2023年3月7日火曜日

[裁判例]証拠の記載を上位概念化して認定することは許されないとした例(令和4年(行ケ)10012等)

 特許無効審判の審決に対する審決取消訴訟である。対象特許は、以前、個人発明家がアップルから損害賠償をとったことで話題になったクリックホイールの特許である。なお、特許の存続期間は切れており、すでに権利は消滅している。
 対象特許の請求項は次のとおりである。

【請求項1】
A 指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され、前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段と、 
B 接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段とを有し、 
C 前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡に沿って、前記プッシュスイッチ手段の接点が、前記連続して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されているとともに、前記接点のオンまたはオフの状態が、前記タッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されており、かつ、 
D 前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力よりも大きな接触圧力での押下により、前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオフが行われる 
E ことを特徴とする接触操作型入力装置。


 要するに、リング状のタッチ位置検知手段83があり、タッチ位置検知手段83の軌跡上で押下すると接点がオンになるプッシュスイッチ手段84(上図では4つ)があるというものである。
 
 主引例は3つあるが、ここでは甲1を取り上げる。
 甲1発明は、テープ駆動系に対する制御信号を発生すべく操作される制御手段に適用される、タッチパネルを利用した制御信号供給装置の発明である。従来は、検出領域が直線的に配列されたタッチパネルを備えていたが、これだと、タッチパネルの一端から他端への操作戻り時間がとられるという課題があったので、甲1発明は、円環状に配列された複数の接触操作検出区分を設けたタッチパネルを採用した。


 本件特許と甲1発明との相違点は、甲1発明がプッシュスイッチ手段を有していない点である。
 この相違点を埋めるべく、原告は、周知技術を示す多数の証拠を提出し、甲1発明と周知技術との組み合わせを主張した。

[裁判所の判断]
  以上によれば、甲4文献ないし甲9文献から、接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段(タッチパネル)の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造を、周知技術として認定することができる。 
 原告らは、前記第3の1⑴ア のとおり、甲4文献ないし甲9文献から認定される周知技術について、「接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出する」との認定は不要なものである旨主張するが、周知技術1が、接触点を一次元(甲8文献)又は二次元(甲4文献ないし甲7文献及び甲9文献)座標上の位置データとして検出するものであることは事実であり、この点をことさら認定からはずすべき理由はない(いずれにしても、この点は本件結論を左右しない。)。したがって、原告らの上記主張は採用できない。
・・・
  磁気テープの走行方向や走行速度を制御するための甲1発明のタッチパネルと、走行方向や走行速度という要素を含まない位置データを入力する装置に関する周知技術1とは、制御する対象が異なるし、たとえ両者がタッチパネルという共通の構成を有するとしても、磁気テープの制御信号供給装置である甲1発明において、位置データを入力する装置に関するものである周知技術1を適用することが容易であるとはいえない。 
  結局のところ、甲1発明に、周知技術1を適用できるとする原告らの主張は、実質的に異なる技術を上位概念化して適用しようとするものであり、相当でない。 

(コメント)
 原告の主張は、タッチ位置検知手段の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造は周知だから、甲1発明に組み合わせることは容易であるというものである。これに対し、裁判所は、周知技術のタッチ位置検知手段は、位置データを検出するタッチ位置検知手段であると認定した上で、位置データを検出するタッチ位置検知手段を甲1発明に適用することは容易ではないとした。上位概念化した技術は「実質的に異なる技術」であると言っているところは興味深い。
 証拠の記載からどの粒度で技術思想を抽出するかは評価という側面がある。許容される上位概念化もあるはずであり、どのような上位概念化が「実質的に異なる技術」なのかは、判断が非常に難しい。裁判所は括弧書きで「いずれにしても、この点は本件結論を左右しない。」とも述べるので、その判示を以下に抜粋する。下記の判断も手伝って、上のような認定をしたとも考えられる。

[裁判所の判断]
 仮に、周知技術1を、タッチパネルによる選択をプッシュスイッチで確定して何らかの入力情報を生成する技術であると上位概念化して理解したとしても、甲1発明は、プッシュスイッチに割り当てるべき機能(選択を確定する機能)をそもそも有さないし、甲1文献には、タッチパネルにより磁気テープの走行方向や走行速度を連続制御することは記載されているが、タッチパネルにより選択された走行方向や走行速度を確定する操作や、当該操作に対応するボタン等の構成は記載も示唆もないから、甲1発明に、周知技術1を適用する動機付けがない。 

(2023/3/15追記)
原告の主張に対して、裁判所は次のように判示している。
[裁判所の判断]
しかし、原告らの主張は、前記において説示した、甲1発明において選択を確定する機能がない点等を看過しているものであるし、周知技術1において、位置データを入力する機能はタッチパネルの形状や操作態様等には依存しないとしても、そのことが同周知技術におけるタッチパネルとプッシュスイッチの機能的又は作用的関連を否定する根拠とはならないし、機能的又は作用的関連が否定できない以上、周知技術1を甲1発明に適用することが単なる寄せ集め又は設計変更とはいえない。したがって、原告らの上記主張は採用できない。

 周知技術においてははタッチパネルとプッシュスイッチに機能的又は作用的関連があるため、これらを切り離して引用発明を認定してはいけないということである。
 

 

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...