2023年10月16日月曜日

[米国]IPRにおけるクレーム解釈、Claim Preclusionの法理

備忘メモ: 日本ライセンス協会のワーキンググループでの学び

・IPRにおけるクレーム解釈
 IPRが請求されるとPTABは、請求人の主張が認められる合理的な可能性があるかどうかを判断し、可能性ありの場合に審理開始の決定を行う(米国特許法314条(a))。
 この際のクレーム解釈と異なるクレーム解釈で最終判断をする場合には、PTABは当事者に反論の機会を与えなければならない。
Axonics, Inc. v. Medtronic Inc., Nos. 2022-1532, 1533 (Aug. 7, 2023)

・Claim Preclusionの法理
 前の訴訟の内容は蒸し返してはいけないという法理。
 Claim Preclusionに該当するための要件
 ①同一当事者またはその利害関係人が先の訴訟に関与していた
 ②先の訴訟が後の訴訟と同一請求である
 ③先の訴訟が本案に関する終局判決によって終結した

 ②の要件に関し、先の訴訟で主張できたのに主張しなかった場合にもClaim Preclusionの要件に該当する。日本の裁判実務とはだいぶ異なる。
 例えば、先の訴訟の時点ですでに訴訟物と同等の別の製品が販売されていることを知っていたのに訴訟物に加えていなかった場合、Claim Preclusionの法理により後続訴訟は排除される。

 



2023年10月3日火曜日

[裁判例]永久磁石の樹脂封止方法事件(令和3年(行ケ)10152号)

 特許が有効であるとした無効審判の審決に対する審決取消訴訟である。無効理由は、分割要件違反を前提とする新規性・進歩性欠如、分割要件を前提としない進歩性欠如、補正要件違反、サポート要件違反、明確性違反と多岐にわたるが、特許庁はすべての理由が成り立たないとした。裁判所はサポート要件についてのみ判断した。
 特許は、複数の鉄心片が積層された回転子積層鉄心に形成された複数の磁石孔に永久磁石を挿入し樹脂で封止する方法に関する発明である。

【請求項1】 (符号は筆者が追加した)
 複数枚の鉄心片が積層された回転子積層鉄心(12)の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔(13)に前記永久磁石(14)を樹脂封止する方法において、 
 前記回転子積層鉄心(12)を、上型(21)及び下型(17)の間に配置して、前記上型(21)及び前記下型(17)同士が当接することなく、前記下型(17)及び前記上型(21)で前記回転子積層鉄心(12)を押圧し、前記回転子積層鉄心(12)の前記磁石挿入孔(13)に前記永久磁石(14)を樹脂封止(15)することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。 


(裁判所の判断)
 裁判所は、まず、大合議事件(平成17年(行ケ)10042号)の判示に倣って以下のように一般論を述べた。
「(1) 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」

 裁判所は、本事案について以下のように判断した。
「 (4) 本件発明についてのサポート要件の検討 
ア 従来技術の問題2を解決するための手段として、本件発明1は、前記2(2)アのとおり、回転子積層鉄心を押圧する際の上型及び下型に対する回転子積層鉄心の配置及び上型と下型との位置関係又は状態を特定する発明であるのに対し、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は、前記2(3)ウのとおり「回転子積層鉄心12の下面25が当接する矩形板状のトレイ部26と、トレイ部26の中心部に立設され、回転子積層鉄心12の軸孔11に嵌入する直径固定型で棒状のガイド部材27とを有している搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を下型17上に搬送し」、「搬送トレイ16を回転子積層鉄心12と共に、下型17から取り外し、回転子積層鉄心12が搬送トレイ16から取り外される」ものであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると、搬送トレイを不可欠の構成としているものと解される。そうすると、本件発明1には、回転子積層鉄心を搭載する搬送トレイを含む構成の発明だけでなく、この搬送トレイを含まない構成の発明も含まれており、搬送トレイを構成に含まない特許請求の範囲の記載を前提にした場合、上記発明の詳細な説明の記載から、当業者が、積層鉄心を下型の有底穴部に嵌挿し、加熱後、積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業は、人手又は機械によっても、時間を要するもので、作業性が極めて悪いこと(従来技術の問題2)を解決して、生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる永久磁石の樹脂封止方法を提供するという本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえない。


 裁判所が言っていることは、発明の詳細な説明によれば、作業性が悪いという課題を解決するためには、搬送トレイが必須であるにもかかわらず、特許請求の範囲からは搬送トレイの構成が省かれているため、請求項に係る発明は課題を解決することができない、ということである。つまり、本件は、審査基準でサポート要件違反の類型として挙げられている「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合」である。
 このような場合、請求項の構成では課題を解決できないので、「特許請求の範囲に記載された発明が、・・当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のもの」ではないと判断されることになる。






2023年9月21日木曜日

AI特許、審査体制4倍(日本経済新聞9月21日)


 AIに関する審査官を10人から40人に増員するとのこと。ここまで一気に増やすとは驚きである。ただし、ロボットやバイオ等に1人ずつ配置する、各審査室の優秀な審査官を研修するとのことなので、特定の審査官にAI関連の知識をつけてもらうということのようだ。
 
 2023年度中にAI関連出願の知見を整理した審査事例を公表するとのことなので、こちらは楽しみである。





2023年9月19日火曜日

[裁判例]引用発明の認定が、過度な上位概念化ではないとされた例(令和4年(行ケ)10118号)

 拒絶査定不服審判の審決取消訴訟である。本願発明は、スピーカを有するがテレビではない制御対象機器の状態(スピーカの音質又は音量)を制御するモバイル機器等の制御装置(タッチパネルディスプレイを有するもの)に関する。
 こうした制御装置においては、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態と制御対象機器の実際の状態とが一致している必要がある。制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でないにもかかわらずタッチパネルディスプレイにおけるタッチ操作がされた場合、これにより制御対象機器の状態を更新することはできないから、このような場合にタッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態が通常どおりに更新されてしまうと、タッチパネルディスプレイに表示された制御対象機器の状態(更新がされたもの)と制御対象機器の実際の状態(更新がされないもの)との間に齟齬が生じてしまうという課題が生じる。
 本願発明は、このような課題を解決するため、制御装置と制御対象機器との間の通信が可能でない場合には、制御対象機器の状態に係るタッチパネルディスプレイ上の表示を更新できないとの構成を採用することとしたものである。

 本願発明の構成及び主引例(甲1発明)との相違点は以下のとおりである(下線部が甲1発明との相違点)。

[請求項2]
 タッチパネルディスプレイを有する制御装置であって、 
 前記制御装置とは異なる制御対象機器の状態を前記制御対象機器から取得する第1手段と、 
 前記取得した状態に基づいて、前記制御対象機器の状態を示す状態表示を、前記制御対象機器の状態に応じた表示態様で前記タッチパネルディスプレイに表示させる第2手段と、 
 前記状態表示の表示態様を更新するタッチ操作に応じて、更新後の前記状態表示の表示態様と前記制御対象機器の状態とが対応するよう、前記制御対象機器の状態を調整するための制御信号を生成する第3手段と、を備え、 
 前記制御対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく、 
 前記制御対象機器の状態は、前記スピーカの音質または音量であり、 
 前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない、制御装置。 

 審決は、相違点に関し、以下の甲4技術を適用することで進歩性がないと判断した。

(甲4技術)
 操作対象の高精細テレビ1との間で、信号の送受信を試みて、無線通信が可能な環境であるかどうかをチェックし、 無線通信が不能と判断されたときは、メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を操作部312で選択したとしてもその操作が無効になるよう構成する技術

 原告は、相違点の判断に関して様々な主張を行っているが、その一つが甲4技術の認定に対してである。
(原告の主張)
「甲4に記載された技術を甲1に記載された発明に適用できるか否かの判断に当たり、甲4に記載された技術における制御主体や制御対象機器が何であるかは重要な要素であるから、これらを捨象して上位概念化することは許されない。」

 これに対し、裁判所は以下のとおり判断した。
「イ 前記アのとおり、甲4に記載された具体的な技術(原告主張甲4技術)は、制御主体をデジタルカメラ3とし、操作場所を操作部312とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ1)とし、無効なものとされる操作の内容を「メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を選択した操作」とするものである。しかしながら、前記(1)のとおりの甲4の記載及び原告主張甲4技術の内容に照らすと、原告主張甲4技術を無線通信を利用した電子機器の制御に用いる場合、制御主体がデジタルカメラ3であること及び制御対象機器がテレビ(高精細テレビ1)であることに特段の技術的意義があるものとは認められず、甲4の記載によっても、制御主体をデジタルカメラ以外の機器とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ)以外の機器とした場合において、原告主張甲4技術に相当する技術が成り立たないものである、原告主張甲4技術はそのような機器について適用できないものである、原告主張甲4技術はそのような機器の場合を排除しているなどと認めることもできない。加えて、前記(2)ないし(4)のとおりの乙1ないし3の記載(特に、前記(2)エ、前記(3)ア及びイ、乙3の段落[0080]等)によると、無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術において、制御主体が具体的に何であるか(例えば、デジタルカメラであるか、リモートコントローラであるか、携帯通信端末であるかなど)及び制御対象機器が具体的に何であるか(例えば、テレビであるか、給湯器であるか、ボイラーであるか、空調装置であるか、照明であるか、冷蔵庫であるかなど)が特段の技術的意義を有するものとは認められず、・・・制御主体及び制御対象機器を特定の機器(それぞれデジタルカメラ3及び高精細テレビ1)に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定したとしても、そのことが不当な抽象化に当たるとか、過度な上位概念化に当たるとかいうことはできないというべきである(なお、付言すると、前記第2の2の特許請求の範囲の記載及び前記1(1)のとおりの本願明細書の記載も、制御対象機器がスピーカを有するがテレビではない機器であるか、テレビであるかなどによる技術的意義の相違がないことを前提としているものと解される。)。
 そして、制御主体及び制御対象機器が特定の機器に限定されないのであれば、操作場所及び無効なものとされる操作の内容についても、これらを具体的な操作場所及び操作の内容に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定することも当然に許されることになる。 
 以上によると、甲4に基づき、本件原出願日当時の公知技術として、本件審決が認定した本件技術(「無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能についての操作を無効なものとする操作制御技術」)が存在したものと認めるのが相当である。」


 このように、甲4の具体的な技術はデジタルカメラとテレビを対象とするものと認めながらも、電子機器の制御に用いる場合には、具体的な対象には特段の技術的意義がないとして、電子機器の操作制御技術を甲4技術として認定し、原告の請求を棄却した。この判断においては、乙1~乙3にリモコンにおいて通信ができないときに状態の不一致が生じるという課題が示されていたことが大きかったように思う。甲4だけだったとすると、甲4に記載された制御対象を捨象することは、やや違和感がある。
 なお、原告は、乙1~乙3は拒絶査定不服審判において審理されなかったから参酌することが相当ではないと主張したが、裁判所は、審決が認定した技術の意義に係る証拠として参酌することは当然に許されると述べた。

2023年9月15日金曜日

[裁判例]引用文献の課題に基づき阻害要因が認められた例(令和4年(行ケ)10100号)

  発明の名称を「塗装機器及び塗装方法」とする特許についての無効審判の審決取消訴訟である。請求項は訂正されているが、各請求項が共通して有する構成は以下のとおりである。判断のポイントとなったのは、「前記塗装剤ノズルの全てが前記車両部品に同一の塗装剤を塗布し得るように」という点である。

[各訂正請求項が共通して有する構成]
「 塗装剤を塗布する塗布機器を有し、塗料で車両部品を塗装する塗装機器であって、 
 前記塗布機器が、少なくとも1つの塗装剤ノズル(12; 14.1 ~14.4; 16.1~16.6; 20; 29; 36; 44; 45)から前記塗装剤を吐出するプリントヘッド(8、9)であり、 
 前記プリントヘッドが、ノズル列に配置された塗装剤ノズルを有し、それぞれのノズル列がいくつかの塗装剤ノズルを含み、 
 前記塗装剤ノズルの全てが前記車両部品に同一の塗装剤を塗布し得るように、さまざまな前記ノズル列の前記塗装剤ノズルが、塗布される前記塗装剤が供給される塗装剤供給ラインに一緒に接続され、 
 前記プリントヘッドが搭載される多軸ハンドを有する多軸ロボットによって前記プリントヘッドが位置決めされ、 
 前記プリントヘッドが、少なくとも1m2/分の面積塗装性能を発揮するように構成され(る、) 
ことを特徴とする塗装機器」 

 審決が認定した引用発明は、以下のとおりである。
[引用発明]
異なる色のインクジェットプリントヘッド14を備えた少なくとも1つの印刷ブロック18を備えるプリントアセンブリ13と、プリントアセンブリ13の位置決めを確実にし、水平(Tx)、垂直(Ty)、及び深さ(Tz)方向の並進を可能にする3並進自由度を有するキャリア15と、プリントアセンブリ13の向きを確実にし、2つの直交軸に沿ってその回転(Rx、Ry)を可能にする2自由度を有するリスト16とを備え、最大印刷速度は、180dpiの解像度で2.142m2/分であるトラック12の外面11上への3次元印刷に使用されるロボット10。 」

 本件特許と引用発明との相違点は、「塗装剤ノズル」に関して、同一の塗装剤を塗布するものか(本件特許)、異なる色であるか(引用発明)である。
 特許権者は、甲1明細書のクレーム17では色に関する具体的な言及はない等として、引用発明を「異なる色」に限定して認定する必要はないという取消事由を主張した。
 裁判所の判断は以下のとおりである。

(裁判所の判断)
「ア 甲1機器発明に係る審決の認定について 
 甲1の明細書の【0043】、【0068】、【0072】及び【0215】では、プリントアセンブリが、異なる色のインクを使用するいくつかのプリントヘッドを備えた少なくとも1つの印刷ブロックを備えることが開示されている。その上、甲1発明の課題は、本件審決が認定したとおり、「あらゆる画像複雑さにかかわらずあらゆる画像または写真を印刷することが可能なデジタル技術とを使用して」、「1600万色による180dpiの印刷品質で、表面上でのデジタル画像の3次元自動印刷を可能にする」ことであると認められるところ、この課題を解決するためには、「異なる色のインクジェットプリンタヘッド14」が必須である。 
 よって、審決が甲1機器発明について「(同一の色ではなく)異なる色のインクジェットプリントヘッド14を備えた少なくとも1つの印刷ブロック18を備えるプリントアセンブリ13と」と認定した点に誤りはない。 」

「上記(1)での認定説示を踏まえると、甲1発明において、相違点に係る本件発明の発明特定事項を採用することには阻害要因があるといえ、本件発明は、甲1発明又は他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法29条2項の要件を欠くものではない。」

 以上のように、甲1明細書の課題に基づき、「異なる色」であることが必須であるから、甲1発明は「異なる色のインクを使用するいくつかのプリントヘッド」という認定を行い、かつ、「異なる色」を「同一の色」に変更することについて阻害要因を認めた。
 主引例の課題に反し主引例が採用し得ない構成である、というのは阻害要因が認められる典型的なパターンである。

 個人的には、主引例の課題にフォーカスしすぎではないのかといつも思う。つまり、普通に考えれば、多色を用いていたところを単一色にすることは容易であろう。確かに、甲1明細書の文脈では「異なる色」を「同じ色」にしてしまっては意味がない。しかし、当業者って、甲1明細書だけを見ているのか? 甲1明細書しか見てはいけないのか?現実世界から乖離した論理の遊びみたいな感じがする。
 とはいえ、そういう実務なのだからそれに従っていくのが賢策である。(というか逆らってもしかたない。)

2023年7月15日土曜日

部品を販売したときの完成品の特許の消尽(平成26年(ネ)10043号)

 特許権者が販売した特許製品については、特許が用い尽くされたものとして特許権の効力が及ばない。これを「消尽」という。特許権者から製品を購入したのに、その製品の使用に際し特許権を行使されてはたまらない。消尽が認められる趣旨は容易に理解できると思う。
 
 ところで、特許権者から特許製品の部品を購入した場合はどうであろうか?特許権者から特許の部品を購入して特許製品を組み立てた、といった場合、その完成品について特許権を行使されることはあるだろうか。
 もう少し整理すると、購入した部品の性質により2パターンに分けられる。
 購入した部品が広く一般に流通するものなら、それを使って特許製品を組み立てた場合、当然、特許権が及ぶと解される。例えば、椅子の特許を有する特許権者からネジを購入し、そのネジを使って椅子を製造したとした場合、特許権者からネジを購入したことにより特許権の行使を逃れることはないであろう。
 もう一つのパターンは、購入した部品が特許製品を製造するためにのみ用いられるものだった場合、あるいは、特許製品を製造することの蓋然性が高い場合である。例えば、エンジンに特徴のある自動車の特許権者からエンジンを購入し、そのエンジンを使って自動車を生産した場合である。この場合、特許権者から購入したエンジンは自動車を生産するためにしか使うことができないため、特許権者はエンジンを使うことを予見している。このような場合にも、自動車の特許について、権利行使を認めてもよいか。
 
 平成26年(ネ)10043号の判決において以下のように述べている。この判決においては、上記で「部品」で述べたものを「1号製品」と呼んでいることに注意されたい。

[裁判所の判断]
 (ア) 特許権者又は専用実施権者(この項では,以下,単に「特許権者」という。)が,我が国において,特許製品の生産にのみ用いる物(第三者が生産し,譲渡する等すれば特許法101条1号に該当することとなるもの。以下「1号製品」という。)を譲渡した場合には,当該1号製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該1号製品の使用,譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず,特許権者は,当該1号製品がそのままの形態を維持する限りにおいては,当該1号製品について特許権を行使することは許されないと解される。しかし,その後,第三者が当該1号製品を用いて特許製品を生産した場合においては,特許発明の技術的範囲に属しない物を用いて新たに特許発明の技術的範囲に属する物が作出されていることから,当該生産行為や,特許製品の使用,譲渡等の行為について,特許権の行使が制限されるものではないとするのが相当である(BBS最高裁判決(最判平成9年7月1日・民集51巻6号2299頁),最判平成19年11月8日・民集61巻8号2989頁参照)。 
 なお,このような場合であっても,特許権者において,当該1号製品を用いて特許製品の生産が行われることを黙示的に承諾していると認められる場合には,特許権の効力は,当該1号製品を用いた特許製品の生産や,生産された特許製品の使用,譲渡等には及ばないとするのが相当である。 

 このように裁判所は、特許権者から譲渡を受けた1号製品を用いて特許製品を生産することについて消尽を認めないとしつつも、特許権者がその生産を黙示的に承諾している場合には、特許権の効力が及ばないと判断した。

 次に、具体的にどういう場合に黙示的に承諾しているかについて検討する。この事件においては黙示の承諾は認められなかったが、その理由は以下のとおりである。
⓵販売者はライセンシーであったが、包括的なクロスライセンスであったため、ライセンス対象製品を用いて生産される可能性のある製品の全てについて生産等を承諾したとは言えない。
②特許製品を完成させるためには、技術的・経済的に重要な価値を有する他の部品を要する。
③1号製品を使って完成品を製造するのに特許権者の許諾を要するとしても、1号製品の流通を阻害するとは言えない。
④販売者はそもそも特許権のライセンスを与える権限がなかった。

 この事件では①~④のような事情があったため黙示の承諾があったとは認められなかった。
 上記した①~④については、この事件固有の事情なのでこの事情があれば(あるいはなければ)どうといった結論を導けるものではないが、参考にはなる。
 総合的に見て、特許権者が販売した部品を使って完成品を生産することを特許権者が容易に予見できるケースでは特許の消尽が認められると思われる。
 

2023年7月6日木曜日

[裁判例]均等論の枠組み(令和3年(ワ)10032号)

 均等論は、被疑侵害品の構成が対象特許と同一でない場合にも、一定の要件を満たした場合に侵害を認める法理であり、 最高裁において以下のように判示されている。

「特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、・・(均等論の5要件)・・、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。 

 上記のように、均等論の枠組みは、典型的には特許の構成Aが被疑侵害品では構成A´となっているような場合であるが、被疑侵害品に構成Aに対応する構成が存在しない場合はどうであろうか。
 令和3年(ワ)10032号はこの点について以下のように判示した。

[裁判所の判断]
 これに対し、被告は、対象製品等が構成要件の一部を欠く場合に均等論を適用することは、特許請求の範囲の拡張の主張であって許されない旨を主張するが、構成要件の一部を他の構成に置換した場合と構成要件の一部を欠く場合とで区別すべき合理的理由はないし、本件において、原告は、被告製品には構成要件 Cの「消弧材部」に対応する消弧作用を有する部分が存在し、置換構成を有する旨主張していると解されるから、被告の前記主張を採用することはできない。

 このように裁判所は、構成要件の一部を欠く場合も均等論の枠組みの中であることを判示した。
 
 構成要件の一部を欠くというのは、構成要件の分説によるようなところもあると思う。つまり、特許がA+B+C+Dに対し、被疑侵害品がA+B+Cである場合、構成Dを欠くということになるが、見方によっては、構成C+Dに変えて構成Cを採用しているということもできると思う。そう考えると、上記の最高裁の判示の自然な理解であるとも言える。

2023年6月30日金曜日

[裁判例]国内外にまたがるシステムの「生産」について(令和4年(ネ)第10046号)

 本事件は、ニコニコ動画等のサービスを提供する株式会社ドワンゴ(以下、「原告」という)と米国法人であるFC2,INC.(以下、「被告」という)との間で争われた侵害訴訟であり、知財高裁の大合議で取り上げられた事件である。
 原告は、特許第6526304号(発明の名称「コメント配信システム」)を保有している。被告は、動画を再生して閲覧している各ユーザが、その動画に対してコメントを付与することができるサービス(「FC2 動画」「FC2 SayMove」「FC2 ひまわり動画」)を提供している。
 原審は、被告の各システムは本件特許に係る発明の全ての構成要件を充足し、その技術的範囲に属すると判断した。しかしながら、被告各システムの構成要素であるサーバが米国内に存在することから、日本国内に存在するユーザ端末のみでは、本件特許に係る発明の全ての構成要件を充足しないとして、原告の請求が棄却された。

 本事件では、構成要素の一つであるサーバが国外にあるが、特許権の侵害が認められるかが論点である。より具体的には、被告各システムが新たに作り出されるに当たって被告がした行為が、本件各発明の実施行為としての「生産」(特許法2条3項1号)に該当し、本件特許権を侵害するものといえるかが論点である。

 本件については、KSIニュースレターに詳しく記載したので、そちらをご参照いただければ非常に幸いである。

 ここでは、個人的に、最大のポイントと考えられるところを述べたい。
 素朴に考えれば、サーバは国外にあるのだから、国外にあるサーバを含むシステムの生産は、国内における生産行為とは言えないように思う。被告システムの生産とは何か、という問題設定が、この判決のポイントのように感じる。知財高裁は、以下のように設定した。

(知財高裁の判断)
(イ) 被告サービス1のFLASH版における被告システム1を新たに作り出す行為について 
a 被告サービス1のFLASH版においては、訂正して引用した原判決の第4の5⑴ウ(ア)のとおり、ユーザが、国内のユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定する(②)と、それに伴い、被控訴人FC2のウェブ5 サーバが上記ウェブページのHTMLファイル及びSWFファイルをユーザ端末に送信し(③)、ユーザ端末が受信した、これらのファイルはブラウザのキャッシュに保存され、ユーザ端末のFLASHが、ブラウザのキャッシュにあるSWFファイルを読み込み(④)、その後、ユーザが、ユーザ端末において、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける当該動画の再生ボタンを押す(⑤)と、上記SWFファイルに格納された命令に従って、FLASHが、ブラウザに対し動画ファイル及びコメントファイルを取得するよう指示し、ブラウザが、その指示に従って、被控訴人FC2の動画配信用サーバに対し動画ファイルのリクエストを行うとともに、被控訴人FC2のコメント配信用サーバに対しコメントファイルのリクエストを行い(⑥)、上記リクエストに応じて、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し(⑦)、ユーザ端末が、上記動画ファイル及びコメントファイルを受信する(⑧)ことにより、ユーザ端末が、受信した上記動画ファイル及びコメントファイルに基づいて、ブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となる。このように、ユーザ端末が上記動画ファイル及びコメントファイルを受信した時点(⑧)において、被控訴人FC2の動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバとユーザ端末はインターネットを利用したネットワークを介して接続されており、ユーザ端末のブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となるから、ユーザ端末が上記各ファイルを受信した時点で、本件発明1の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システム1が新たに作り出されたものということができる(以下、被告システム1を新たに作り出す上記行為を「本件生産1の1」という。)。 

 知財高裁は、被告システムにおける生産とは、被告システムを新たに作り出す行為、より具体的には、ユーザ端末に必要なファイルをダウンロードすることであると捉えた。その上で、必要なファイルをダウンロードする行為が国内で行われたと評価できるかを検討している。
 被告は「被告各システムについては、プログラムの作成、サーバへの蔵置は海外で行われており、システムの「大部分」が日本国内で作り出されていないことは、明らかである。 」と主張しており、プログラムの作成が海外で行われたと思われる。
 しかし、知財高裁は、プログラムの作成よりも、被告システムを最終的に完成させるために、ユーザ端末に必要なファイルをダウンロードする行為に着目している。この問題設定が、今回の判決の結論を導く鍵であったように思う。
 

2023年4月25日火曜日

[米国]最近の裁判例

LESの米国問題WGのメモ。詳細は、後日発行されるLES JAPAN NEWSを参照。

Broadcom Corp. v. International Trade Commission (Fed. Cir. Mar. 8, 2022)

 国内産業要件を満たさないとしたITC決定を支持した判決。
 ITCでの差し止めが認められるためには、特許権者は、US国内で発明を実施している必要がある。
 Broadcom社のチップは、特許の構成要件の一部を満たしておらず、また、構成要件を充足する製品が製造されていることの証拠が不十分だったため、国内産業要件が認められなかった。


Lite-Netics, LLC v. Nu Tsai Capital LLC, DBA Holiday Bright Lights (Fed. Cir. February 17, 2023)

 LiteがHBL及びその顧客に特許権侵害しているとの通知を送ったことに対し、HBLが差し止めを求め、地裁は差し止めを認めたが、CAFCは地裁決定を覆した。
 CAFCは、過去の判例を引用し、「実際、特許権者は、その権利の性質と範囲に関する信念に基づいて善意で行動し、『それらの権利が何であるかを誤解している場合でも』、それらの権利を主張することを完全に許可されている。」と述べた。



2023年4月20日木曜日

[調査]AIを使った調査ツール

 世の中に AIを使った調査ツールが色々とあるが、何をどこまでできるのか。
 トライアルでいくつかのツールをちょっと触ってみただけの段階であるが、メモしておきたい。下記には筆者の推測が入っている。

[AI調査ツールのしくみ]
 AIを使った調査ツールでは、①特許番号を入れると内容の近い特許を検索する、②自然文を入れるとそれに近い内容の特許を検索する、③求めた集合について教師データとして指定した公報と近い順にソートする、ことができる。
 上記の3つは、インプット/アウトプットの仕様は若干異なるが、いずれも所定の文章に近い内容を記載した公報を探すことを基礎とするものである。具体的には、所定の文章と他の公報との類似度のスコアを求め、そのスコアに基づいて結果を出している。②では自然文をクエリとしており、①③は指定された特許内の文章をクエリとしているという違いである。
 検索のアルゴリズムは所定の文章と他の公報との類似度を求めるのであるが、おおざっぱにいうと、クエリと被調査対象の文章を特徴ベクトルで表し、特徴ベクトルどうしの類似度を求めるものと推測される。もちろん、特徴ベクトルへの変換の方法や類似度の計算方法には各社の特徴があるであろう。
 特徴ベクトルは、例えば、tf-idf(term frequency - inverse document frequency)みたいなものであり、所定の文章に頻出する用語は重要度が高いが、他の文章にも頻出する用語は重要度が低い(例えば「端末」はいくら頻出しても重要ではない)という基準で文章を評価するベクトルであると理解している。
 特徴ベクトルの類似度のスコアを計算する際には、同義語も考慮していると考えられる。

[AIでできること、できないこと]
 さて、AIの調査ツールが上記のアルゴリズムで動いているとした場合、AIで何ができるか。
 特徴ベクトルに変換した時点で、おそらく文章の文脈は失われる。文脈は見てないと明確に説明した会社もあった。したがって、AIといえども、文脈を含めた類似度を求めることはできない。つまり、AIでは、所望の発明と同一発明を開示した文献を見つけることまではできない。
 AIでできることは、特徴的な用語あるいはその同義語を同じような割合で含む文章を類似すると判断することである。類似する発明を記載した文献どうしの特徴ベクトルは高い確率で類似するものになると考えられるから、技術分野が同じあるいは近い発明群を見つけることは可能である。

[どう使うか]
 AI調査ツールの説明者からは、AIが何ができるかを理解して使うことが重要という趣旨の説明をもらった。まさにその通りだと思う。無効資料を一発で見つけることができないからAIは使えないということではなく、AIを使うことで調査業務の精度向上と効率化に役立てることができれば良い。
 これから、どういう使い方をすれば効率的な調査が可能になるのか試行錯誤してみたい。

 


2023年4月6日木曜日

[裁判例]ガス系消火設備事件(知財高裁 令和4年(行ケ)10009号)

 ガス系消火設備に関する発明の異議申立事件の取消決定に対する取消訴訟である。
 ガス系消火設備では、建物内の部屋に複数の容器内の消火剤ガスを導入して消火を行う。複数の容器からいっぺんにガスを供給すると部屋の圧力が高くなりすぎるので、それを防止するために、排気ダクトを太くしなくてはならない(=ガスを逃がす)。発明のポイントは、部屋の圧力が高くなりすぎないようにし、ひいては配管を細くするために、複数の容器の容器弁の開弁時期をずらして消火剤ガスのピーク圧力が重ならないようにしたことである。

【請求項1】 (下線は補正箇所)
 建物内でのダクトおよび配管を細くすることで施工コストを低下させ、かつ、設計の自由度を高めたガス系消火設備であって、 
 消火剤ガスが貯蔵された複数の容器と、 
 複数の前記容器内の消火剤ガスを、電子機器が設けられており消火のために水を用いることができない、前記建物に設けられる部屋である防護区画へ導入する前記配管により構成される導入手段と、 
 消火剤ガスが導入される前記防護区画の側面を貫通するように前記側面に接続されて前記防護区画から消火剤ガスを排出するための、前記建物内で縦および/または横方向に延びるダクトと、 
 前記防護区画の避圧口で前記ダクトの端部に設けられたダンパとを備え、 
 前記ダンパが開閉することで前記ダクトと前記防護区画とが連通および遮断され、 
 複数の前記容器のうちの一つの容器と別の容器との容器弁の開弁時期をずらして、前記一つの容器と前記別の容器とから放出される消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止して前記防護区画へ消火剤ガスが導入され、 
 前記一つの容器の容器弁の第一の開弁タイミングと、前記別の容器の容器弁の第二の開弁タイミングであって前記第一の開弁タイミングとは異なり消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止する前記第二の開弁タイミングとを決定し、前記各容器弁に接続される制御部をさらに備える、ガス系消火設備。

 主引例である甲1発明は、「不活性ガス消火設備設計・工事基準書〔第2版〕」の記載で、容器弁の開弁時期や、窒素ガスのピーク圧力が重なること等の記載はないが基本的な構成は記載されていた(下図)。


 副引例は、火災危険抑制システム10の発明である。ガスシリンダー12aと12bとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16aと、ガスシリンダー12bと12cとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16bの開放時間をずらすことで、シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されることが記載されている。

 これらの証拠からすると甲1と甲2に基づいて本件特許が進歩性なしとした異議決定は妥当なように思える。しかし、裁判所は次のように判断した。

[裁判所の判断]
 甲2には、・・・火災危険抑制システム10において、・・・シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されること。」)が記載されていることが認められる。 
 しかるところ、甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、配管等の内部のあらかじめ決められた圧力により動作(破裂)し、一旦動作(破裂)した後は再閉鎖されない、使い捨ての部材(甲21ないし23)であり、弁が繰り返し開閉する「容器弁」とは、動作及び機能が異なるものである。 
 そして、前記(2)の甲2の記載事項によれば、甲2には、①甲2記載の火災危険抑制システムは、複数(第1及び第2)のガスシリンダー間にラプチャーディスクを取り付け、第1のガスシリンダー内のガスが保護された部屋(密閉された部屋)に放出されて第1のガスシリンダー内の残存ガスのレベルが低下すると、第1及び第2のガスシリンダー間の圧力差で、ラプチャーディスクが破裂して第2のガスシリンダー内のガスが保護された部屋に放出され、このように複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスが放出されることによって、保護された部屋の過圧を防止できること(前記(2)エ、キ)、②保護された部屋の大きさ、ガスシリンダーの容積、及びその他の要因によって、必要に応じてより多くのガスシリンダー及びラプチャーディスクを使用して、閉鎖された部屋(保護された部屋)を適切に保護することができること(前記(2)オ、カ)の開示があることが認められる。 
 一方で、甲2には、バルブ(図2記載の第1のバルブ30、第2のバルブ34、第3のバルブ38)の開閉によりガスシリンダーから配管へのガス流を制御することの記載はあるものの、ラプチャーディスクを使用することを前提とした記載であって、ラプチャーディスクを使用せずに、各バルブの開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについて記載や示唆はない。 
(ウ) 以上のとおり、甲1記載の「容器弁」付き窒素ガス貯蔵容器の「容器弁」と甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、動作及び機能が異なること、甲1及び2のいずれにおいても貯蔵容器の容器弁又はガスシリンダーのバルブの開閉時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することによって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについての記載や示唆はないことに照らすと、甲1及び2に接した当業者は、甲1発明において、保護区域又は保護された部屋の加圧を防止するために甲2記載のラプチャーディスクを適用することに思い至ることがあり得るとしても、ラプチャーディスクを用いることなく、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって加圧を防止することが実現できると容易に想到することができたものと認めることはできない。

(コメント)
 非常に微妙なケースのように思うが裁判所の判示を整理してみる。
 甲1の容器弁と甲2のラプチャーディスクとは動作及び機能が異なる。甲2がラプチャーディスクを設けている目的は、部屋の過圧を防止することであり、その点は本件特許とは同じであるが、甲1に過圧防止ということは記載されていないし、仮に、過圧を防止するにしてもラプチャーディスクを使うことになるから、本件特許の構成には想到しない。
 異議決定のロジックは、甲2に過圧防止という目的が書いてあるから、甲1で過圧を防止するために容器弁を制御することは容易であるというものである。これはこれで一理あるような気もするが、裁判所は、異議決定のロジックは誤りであると判断した。根底には、甲1と甲2を足したとしても、甲1+ラプチャーディスクの構成までで、容器弁を制御するという本件特許の構成には到達しないということがあるのだろう。





2023年4月1日土曜日

[裁判例]対戦ゲームサーバ 新規事項の追加(知財高裁令和4年(行ケ)10092)

 拒絶査定不服審判の審決に対する審決取消訴訟である。発明は、対戦ゲームサーバのプログラムであり、ユーザどうしをマッチングさせるときに、不適切な強さの対戦相手との対戦が行われることを防ぐことを目的としている。
 争点は、出願人が行った補正が新規事項の追加にあたり、不適法であるかという点である。

 補正後の請求項1は下記である。下線は補正箇所を示す。
【請求項1】 
 複数の通信端末に対して一ユーザ対一ユーザの対戦ゲームを提供するコンピュータに、 
 前記通信端末を操作するユーザ毎に一意に割り当てられる識別情報と、ユーザ情報とを、それぞれのユーザ毎に対応づけて管理するステップと、 
 前記ユーザ情報に応じて、数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さの下限値及び上限値により定められた強さの各段階のうち、前記ユーザがいずれの強さの段階であるかを決定するステップと、
 前記ユーザから対戦要求を受けた場合、前記識別情報に対応付けられたユーザ情報に応じた強さの段階に基づき、当該強さの段階から所定範囲内の同じ強さまたは異なる強さの段階の他のユーザとの対戦を開始するステップと、を実行させ、 
 前記対戦を開始するステップは、
 前記下限値及び上限値により定められた強さの段階毎に設定された対戦相手の強さの段階の上限および下限、ならびに、当該対戦相手の強さの段階の上限および下限内に含まれる弱者の割合および/または強者の割合に基づいて、自動的に対戦相手候補であるユーザを抽出し、当該対戦相手候補であるユーザの中から前記ユーザによって決定された他のユーザとの対戦を開始することを特徴とするプログラム。
 
 このように出願人は、「強さ」の説明として、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである」を加えた。
 明細書には、強さを上のように直接に説明した文章はなく、発明の課題として、「特にユーザが初心者であって、攻撃力及び防御力の合計値が低い場合、対戦相手に係る攻撃力及び防御力の合計値の方が高くなる可能性が高く、対戦ゲームで負けてしまうことが多くゲームに対するユーザの興味を著しく低下させてしまっていた。」(段落【0005】)との記載があるほか、実施の形態も「ユーザが保有するユニットの攻撃力及び防御力」を例として説明がなされていた。

 このことから、審決は、強さとは、「攻撃力及び防御力の合計値」であると解し、これを「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである」と補正することは、新たな技術的事項を導入するものであって、当初明細書等に記載した事項の範囲内でされたものではないと判断した。

[裁判所の判断]
 そして、「ゲーム」分野における技術常識に関して、「ユーザ」の「強さ」に、攻撃力及び防御力以外に、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が含まれることが本願の出願時の技術常識であったことは、当事者間に争いがない(本件審決第2の2⑵イ(ウ)〔本件審決12頁〕参照)。 
 上記のような、対戦ゲームにおいて、強さに大差のある相手ではなく、ユーザに適した対戦相手を選択するという発明の技術的意義に鑑みれば、当初明細書等記載の「強さ」とは、ゲームにおけるユーザの強さを表す指標であって、ゲームの勝敗に影響を与えるパラメータであれば足りると解するのが相当であり、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」とすることは、発明の一実施形態としてあり得るとしても、技術常識上「強さ」に含まれる要素の中から、あえて体力、俊敏さ、所持アイテム数等を除外し、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」に限定しなければならない理由は見出すことができない。言い換えれば、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定するか否かは、発明の技術的意義に照らして、そのようにしてもよいし、しなくてもよいという、任意の付加的な事項にすぎないと認められる。 
 そうすると、当初明細書等には、「強さ」の実施形態として、文言上は「攻撃力及び防御力の合計値」としか記載されていないとしても、発明の意義及び技術常識に鑑みると、第2次補正により、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定せずに、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータ」と補正したことによって、さらに技術的事項が追加されたものとは認められず、第2次補正は、新たな技術的事項を導入するものとは認められない。そうすると、第2次補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであると認められ、特許法17条の2第3項の規定に違反するものではないというべきである。 

(コメント)
 上記の補正は、次の明確性要件違反に対応したものである。
「請求項1、7、8及び請求項1を引用する請求項2から6に係る発明の「強さ」には、攻撃力及び防御力の合計値のみならず、対戦ゲームの技術常識を勘案すると、必殺技等も包含される。
 ここで、例えば、必殺技は、数値化できないところからすると、「強さの下限値及び上限値」といっても数値化できないものに対して「下限値及び上限値」とは、何を特定しようとしているのか不明である。
 さらに、上述するような数値化できない「強さの下限値及び上限値」により定められた「強さの各段階」とは何を特定しようとしているのか不明である。
 よって、請求項1~8に係る発明は明確でない。」

 判決によれば、強さには、必殺技のように数値化できないものも含まれる。数値化できないのに、「強さの各段階」とはどう特定するのか、という点は明確になったのだろうか。
 特許庁の明確性の主張に対し、判決は、次のように述べるが、強さに何が含まれるのかは想定し得るとしても、その段階については明示していないように思われる。(特許庁が「強さの各段階」について主張しなかったのかもしれない)

[裁判所の判断]
 しかし、各形態のゲームにおいてどのような「強さ」のパラメータを設定するのが適当かは、当業者であれば適宜判断し得るものと推認され、ユーザの強さを基準として所定範囲内の強さを有する他のユーザを対戦相手として選択することにより、ユーザのゲームに対する興味の低下を防ぐという発明の技術的意義に照らせば、ある形態の対戦ゲームにおいて「強さ」にどのようなパラメータが含まれるかは、当業者であれば想定し得るものと推認される。そうすると、「強さ」が「攻撃力と防御力の合計値」に限定されていないとしても、第三者に不測の不利益をもたらすものとは認められない。

2023年3月7日火曜日

[裁判例]証拠の記載を上位概念化して認定することは許されないとした例(令和4年(行ケ)10012等)

 特許無効審判の審決に対する審決取消訴訟である。対象特許は、以前、個人発明家がアップルから損害賠償をとったことで話題になったクリックホイールの特許である。なお、特許の存続期間は切れており、すでに権利は消滅している。
 対象特許の請求項は次のとおりである。

【請求項1】
A 指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され、前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段と、 
B 接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段とを有し、 
C 前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡に沿って、前記プッシュスイッチ手段の接点が、前記連続して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されているとともに、前記接点のオンまたはオフの状態が、前記タッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されており、かつ、 
D 前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力よりも大きな接触圧力での押下により、前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオフが行われる 
E ことを特徴とする接触操作型入力装置。


 要するに、リング状のタッチ位置検知手段83があり、タッチ位置検知手段83の軌跡上で押下すると接点がオンになるプッシュスイッチ手段84(上図では4つ)があるというものである。
 
 主引例は3つあるが、ここでは甲1を取り上げる。
 甲1発明は、テープ駆動系に対する制御信号を発生すべく操作される制御手段に適用される、タッチパネルを利用した制御信号供給装置の発明である。従来は、検出領域が直線的に配列されたタッチパネルを備えていたが、これだと、タッチパネルの一端から他端への操作戻り時間がとられるという課題があったので、甲1発明は、円環状に配列された複数の接触操作検出区分を設けたタッチパネルを採用した。


 本件特許と甲1発明との相違点は、甲1発明がプッシュスイッチ手段を有していない点である。
 この相違点を埋めるべく、原告は、周知技術を示す多数の証拠を提出し、甲1発明と周知技術との組み合わせを主張した。

[裁判所の判断]
  以上によれば、甲4文献ないし甲9文献から、接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段(タッチパネル)の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造を、周知技術として認定することができる。 
 原告らは、前記第3の1⑴ア のとおり、甲4文献ないし甲9文献から認定される周知技術について、「接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出する」との認定は不要なものである旨主張するが、周知技術1が、接触点を一次元(甲8文献)又は二次元(甲4文献ないし甲7文献及び甲9文献)座標上の位置データとして検出するものであることは事実であり、この点をことさら認定からはずすべき理由はない(いずれにしても、この点は本件結論を左右しない。)。したがって、原告らの上記主張は採用できない。
・・・
  磁気テープの走行方向や走行速度を制御するための甲1発明のタッチパネルと、走行方向や走行速度という要素を含まない位置データを入力する装置に関する周知技術1とは、制御する対象が異なるし、たとえ両者がタッチパネルという共通の構成を有するとしても、磁気テープの制御信号供給装置である甲1発明において、位置データを入力する装置に関するものである周知技術1を適用することが容易であるとはいえない。 
  結局のところ、甲1発明に、周知技術1を適用できるとする原告らの主張は、実質的に異なる技術を上位概念化して適用しようとするものであり、相当でない。 

(コメント)
 原告の主張は、タッチ位置検知手段の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造は周知だから、甲1発明に組み合わせることは容易であるというものである。これに対し、裁判所は、周知技術のタッチ位置検知手段は、位置データを検出するタッチ位置検知手段であると認定した上で、位置データを検出するタッチ位置検知手段を甲1発明に適用することは容易ではないとした。上位概念化した技術は「実質的に異なる技術」であると言っているところは興味深い。
 証拠の記載からどの粒度で技術思想を抽出するかは評価という側面がある。許容される上位概念化もあるはずであり、どのような上位概念化が「実質的に異なる技術」なのかは、判断が非常に難しい。裁判所は括弧書きで「いずれにしても、この点は本件結論を左右しない。」とも述べるので、その判示を以下に抜粋する。下記の判断も手伝って、上のような認定をしたとも考えられる。

[裁判所の判断]
 仮に、周知技術1を、タッチパネルによる選択をプッシュスイッチで確定して何らかの入力情報を生成する技術であると上位概念化して理解したとしても、甲1発明は、プッシュスイッチに割り当てるべき機能(選択を確定する機能)をそもそも有さないし、甲1文献には、タッチパネルにより磁気テープの走行方向や走行速度を連続制御することは記載されているが、タッチパネルにより選択された走行方向や走行速度を確定する操作や、当該操作に対応するボタン等の構成は記載も示唆もないから、甲1発明に、周知技術1を適用する動機付けがない。 

(2023/3/15追記)
原告の主張に対して、裁判所は次のように判示している。
[裁判所の判断]
しかし、原告らの主張は、前記において説示した、甲1発明において選択を確定する機能がない点等を看過しているものであるし、周知技術1において、位置データを入力する機能はタッチパネルの形状や操作態様等には依存しないとしても、そのことが同周知技術におけるタッチパネルとプッシュスイッチの機能的又は作用的関連を否定する根拠とはならないし、機能的又は作用的関連が否定できない以上、周知技術1を甲1発明に適用することが単なる寄せ集め又は設計変更とはいえない。したがって、原告らの上記主張は採用できない。

 周知技術においてははタッチパネルとプッシュスイッチに機能的又は作用的関連があるため、これらを切り離して引用発明を認定してはいけないということである。
 

 

2023年2月13日月曜日

[調査]検索式の作成

 無効資料調査の検索式の作成について。
 正解があるわけではないように思う。今後も試行錯誤は続くが、いま考えるやり方を備忘の意味を込めてメモしておきたい。

 以前にも書いたが、すべてを網羅することはできない。例えば、20年分の文献を調査しようとすると、ざっと600~700万件の公報がある。このうち99%は無関係と言えるとしても残りは6~7万件。とても見きれる量ではない。そもそも調査対象を20年分としたり、その99%を外している点で網羅していないともいえる。
 無効資料調査の場合には、1件でも無効資料があればよいのだから、ありそうなところを見ていくのが、限られた時間で資料を発見する確率を高めると考える。
 
 「Aにおいて、Bに基づいてCする」ことを特徴とする発明を探すとする。
この場合、「Bに基づいてCする」という部分が特徴であり、「Aにおいて」は前提事項である。次のようなイメージで検索式を立てる。



 縦軸は特徴を表す表現の切り口、横軸は前提事項の切り口で、所望の文献は交差する部分にある。特徴部分はピンポイントで狙う。前提事項は、特徴部分の切り口で求めた集合からノイズを除去するという位置づけと考え、広めに設定する。
 以上のことから、検索式のクエリを考えると、次のようにすることが多い。
(特徴部分)
 ・要約のキーワード検索
 ・クレームのキーワードでの近傍検索
 ・全文のキーワードでの近傍検索
 
(前提事項)
 ・要約、クレーム、全文のキーワード
 ・FI

 次に、特徴部分の検索の例について。
「Bに基づいてCする」という技術思想を明細書で記載するとすると、どういう表現になるか。「Bに基づいてCする」「Bに応じてCする」「Bを用いてCする」等の他、「Cを行うためにBを用いる」も考えられる。また、「B」「C」の部分にはもちろん、「B」「C」のみならずその同義語も考えられる。
 近傍検索を使って、
「B」<1w>「基づ+応じて+を用いて」<5w>「C」 ・・・(式1)
というような感じになるかと思う。
 ここで、<1w>は両側にある文字が1ワード以内であることを意図している。
 少し広げるなら、
「B」<10w>「C」+ 「C」<10w>「B」  ・・・(式2)
のようにすれば、間に入る言葉が「基づく」等以外にも対応できる。

 注意が必要なのは、色々なバリエーションが考えられるからと気にしすぎると、関係ないものがたくさん入ってきてしまい何を探しているのか分からなくなってくる。
 ただし、現実には、(式1)のタイプの式をたくさん作るのは結構難しく、(式1)のタイプだけだと件数がヒットしないということもある。他人が書いた明細書の表現をすべて想定できるとも思えないので、そもそもの件数が小さい場合には、ある程度、しらみつぶし的な検索式を入れていく場合もある。
 

2023年2月6日月曜日

[裁判例]着信者主導による通信方法(令和4年(行ケ)10013号)

 拒絶審決に対する審決取消訴訟である。裁判所は、結論としては、拒絶審決の結論を支持したが、その理由の中で審決の要旨認定が誤りであると判示した。
 出願に係る発明は、以下のとおりである。いつもなら概要を記載するのだが、この発明は、何を言わんとしているのかよくわからなかったため、単に引用した。

 【請求項1】 
 コンピュータによって実行される方法であって、 
 サービスの要求を受けるステップと、 
 前記要求を処理するために指示情報を使用するステップと、を含み、 
 前記指示情報が認証情報に基づいて設定された情報であり、 
 前記認証情報が物品から取得される情報であり、 
 前記物品が前記認証情報を利用者に提供する物品である、 方法。

 問題となったのは、「指示情報」(下線部)の解釈であり、審決は、次のように解釈した。
(審決の解釈)
ア 本願発明の「指示情報」は、本願明細書記載の「指示ファイル」の情報に対応するものであり、具体的な実施例としては、買い手の口座に対応する「指示ファイル」に設置(設定)した電子決済の「有効/無効フラグ」である(【0066】)。 

 審決は、上記の指示情報の解釈を前提として、本件発明と引用文献1との2つの相違点を認定し、それらの相違点について容易想到であるとした。

 これに対し、裁判所は次のように判断した。
(裁判所の解釈)
 本願発明の特許請求の範囲の請求項1の記載は、 「・・(省略。請求項1を引用。)・・」というものである。
 上記記載によれば、本願発明は、サービスの要求を受けるステップと、前記要求を処理するために「指示情報」を使用するステップと、を含むコンピュータによって実行される方法であり、本願発明の「指示情報」は、コンピュータがサービスの要求を処理するために使用する情報であって、利用者に提供する、物品から取得される認証情報に基づいて設定された情報であると解される。 
 そして、本願明細書には、本願発明の「指示情報」について定義した記載はもとより、「指示情報」の用語を明示的に用いた記載はなく、「指示情報」を特定の情報に限定する記載や特定の場所に保存された情報に限定する記載もないことに鑑みると、本願発明の「指示情報」は、上記のとおり、解釈するのが相当である。 

 上記したように、裁判所は、「指示情報」は、請求項に記載されているとおりに解釈するのが相当であると判示した。この解釈に基づき、以下のとおり、請求項1に記載された構成は引用文献1に実質的に記載されていると判断した。

(裁判所が行った対比)
 利用者が店舗において購入希望商品の発注を行う際、店舗端末22に付属したQRコード読取装置21は、携帯電話機1の表示部11に表示されたQR決裁証明鍵1201を読み取るとともに、携帯電話機1の正面あるいは側面に印刷された標識19,20から携帯電話製造番号と携帯電話番号を読み取り、その読取結果を店舗端末22に転送し、店舗端末22は、携帯電話機1から読み取った携帯電話製造番号、携帯電話番号及びQR決裁証明鍵1201を決裁承認要求として認証サーバ41に送信し、・・・携帯電話製造番号及び携帯電話番号の両方が正当なものであり、しかも店舗端末22から受信したQR決裁証明鍵1201の情報(全部または一部)が自分自身で発行した正規のものであると認められた場合には、認証サーバ41は詳細決裁承認を店舗端末22に返信し、店員が、利用者本人に購入意思を確認した上で、決済処理が行われていることを理解できる。 
・・・
 そうすると、かかる制御を行うための情報は、「コンピュータ」である認証サーバ41が、「サービスの要求」としてのQR決裁承認要求を認めるか否かを処理するために使用する情報であって、「物品」である携帯電話機1から取得される「認証情報」である携帯電話製造番号及び携帯電話番号に基づいて設定された情報であるといえるから、本願発明の「指示情報」に相当するものと認められる。

(引用文献)
 引用文献1は、セキュアな認証と決済を提供する商取引方法の発明である。


 「指示情報」を請求項に記載のとおりに解釈した結果、携帯電話機から読み取った”携帯電話製造番号及び携帯電話番号に基づいて設定された情報”は、「指示情報」に該当するとされた。
 携帯電話製造番号等は、審決が「指示情報」の具体例として挙げた、「電子決済の有効/無効フラグ」とは全く異なる。本件の出願人が携帯電話製造番号等までも「指示情報」として意図していたかどうかはわからないが、進歩性なしと判断された。
 新規性、進歩性の判断においては、発明の要旨認定は特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるとの考え方が表れた例といえる。

 
 

2023年1月30日月曜日

[裁判例]引用発明の本来的な要請に基づき組み合わせの容易性が認められた例(令和4年(行ケ)10039号)

 株式会社ぐるなびの拒絶査定不服審判の審決取消訴訟である。出願にかかる発明は、次のとおりである。ポイントとなる構成に下線を引いた。
【請求項1】
 一又は複数のプロセッサーが、 予約対象となる第1施設と一又は複数の予約内容とを含む初期予約条件の入力をユーザー端末から受け付け、 
 前記第1施設に対応する施設端末に前記予約内容を通知し、 
 前記施設端末からの返信を受け付けた場合に予約を成立させ又は返信内容を前記ユーザー端末に通知し、 
 前記予約内容が前記施設端末に通知された後、前記施設端末からの返信を有効に受け付ける期間として予め設定された待機期間内に前記施設端末からの返信がない場合に、前記施設端末からの返信受付を終了して、前記初期予約条件に基づいて前記第1施設を除く一又は複数の第2施設を抽出し、 
 前記抽出された一又は複数の前記第2施設の情報を前記ユーザー端末に通知する、 予約支援方法。


 ユーザが予約対象としている第1施設の施設端末から待期期間内に返信がない場合に、初期予約条件に基づいて複数の第2施設を抽出し提案する(図7)というシステムである。これにより、施設側は、早期に返信をしないとスキップされてしまうことから、対象特許が目的としている「施設側の早期の返信を促す」ことを実現する。

 主引例は、同じく施設の予約システムであるが、希望する施設の予約がNGであった場合に自動的に別候補の検索を行い、別候補を提供する発明であった。
 本願発明と主引例との違いは、本願発明では第2の候補の抽出を第1施設からの返信がない場合に行うのに対し、主引例では予約登録結果がNGだった場合に行う点である。
 副引例は、ホテルの仮予約に関する発明で、仮予約センタ端末が複数のホテル端末に対して順次、空き問い合わせを行い、宿泊が可なら仮予約を行うというものである。この発明では、空き問い合わせに対する宿泊可否の通知を一定時間経過しても行わなかった場合、ホテル端末に対してキャンセルの通知を行い、次のホテルに空き問い合わせを行う。これは相違点に係る構成である。
 
 本裁判の論点は、主引例と副引例とを組み合わせることが容易かどうかである。裁判所は次のように判断した。
(裁判所の判断)
「イ ところで、施設の予約は、利用日又は利用日時を指定して行うものであり、予定される利用日又は利用日時よりも前に予約を完了するという本来的な要請がある。そして、引用発明は、ある特定の施設の予約を目的とするものではなく、利用者の希望する条件に合致した複数の施設を対象とし、一つの施設の予約ができなかった場合に、別の施設の予約をすることが可能であるような施設予約システムにおける予約方法であるところ、・・・宿泊施設の予約担当者による判断の時期によっては、相当程度に遅くなる場合も想定され、その間に、当初の検索条件に合致する別候補の施設の予約枠が埋まってしまうこともある。 
 そうすると、引用発明には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができないおそれがあるといえる。 
ウ 次に、前記2(2)イの引用文献2記載技術をみると、・・・甲2には、施設端末が、一定時間を経過しても予約可否の回答をしなかった場合には、キャンセルとして扱い(以下「タイムアウト処理」という。)、次の施設に問い合わせるという技術が開示されているといえる。そして、予定される利用日又は利用時間よりも前に、タイムアウト処理をして、次の施設に問合せをすることで、最初に問合せをした施設からの回答を待っていたために、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができなくなるという事態を回避するのに、一定の効果があると認められる。 
エ ところで、引用発明と引用文献2記載技術とは、複数の施設を対象とした施設予約システムにおける施設予約方法という共通の技術分野に属するものであって、第1施設に対して予約可否の問合せを行い、第1施設から予約不可の返信を受けた場合には第1施設に類似する他の施設を抽出するという手法も共通するところ、前記イのとおり、引用発明において、第1施設から予約可否の返信が長時間送信されない場合には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請を満たすことができないおそれがあるところ、上記本来的な要請を満たすために、第1施設からの予約可否の返信を長時間待ち続けるという事態を回避しようとすることは、当業者であれば当然に着想するものと認められるから、引用発明に引用文献2記載技術のタイムアウト処理を適用する動機付けがあるといえる。 」

(コメント)
 動機付けありとした判断のポイントは、施設予約には、予定される利用日又は利用日時よりも前に、利用者の希望する条件に合致した施設を予約するという本来的な要請があるところ、引用文献1では本来的な要請を満たすことができないおそれがあり、引用文献2ではそのおそれを回避する効果があるというものである。
 このロジックによれば、副引例が奏する効果、または解決する課題等が、本来的な要請に基づくもの(あるいは普遍的な課題を解決するもの等)と言ってしまえば、常に副引例を組み合わせる動機付けがあることになってしまう。判断が恣意的にならないようにするために、判断者は、本来的な要請があることを丁寧に示す必要がある。また、無効を主張する立場としては、当然そうした要請を示す必要があるであろう。







 

2023年1月20日金曜日

[裁判例]携帯情報通信装置事件(令和3年(行ケ)10139号)

 携帯端末に表示しきれない高解像度の画像を受信したときに外部の表示装置に表示させる携帯情報通信装置の発明についての無効審判の審決取消訴訟である。



 特許請求の範囲の記載はとても長いが、ポイントとなるのは次の構成要件である。下線及び①②は筆者が追加。

G’ 前記無線通信手段が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信してデジタル信号に変換の上、前記中央演算回路に送信し、前記中央演算回路が該デジタル信号を受信して、該デジタル信号が伝達する画像データを処理し、前記グラフィックコントローラが、該中央演算回路の処理結果に基づき、前記単一のVRAMに対してビットマップデータの書き込み/読み出しを行い、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記ディスプレイ制御手段又は前記インターフェース手段に送信して、前記ディスプレイ手段又は前記外部ディスプレイ手段に画像を表示する機能(以下、「高解像度画像受信・処理・表示機能」と略記する)を有する、 携帯情報通信装置において、 
H’ 前記グラフィックコントローラは、前記携帯情報通信装置が前記高解像度画像受信・処理・表示機能を実現する場合に、①前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度と同じ解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記ディスプレイ制御手段に送信する機能と、②前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記インターフェース手段に送信する機能と、を実現し、

 G´で言っているのは、無線通信手段によって高解像度画像を受信し、処理し、表示する一連の機能があるということであり、H’で言っているのは、その一連の処理において、①携帯端末の備え付けのディスプレイパネルと同じ解像度の画像を読み出して表示する機能、②ディスプレイより高解像度の画像を読み出して外部ディスプレイ手段に表示させるためにインターフェース手段に送信する機能、の2つがあるということである。

 さて、主引例となった甲1発明は以下のとおりである。

(甲1発明)
「甲1発明は、内部表示装置における内部表示用の表示データを格納するための領域と、内部表示装置よりも高解像度の外部表示装置における外部表示用の表示データを格納するための領域を表示メモリに確保し、内部表示用の表示データを選択的に外部表示用の領域に格納することで、解像度の違いによる外部表示装置における表示領域を有効に利用することが可能となるという効果を奏する(【0104】)」



(周知技術)
「携帯電話機において、携帯電話機のディスプレイによりそのままでは表示できないデータを外部の表示装置に表示する技術は、周知技術であるといえる。」

(裁判所の判断)
「ア 甲1文献には、「データ」や「プログラム」の受信に際して無線を利用することについては、そもそも一切記載はない。もっとも、甲1文献の【0103】の「本装置を実現するコンピュータは、記録媒体に記録されたプログラムを読み込み、または通信媒体を介してプログラムを受信し、このプログラムによって動作が制御されることにより、上述した処理を実行する。」との記載に照らせば、無線を含む通信媒体を「プログラム」を「受信」するために利用することは示唆されているといえる。また、甲1文献の【0083】では、表示内容を上位のアプリケーションが処理することも記載されているから、甲1発明において、「無線通信手段」を設け、「無線通信手段」で受信した「画像データ」を処理して画像を表示するように構成することまでは、当業者が容易に想到し得たことということも可能と考えられる。 
 しかし、甲1文献には、表示装置の解像度に関する記載はあっても、プログラムやデータに関する解像度の記載はなく、無線通信手段が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信して、この「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」についてディスプレイ制御手段やインターフェース手段に送信するデジタル表示信号を生成する具体的な構成については、何らの開示や示唆もない。そうすると、結局、当業者が相違点4に係る構成を容易に想到することができたとはいえないというべきである。」

「しかし、前示のとおり、甲1文献には、「データ」や「プログラム」の受信に際して無線を利用することについて一切記載はないものの、この点については想到可能であるとしても、表示装置の解像度に関する記載はあっても、プログラムやデータの解像度に関する記載は一切なく、甲1発明の「画像データ」が「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」であることについて、何らの開示や示唆もない。 
 また、前記認定の周知技術も、携帯電話機において、携帯電話機のディスプレイによりそのままでは表示できないデータを外部の表示装置に表示する技術を開示するのにとどまり、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信するとの点や、グラフィックコントローラは、携帯情報通信装置が前記高解像度画像受信・処理・表示機能を実現する場合に、「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し、「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し、該デジタル表示信号を前記インターフ
ェース手段に送信する機能を実現するとの点まで具体的に示唆するものではないから、前記 認定の周知技術を加味しても、当業者が相違点4に係る構成を容易に想到できたとはいえないし、この点に係る構成が単なる設計事項であるということもできない。」

(コメント)
 甲1発明は、構成要件H’の①②を備えている。足りないのは、①②の処理が「前記高解像度画像受信・処理・表示機能(構成要件G)を実現する場合」の機能である点である。もう少し細かくいうと、甲1発明も画像の処理と表示はしているから、足りないのは、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を伝達する無線信号を受信」する点である。
 携帯電話機の中に、「本来解像度が前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」が入ってくる経路として、無線通信手段を介して入ってくることも当然あり得る話だと思うが、そのことを開示した文献が示されなかったため、進歩性が認められたと考えられる。

2023年1月9日月曜日

早期審査についてPart2

 以前、早期審査と特許査定率の関係について調べたが、今回は早期審査を経て登録になった特許と、通常(非早期)の審査で登録になった特許について、異議申立事件での取消率等に影響があるのかどうかを調べた。
 対象は、2014年1月以降に特許公報が発行された案件で、異議申立が終了している案件である。前も書いたが、データベースに、早期審査をした、という分類はなかったので、早期審査の事情説明書、早期審査に関する通知書、早期審査に関する報告書等のいずれかが出ていることをキーとして早期審査の特許に分類した。

 まず、早期審査で登録になった特許が全件の26.1%と、異議申立ての全件数に占める割合は非常に高かった。(前回調査によれば、登録件数に占める早期審査の割合は、6%程度にすぎない。)
 しかし、取消理由が通知される割合、訂正請求を出した割合、権利が取り消される割合については、早期審査で登録になった特許と非早期の審査で登録になった特許でほとんど違いがない。
 
 肌感覚としては、早期審査した案件の特許査定率の高さとも相俟って「よくこれで特許になったなあ」と思うものが多いような気がしたが、必ずしもそうではないのかもしれない。
 これまで、早期審査→特許査定率が高いと思っていたが、原因と結果が逆なのかもしれない。つまり、特許査定率が高いものが早期審査されている。
 早期審査の特許の方が異議申立てされる割合が高いのは、それだけ、重要性が高いと考えれば説明がつく。

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...