも1つの印刷ブロックを備えることが開示されている。その上、甲1発明の課題は、本件審決が認定したとおり、「あらゆる画像複雑さにかかわらずあらゆる画像または写真を印刷することが可能なデジタル技術とを使用して」、「1600万色による180dpiの印刷品質で、表面上でのデジタル画像の3次元自動印刷を可能にする」ことであると認められるところ、この課題を解決するためには、「異なる色のインクジェットプリンタヘッド14」が必須である。 
 よって、審決が甲1機器発明について「(同一の色ではなく)異なる色のインクジェットプリントヘッド14を備えた少なくとも1つの印刷ブロック18を備えるプリントアセンブリ13と」と認定した点に誤りはない。 」

「上記(1)での認定説示を踏まえると、甲1発明において、相違点に係る本件発明の発明特定事項を採用することには阻害要因があるといえ、本件発明は、甲1発明又は他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法29条2項の要件を欠くものではない。」

 以上のように、甲1明細書の課題に基づき、「異なる色」であることが必須であるから、甲1発明は「異なる色のインクを使用するいくつかのプリントヘッド」という認定を行い、かつ、「異なる色」を「同一の色」に変更することについて阻害要因を認めた。
 主引例の課題に反し主引例が採用し得ない構成である、というのは阻害要因が認められる典型的なパターンである。

 個人的には、主引例の課題にフォーカスしすぎではないのかといつも思う。つまり、普通に考えれば、多色を用いていたところを単一色にすることは容易であろう。確かに、甲1明細書の文脈では「異なる色」を「同じ色」にしてしまっては意味がない。しかし、当業者って、甲1明細書だけを見ているのか? 甲1明細書しか見てはいけないのか?現実世界から乖離した論理の遊びみたいな感じがする。
 とはいえ、そういう実務なのだからそれに従っていくのが賢策である。(というか逆らってもしかたない。)

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...