2023年4月25日火曜日

[米国]最近の裁判例

LESの米国問題WGのメモ。詳細は、後日発行されるLES JAPAN NEWSを参照。

Broadcom Corp. v. International Trade Commission (Fed. Cir. Mar. 8, 2022)

 国内産業要件を満たさないとしたITC決定を支持した判決。
 ITCでの差し止めが認められるためには、特許権者は、US国内で発明を実施している必要がある。
 Broadcom社のチップは、特許の構成要件の一部を満たしておらず、また、構成要件を充足する製品が製造されていることの証拠が不十分だったため、国内産業要件が認められなかった。


Lite-Netics, LLC v. Nu Tsai Capital LLC, DBA Holiday Bright Lights (Fed. Cir. February 17, 2023)

 LiteがHBL及びその顧客に特許権侵害しているとの通知を送ったことに対し、HBLが差し止めを求め、地裁は差し止めを認めたが、CAFCは地裁決定を覆した。
 CAFCは、過去の判例を引用し、「実際、特許権者は、その権利の性質と範囲に関する信念に基づいて善意で行動し、『それらの権利が何であるかを誤解している場合でも』、それらの権利を主張することを完全に許可されている。」と述べた。



2023年4月20日木曜日

[調査]AIを使った調査ツール

 世の中に AIを使った調査ツールが色々とあるが、何をどこまでできるのか。
 トライアルでいくつかのツールをちょっと触ってみただけの段階であるが、メモしておきたい。下記には筆者の推測が入っている。

[AI調査ツールのしくみ]
 AIを使った調査ツールでは、①特許番号を入れると内容の近い特許を検索する、②自然文を入れるとそれに近い内容の特許を検索する、③求めた集合について教師データとして指定した公報と近い順にソートする、ことができる。
 上記の3つは、インプット/アウトプットの仕様は若干異なるが、いずれも所定の文章に近い内容を記載した公報を探すことを基礎とするものである。具体的には、所定の文章と他の公報との類似度のスコアを求め、そのスコアに基づいて結果を出している。②では自然文をクエリとしており、①③は指定された特許内の文章をクエリとしているという違いである。
 検索のアルゴリズムは所定の文章と他の公報との類似度を求めるのであるが、おおざっぱにいうと、クエリと被調査対象の文章を特徴ベクトルで表し、特徴ベクトルどうしの類似度を求めるものと推測される。もちろん、特徴ベクトルへの変換の方法や類似度の計算方法には各社の特徴があるであろう。
 特徴ベクトルは、例えば、tf-idf(term frequency - inverse document frequency)みたいなものであり、所定の文章に頻出する用語は重要度が高いが、他の文章にも頻出する用語は重要度が低い(例えば「端末」はいくら頻出しても重要ではない)という基準で文章を評価するベクトルであると理解している。
 特徴ベクトルの類似度のスコアを計算する際には、同義語も考慮していると考えられる。

[AIでできること、できないこと]
 さて、AIの調査ツールが上記のアルゴリズムで動いているとした場合、AIで何ができるか。
 特徴ベクトルに変換した時点で、おそらく文章の文脈は失われる。文脈は見てないと明確に説明した会社もあった。したがって、AIといえども、文脈を含めた類似度を求めることはできない。つまり、AIでは、所望の発明と同一発明を開示した文献を見つけることまではできない。
 AIでできることは、特徴的な用語あるいはその同義語を同じような割合で含む文章を類似すると判断することである。類似する発明を記載した文献どうしの特徴ベクトルは高い確率で類似するものになると考えられるから、技術分野が同じあるいは近い発明群を見つけることは可能である。

[どう使うか]
 AI調査ツールの説明者からは、AIが何ができるかを理解して使うことが重要という趣旨の説明をもらった。まさにその通りだと思う。無効資料を一発で見つけることができないからAIは使えないということではなく、AIを使うことで調査業務の精度向上と効率化に役立てることができれば良い。
 これから、どういう使い方をすれば効率的な調査が可能になるのか試行錯誤してみたい。

 


2023年4月6日木曜日

[裁判例]ガス系消火設備事件(知財高裁 令和4年(行ケ)10009号)

 ガス系消火設備に関する発明の異議申立事件の取消決定に対する取消訴訟である。
 ガス系消火設備では、建物内の部屋に複数の容器内の消火剤ガスを導入して消火を行う。複数の容器からいっぺんにガスを供給すると部屋の圧力が高くなりすぎるので、それを防止するために、排気ダクトを太くしなくてはならない(=ガスを逃がす)。発明のポイントは、部屋の圧力が高くなりすぎないようにし、ひいては配管を細くするために、複数の容器の容器弁の開弁時期をずらして消火剤ガスのピーク圧力が重ならないようにしたことである。

【請求項1】 (下線は補正箇所)
 建物内でのダクトおよび配管を細くすることで施工コストを低下させ、かつ、設計の自由度を高めたガス系消火設備であって、 
 消火剤ガスが貯蔵された複数の容器と、 
 複数の前記容器内の消火剤ガスを、電子機器が設けられており消火のために水を用いることができない、前記建物に設けられる部屋である防護区画へ導入する前記配管により構成される導入手段と、 
 消火剤ガスが導入される前記防護区画の側面を貫通するように前記側面に接続されて前記防護区画から消火剤ガスを排出するための、前記建物内で縦および/または横方向に延びるダクトと、 
 前記防護区画の避圧口で前記ダクトの端部に設けられたダンパとを備え、 
 前記ダンパが開閉することで前記ダクトと前記防護区画とが連通および遮断され、 
 複数の前記容器のうちの一つの容器と別の容器との容器弁の開弁時期をずらして、前記一つの容器と前記別の容器とから放出される消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止して前記防護区画へ消火剤ガスが導入され、 
 前記一つの容器の容器弁の第一の開弁タイミングと、前記別の容器の容器弁の第二の開弁タイミングであって前記第一の開弁タイミングとは異なり消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止する前記第二の開弁タイミングとを決定し、前記各容器弁に接続される制御部をさらに備える、ガス系消火設備。

 主引例である甲1発明は、「不活性ガス消火設備設計・工事基準書〔第2版〕」の記載で、容器弁の開弁時期や、窒素ガスのピーク圧力が重なること等の記載はないが基本的な構成は記載されていた(下図)。


 副引例は、火災危険抑制システム10の発明である。ガスシリンダー12aと12bとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16aと、ガスシリンダー12bと12cとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16bの開放時間をずらすことで、シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されることが記載されている。

 これらの証拠からすると甲1と甲2に基づいて本件特許が進歩性なしとした異議決定は妥当なように思える。しかし、裁判所は次のように判断した。

[裁判所の判断]
 甲2には、・・・火災危険抑制システム10において、・・・シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されること。」)が記載されていることが認められる。 
 しかるところ、甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、配管等の内部のあらかじめ決められた圧力により動作(破裂)し、一旦動作(破裂)した後は再閉鎖されない、使い捨ての部材(甲21ないし23)であり、弁が繰り返し開閉する「容器弁」とは、動作及び機能が異なるものである。 
 そして、前記(2)の甲2の記載事項によれば、甲2には、①甲2記載の火災危険抑制システムは、複数(第1及び第2)のガスシリンダー間にラプチャーディスクを取り付け、第1のガスシリンダー内のガスが保護された部屋(密閉された部屋)に放出されて第1のガスシリンダー内の残存ガスのレベルが低下すると、第1及び第2のガスシリンダー間の圧力差で、ラプチャーディスクが破裂して第2のガスシリンダー内のガスが保護された部屋に放出され、このように複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスが放出されることによって、保護された部屋の過圧を防止できること(前記(2)エ、キ)、②保護された部屋の大きさ、ガスシリンダーの容積、及びその他の要因によって、必要に応じてより多くのガスシリンダー及びラプチャーディスクを使用して、閉鎖された部屋(保護された部屋)を適切に保護することができること(前記(2)オ、カ)の開示があることが認められる。 
 一方で、甲2には、バルブ(図2記載の第1のバルブ30、第2のバルブ34、第3のバルブ38)の開閉によりガスシリンダーから配管へのガス流を制御することの記載はあるものの、ラプチャーディスクを使用することを前提とした記載であって、ラプチャーディスクを使用せずに、各バルブの開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについて記載や示唆はない。 
(ウ) 以上のとおり、甲1記載の「容器弁」付き窒素ガス貯蔵容器の「容器弁」と甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、動作及び機能が異なること、甲1及び2のいずれにおいても貯蔵容器の容器弁又はガスシリンダーのバルブの開閉時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することによって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについての記載や示唆はないことに照らすと、甲1及び2に接した当業者は、甲1発明において、保護区域又は保護された部屋の加圧を防止するために甲2記載のラプチャーディスクを適用することに思い至ることがあり得るとしても、ラプチャーディスクを用いることなく、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって加圧を防止することが実現できると容易に想到することができたものと認めることはできない。

(コメント)
 非常に微妙なケースのように思うが裁判所の判示を整理してみる。
 甲1の容器弁と甲2のラプチャーディスクとは動作及び機能が異なる。甲2がラプチャーディスクを設けている目的は、部屋の過圧を防止することであり、その点は本件特許とは同じであるが、甲1に過圧防止ということは記載されていないし、仮に、過圧を防止するにしてもラプチャーディスクを使うことになるから、本件特許の構成には想到しない。
 異議決定のロジックは、甲2に過圧防止という目的が書いてあるから、甲1で過圧を防止するために容器弁を制御することは容易であるというものである。これはこれで一理あるような気もするが、裁判所は、異議決定のロジックは誤りであると判断した。根底には、甲1と甲2を足したとしても、甲1+ラプチャーディスクの構成までで、容器弁を制御するという本件特許の構成には到達しないということがあるのだろう。





2023年4月1日土曜日

[裁判例]対戦ゲームサーバ 新規事項の追加(知財高裁令和4年(行ケ)10092)

 拒絶査定不服審判の審決に対する審決取消訴訟である。発明は、対戦ゲームサーバのプログラムであり、ユーザどうしをマッチングさせるときに、不適切な強さの対戦相手との対戦が行われることを防ぐことを目的としている。
 争点は、出願人が行った補正が新規事項の追加にあたり、不適法であるかという点である。

 補正後の請求項1は下記である。下線は補正箇所を示す。
【請求項1】 
 複数の通信端末に対して一ユーザ対一ユーザの対戦ゲームを提供するコンピュータに、 
 前記通信端末を操作するユーザ毎に一意に割り当てられる識別情報と、ユーザ情報とを、それぞれのユーザ毎に対応づけて管理するステップと、 
 前記ユーザ情報に応じて、数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さの下限値及び上限値により定められた強さの各段階のうち、前記ユーザがいずれの強さの段階であるかを決定するステップと、
 前記ユーザから対戦要求を受けた場合、前記識別情報に対応付けられたユーザ情報に応じた強さの段階に基づき、当該強さの段階から所定範囲内の同じ強さまたは異なる強さの段階の他のユーザとの対戦を開始するステップと、を実行させ、 
 前記対戦を開始するステップは、
 前記下限値及び上限値により定められた強さの段階毎に設定された対戦相手の強さの段階の上限および下限、ならびに、当該対戦相手の強さの段階の上限および下限内に含まれる弱者の割合および/または強者の割合に基づいて、自動的に対戦相手候補であるユーザを抽出し、当該対戦相手候補であるユーザの中から前記ユーザによって決定された他のユーザとの対戦を開始することを特徴とするプログラム。
 
 このように出願人は、「強さ」の説明として、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである」を加えた。
 明細書には、強さを上のように直接に説明した文章はなく、発明の課題として、「特にユーザが初心者であって、攻撃力及び防御力の合計値が低い場合、対戦相手に係る攻撃力及び防御力の合計値の方が高くなる可能性が高く、対戦ゲームで負けてしまうことが多くゲームに対するユーザの興味を著しく低下させてしまっていた。」(段落【0005】)との記載があるほか、実施の形態も「ユーザが保有するユニットの攻撃力及び防御力」を例として説明がなされていた。

 このことから、審決は、強さとは、「攻撃力及び防御力の合計値」であると解し、これを「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである」と補正することは、新たな技術的事項を導入するものであって、当初明細書等に記載した事項の範囲内でされたものではないと判断した。

[裁判所の判断]
 そして、「ゲーム」分野における技術常識に関して、「ユーザ」の「強さ」に、攻撃力及び防御力以外に、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が含まれることが本願の出願時の技術常識であったことは、当事者間に争いがない(本件審決第2の2⑵イ(ウ)〔本件審決12頁〕参照)。 
 上記のような、対戦ゲームにおいて、強さに大差のある相手ではなく、ユーザに適した対戦相手を選択するという発明の技術的意義に鑑みれば、当初明細書等記載の「強さ」とは、ゲームにおけるユーザの強さを表す指標であって、ゲームの勝敗に影響を与えるパラメータであれば足りると解するのが相当であり、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」とすることは、発明の一実施形態としてあり得るとしても、技術常識上「強さ」に含まれる要素の中から、あえて体力、俊敏さ、所持アイテム数等を除外し、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」に限定しなければならない理由は見出すことができない。言い換えれば、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定するか否かは、発明の技術的意義に照らして、そのようにしてもよいし、しなくてもよいという、任意の付加的な事項にすぎないと認められる。 
 そうすると、当初明細書等には、「強さ」の実施形態として、文言上は「攻撃力及び防御力の合計値」としか記載されていないとしても、発明の意義及び技術常識に鑑みると、第2次補正により、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定せずに、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータ」と補正したことによって、さらに技術的事項が追加されたものとは認められず、第2次補正は、新たな技術的事項を導入するものとは認められない。そうすると、第2次補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであると認められ、特許法17条の2第3項の規定に違反するものではないというべきである。 

(コメント)
 上記の補正は、次の明確性要件違反に対応したものである。
「請求項1、7、8及び請求項1を引用する請求項2から6に係る発明の「強さ」には、攻撃力及び防御力の合計値のみならず、対戦ゲームの技術常識を勘案すると、必殺技等も包含される。
 ここで、例えば、必殺技は、数値化できないところからすると、「強さの下限値及び上限値」といっても数値化できないものに対して「下限値及び上限値」とは、何を特定しようとしているのか不明である。
 さらに、上述するような数値化できない「強さの下限値及び上限値」により定められた「強さの各段階」とは何を特定しようとしているのか不明である。
 よって、請求項1~8に係る発明は明確でない。」

 判決によれば、強さには、必殺技のように数値化できないものも含まれる。数値化できないのに、「強さの各段階」とはどう特定するのか、という点は明確になったのだろうか。
 特許庁の明確性の主張に対し、判決は、次のように述べるが、強さに何が含まれるのかは想定し得るとしても、その段階については明示していないように思われる。(特許庁が「強さの各段階」について主張しなかったのかもしれない)

[裁判所の判断]
 しかし、各形態のゲームにおいてどのような「強さ」のパラメータを設定するのが適当かは、当業者であれば適宜判断し得るものと推認され、ユーザの強さを基準として所定範囲内の強さを有する他のユーザを対戦相手として選択することにより、ユーザのゲームに対する興味の低下を防ぐという発明の技術的意義に照らせば、ある形態の対戦ゲームにおいて「強さ」にどのようなパラメータが含まれるかは、当業者であれば想定し得るものと推認される。そうすると、「強さ」が「攻撃力と防御力の合計値」に限定されていないとしても、第三者に不測の不利益をもたらすものとは認められない。

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...