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2025年11月2日日曜日

除くクレーム(令和6年(行ケ)第10081号)

 1 除くクレームについて

 特許実務において、引用文献と差別化を図るために、構成要件の一部を除くことが行われることがある。新たな技術的事項を導入しないものである場合には構成要件の一部を除くことが認められるが(ソルダーレジスト大合議事件(平成18年(行ケ)第10563号))、逆に言えば、先行技術と技術的思想が共通する場合は、「除くクレーム」による補正をしても、進歩性の要件を満たすことは困難である。

 以上のことから、除くクレームが有効なのは先行技術とは技術的思想が異なるがたまたま衝突する部分があるという場合であり、化学以外の分野ではなかなかそういう例はないのではないかと思っていた。ところが、「除くクレームの限界についての検討」(パテント2025 Vol.78 No.7)によれば、除くクレームは思った以上に活用され、進歩性欠如の拒絶理由を解消していることが分かった。



2 裁判例

 除くクレームを用いた発明について判断した裁判例を紹介する。「愛玩動物マッチングシステム」という名称の発明について、拒絶審決に対する審決取消しを求めた事件である。

 特許請求の範囲は以下のとおりである。

【請求項1】

 譲受人がインターネットを介して愛玩動物を閲覧する閲覧手段と、

譲受人が引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)及び日時を予約する予約手段と、

 引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)までの愛玩動物の輸送を手配する輸送調整手段とを有し、

 譲受人が指定した引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)及び日時に基づいて、愛玩動物の健康診断を手配する健康診断調整手段をさらに備える

 ことを特徴とする愛玩動物マッチングシステム。

 

(原告の主張)

 引用文献1は、犬や猫等の動物の譲渡を行いやすくする譲渡支援システムの発明を開示している。引用文献1では、生体販売業界の現状として、ブリーダーによる直接販売には、①対面販売違反の疑い、②飼育に対する十分な説明が困難、アフターフォローが不十分、などの問題があることが指摘されており(【0019】~【0024】)、引用発明は、既存の生体流通経路を利用せず、ブリーダーからの直販スタイルでありながら、生体を引き渡す場所を動物病院(獣医師)とすることで現状の課題を解決する一つの方策を提示したい、との発明者の思いから発明の着想に至ったものである(【0025】)との記載がある。

 このような記載があることから、原告は、引用発明は、適切な情報を新規飼主に伝達し、かかりつけ病院と生体情報を紐付けて、生体管理の徹底とマイクロチップ番号の適切な登録等を行うことを可能にすることで、上記②及び③の問題を解決する効果をもたらすものであり、このような効果をもたらすためには、動物の引き渡し場所を獣医師又は動物病院とすることが必須となると主張している。これに対し、本願発明は、「(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)」と規定されている。引用発明において動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除くことには阻害要因があり、新規性・進歩性を有しているというのが原告のロジックである。


(裁判所の判断)

イ 引用文献1の【0006】は、「発明が解決しようとする課題」として、里親希望者が譲渡する動物を登録した動物病院までその動物を引き取りに行かねばならず、これがマッチングの成立を阻む要因となっていたことを挙げているが、この要因の除去は、引き渡しの場所を「譲渡する動物を登録した動物病院」以外の場所に変更することによっても可能であるといえる。また、【0006】には、動物の個体管理の技術が動物と譲受希望者とのマッチングに活用されていなかったことも、発明が解決しようとする課題として挙げるが、この課題の解決は引き渡し場所とは関係がない。したがって、引用文献1の【0006】の記載から、引用発明の動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとはいえない。

 

イ そこで、予約手段における「引き渡し場所」に関する相違が、本件審決認定の相違点1で述べられるとおり、本願発明では「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものであるのに対し、引用発明では「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものでないことにあることを前提に、その点の容易想到性について検討する。

・・・また、引用発明において、引き渡し場所を、特段限定のない引き渡し場所から、「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」引き渡し場所に変更することによって、システムの大きな設計変更が必要になるとは認められない。

 そして、本願明細書等には、引き渡し場所から「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ことによって得られる効果について何ら記載されておらず(前記1⑶イ)、本願発明において、引き渡し場所から「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものとした構成によって得られる効果が、当業者が予測することのできる範囲を超えた顕著なものであるとは認められない

 したがって、引用発明の、特段の限定のない引き渡し場所を、「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」場所に変更することは、当業者であれば容易に想到し得たものである。そうすると、本件審決の、予約手段における「引き渡し場所」についての容易想到性の判断に誤りはない。

 

(コメント)

 除くクレームが有効なのは、引用発明の本質的な構成を除く場合である。つまり、本質的な構成を備えないようにすることは阻害要因があるので、引用発明から容易想到ではないということになる。本裁判例では、引用発明は、動物病院及び獣医師が立ち会う場所で引き渡しを行うことが必須ではないと認定され、進歩性が否定された。引用発明の認定で勝負がついたのであり、除くクレーム自体が否定されたわけではない。

  なお、本裁判例で興味深かったのは、引用発明の認定において引用発明の着想に至った経緯を、引用発明の構成から分離して検討している点である。

「引用文献1の【0025】には、「本願の発明者らは、・・・生体を引き渡す場を動物病院(獣医師)とすることで現状の課題を解決する一つの方策を提示したい、という思いから本願発明の着想に至った。」との記載があるが、一つの方策を提示する着想に至るまでの発明者の心情に関して記載したものにすぎず、引用文献1に記載された発明の具体的な構成を特定した記載とは認められないから、【0025】の記載から、引用発明における動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとは解されない。」




2024年3月17日日曜日

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。

 この件について、今月号のパテントに高石秀樹弁護士が投稿しており、2つの判決には矛盾はないと述べているので紹介する。詳しくは、パテント2024年3月号の「同一特許、同一引用文献で、同日同ヵ部の知財高裁判決(審決取消訴訟と侵害訴訟)における新規性判断が分かれ、また、訂正の再抗弁が時機後れ却下された事例」(弁護士 高石秀樹)を参照されたい。

 2つの裁判の結論が異なったのは、以下の理由からである。
 
・審決取消訴訟
 審決は、本件発明の「情報処理装置」は単独であるのに対し、主引用発明の「学習・生活支援システム1」は複数の装置を含むから両者は相違すると判断し、新規性を認めた。
 審決取消訴訟は、(審決の適法性が審理対象であるため)裁判所は審決の認定について判断し、誤りはないとした。

・侵害訴訟
 被告は、学習・生活支援システム1に含まれる「学習・生活支援サーバ」が本発明の「情報提供装置」に該当すると主張し、裁判所は新規性なしと判断した。

 以上のように、主引用発明の認定(引用文献からどのような発明を主引用発明とするか)についての被告の主張が両判決では異なっていたため、結論が変わったというわけである。




2024年1月25日木曜日

[裁判例]阻害要因の主張を認めなかった例

 拒絶審決に対する審決取消訴訟である。対象の発明は、紙のような印刷媒体であるかのような印象を与える表示装置に関する。引用発明もまた紙の光学特性を模倣するための表示装置であり、審決は2つの相違点を認定した。このうち、相違点2は以下のとおりである。

【相違点2】 
 本件補正発明では、「前記印刷表示媒体の外光に対する拡散反射光を再現する場合の画素の輝度は、前記光センサで検出された照度を用いて、画素の輝度=拡散反射率×照度/πの計算式に基づき設定される」のに対して、
 引用発明では、測定された周囲光の照度に基づいて決定された、表示画素のRGBサブ画素の最大輝度値及び最小輝度値を参照して、表示画素のそれぞれのサブ画素に関連付けられた画像データのRGB色値をスケーリングし、画像データのスケーリングされたRGB色値は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最小輝度を維持するように、ディスプレーのためのプリセット値で補償される点。 

 本件補正発明では、光センサで検出した照度を用いて画素の輝度を決めている。これは、紙の印刷媒体の場合、自ら発光するわけではないので、その明るさは周囲の明るさに拠る。本件補正発明の構成要件はこのことを述べている。これに対し引用発明は、RGB値を最小輝度を維持するように補償する構成である。実は、この相違点の認定が問題なような気がするが、それは裁判所を判断を読んでいただけると分かる。
 審決は、この相違点2は技術常識に照らして設計事項にすぎないと判断した。引用発明は、光学特性を模倣するための表示装置だから、「光センサー」で「検出」された「照度値」と放射輝度の関係を、「印刷物」を反射面としたときの「周囲光」の照度と反射光の輝度の関係に一致させるようにすることは、当然というわけである。
 
 これに対し、原告は、次のとおり阻害要因を主張した。
「引用文献1に記載された発明は、周囲光が暗すぎる場合のユーザの視認性を考慮するなどして、発光輝度を、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持し、かつ、周囲光の照度が高まるにつれて発光輝度が発散傾向で増大するような制御をしている。このような引用発明において、『「光センサー」で検出された「照度値」と放射輝度が比例関係』となるような構成を採用すると、引用発明に記載された目的に反するものとなるため、阻害要因があるといえる。 」

[裁判所の判断]
ウ 以上の記載に照らすと、引用文献1に記載されている発明は、表示装置と紙の発光の仕組みの違いを踏まえつつ、表示装置においても印刷物のような自然な画像品質を提供することを目的として、これを実現するため、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性を用いて、紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣しようとするものと認められる(本件審決が認定する引用発明の第1段落部分参照)。 
 このような引用発明において、紙の光学特性(紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にある)を用いて、表示装置の表示における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射光とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること、すなわち技術常識3を適用することは、ごく自然なものというべきである。 
 引用文献1には、原告らの主張するとおり、最低輝度の維持制御技術の開示があり(上記イ(ウ))、本件審決はこれを引用発明の構成要素として認定している(本件審決の認定に係る引用発明の第3段落部分)。しかし、引用文献1の記載事項全体を踏まえてみれば、最低輝度の維持制御技術の位置づけは、「一実施形態」であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない。上記イ(エ)の記載(「・・・してもよい」)も、これを裏付けるものである。 
 また、最低輝度の維持制御技術は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに初めて発動されるものであって、それ以外の条件下においては、照度輝度比例構成と矛盾・抵触するものではなく、むしろこれを前提とするものといえる。すなわち、最低輝度の維持制御技術と照度輝度比例構成とは、技術思想としては両立・並存するものということができ、引用発明が最低輝度の維持制御技術を有するものであるとしても、照度輝度比例構成の採用を必然的に否定するような関係にはない。 
 以上の検討を踏まえると、引用発明に含まれる最低輝度の維持制御技術は、引用発明と技術常識3を組み合わせる阻害要因になるものではないというべきである。 


 一実施形態の構成を捉えて阻害要因を主張しても、それが引用発明の本来の目的との関係で必須でないならば、阻害要因の主張は成り立たない。この判示は納得のいくものである。裁判所が判示するとおり、技術思想としては両立するからである。



2024年1月10日水曜日

[裁判例]動機付けがないとして組合せを否定した例(令和4年(行ケ)第10112号)

 発明の名称を「有料自動機の制御システム」とする特許にかかる無効審判の審決取消訴訟である。有料自動機というのは具体的にコインランドリーのことであり、発明はその制御システムである。
 発明の課題は、多数の有料自動機が複数箇所に分散して設置されている場合であっても各設置場所を巡回することなく有料自動機の動作状態を容易に確認することが可能な有料自動機の制御システムを提供することであり、以下の構成を有する。少し長いが、全体を見てほしい。

【請求項1】
A 複数のランドリー装置の各々に対応して配置されるICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置と前記複数のランドリー装置の稼働状況に関する情報を集める管理サーバとからなるランドリー装置の制御システムであって、 
B 複数のランドリー装置の各々は、現金を投入する現金投入部、前記現金投入部への現金の投入を検知して現金投入の検知信号を出力する現金投入検知部、および、前記現金投入の検知信号の入力に応じてランドリー装置の動作を制御するランドリー装置制御部を有し、 
C 前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置は、前記ICカードリーダー/ライタ部が読み取った情報に基づき前記検知信号と同じ信号を前記ランドリー装置制御部に送出し、接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を生成し、かつ出力し、 
D 前記ランドリー装置制御部は、対応して配置されているICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置より出力された前記現金投入の検知信号と同じ信号の入力に応じて前記ランドリー装置を制御し、 
E 前記管理サーバは、前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置が出力した前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を用いて、前記複数のランドリー装置の各々が運転中か否かを示す運転情報を作成し、前記運転情報を前記管理サーバに電気通信回線を介して接続された表示装置を有する端末に提供することを特徴とするランドリー装置の制御システム。 

 基本的には、ランドリー装置の稼働状況を管理サーバに集め、通信回線を介して端末に運転情報を提供するということを規定している。発明の課題とどういう関係があるのかやや不明である(と感じるのは筆者だけか?末尾のコメントに続く。)が、ランドリー装置はICカードリーダー/ライタ部を備えている。
 ICカードリーダー/ライタ部はポイントカードへのリードライトを行う装置であり、現金が使われたときはポイントを貯め、ポイントが使われたときには、現金の場合と同様にランドリー装置を制御する(構成要件D)。

[引用発明と相違点]
 引用発明は、本件発明と同じくコインランドリー等で用いられる商品販売役務提供システムに関し、商品又は役務の提供を受ける顧客の利用状況に応じて、これらの提供対価を調整できるようにすると共に、商品販売及び役務提供に関する販売促進を支援できるようにした発明である。
 具体的には、カードリーダライタにパソコンが接続されており、カード毎に記録された使用日時、利用金額、利用時間幅が集計される。また、現金利用者の使用日時、利用金額の集計も行い、提供対価を増減するように調整することも行う。なお、引用発明は、複数の店舗のパソコンをつなぐ中央指揮パソコンを備え、任意のコインランドリー支援システムの稼働実績情報をほぼ瞬時に取得できる。



 本件発明と引用発明との相違点はいくつかあるが、裁判所が進歩性について判断したのは下記の相違点である。

(相違点1-3)
 本件発明1のカードRW通信装置は、ランドリー装置の情報として「接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報」を「生成」かつ「出力」するものであるのに対し、引用発明1のカードRW通信装置は、ランドリー装置の情報として「接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報」を「生成」して「出力」するものでない点。 

[裁判所の判断] 
 (2) 相違点1-3の容易想到性について 
 前記2(1)イのとおり、引用発明1の課題は、顧客の利用状況に応じて提供対価を調整できるようにすると共に、商品販売及び役務提供に関する販売促進を支援できるようにしたシステムを提供することであり、販売促進を図るための利用状況の集計データを得ることが目的であるといえ、「運転中であるか否かを示す情報」をカードリードライターからパソコンに出力することは、甲3(注:甲3は引用発明1の文献)に記載も示唆もされていない。 
 また、「運転中であるか否かを示す情報」は「顧客の利用状況に応じて提供対価を調整する」ことや「販売促進」と直接関係しない情報であるから、引用発明1において「運転中であるか否かを示す情報」を「カードリードライター」で生成しかつ出力する構成に変更する動機付けがあるとはいえない。 
 そうすると、甲3において相違点1-3に係る構成とすることを示唆する記載もなく、このような構成に変更する動機付けがあるとはいえない以上、甲20~24の技術を考慮したとしても、当業者において、相違点1-3に係る構成とすることが容易に想到し得たとはいえない。 
 したがって、引用発明1において相違点1-3に係る構成とすることは容易に想到し得たことではないとした本件審決の判断に誤りはない。 

 原告は、「(イ)過去の情報を取得することとそれに加えて現在の情報を取得することは全く矛盾しないから、引用発明1に甲20~24の技術を組み合わせることについて、甲3の記載に阻害されることはない」等と主張したが、裁判所は、次のように取り合わなかった。

 前記(2)のとおり、「運転中であるか否かを示す情報」を「カードリードライター」で生成し出力することと、販売促進を図るための利用状況の集計データを得ることとは直接関係するものではないから、上記(ア)~(エ)の点は、引用発明1において相違点1-3に係る構成に変更する動機付けがないとの判断を左右するものではない。原告の上記主張は採用できない。

[コメント]
 甲20~24も示されているが、直感的にも、コインランドリーの稼働状況を収集して公開するのは周知である。コインランドリーに行くなら空きがあるときにしたい。
 副引例に係る技術事項がいくら周知であっても、主引用発明の目的、課題に整合しない場合には、主引用発明との組み合わせが認められないことがある。いわゆる阻害事由、阻害要因がある場合である。
 しかし、本件は阻害要因のケースとは異なる。主引用発明と直接関係しないという理由で副引例の動機付けを否定し、進歩性を認めている。
 最初に書いたが、本件発明自体、動作状態を容易に確認するという課題を解決するための稼働状況を収集する構成に対してICカードリーダ/ライタ部の構成は関連性がよくわからないし、寄せ集め感がある。
 本件の判示によれば、寄せ集めの発明であればあるほど、例えばAという構成とBという構成とは直接関係するものではないという理由で、AとBの寄せ集めに進歩性が認められることになってしまわないだろうか。



2023年9月19日火曜日

[裁判例]引用発明の認定が、過度な上位概念化ではないとされた例(令和4年(行ケ)10118号)

 拒絶査定不服審判の審決取消訴訟である。本願発明は、スピーカを有するがテレビではない制御対象機器の状態(スピーカの音質又は音量)を制御するモバイル機器等の制御装置(タッチパネルディスプレイを有するもの)に関する。
 こうした制御装置においては、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態と制御対象機器の実際の状態とが一致している必要がある。制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でないにもかかわらずタッチパネルディスプレイにおけるタッチ操作がされた場合、これにより制御対象機器の状態を更新することはできないから、このような場合にタッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態が通常どおりに更新されてしまうと、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態(更新がされたもの)と制御対象機器の実際の状態(更新がされないもの)との間に齟齬が生じてしまうという課題が生じる。
 本願発明は、このような課題を解決するため、制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でない場合には、制御対象機器の状態に係るタッチパネルディスプレイ上の表示を更新できないとの構成を採用することとしたものである。

 本願発明の構成及び主引例(甲1発明)との相違点は以下のとおりである(下線部が甲1発明との相違点)。

[請求項2]
 タッチパネルディスプレイを有する制御装置であって、 
 前記制御装置とは異なる制御対象機器の状態を前記制御対象機器から取得する第1手段と、 
 前記取得した状態に基づいて、前記制御対象機器の状態を示す状態表示を、前記制御対象機器の状態に応じた表示態様で前記タッチパネルディスプレイに表示させる第2手段と、 
 前記状態表示の表示態様を更新するタッチ操作に応じて、更新後の前記状態表示の表示態様と前記制御対象機器の状態とが対応するよう、前記制御対象機器の状態を調整するための制御信号を生成する第3手段と、を備え、 
 前記制御対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく、 
 前記制御対象機器の状態は、前記スピーカの音質または音量であり、 
 前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない、制御装置。 

 審決は、相違点に関し、以下の甲4技術を適用することで進歩性がないと判断した。

(甲4技術)
 操作対象の高精細テレビ1との間で、信号の送受信を試みて、無線通信が可能な環境であるかどうかをチェックし、 無線通信が不能と判断されたときは、メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を操作部312で選択したとしてもその操作が無効になるよう構成する技術

 原告は、相違点の判断に関して様々な主張を行っているが、その一つが甲4技術の認定に対してである。
(原告の主張)
「甲4に記載された技術を甲1に記載された発明に適用できるか否かの判断に当たり、甲4に記載された技術における制御主体や制御対象機器が何であるかは重要な要素であるから、これらを捨象して上位概念化することは許されない。」

 これに対し、裁判所は以下のとおり判断した。
「イ 前記アのとおり、甲4に記載された具体的な技術(原告主張甲4技術)は、制御主体をデジタルカメラ3とし、操作場所を操作部312とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ1)とし、無効なものとされる操作の内容を「メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を選択した操作」とするものである。しかしながら、前記(1)のとおりの甲4の記載及び原告主張甲4技術の内容に照らすと、原告主張甲4技術を無線通信を利用した電子機器の制御に用いる場合、制御主体がデジタルカメラ3であること及び制御対象機器がテレビ(高精細テレビ1)であることに特段の技術的意義があるものとは認められず、甲4の記載によっても、制御主体をデジタルカメラ以外の機器とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ)以外の機器とした場合において、原告主張甲4技術に相当する技術が成り立たないものである、原告主張甲4技術はそのような機器について適用できないものである、原告主張甲4技術はそのような機器の場合を排除しているなどと認めることもできない。加えて、前記(2)ないし(4)のとおりの乙1ないし3の記載(特に、前記(2)エ、前記(3)ア及びイ、乙3の段落[0080]等)によると、無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術において、制御主体が具体的に何であるか(例えば、デジタルカメラであるか、リモートコントローラであるか、携帯通信端末であるかなど)及び制御対象機器が具体的に何であるか(例えば、テレビであるか、給湯器であるか、ボイラーであるか、空調装置であるか、照明であるか、冷蔵庫であるかなど)が特段の技術的意義を有するものとは認められず、・・・制御主体及び制御対象機器を特定の機器(それぞれデジタルカメラ3及び高精細テレビ1)に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定したとしても、そのことが不当な抽象化に当たるとか、過度な上位概念化に当たるとかいうことはできないというべきである(なお、付言すると、前記第2の2の特許請求の範囲の記載及び前記1(1)のとおりの本願明細書の記載も、制御対象機器がスピーカを有するがテレビではない機器であるか、テレビであるかなどによる技術的意義の相違がないことを前提としているものと解される。)。
 そして、制御主体及び制御対象機器が特定の機器に限定されないのであれば、操作場所及び無効なものとされる操作の内容についても、これらを具体的な操作場所及び操作の内容に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定することも当然に許されることになる。 
 以上によると、甲4に基づき、本件原出願日当時の公知技術として、本件審決が認定した本件技術(「無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能についての操作を無効なものとする操作制御技術」)が存在したものと認めるのが相当である。」


 このように、甲4の具体的な技術はデジタルカメラとテレビを対象とするものと認めながらも、電子機器の制御に用いる場合には、具体的な対象には特段の技術的意義がないとして、電子機器の操作制御技術を甲4技術として認定し、原告の請求を棄却した。この判断においては、乙1~乙3にリモコンにおいて通信ができないときに状態の不一致が生じるという課題が示されていたことが大きかったように思う。甲4だけだったとすると、甲4に記載された制御対象を捨象することは、やや違和感がある。
 なお、原告は、乙1~乙3は拒絶査定不服審判において審理されなかったから参酌することが相当ではないと主張したが、裁判所は、審決が認定した技術の意義に係る証拠として参酌することは当然に許されると述べた。

2023年9月15日金曜日

[裁判例]引用文献の課題に基づき阻害要因が認められた例(令和4年(行ケ)10100号)

  発明の名称を「塗装機器及び塗装方法」とする特許についての無効審判の審決取消訴訟である。請求項は訂正されているが、各請求項が共通して有する構成は以下のとおりである。判断のポイントとなったのは、「前記塗装剤ノズルの全てが前記車両部品に同一の塗装剤を塗布し得るように」という点である。

[各訂正請求項が共通して有する構成]
「 塗装剤を塗布する塗布機器を有し、塗料で車両部品を塗装する塗装機器であって、 
 前記塗布機器が、少なくとも1つの塗装剤ノズル(12; 14.1 ~14.4; 16.1~16.6; 20; 29; 36; 44; 45)から前記塗装剤を吐出するプリントヘッド(8、9)であり、 
 前記プリントヘッドが、ノズル列に配置された塗装剤ノズルを有し、それぞれのノズル列がいくつかの塗装剤ノズルを含み、 
 前記塗装剤ノズルの全てが前記車両部品に同一の塗装剤を塗布し得るように、さまざまな前記ノズル列の前記塗装剤ノズルが、塗布される前記塗装剤が供給される塗装剤供給ラインに一緒に接続され、 
 前記プリントヘッドが搭載される多軸ハンドを有する多軸ロボットによって前記プリントヘッドが位置決めされ、 
 前記プリントヘッドが、少なくとも1m2/分の面積塗装性能を発揮するように構成され(る、) 
ことを特徴とする塗装機器」 

 審決が認定した引用発明は、以下のとおりである。
[引用発明]
異なる色のインクジェットプリントヘッド14を備えた少なくとも1つの印刷ブロック18を備えるプリントアセンブリ13と、プリントアセンブリ13の位置決めを確実にし、水平(Tx)、垂直(Ty)、及び深さ(Tz)方向の並進を可能にする3並進自由度を有するキャリア15と、プリントアセンブリ13の向きを確実にし、2つの直交軸に沿ってその回転(Rx、Ry)を可能にする2自由度を有するリスト16とを備え、最大印刷速度は、180dpiの解像度で2.142m2/分であるトラック12の外面11上への3次元印刷に使用されるロボット10。 」

 本件特許と引用発明との相違点は、「塗装剤ノズル」に関して、同一の塗装剤を塗布するものか(本件特許)、異なる色であるか(引用発明)である。
 特許権者は、甲1明細書のクレーム17では色に関する具体的な言及はない等として、引用発明を「異なる色」に限定して認定する必要はないという取消事由を主張した。
 裁判所の判断は以下のとおりである。

(裁判所の判断)
「ア 甲1機器発明に係る審決の認定について 
 甲1の明細書の【0043】、【0068】、【0072】及び【0215】では、プリントアセンブリが、異なる色のインクを使用するいくつかのプリントヘッドを備えた少なくとも1つの印刷ブロックを備えることが開示されている。その上、甲1発明の課題は、本件審決が認定したとおり、「あらゆる画像複雑さにかかわらずあらゆる画像または写真を印刷することが可能なデジタル技術とを使用して」、「1600万色による180dpiの印刷品質で、表面上でのデジタル画像の3次元自動印刷を可能にする」ことであると認められるところ、この課題を解決するためには、「異なる色のインクジェットプリンタヘッド14」が必須である。 
 よって、審決が甲1機器発明について「(同一の色ではなく)異なる色のインクジェットプリントヘッド14を備えた少なくとも1つの印刷ブロック18を備えるプリントアセンブリ13と」と認定した点に誤りはない。 」

「上記(1)での認定説示を踏まえると、甲1発明において、相違点に係る本件発明の発明特定事項を採用することには阻害要因があるといえ、本件発明は、甲1発明又は他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法29条2項の要件を欠くものではない。」

 以上のように、甲1明細書の課題に基づき、「異なる色」であることが必須であるから、甲1発明は「異なる色のインクを使用するいくつかのプリントヘッド」という認定を行い、かつ、「異なる色」を「同一の色」に変更することについて阻害要因を認めた。
 主引例の課題に反し主引例が採用し得ない構成である、というのは阻害要因が認められる典型的なパターンである。

 個人的には、主引例の課題にフォーカスしすぎではないのかといつも思う。つまり、普通に考えれば、多色を用いていたところを単一色にすることは容易であろう。確かに、甲1明細書の文脈では「異なる色」を「同じ色」にしてしまっては意味がない。しかし、当業者って、甲1明細書だけを見ているのか? 甲1明細書しか見てはいけないのか?現実世界から乖離した論理の遊びみたいな感じがする。
 とはいえ、そういう実務なのだからそれに従っていくのが賢策である。(というか逆らってもしかたない。)

2023年4月6日木曜日

[裁判例]ガス系消火設備事件(知財高裁 令和4年(行ケ)10009号)

 ガス系消火設備に関する発明の異議申立事件の取消決定に対する取消訴訟である。
 ガス系消火設備では、建物内の部屋に複数の容器内の消火剤ガスを導入して消火を行う。複数の容器からいっぺんにガスを供給すると部屋の圧力が高くなりすぎるので、それを防止するために、排気ダクトを太くしなくてはならない(=ガスを逃がす)。発明のポイントは、部屋の圧力が高くなりすぎないようにし、ひいては配管を細くするために、複数の容器の容器弁の開弁時期をずらして消火剤ガスのピーク圧力が重ならないようにしたことである。

【請求項1】 (下線は補正箇所)
 建物内でのダクトおよび配管を細くすることで施工コストを低下させ、かつ、設計の自由度を高めたガス系消火設備であって、 
 消火剤ガスが貯蔵された複数の容器と、 
 複数の前記容器内の消火剤ガスを、電子機器が設けられており消火のために水を用いることができない、前記建物に設けられる部屋である防護区画へ導入する前記配管により構成される導入手段と、 
 消火剤ガスが導入される前記防護区画の側面を貫通するように前記側面に接続されて前記防護区画から消火剤ガスを排出するための、前記建物内で縦および/または横方向に延びるダクトと、 
 前記防護区画の避圧口で前記ダクトの端部に設けられたダンパとを備え、 
 前記ダンパが開閉することで前記ダクトと前記防護区画とが連通および遮断され、 
 複数の前記容器のうちの一つの容器と別の容器との容器弁の開弁時期をずらして、前記一つの容器と前記別の容器とから放出される消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止して前記防護区画へ消火剤ガスが導入され、 
 前記一つの容器の容器弁の第一の開弁タイミングと、前記別の容器の容器弁の第二の開弁タイミングであって前記第一の開弁タイミングとは異なり消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止する前記第二の開弁タイミングとを決定し、前記各容器弁に接続される制御部をさらに備える、ガス系消火設備。

 主引例である甲1発明は、「不活性ガス消火設備設計・工事基準書〔第2版〕」の記載で、容器弁の開弁時期や、窒素ガスのピーク圧力が重なること等の記載はないが基本的な構成は記載されていた(下図)。


 副引例は、火災危険抑制システム10の発明である。ガスシリンダー12aと12bとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16aと、ガスシリンダー12bと12cとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16bの開放時間をずらすことで、シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されることが記載されている。

 これらの証拠からすると甲1と甲2に基づいて本件特許が進歩性なしとした異議決定は妥当なように思える。しかし、裁判所は次のように判断した。

[裁判所の判断]
 甲2には、・・・火災危険抑制システム10において、・・・シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されること。」)が記載されていることが認められる。 
 しかるところ、甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、配管等の内部のあらかじめ決められた圧力により動作(破裂)し、一旦動作(破裂)した後は再閉鎖されない、使い捨ての部材(甲21ないし23)であり、弁が繰り返し開閉する「容器弁」とは、動作及び機能が異なるものである。 
 そして、前記(2)の甲2の記載事項によれば、甲2には、①甲2記載の火災危険抑制システムは、複数(第1及び第2)のガスシリンダー間にラプチャーディスクを取り付け、第1のガスシリンダー内のガスが保護された部屋(密閉された部屋)に放出されて第1のガスシリンダー内の残存ガスのレベルが低下すると、第1及び第2のガスシリンダー間の圧力差で、ラプチャーディスクが破裂して第2のガスシリンダー内のガスが保護された部屋に放出され、このように複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスが放出されることによって、保護された部屋の過圧を防止できること(前記(2)エ、キ)、②保護された部屋の大きさ、ガスシリンダーの容積、及びその他の要因によって、必要に応じてより多くのガスシリンダー及びラプチャーディスクを使用して、閉鎖された部屋(保護された部屋)を適切に保護することができること(前記(2)オ、カ)の開示があることが認められる。 
 一方で、甲2には、バルブ(図2記載の第1のバルブ30、第2のバルブ34、第3のバルブ38)の開閉によりガスシリンダーから配管へのガス流を制御することの記載はあるものの、ラプチャーディスクを使用することを前提とした記載であって、ラプチャーディスクを使用せずに、各バルブの開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについて記載や示唆はない。 
(ウ) 以上のとおり、甲1記載の「容器弁」付き窒素ガス貯蔵容器の「容器弁」と甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、動作及び機能が異なること、甲1及び2のいずれにおいても貯蔵容器の容器弁又はガスシリンダーのバルブの開閉時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することによって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについての記載や示唆はないことに照らすと、甲1及び2に接した当業者は、甲1発明において、保護区域又は保護された部屋の加圧を防止するために甲2記載のラプチャーディスクを適用することに思い至ることがあり得るとしても、ラプチャーディスクを用いることなく、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって加圧を防止することが実現できると容易に想到することができたものと認めることはできない。

(コメント)
 非常に微妙なケースのように思うが裁判所の判示を整理してみる。
 甲1の容器弁と甲2のラプチャーディスクとは動作及び機能が異なる。甲2がラプチャーディスクを設けている目的は、部屋の過圧を防止することであり、その点は本件特許とは同じであるが、甲1に過圧防止ということは記載されていないし、仮に、過圧を防止するにしてもラプチャーディスクを使うことになるから、本件特許の構成には想到しない。
 異議決定のロジックは、甲2に過圧防止という目的が書いてあるから、甲1で過圧を防止するために容器弁を制御することは容易であるというものである。これはこれで一理あるような気もするが、裁判所は、異議決定のロジックは誤りであると判断した。根底には、甲1と甲2を足したとしても、甲1+ラプチャーディスクの構成までで、容器弁を制御するという本件特許の構成には到達しないということがあるのだろう。





2023年3月7日火曜日

[裁判例]証拠の記載を上位概念化して認定することは許されないとした例(令和4年(行ケ)10012等)

 特許無効審判の審決に対する審決取消訴訟である。対象特許は、以前、個人発明家がアップルから損害賠償をとったことで話題になったクリックホイールの特許である。なお、特許の存続期間は切れており、すでに権利は消滅している。
 対象特許の請求項は次のとおりである。

【請求項1】
A 指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され、前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段と、 
B 接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段とを有し、 
C 前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡に沿って、前記プッシュスイッチ手段の接点が、前記連続して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されているとともに、前記接点のオンまたはオフの状態が、前記タッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されており、かつ、 
D 前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力よりも大きな接触圧力での押下により、前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオフが行われる 
E ことを特徴とする接触操作型入力装置。


 要するに、リング状のタッチ位置検知手段83があり、タッチ位置検知手段83の軌跡上で押下すると接点がオンになるプッシュスイッチ手段84(上図では4つ)があるというものである。
 
 主引例は3つあるが、ここでは甲1を取り上げる。
 甲1発明は、テープ駆動系に対する制御信号を発生すべく操作される制御手段に適用される、タッチパネルを利用した制御信号供給装置の発明である。従来は、検出領域が直線的に配列されたタッチパネルを備えていたが、これだと、タッチパネルの一端から他端への操作戻り時間がとられるという課題があったので、甲1発明は、円環状に配列された複数の接触操作検出区分を設けたタッチパネルを採用した。


 本件特許と甲1発明との相違点は、甲1発明がプッシュスイッチ手段を有していない点である。
 この相違点を埋めるべく、原告は、周知技術を示す多数の証拠を提出し、甲1発明と周知技術との組み合わせを主張した。

[裁判所の判断]
  以上によれば、甲4文献ないし甲9文献から、接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段(タッチパネル)の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造を、周知技術として認定することができる。 
 原告らは、前記第3の1⑴ア のとおり、甲4文献ないし甲9文献から認定される周知技術について、「接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出する」との認定は不要なものである旨主張するが、周知技術1が、接触点を一次元(甲8文献)又は二次元(甲4文献ないし甲7文献及び甲9文献)座標上の位置データとして検出するものであることは事実であり、この点をことさら認定からはずすべき理由はない(いずれにしても、この点は本件結論を左右しない。)。したがって、原告らの上記主張は採用できない。
・・・
  磁気テープの走行方向や走行速度を制御するための甲1発明のタッチパネルと、走行方向や走行速度という要素を含まない位置データを入力する装置に関する周知技術1とは、制御する対象が異なるし、たとえ両者がタッチパネルという共通の構成を有するとしても、磁気テープの制御信号供給装置である甲1発明において、位置データを入力する装置に関するものである周知技術1を適用することが容易であるとはいえない。 
  結局のところ、甲1発明に、周知技術1を適用できるとする原告らの主張は、実質的に異なる技術を上位概念化して適用しようとするものであり、相当でない。 

(コメント)
 原告の主張は、タッチ位置検知手段の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造は周知だから、甲1発明に組み合わせることは容易であるというものである。これに対し、裁判所は、周知技術のタッチ位置検知手段は、位置データを検出するタッチ位置検知手段であると認定した上で、位置データを検出するタッチ位置検知手段を甲1発明に適用することは容易ではないとした。上位概念化した技術は「実質的に異なる技術」であると言っているところは興味深い。
 証拠の記載からどの粒度で技術思想を抽出するかは評価という側面がある。許容される上位概念化もあるはずであり、どのような上位概念化が「実質的に異なる技術」なのかは、判断が非常に難しい。裁判所は括弧書きで「いずれにしても、この点は本件結論を左右しない。」とも述べるので、その判示を以下に抜粋する。下記の判断も手伝って、上のような認定をしたとも考えられる。

[裁判所の判断]
 仮に、周知技術1を、タッチパネルによる選択をプッシュスイッチで確定して何らかの入力情報を生成する技術であると上位概念化して理解したとしても、甲1発明は、プッシュスイッチに割り当てるべき機能(選択を確定する機能)をそもそも有さないし、甲1文献には、タッチパネルにより磁気テープの走行方向や走行速度を連続制御することは記載されているが、タッチパネルにより選択された走行方向や走行速度を確定する操作や、当該操作に対応するボタン等の構成は記載も示唆もないから、甲1発明に、周知技術1を適用する動機付けがない。 

(2023/3/15追記)
原告の主張に対して、裁判所は次のように判示している。
[裁判所の判断]
しかし、原告らの主張は、前記において説示した、甲1発明において選択を確定する機能がない点等を看過しているものであるし、周知技術1において、位置データを入力する機能はタッチパネルの形状や操作態様等には依存しないとしても、そのことが同周知技術におけるタッチパネルとプッシュスイッチの機能的又は作用的関連を否定する根拠とはならないし、機能的又は作用的関連が否定できない以上、周知技術1を甲1発明に適用することが単なる寄せ集め又は設計変更とはいえない。したがって、原告らの上記主張は採用できない。

 周知技術においてははタッチパネルとプッシュスイッチに機能的又は作用的関連があるため、これらを切り離して引用発明を認定してはいけないということである。
 

 

2023年1月30日月曜日

[裁判例]引用発明の本来的な要請に基づき組み合わせの容易性が認められた例(令和4年(行ケ)10039号)

 株式会社ぐるなびの拒絶査定不服審判の審決取消訴訟である。出願にかかる発明は、次のとおりである。ポイントとなる構成に下線を引いた。
【請求項1】
 一又は複数のプロセッサーが、 予約対象となる第1施設と一又は複数の予約内容とを含む初期予約条件の入力をユーザー端末から受け付け、 
 前記第1施設に対応する施設端末に前記予約内容を通知し、 
 前記施設端末からの返信を受け付けた場合に予約を成立させ又は返信内容を前記ユーザー端末に通知し、 
 前記予約内容が前記施設端末に通知された後、前記施設端末からの返信を有効に受け付ける期間として予め設定された待機期間内に前記施設端末からの返信がない場合に、前記施設端末からの返信受付を終了して、前記初期予約条件に基づいて前記第1施設を除く一又は複数の第2施設を抽出し、 
 前記抽出された一又は複数の前記第2施設の情報を前記ユーザー端末に通知する、 予約支援方法。


 ユーザが予約対象としている第1施設の施設端末から待期期間内に返信がない場合に、初期予約条件に基づいて複数の第2施設を抽出し提案する(図7)というシステムである。これにより、施設側は、早期に返信をしないとスキップされてしまうことから、対象特許が目的としている「施設側の早期の返信を促す」ことを実現する。

 主引例は、同じく施設の予約システムであるが、希望する施設の予約がNGであった場合に自動的に別候補の検索を行い、別候補を提供する発明であった。
 本願発明と主引例との違いは、本願発明では第2の候補の抽出を第1施設からの返信がない場合に行うのに対し、主引例では予約登録結果がNGだった場合に行う点である。
 副引例は、ホテルの仮予約に関する発明で、仮予約センタ端末が複数のホテル端末に対して順次、空き問い合わせを行い、宿泊が可なら仮予約を行うというものである。この発明では、空き問い合わせに対する宿泊可否の通知を一定時間経過しても行わなかった場合、ホテル端末に対してキャンセルの通知を行い、次のホテルに空き問い合わせを行う。これは相違点に係る構成である。
 
 本裁判の論点は、主引例と副引例とを組み合わせることが容易かどうかである。裁判所は次のように判断した。
(裁判所の判断)
「イ ところで、施設の予約は、利用日又は利用日時を指定して行うものであり、予定される利用日又は利用日時よりも前に予約を完了するという本来的な要請がある。そして、引用発明は、ある特定の施設の予約を目的とするものではなく、利用者の希望する条件に合致した複数の施設を対象とし、一つの施設の予約ができなかった場合に、別の施設の予約をすることが可能であるような施設予約システムにおける予約方法であるところ、・・・宿泊施設の予約担当者による判断の時期によっては、相当程度に遅くなる場合も想定され、その間に、当初の検索条件に合致する別候補の施設の予約枠が埋まってしまうこともある。 
 そうすると、引用発明には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができないおそれがあるといえる。 
ウ 次に、前記2(2)イの引用文献2記載技術をみると、・・・甲2には、施設端末が、一定時間を経過しても予約可否の回答をしなかった場合には、キャンセルとして扱い(以下「タイムアウト処理」という。)、次の施設に問い合わせるという技術が開示されているといえる。そして、予定される利用日又は利用時間よりも前に、タイムアウト処理をして、次の施設に問合せをすることで、最初に問合せをした施設からの回答を待っていたために、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができなくなるという事態を回避するのに、一定の効果があると認められる。 
エ ところで、引用発明と引用文献2記載技術とは、複数の施設を対象とした施設予約システムにおける施設予約方法という共通の技術分野に属するものであって、第1施設に対して予約可否の問合せを行い、第1施設から予約不可の返信を受けた場合には第1施設に類似する他の施設を抽出するという手法も共通するところ、前記イのとおり、引用発明において、第1施設から予約可否の返信が長時間送信されない場合には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができないおそれがあるところ、上記本来的な要請を満たすために、第1施設からの予約可否の返信を長時間待ち続けるという事態を回避しようとすることは、当業者であれば当然に着想するものと認められるから、引用発明に引用文献2記載技術のタイムアウト処理を適用する動機付けがあるといえる。 」

(コメント)
 動機付けありとした判断のポイントは、施設予約には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請があるところ、引用文献1では本来的な要請を満たすことができないおそれがあり、引用文献2ではそのおそれを回避する効果があるというものである。
 このロジックによれば、副引例が奏する効果、または解決する課題等が、本来的な要請に基づくもの(あるいは普遍的な課題を解決するもの等)と言ってしまえば、常に副引例を組み合わせる動機付けがあることになってしまう。判断が恣意的にならないようにするために、判断者は、本来的な要請があることを丁寧に示す必要がある。また、無効を主張する立場としては、当然そうした要請を示す必要があるであろう。







 

2023年1月20日金曜日

[裁判例]携帯情報通信装置事件(令和3年(行ケ)10139号)

 携帯端末に表示しきれない高解像度の画像を受信したときに外部の表示装置に表示させる携帯情報通信装置の発明についての無効審判の審決取消訴訟である。



 特許請求の範囲の記載はとても長いが、ポイントとなるのは次の構成要件である。下線及び①②は筆者が追加。

G’ 前記無線通信手段が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信してデジタル信号に変換の上、前記中央演算回路に送信し、前記中央演算回路が該デジタル信号を受信して、該デジタル信号が伝達する画像データを処理し、前記グラフィックコントローラが、該中央演算回路の処理結果に基づき、前記単一のVRAMに対してビットマップデータの書き込み/読み出しを行い、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記ディスプレイ制御手段又は前記インターフェース手段に送信して、前記ディスプレイ手段又は前記外部ディスプレイ手段に画像を表示する機能(以下、「高解像度画像受信・処理・表示機能」と略記する)を有する、 携帯情報通信装置において、 
H’ 前記グラフィックコントローラは、前記携帯情報通信装置が前記高解像度画像受信・処理・表示機能を実現する場合に、①前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度と同じ解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記ディスプレイ制御手段に送信する機能と、②前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記インターフェース手段に送信する機能と、を実現し、

 G´で言っているのは、無線通信手段によって高解像度画像を受信し、処理し、表示する一連の機能があるということであり、H’で言っているのは、その一連の処理において、①携帯端末の備え付けのディスプレイパネルと同じ解像度の画像を読み出して表示する機能、②ディスプレイより高解像度の画像を読み出して外部ディスプレイ手段に表示させるためにインターフェース手段に送信する機能、の2つがあるということである。

 さて、主引例となった甲1発明は以下のとおりである。

(甲1発明)
「甲1発明は、内部表示装置における内部表示用の表示データを格納するための領域と、内部表示装置よりも高解像度の外部表示装置における外部表示用の表示データを格納するための領域を表示メモリに確保し、内部表示用の表示データを選択的に外部表示用の領域に格納することで、解像度の違いによる外部表示装置における表示領域を有効に利用することが可能となるという効果を奏する(【0104】)」



(周知技術)
「携帯電話機において、携帯電話機のディスプレイによりそのままでは表示できないデータを外部の表示装置に表示する技術は、周知技術であるといえる。」

(裁判所の判断)
「ア 甲1文献には、「データ」や「プログラム」の受信に際して無線を利用することについては、そもそも一切記載はない。もっとも、甲1文献の【0103】の「本装置を実現するコンピュータは、記録媒体に記録されたプログラムを読み込み、または通信媒体を介してプログラムを受信し、このプログラムによって動作が制御されることにより、上述した処理を実行する。」との記載に照らせば、無線を含む通信媒体を「プログラム」を「受信」するために利用することは示唆されているといえる。また、甲1文献の【0083】では、表示内容を上位のアプリケーションが処理することも記載されているから、甲1発明において、「無線通信手段」を設け、「無線通信手段」で受信した「画像データ」を処理して画像を表示するように構成することまでは、当業者が容易に想到し得たことということも可能と考えられる。 
 しかし、甲1文献には、表示装置の解像度に関する記載はあっても、プログラムやデータに関する解像度の記載はなく、無線通信手段が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信して、この「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」についてディスプレイ制御手段やインターフェース手段に送信するデジタル表示信号を生成する具体的な構成については、何らの開示や示唆もない。そうすると、結局、当業者が相違点4に係る構成を容易に想到することができたとはいえないというべきである。」

「しかし、前示のとおり、甲1文献には、「データ」や「プログラム」の受信に際して無線を利用することについて一切記載はないものの、この点については想到可能であるとしても、表示装置の解像度に関する記載はあっても、プログラムやデータの解像度に関する記載は一切なく、甲1発明の「画像データ」が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」であることについて、何らの開示や示唆もない。 
 また、前記認定の周知技術も、携帯電話機において、携帯電話機のディスプレイによりそのままでは表示できないデータを外部の表示装置に表示する技術を開示するのにとどまり、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信するとの点や、グラフィックコントローラは、携帯情報通信装置が前記高解像度画像受信・処理・表示機能を実現する場合に、「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記インターフ
ェース手段に送信する機能を実現するとの点まで具体的に示唆するものではないから、前記 認定の周知技術を加味しても、当業者が相違点4に係る構成を容易に想到できたとはいえないし、この点に係る構成が単なる設計事項であるということもできない。」

(コメント)
 甲1発明は、構成要件H’の①②を備えている。足りないのは、①②の処理が「前記高解像度画像受信・処理・表示機能(構成要件G)を実現する場合」の機能である点である。もう少し細かくいうと、甲1発明も画像の処理と表示はしているから、足りないのは、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信」する点である。
 携帯電話機の中に、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」が入ってくる経路として、無線通信手段を介して入ってくることも当然あり得る話だと思うが、そのことを開示した文献が示されなかったため、進歩性が認められたと考えられる。

2022年12月29日木曜日

[裁判例]システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 株式会社REVO等が保有する特許に対して、SELF株式会社が起こした無効審判の審決取消訴訟である。並行して、株式会社REVO等がSELF株式会社を特許侵害で訴えており(令和4年(ネ)10008号)、その件も同じ裁判体によって判断され、同日に判決が言い渡されている。

 対象の特許は、健康管理を想定した情報提供装置の発明であり、一度に多くの個人情報を入力させるのはユーザにとって負担が大きいので、最初に個人情報の入力を受け付けた後は、折に触れてユーザに質問して、負担のない態様で個人情報の入力をさせることをポイントとする発明である。
【請求項1】
1A ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段と, 
1B 前記第1受付手段によって受け付けていない個人情報に対応する属性の質問を行う質問手段と, 
1C 前記質問手段による質問に対する返答である個人情報を受け付ける第2受 付手段と, 
1D 前記第1及び第2受付手段によって受け付けられた個人情報と当該個人情報に対応する属性とが紐付けた状態で格納される格納媒体と, 
1E 前記第1又は第2受付手段によって受け付けられた個人情報に基づいて前記ユーザに対して提案を行う提案手段と,を備え, 
1F 前記提案手段は,前記個人情報に基づいてウェブサイトから前記ユーザに対して提案すべき情報を取得する手段と, 
1G 前記個人情報に基づいてユーザに注意を促す手段と,を有する 
1H 情報提供装置。

 引用発明は、ユーザの意欲を喚起する学習・生活支援システムであり、対象特許と同様に、段階的な個人情報の入力を受け付ける構成を有するものである(請求人はそのように主張している)。
 審決では、3つの相違点を認定しており、裁判所はそのうちの相違点3について相違があり、かつ、容易想到でもないと判断した。その相違点というのは、次である。

・相違点3
 情報提供システムが、本件発明1は「情報提供装置」であるのに対し、甲1発明は、ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2とユーザ端末3とを備える「学習・生活支援システム1」である点。 

[裁判所の判断]
 裁判所は、本件発明は装置であるのに対し、甲1発明はシステムであるとして、新規性を認めた上、進歩性について次のように判断した。

「イ 前記アの記載事項によれば、前記アの刊行物には、①スマートフォンを利用した店舗検索システムにおいて、その処理の一部をスマートフォンで行う場合と、Webサーバで行う場合があること(前記ア(ア))、②クラウドサービスでは、利用者は、最低限の環境、すなわち、携帯情報端末等のクライアント、その上で働くWebブラウザ等を用意すればサービスを利用できること(同(イ))、③場所に関する表現を含むコンテンツにおいて、表現された箇所を見つけ出すことを可能とする情報提供システムの発明において、そのシステムの構成要素が閲覧端末に搭載されるものが実施例の一つとして開示されていること(同(ウ))が認められる。 
 しかしながら、上記①ないし③から、一般的に、情報提供サービスを行う場合において、当該サービスを提供するために必要となる処理をサーバを含むシステム全体で行うことと、当該処理をユーザ端末のみで行うことが、提供するサービスの内容いかんにかかわらず適宜選択可能な事項であるとはいえない。そして、当業者が、ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2と、複数の受講生・生徒が使用するユーザ端末3とを備え、受講生・生徒同士がコミュニケーションをとることのできる甲1発明の「学習・生活支援システム1」において、当該システムで必要となる処理の全てを単独のユーザ端末3で行うようにすることについては、その必要性、合理性が認められない。 
 よって、甲1発明の「学習・生活支援システム1」を単独の情報提供装置に変更することが設計的事項の範疇にあるということはできない。 
 ウ この点に関し、原告は、甲1の学習・生活支援サーバ2に実装された記憶部をユーザ端末3に配置変更することは、甲1の【0022】に記載されているから、甲1に接した当業者であれば、ユーザ端末3の制御部が、当該記憶部から個人情報を読み出し、ユーザ端末3の制御部によってユーザに対する提案が実現されるように設計変更することは容易である旨主張する。 
 しかし、甲1の【0022】には、学習・生活支援サーバ2が備える記憶部に記憶されるようにされている各種情報をユーザ端末3に記憶するようにしてもよいとの記載があるにすぎず、学習・生活支援サーバ2が備える他の機能をユーザ端末3に備えることについての記載や示唆はない。
 したがって、甲1に接した当業者が、甲1発明の「学習・生活支援システム1」の構成全体を単独の情報提供装置に変更することの動機付けは認められないから、相違点3に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。 
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。 

(コメント)
 装置とシステムとで構成上の違いがあるから新規性あり、というところまでよいとして、システムで構成している甲1発明を装置に変更するのが容易でないという判断には驚いた。甲1発明が学習・生活支援システムであるという点を考慮して、単独の装置では、実現不可能ということを考慮したと思われる。確かに、甲1発明を出発点とすれば、システムを装置に変えるのは困難ということは言えるかもしれないが、たまたま選んできた引例がそういう前提だったというだけで、発明のポイントは開示されているのではないか。特許のための議論という感じは否めないが、こういう議論が通用する可能性があることは留意しておいた方がよいと思う。

 さて、本件に関してさらに驚いたのは、同日に出された侵害訴訟の判決では、本件発明は、甲1発明を理由に、新規性なしと判断されたことである。(いや、これは自分が何かを見落としているのかもしれない。) 下記の判決文における乙8が上で述べた甲1発明である。

[裁判所の判断](侵害訴訟)
「(ウ) 構成要件1Hについて 
乙8発明1の学習・生活支援サーバ2は、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」に相当するものである。 
 b これに対し、控訴人らは、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」は、「ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段と、」という構成要件1Aを含む各手段等を備えるものであり、本件明細書の【0029】の記載から、構成要件1Aの「第1受付手段」は、「タッチパネル114」と「制御部101」と「記憶部102」とが協働して実現することができるものと解釈すべきであるところ、乙8発明1の構成1hの「学習・生活支援サーバ」は、「タッチパネル114」のようなユーザインタフェースを有していないから、本件発明1の構成要件1Hの「情報提供装置」と、乙8発明1の構成1hの「学習・生活支援サーバ」は、ユーザインタフェースの有無という点で相違すると主張する。 
 しかるところ、本件発明1の構成要件Hの「情報提供装置」は、構成要件1Aの「第1受付手段」を備えるものであるが、前記(ア)bのとおり、本件特許の特許請求の範囲(請求項1)には、本件発明1の「ユーザから取得したい個人情報のうち幾つかを予め受け付ける第1受付手段」を「タッチパネル」のようなユーザインタフェースを有するものに限定する記載はないから、控訴人らの上記主張は、その前提において採用することができない。 
 したがって、控訴人らの上記主張は、理由がない。 
ウ まとめ 
 以上によれば、乙8発明1は、本件発明1の構成要件1Aないし1Hの構成を全て有するから、本件発明1は、乙8発明1と同一の発明であるものと認められる。 
 したがって、本件発明1に係る本件特許には、新規性欠如の無効理由(特許法29条1項3号、123条1項2号)がある。 」

(コメント)
 こちらでは、進歩性欠如ではなく、新規性欠如である。装置とシステムは実質的に違いはないと。

2022年8月19日金曜日

[裁判例]マッサージ関連サービスを提供するシステム(知財高裁令和4年6月28日)

  無効審決(請求棄却)に対する審決取消訴訟である。発明は、マッサージチェアの制御に関し、マッサージチェアを制御するプログラムをダウンロードするとともに、リモートコントローラから制御を行わせる発明である。


【請求項1】(下線は、相違点を示すために引いた)
 マッサージ装置であって、 
 マッサージ部と、 
 リモートコントローラと、 
 前記マッサージ部の運動を駆動するように機能する駆動部と、 
 前記駆動部と接続された、縮小命令セットコンピュータであるマイクロコトローラとを備え、前記マイクロコントローラは、
 外部装置と接続し、 
 前記マイクロコントローラによって実行可能なマッサージプログラムのプログラムコードと、前記マッサージプログラムと関連付けられたアイコンのグラフィカルコンテンツとを、暗号化された形式で前記外部装置から受信して前記マッサージプログラムをメモリに保存し、
 前記外部装置から受信した前記マッサージプログラムと前記アイコンの前記グラフィカルコンテンツとを復号し、 
 前記アイコンを前記リモートコントローラに保存させ、一連のマッサージ動作を身体に施すために前記マッサージ部を介して前記復号されたマッサージプログラムを実行するように構成される、マッサージ装置。 

 審決の相違点の認定について争いはない。
 相違点1は、本件発明では、暗号化された形式で受信したマッサージプログラム及びアイコングラフィカルコンテンツを、復号してリモートコントローラに保存している点、
 相違点2は、マイクロコントローラが縮小命令セットコンピュータである点である。 
 
[裁判所の判断]
(相違点1について)
「d そして、本件発明1において、「アイコンをリモートコントローラに保存させること」が特定されているが、アイコンはプログラム選択という操作に利用されるものであり、甲1発明1においては、操作手段としてリモートコントローラを有しているのであるから、アイコンによって選択されることが予定されているプログラムをダウンロードした後、そのプログラムがアイコンによって選択できるように対処すべきことは、当業者が当然考慮すべき普遍的な課題であるところ、その普遍的課題に照らして、甲1発明1に操作手段として備わっているリモートコントローラにアイコンを保存させることは、当然に考慮する設計的事項にすぎず、しかも、ダウンロードしたアイコンをリモートコントローラに保存することも周知の技術である(甲2、甲3)から、当業者であれば、「アイコンをリモートコントローラに保存させること」は、容易に想到し得たものと認められる。 」

※ここでは割愛したが、プログラムやアイコンを暗号化して通信することは周知技術であると判断されている。

(相違点2について)
「・・・このように、本件特許の出願時において、プロセッサアーキテクチャとしてはRISC(縮小命令セットコンピュータ)が主流となっており、また、マッサージ装置の技術分野においてRISCを用いることも周知技術であったから、甲1発明1において、治療プログラムを実行する主データ処理装置200(マイクロコントローラ)としてRISCを採用し、相違点2に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たものであり、そのことにより、格別な効果を奏するものでもないと認められる。」

 以上のように、裁判所の判断は至極当然のように思われる。ではなぜ、審決は、同じ証拠をみて、進歩性ありと判断したのか。
 審決は、甲2,甲3に記載されているのは、「駆動部に接続されたマイクロコンピュータ」ではないので、本件発明に係る構成が開示されていないと判断した。

「したがって、甲2に記載のシステムにおいて、制御端末110が被制御端末の操作実行ファイル及びその操作に対応するアイコンを受信し、リモコン端末140に対して上記アイコンなどの識別子を送信しているとしても、上記相違点1における「駆動部に接続されたマイクロコントローラによる処理」に関するものではなく、上記相違点1における本件発明1に係る構成を開示するものとはならない。(本件審決84頁)」

 この点に関し、裁判所は次のように、引用文献を限定的に解釈すべきでないと判示した。
「本件審決は、甲2において、制御端末110から複数の家電機器に対する制御命令は、家電機器の制御部に対して実行されるものであるから、制御端末110は家電機器の駆動部に接続して制御する装置ではなく、また、甲3において、AV用集中制御装置(12)から複数のAV用機器(14)に対する制御命令は、家電機器の制御部に対して実行されるものであるから、AV用集中制御装置(12)はAV用機器の駆動部に接続して制御する装置ではないので、いずれも、本件発明1の「駆動部に接続されたマイクロコントローラ」に相当するものではないと解釈した。しかし、甲2及び甲3に記載された技術的事項は、前記⑶ア(イ)、イ(イ)のとおり認定されるものであって、本件審決のように、制御端末110が家電機器の駆動部に接続して制御する装置ではないこと、AV用集中制御装置(12)がAV用機器の駆動部に接続して制御する装置ではないことと限定的に解釈すべき根拠はなく、本件審決による甲2及び甲3の記載事項から把握される技術の認定には誤りがある。 
 したがって、被告の上記主張は採用することはできない。」

[コメント]
 引用文献からどういう発明を抽出するかは、しばしば問題となる。事案によっては、認定すべき発明を細分化しすぎ(いいとこどり)であると言われる。
 本件の場合は、甲2,甲3は周知技術として認定されているものの、普遍的課題に照らして当然に考慮する設計事項にすぎない、との判断が先にあるので、その時点で、進歩性なしという事案であったと思われる。










2022年1月27日木曜日

[裁判例]安否確認システム(知財高裁令和4年1月11日)

 「安否確認システム」という発明の拒絶審決に対する審決取消訴訟である。
出願に係る発明は、人間が生活するうえにおいて必須である「照明」の点灯/消灯によって見守り対象者の行動を把握するというものであり、次の構成を有している。

【請求項1】 
 クラウド環境下における安否確認システムであって, 
 クラウドを構成するサーバと, 
 設置された施設及び前記施設内での設置箇所に係るID番号が予め前記サーバに登録され,点灯又は消灯する照明装置と,受信機と,を備え, 
 前記受信機は,前記サーバが送信する管理画面情報を受信し,安否通知ルールの設定,変更及び追加する画面を表示し, 
 前記サーバは,前記安否通知ルールの設定,変更及び追加の情報を登録し,
 前記照明装置は,点灯又は消灯に応じて前記ID番号が重畳された電波を 発信する発信装置を備え, 
 前記発信装置は,交換可能であり,
 前記サーバが,前記発信装置が発信する前記電波に重畳された前記ID番号に基づき,前記受信機の画面を介して登録された前記安否通知ルールに応 じて,前記照明装置の点灯又は消灯に係る情報を見守り対象者の安否情報として見守り者の外部端末に通報することを特徴とする安否確認システム。

 これに対し、引用発明は、電源タップ4は,1対1の関係で接続されている電気機器(これには照明器具も含まれる)の稼働状態を判定し,電源タップを一意に識別する検出部IDをつけて無線送信することで、遠隔監視装置で機器の稼働状況を表示させる。これにより、機器稼動状況に基づいて住宅に訪ねていくべき異常や変化があるかを認識できるというものである。

 裁判所は、次のように、本件発明と引用発明との一致点の認定に誤りがあると判断し、審決を取り消した。

「そうすると,本願発明において「安否確認」という所期の作用効果を奏するためには,照明装置から発信される「ID番号」と,クラウドサーバに登録された「ID番号」とが,いずれも,照明装置の「設置箇所」を特定し得るID番号でなければならないし,また,照明装置から発信される「ID番号」と,クラウドサーバに登録される「ID番号」とは,これらを相互に対照することによって,どの「設置箇所」において異常が生じているかを検知可能にするものでなければならないと解される。 」

「引用発明の「検出部ID」は,住居内で「電源タップ4」を一意に識別する符号であるものの,引用文献1には,前記「検出部ID」が「電源タップ 4」の設置箇所を表す情報と関連するものであることは一切記載されていな い。また,電源タップの一般的な使用形態を参酌すると,電源タップを住居内のどこに設置してどのような電気機器に接続するかは,当該電源タップを利用する者が任意に決められるものと解される。 
・・・すなわち,「電源タップ4」の「検出部ID」から住居内の設置箇所を識別するためには,「検出部ID」と当該「電源タップ4」の住居内での設置 箇所とを対応付けた何らかの付加的情報が必要である。「電源タップ4」の 「検出部ID」という,電源タップを一意に識別する符号から,当該「電源 タップ4」の設置箇所を識別することができる,と認めることはできない。



2021年8月10日火曜日

[裁判例]デジタル・アート配信制御方法事件(知財高裁令和3年7月29日)

 「インターネットを介したデジタル・アート配信および鑑賞の制御ならびに画像形成のためのシステムおよび方法」という発明の特許出願の拒絶審決に対する審決取消訴訟である。
 発明は、ディスプレイ装置にデジタル・コンテンツを記憶させる方法であって、サービス管理システムを有するサービス・クラウドが記憶・管理しているデジタル・コンテンツ・アイテムをディスプレイ装置に供給するものであり、このサービスにまつわる種々の機能が請求項に盛り込まれている。
 本件発明と引用発明の相違点は4つあるが、判断の誤りが指摘された相違点は次の2つである。

(相違点1) 本願発明8は「前記供給エンジンにより供給を受けた,前記1つまたは複数のデ ィスプレイ装置の動作状態および性能レベルを反映したデータを,前記サービス・ クラウドのサービス管理システムにより収集する」構成(構成H)を有するのに対して,引用発明はそのような構成を有しない点。
(相違点2) 本願発明8は「認証されたデジタル・コンテンツ・アイテムを,前記サービス・ クラウドの外部の創作地点から,インターネットを介して,前記1つまたは複数のディスプレイ装置へと,前記サービス・クラウドの外部コンテンツ・ゲートウェイにより転送する」構成(構成J)を有するのに対して,引用発明はそのような構成を有しない点。

 裁判所は、上記相違点について次のように判断した。
(2) 相違点1に係る容易想到性の判断の誤りについて 
 甲2の記載(・・略・・)からすると,甲2技術は,ファイルの効率的な配信のための技術であって,そこで取得される品質情報は,クライアント計算機の性能や動作状態,あるいは回線状態などに関するものと認められる。したがって,甲2技術における「受信品質の指標・・・および受信性能の指標を含む品質情報」に,ディスプレイ装置の品質等の情報が含まれているとまでは認められず,その点に係る技術常識等を認めるべき他の証拠もない。

(3) 相違点2に係る容易想到性の判断の誤りについて
 甲3技術がピアツーピアシステムに係るものである(構成i)の に対し,引用発明は,コンテンツの取込み,自動パブリッシング,配信及び格納並びに収益化等の複合的なタスクが実行可能であるもので,それ自体が主体的にコン テンツの取込みや配信等を行う方法であるものと解されるから,甲3技術と引用発明とは,少なからず技術分野を異にするものというべきである。この点,「送信クライアント,受信クライアント及びサーバとの間でデータ送受信を行う方法」という 広い技術分野に属することから直ちに,それらの関係性等を一切考慮することなく, 引用発明に甲3技術を適用することを容易に想到することができるものとは認め難い。 
 そして,甲3に,他に,甲3技術を引用発明に適用する動機付けや示唆となる記載があるとも認め難い。

 相違点1については甲2の認定誤りを指摘している。要するに、甲2に「品質情報」という記載があるが、中身は本件発明とは異なるから、引用発明と甲2を組み合わせても本願発明に想到しないということである。
 相違点2については、動機付けの判断の誤りを指摘している。ASPが運営する引用発明とピアツーピアでは技術分野が異なるから、それらを考慮せずに組み合わせることは誤りである。

令和2年(行ケ)第10134号

2021年6月16日水曜日

[裁判例]引例の構成を分離して対比することは許されないとした例(令和2年(行ケ)10102等)

 ユニクロのセルフレジの関係で、アスタリスクが持つ特許の有効性が争われた審決取消訴訟である。アスタリスクは審決で無効と判断された請求項1,2,4について、ユニクロは審決で有効と判断された請求項3について、審決の取消を求めていた。

(対象特許の請求項1)
 物品に付されたRFタグから情報を読み取る据置式の読取装置であって, 
 前記RFタグと交信するための電波を放射するアンテナと, 
 上向きに開口した筺体内に設けられ,前記アンテナを収容し,前記物品を囲み,該物品よりも広い開口が上向きに形成されたシールド部と, 
を備え, 
 前記筺体および前記シールド部が上向きに開口した状態で,前記RFタグから情報を読み取ることを特徴とする読取装置。 


 請求項1の構成はシンプルで、上向きに開口したシールド部を備えた構成により、商品の出し入れが簡単で、かつ、周囲にある他の装置への電波の影響を小さくした、というものである。

(甲1発明)
 下記のような、読取り/書込みモジュール200を備えた会計端末100である。
 

 審決は、右図の読取り/書込みモジュール200を請求項1と対比し、実質的な相違点がないか、あったとしても当業者が容易に想到し得ると判断した。
 
(裁判所の判断)
 ・・・当業者は,甲1発明においては,「読取り/書込みデバイス102」の「防壁」が外部への電波の漏えい又は干渉を防止するものであると理解すると認められる。 
 (ウ) 「吸収性発泡体214」の外側に設けられる「外壁212」の材質について,甲1では特定されていないが,上記(ア),(イ)で述べたところに,金属の「側壁」,その外側の「吸収性発泡体」の更にその外側(外壁212の位置)に金属が設けられると,金属である「側壁」と,「外壁」が電波反射板となり,電波を反射するため,その間に「吸収性発泡体」を設ける意味が失われることを考え併せると,当業者は,甲1発明において,「外壁212」を金属で作る必要はないと理解すると認められる。 
 (エ) そうすると,甲1発明の「読取り/書込みモジュール200」は,「防壁」が存在しない状態で単独に用いられること,すなわち,「読取り/書込みモジュール200」だけで電波の漏えい又は干渉を防止することは想定されていないものと認められるところ,外部への電波の漏えい又は干渉を防止する機能は,本件発明と対比されるべき「読取装置」には欠かせないものであるから,甲1発明の「読取り/書込みモジュール200」が単体で,本件発明と対比されるべき「読取装置」であると認めることはできない。 

 以上のように、裁判所は、甲1号証の図2の読取り/書込みモジュールを単体の構成として分離して、対象特許の読取装置と対比することは認めないとした。図1の会計端末と比較した場合には、開口は上向きではなく前向きであるから、この点で両者は相違する。このことから、請求項1に係る発明は、甲1発明に基づいて容易に想到し得たものではないと判断した。
 なお、読取り/書込みモジュールがシールド部を備えていれば、構成としては、請求項1に係る発明と同じになると思われる。しかし、この点については、上記引用の(ウ)の部分で、外壁212を金属で作る必要はない、と判断している。

 個人的な印象としては、本件特許と甲1発明は、レジに使われるという用途も同じだし、開口の中にRFタグのついた商品を入れて使うという構成も同じで、有力な無効資料と思った。装置本体とモジュールの違いに起因する相違点をうまくつかれたような格好だが、請求人にとってやや厳しいのでは?という気はした。


2021年4月8日木曜日

[裁判例]撮像装置事件(令和3年3月30日)

 本件は、異議申立の取消決定に対する審決取消訴訟である。対象となる特許は、ロール方向の傾きを表示する撮像装置の発明である。


 図に示すようにロール角を示すゲージを表示することで、撮像装置の傾きを正確に把握でき、操作性を向上させることができる。
 これに対し、取消決定の理由となった証拠(甲1)は、電子的に撮影した画像の天地方向が統一されていると画像の管理に便利であるということを背景とし、水平に置かれた撮像対象の天地方向を正確に算出する画像撮像装置の発明である。
 甲1に記載された発明では、画像撮像装置の傾斜角度を測定する傾斜度測定手段を備えている。下の図では、平面に沿ったD301,D303方向の重力加速度センサを備え、当該センサで測定した重力加速度の重力gに対する割合から、平面の傾斜度を求める。


 上記と直交する方向の重力加速度を検出する別の重力加速度センサを備え、2つの重力加速度センサの測定結果から、次のように撮像装置の天地方向を求める。(なお、撮像装置の天地方向を求めるのは、対象物を撮像する準備である。)
【0087】
  天地方向データDT40は、画像撮像装置1000の天地方向を示すデータである。天地方向算出手段222は、第1軸と水平面とが成す第1傾斜度が所定の閾値(たとえば、10度)以上であれば、第1軸の方向が天地方向と判断する。また、天地方向算出手段222は、第2軸と水平面とが成す第2傾斜度が所定の閾値以上であれば、第2軸の方向が天地方向と判断する。
 
 取消決定では、甲1のこの構成が、「ロール方向の傾きとピッチ方向の傾きを検出する傾き検出部と,」(構成要件1C)に該当すると判断されたが、裁判所は、この判断は誤りであるとした。

(裁判所の判断)
「・・・甲1で測定される第1傾斜度及び第2傾斜度は,光軸が水平面と平行である場合を除き,撮像装置を光軸まわりに回転させる方向の傾きの角度とは異なるものである。
 そして,甲1発明における「天地方向の判定」をする天地方向算出手段222は,傾斜度測定部250が算出した重力加速度の方向および大きさに基づいて判定するものである(【0079】,【0087】,【0088】,【0107】)。 
 そうすると,甲1発明で測定される第1傾斜度及び第2傾斜度は,撮像装置の分野における技術常識であるところの「ロール方向の傾き」とは異なるものであり,第1傾斜度及び第2傾斜度に基づいて判定される「天地方向」は,本件発明1の「ロール方向の傾き」とは異なるものといえるから,甲1発明は,「ロール方向の傾き」を検出するものであるとも,表示するものであるともいえない。」

 甲1には、下図も掲載されており、撮像装置が傾いている場合には、傾きを是正するように注意を促すことが記載されている。一見するとロール角を求めているようであるが、下図の「右に30°回転」がロール角と一致するのは、光軸が水平面と平行な場合だけである、ということである。


 



2020年10月11日日曜日

[最高裁]予測できない顕著な効果(令和元年8月27日)

 予測できない顕著な効果に関する最高裁判決である。事件の経緯は以下のとおりである。

[特許庁前審決] 引用文献1と引用文献2との組合せは動機づけられない。

[前訴判決]   引用文献2の適用は容易に想到し得た。

[特許庁本件審決]組合せは容易だが、当業者が予測し得ない格別顕著な効果がある。

[原審判決]   本件各発明の効果は予測し難い顕著なものとはいえない。

 最高裁は、以下のとおり、他の化合物において本件化合物と同種の効果を有することは、本件化合物の顕著な効果を直ちには否定することにはならないと判示した。

「上記事実関係等によれば,本件他の各化合物は,本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの,いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって,引用発明1に係るものではなく,引用例2との関連もうかがわれない。そして,引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに,当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず,また,本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると,本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって,本件各発明の効果の程度が,本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。 」

 その上で、原審判決の問題点について以下のとおり指摘した。

「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 」

 最高裁は、組み合わせが容易であることを前提として効果の顕著性について評価をすることは誤りであると指摘した。結局、本件審決が、組合せは容易だが当業者が予測し得ない格別顕著な効果があると判断したように、組み合わせが容易か否かということと、発明の構成から予測し得ない効果があるか否かということは、別々に評価しなければならない。

2020年9月29日火曜日

[裁判例]動画配信システム事件(知財高裁 令和2年9月24日)

  本件は、拒絶審決に対する審決取消訴訟である。出願に係る発明は、アクターの動きに基づいて生成されるキャラクタの動画を配信するシステムに関し、特徴は、視聴ユーザが装飾オブジェクトの表示を要求すると、アクターによる選択に応じて、キャラクタに装飾オブジェクトを表示することである。


 甲1発明は、声優の動作に応じて動くキャラクタの動画を配信するシステムであり、ユーザからテキストメッセージを受け付けると、声優がメッセージに応じた動きをする。甲2発明は、3DCGキャラクタをライブ配信するライブ配信プラットフォームにおいて、視聴者が創作したギフトをVR空間内に登場させ、3DCGキャラクタの主人公が視聴者からの作品を装着する技術である。

 出願人は、多岐にわたって取消事由を主張しているが、ここでは、「(D3)前記装飾オブジェクトに設定されている装着位置情報に基づいて定められる前記キャラクタオブジェクトの部位に関連づけて」の要件に関する取消事由について取り上げる。

 出願人の主張は、相違点を解消するために2段階の変更が必要となるというものである。すなわち、甲1発明に甲2発明を適用した上で、さらに、審決が周知技術であると認定する(D3)の構成を適用する必要があるというものである。

 これに対して裁判所は以下のように判断した。

「しかしながら,CGの技術分野において,何らかのオブジェクト(例えば カチューシャ)をCGキャラクターが装着しているかのようにCGキャラク ターの動きに追従させて表示するためには,当該オブジェクトを装着する身 体の部位(カチューシャであれば頭部)のVR空間での座標に基づいて当該 オブジェクト(カチューシャ)を表示しなければならない。つまり,CGキ ャラクターの身体の部位とオブジェクトとを関連付ける装着位置情報に基づ いて当該オブジェクトの表示を行わなければ,当該オブジェクトを装着しているかのように表示することはできない。そうすると,甲2記載のユーザー ギフティング機能において,身体に装着するアクセサリー等がギフトとして想定されている場合(甲2記載の「東雲めぐ」もそのような場合である。)には,オブジェクトに設定されている装着位置情報に基づいて定められる部位にオブジェクトを表示させるという審決認定の周知技術は,まさに甲2記載の技術の一部をなしている(それは,適宜の手段によって実現されることが予定されているといえる。)のであって,甲2記載の技術とは別の技術ということはできないものというべきである。 」


 出願人は、容易の容易は非容易であるという論理に持ち込みたかったと思われる。しかし、形式的には2段階に見えても、2段階目の周知技術の適用が、1段目の技術の適用に際して予定されているものである場合には、細分化して論じることが失当なのであろう。

2020年7月6日月曜日

[裁判例]引例との相違が「ゲームの性格に関わる重要な相違点」である場合には進歩性を有するとした例(知財高裁 令和2年6月4日)

 デッキ対戦型ゲームに関する出願の拒絶審決の審決取消訴訟である。本件はゲームのルールの違いに基づく進歩性について正面から判示をしている。

[事案の概要]
 出願に係る発明(以下、「本願発明」という)は、自分の手元(第1のフィールド)にあるキャラクタカードを、対戦の場(第2のフィールド)に出し、相手が同様にして対戦の場に出したキャラクタカードと対戦をするというのが基本的な制御である。



 本願発明と引用発明との相違は、本願発明はキャラクタカードを対戦の場(第2のフィールド)に移動すると、それに伴って、第3のフィールドから自分の手元(第1のフィールド)に追加のキャラクタカードが補充されるのに対し、引用発明では、対戦の場とは異なる領域に、キャラクタカードとは異なる種類のカードを配置することにより、カードが補充されるという点である。
 この相違点について、拒絶審決では、「どのフィールド又は領域への移動を補充の契機とするかはゲーム上の取り決めにすぎない」ので、引用発明の構成を本願発明における構成とすることは当業者が容易に想到し得たと判断した。

[裁判所の判断]
「イ このように、引用発明におけるカードの補充は、本願発明におけるそれとの対比において、補充の契機となるカードの移動先の点において異なるほか、移動されるカードの種類や機能においても異なっており、相違点6は小さな相違ではない。そして、かかる相違点6の存在によって、引用発明と本願発明とではゲームの性格が相当程度に異なってくるといえる。したがって、相違点6に係る構成が「ゲーム上の取決めにすぎない」として、他の公知技術等を用いた論理付けを示さないまま容易想到と判断することは、相当でない。
そして被告の主張に対しては、上記相違点が「ゲームの性格に関わる重要な相違点であって、単にルール上の取り決めにすぎないとの理由で容易想到性を肯定することはできない」とした。

[コメント]
 本件は、ゲームのルールであっても、進歩性に寄与することを明確に判示した。
ゲームのルールそれ自体は、自然法則を利用しておらず発明に該当しないので、引用発明との差分がゲームのルールしかない場合には、一見すると進歩性がないようにも思われる。
しかし、その差分が「ゲームの性格に関わる重要な相違点」である場合には、その相違点を示す公知技術等がなければ進歩性を有するというのが本判決の内容である。

 審査基準では、参考事例として、商品の選択に際して、「少なくとも嗜好を含むユーザの個人情報」に代えて、「少なくとも嗜好並びに趣味及び家族構成を含むユーザの個人情報」を用いることは設計事項であると説明している。この説明は、以下のとおりである。
「ユーザとの間で商品の売買を行う取引において、ユーザの嗜好や趣味、家族構成などの個人情報に基づいて選択した、おすすめの商品を当該ユーザに提示することはビジネスの慣行として周知である。 当該ビジネス慣行に鑑みると、引用発明において、ユーザの嗜好に加えてユー ザの趣味や家族構成に基づいて、ユーザに提示する商品を選択するよう構成することは、取引の実態に応じて適宜取り決め得る事項である。」
 この例をよく読むと、取り決めだから、直ちに、設計事項と説明しているのではなく、周知のビジネス慣行に鑑みると、設計事項であると説明している。
 本件においては、特許庁は、この参考事例でいうところの周知のビジネス慣行にあたる部分を立証しなければならなかった。



2020年5月2日土曜日

実時間対話型コンテンツ事件(知財高裁 令和1年12月11日)

 無効審決に対する審決取消訴訟である。対象の特許は、モバイル装置を用いた音楽又は動画等のコンテンツの形成及び分配に関する。操作者が第1のコンテンツ(例えば、音楽)に合わせて、第2のコンテンツ(例えば、歌声)を入力し、両者を重ねたコンテンツを受信者に送る発明である。

 争点は、進歩性の判断であり、問題となった相違点は、本件特許では、「第2のコンテンツの表現」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子」を送るのに対し、甲1には、そのような特定がない点である。
 甲1には、演奏についての評価を投票することができるシステムが開示されている。このシステムでは、演奏の際にサーバから伴奏が与えられ、演奏者は伴奏に合わせて演奏を行う。甲1では、不特定の視聴者が演奏を聴くことができる。
 この相違点に関し、被告は、次のように主張した。すなわち、甲1には、ランクが高い演奏者が、参加する演奏グループを特定するために、どの演奏グループに参加するかの情報をサーバに対して送信した後に演奏を開始することが開示されており、この情報が演奏グループを特定するものであって、演奏グループには少なくとも1人の聴衆が含まれるから、同情報は対象特許の「少なくとも単独の受信者の識別子」に相当する。
 これに対し、裁判所は、「少なくとも単独の受信者の識別子」は、当該識別子により識別される特定の者を、受信者として指定できる機能を有するものであるところ、「ランク」はこのような機能を果たすものではないと判断した。この判断は妥当であり、もし無効にしたいのなら、ランクを受信者の識別子に置き換える副引例が必要であろう。
 
 ハングアウトを対象として、本件特許に基づく侵害訴訟が提起されている(平成28年(ワ)39789)。この訴訟では、特許権者は、「 「第2のコンテンツと、少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」とは、第2のコンテンツと受信者の識別子とを一組のデータとして同時に受け取らせることを意味するものではない」と主張している。甲1の「ランク」も毎回指定するものではないという点では共通するので、そうした背景もあって、「ランク」が「少なくとも単独の受信者の識別子」に相当するという主張をしたものかもしれない。つまり、特許権者が、侵害論においてこういう主張をするなら、特許は無効になりますよという戦略である。
 なお、侵害訴訟は、この争点とは別の争点で非侵害と判断されている。




除くクレーム(令和6年(行ケ)第10081号)

 1 除くクレームについて  特許実務において、引用文献と差別化を図るために、構成要件の一部を除くことが行われることがある。新たな技術的事項を導入しないものである場合には構成要件の一部を除くことが認められるが(ソルダーレジスト大合議事件(平成18年(行ケ)第10563号))、...