2020年7月26日日曜日

早期審査について

 早期審査と特許査定率の関係について、データベースで調べてみた。方法は次のとおりである。 

 

 すでに審査がほぼ終了していると思われる、2005年1月1日から2015年12月31日に出願された案件を対象とした。これらを査定種別により、査定なし、登録査定、拒絶査定に分けた。拒絶査定の中には審判で登録審決と受けているものもあると思われるので、それらについては登録に含め、逆に拒絶査定の件数から登録審決の件数を差し引いた。 

 登録と拒絶のそれぞれについて、審査の報告書が作成されているものとそうでないものに分けた。厳密には、早期審査の報告書があっても、「早期審査を行わない」としたものもあるかもしれないが、概ね、早期審査は認められるという前提である。このようにして、早期審査の有無と登録/拒絶を分類すると、以下のようになった。 


  

早期 

非早期 

登録査定、登録審決 

128,054 

1,840,751 

拒絶査定(登録審決を除く) 

12,213 

593,011 

登録:拒絶 

10.5:1 

3.1:1 


 この表によれば、ずいぶんと多く登録されているようであるが、これは査定なし(審査請求せず)の件数を除外し、審査請求された案件のみ計上しているためである。 

 非早期の案件では、審査請求をした案件では、拒絶1に対し登録3.1の割合であった。これに対し、早期審査を行った案件では、拒絶1に対し登録10.5の割合であり、極めて高い確率で特許が得られている。これは早期審査を行う案件は特許権者が自信を持っている案件だからなのか、審査の関係なのかはわからない。

 そこで、登録された案件に対する無効審判及び異議申立の件数についても調べてみた。

 

  

早期 

非早期 

登録査定 、登録審決

120,054 

1,840,751 

無効審判、異議申立がされた件数(割合) 

1,043 

(8.7%) 

3,957 

(0.21%) 

 

 早期審査で登録を受けた案件の方が、一般的に権利者が権利活用に積極的であり、第三者から無効の請求や異議の申立てをされる可能性が高いということはことは想像がつく。しかし、これほどまでに差が大きいと、早期審査案件の方が権利に瑕疵があることが多いのではないかと思ってしまう。 

 早期と非早期の案件で、無効審判又は異議申立の成功率に差があるのか調べたかったが、自分が使っているデータベースでは簡単ではないようであった。 

2020年7月23日木曜日

[US]審判請求後の口頭審理

 拒絶査定に対して審判を請求すると、それに対する審査官の回答が出され、その後、口頭審理を請求する機会が与えられる。口頭審理を請求すべきかどうかについて、米国弁護士から一般的な情報をもらったので、備忘のために記載しておく。

 通常は口頭審理を行う価値はない。その理由は大多数のケースで、口頭審理は結果に影響を与えてない。ほとんどのPTABの審判官は、口頭審理前に、書面に基づいて心証を固めているようである。口頭審理後の書面による決定も、口頭審理の内容をほとんど反映していない。その一方で、口頭審理における意図しない発言を通じて、悪影響を及ぼす可能性がある。また、 USPTOと米国弁護士に対する費用は高額である。
 口頭審理が有用な例としては、ファミリーの特許がライセンスや訴訟の問題に関連している場合、特に戦略的な案件の場合が挙げられる。これらの場合は、口頭審理が重要になり得る。また、審判請求後の例ではないが、再審査や当事者系レビュー(IPR)などの付与後の手続きの場合にも重要になり得るとのことである。

 大多数のケースで影響を与えていないにもかかわらず、ライセンスや訴訟関連では重要になり得るというのは、要するに費用見合いということだろう。つまり、周到な準備をして不用意な発言をしない限り、口頭審理をやってメリットこそあれデメリットはない。口頭審理は、結果に影響を及ぼす可能性が小さいかもしれないが、重要案件では費用をかける価値がある。

2020年7月21日火曜日

均等論について ~電子メール誤送信防止事件の補足~

 前回の投稿で、均等論について判断した裁判例を紹介したが、均等論について補足する。
 均等論は、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、特許侵害を認める法理であり、その第1要件は、対象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことである。
 この要件の判断に関し、本質的部分説と技術思想同一説があったが、平成28年3月25日の大合議事件において、本質的部分か否かは、技術思想同一説で判断するべきことが判示された(下記判示の後段部分参照)。
[裁判所の判断]
 そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。
・・・
 また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。


 上記判示内容について解説する。
 上述した本質的部分同一説とは、特許発明において、従来技術に見られない技術的特徴を構成する特徴部分に係る構成要件を、対象製品が備えているかという観点で判断するという説である。これに対し、技術思想同一説は、従来技術に見られない特徴部分を対象製品が備えているかという観点で判断するという説である。
 例を示す。特許発明がA,B,Cを備えるDであり、特徴部分に係る構成要件がAであったとする。これに対し、対象製品は、Aに代えてA´を備えているとする。本質的部分同一説によれば、対象製品は、特徴部分に係る構成要件Aにおいて相違するから、均等論の第1要件を満たさないことになる。これに対し、技術思想同一説によれば、A,B,CからなるD(対象特許)と、A´,B,CからなるD(対象製品)が、特許発明の本質的部分(従来技術に見られない技術的特徴)を共通に備えているか否かを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断される。つまり、特徴部分にかかるAにおいて相違するとしても、直ちに、第1要件が否定されるわけではなく、特徴部分を共通に備えるかどうかをいう観点で判断される。

 さて、電子メール誤送信防止事件においては、明細書に、
「【課題が解決しようとする課題】
 しかしながら、特許文献1に記載の技術においては、送信メール保留装置は受信したメッセージ単位でしか保留の可否を判断することができない。そのため、複数の送信先が記載された電子メールに対しては、誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていれば、その他の送信先に対するメール送信までもが保留、取り消しがされることとなる。
 本発明は上述の問題点に鑑みなされたものであり,ユーザによる電子メールの誤送信を低減可能とすると共に,宛先に応じた電子メールの送出制御を行うことにより効率よく電子メールを送出させる仕組みを提供することを目的とする。」

との記載があることから、この課題を解決する構成が従来技術には見られない特有の技術的思想を構成する特徴部分であると理解された。上に引用した大合議事件の判示(前段部分参照)からみて妥当な判断といえる。
 その上で、ドメイン単位で保留の可否判断を行う対象製品では、同じドメイン内に誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていれば、その他の送信先に対するメール送信までも保留等されてしまうから、明細書に記載の課題を解決する従来技術には見られない特徴部分を共通に備えているとは言えない。つまり、相違部分は本質的部分であると判断された。


2020年7月15日水曜日

[裁判例]電子メール誤送信防止事件(知財高裁 令和2年6月18日)

本件は、電子メール誤送信防止に関する特許権を保有するキャノンITソリューションズがデジタルアーツ株式会社を訴えた事件の控訴審である。

対象となる特許は、電子メールを送信する際に、メールの誤送信を防止するために、送信先と送信元に対応付けた制御ルールに基づいて、メール送信を保留する技術に関する。この特許の特徴は、電子メールを複数の送信先に一斉送信するときに、送信先を個々の送信先に分割し、送信先ごとにメール送信を保留するか否かの判定を行うことにした点である。従来は、保留するかどうかの判定がメッセージ単位で行われていたため、一つでも保留条件を満たす送信先が含まれていると、その他のメール送信まで保留、取消がされるという課題があったが、本件発明はこのような課題を解決した。

これに対し、被控訴人の装置は、複数の宛先の電子メールアドレスが設定された電子メールを、宛先のドメイン毎の電子メールに分割するものである。

 ポイントとなった構成要件は、「11D 前記受信手段で受信した電子メールに設定された複数の送信先を個々の送信先に分割する分割手段と」である。

ドメインを特定するのみでは電子メールは受信者に届かないことや、本件明細書の記載等から、上記要件における「送信先」は電子メールアドレスと解すべきであるとされた。この解釈を前提として、被控訴人の装置は、文言上、本件特許を侵害しないと判断された。「送信先」という文言からみても、妥当な判断である。

本件では、均等侵害についても判断されており、こちらの方が興味深い。

本件発明の課題は、次のとおりである。

「【課題が解決しようとする課題】

しかしながら、特許文献1に記載の技術においては、送信メール保留装置は受信したメッセージ単位でしか保留の可否を判断することができない。そのため、複数の送信先が記載された電子メールに対しては、誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていれば、その他の送信先に対するメール送信までもが保留、取り消しがされることとなる。」

 控訴人は、ドメイン毎に送信保留の可否判断を行う被控訴人装置の構成であっても、従来技術であるメッセージ単位での判断よりも、送出制御を効率化することができると主張した。つまり、本件発明の本質的部分は、メッセージ単位より小さい単位で送信保留の判断をすることであり、その単位が電子メールアドレス単位であるかドメイン単位であるかは本質ではないという趣旨である。

これに対して、裁判所は次のように判断した。

[裁判所の判断]

「特許文献1に記載の技術においては、送信メール保留装置は受信したメッセージ単位でしか保留の可否を判断することができない。そのため、複数の送信先が記載された電子メールに対しては、誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていれば、その他の送信先に対するメール送信までもが保留、取り消しがされることとなる。」(段落【0004】)とあるところ、一部であっても本来保留される必要のない送信先に対するメール送信が保留されれば、誤送信の可能性がある送信先が1つでも含まれていることにより、メール送信が保留されてしまったことに変わりはないから、本件発明1の課題は、誤送信の可能性がないその他の送信先に対するメール送信は保留、取り消しがされなくなることと解すべきであり、メッセージ単位での保留の可否判断よりも送出制御を効率化すれば足りるとはいえない。

という判断を元に、

・・・(段落【0004】①)とは、本来保留される必要のないその他の送信先(すなわち電子メールアドレス)に対するメール送信は全てなされるべきであるとの趣旨と解するのが自然である。

また、前記アのとおり、「効率よく電子メールを送出させる」ことは、電子メールアドレスに応じた電子メールの送出制御によってもたらされるものとされている。電子メールアドレスに応じた電子メールの送出制御によれば、保留の必要がないその他の電子メールアドレスに対する送信は全てなされるのであるから、本件発明の効果も同様と解すべきであって、保留の必要がないその他の電子メールアドレスのうちの一部の電子メールアドレスに対する電子メールの送信が保留されなくなることでは足りないというべきである。


 以上の裁判所の判断によれば、ドメイン単位での送信保留の可否判断する構成でも従来技術よりも送出効率が良いにもかかわらず、本件発明の本質的部分が電子メールアドレスの単位の保留可否判断でなければならないとされてしまった要因は、課題の書き方にあるようである。

この点に関して、控訴人の主張も主張しており、それに対する裁判所の判断は次のとおりである。

[裁判所の判断]

  控訴人は、文言侵害が否定された場合に、本件明細書等1の課題に記載された「送信先」を「電子メールアドレス」と読み替えて、課題を認定し、当該課題から直接的に本質的部分を認定することは、均等侵害の成否の場面において、文言侵害が否定されることを理由に、均等侵害の成立が直ちに否定され、均等侵害がその機能を果たさない結果となることから、かかる結果が著しく妥当性を欠く旨主張する。

しかし、本質的部分の認定は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである(大合議判決)。よって、本件明細書等1の記載に基づいて、本件発明1が、従来技術である特許文献1のどのような点を課題として把握し、どのような解決手段を提示し、どのような効果をもたらすものなのかを把握することは、当然なされるべきことであるから、控訴人の主張は理由がない。


このような判示をみると、発明の課題はなるべく書かない方が得策なのかもしれない。書いていない分には、大合議判決(平成27年(ネ)10014号)のように、従来技術との対比によって、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定され、従来技術との差分が発明の本質的部分として認められる可能性があるからである。そして、後から差分を主張する方が、被疑侵害品が見えているだけにやりやすい。


2020年7月10日金曜日

[裁判例]電子記録債権の決済方法事件(知財高裁 令和2年6月18日)

 本件は、拒絶査定不服審判の拒絶審決に対する審決取消訴訟である。請求項1は、以下のとおりである。

【請求項1】

 電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込信号を送信すること、

 前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること、

 前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信することを含む、電子記録債権の決済方法。

  本願発明は、従来の電子記録債権による取引決済において、割引料の負担を債務者に求めるよう改訂された下請法の運用基準に適合させるようにしたものである。

 取消理由は2つあるが、裁判所は、発明該当性についてのみ判断している。

 [裁判所の判断]

() 以上によれば、本願発明は、電子記録債権を用いた決済方法において、電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むとともに、割引料相当料を債務者の口座から引き落とすことを、課題を解決するための技術的手段の構成とし、これにより、割引料負担を債務者に求めるという下請法の運用基準の改訂に対応し、割引料を負担する主体を債務者とすることで、割引困難な債権の発生を効果的に抑制することができるという効果を奏するとするものであるから、本願発明の技術的意義は、電子記録債権の割引における割引料を債務者負担としたことに尽きるというべきである。

前記アで認定した技術的課題、その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義を総合して検討すれば、本願発明の技術的意義は、電子記録債権を用いた決済に関して、電子記録債権の割引の際の手数料を債務者の負担としたことにあるといえるから、本願発明の本質は、専ら取引決済についての人為的な取り決めそのものに向けられたものであると認められる。

 したがって、本願発明は、その本質が専ら人為的な取り決めそのものに向けられているものであり、自然界の現象や秩序について成立している科学的法則を利用するものではないから、全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作には該当しない。

 以上によれば、本願発明は、特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないものである。


  上記した裁判所の判示によれば、発明の本質が専ら人為的な取り決めそのものに向けられている場合には、発明に該当しない。一つ前の投稿では、裁判所は、「単にルール上の取り決めにすぎないとの理由で容易想到性を肯定することはできない」と判示したことを紹介した。対戦ゲーム制御プログラム事件では、先行技術との相違がルール上の取り決めにすぎない発明について発明該当性があるとされている。

 この違いについて検討すると、次の判示部分が示唆を与えてくれる。出願人が、本願発明の各処理の実行は、全て信号の送受信により達成され、業務手順そのものを特定するだけでは達成できないと主張したのに対して、裁判所は以下のとおり判示した。

 [裁判所の判断]

 本願発明において、「信号」を「送信」することを構成として含む意義は、電子記録債権による取引決済において、従前から採用されていた方法を利用することにあるのに過ぎない。すなわち、前述のとおり、本願発明の意義は、電子記録債権の割引の際の手数料を債務者の負担としたところにあるのであって、原告のいう「信号」と「送信」は、それ自体については何ら技術的工夫が加えられることなく、通常の用法に基づいて、上記の意義を実現するための単なる手段として用いられているのに過ぎないのである。そして、このような場合には、「信号」や「送信」という一見技術的手段に見えるものが構成に含まれているとしても、本願発明は、全体として「自然法則を利用した」技術的思想の創作には該当しないものというべきである。


 この点、審決も同様の判断であり、次のように述べている。

「・・・各構成要件は、コンピュータに処理を依頼するための命令を送信することであり、当該命令を作成するために、コンピュータである債権管理サーバが特別な情報処理を行っている訳ではないから、債権管理サーバと口座管理サーバというコンピュータ同士の間で行われる情報のやりとりを行う上での必然的な技術的事項であり、それを超えた技術的特徴が存するとはいえない。

 してみると、本願発明には、「ソフトウェアとハードウェア資源とが協働することによって、使用目的に応じた特有の情報処理装置又はその動作方法が構築」されているといえる事項が記載されているとはいえないから、「コンピュータソフトウェア関連発明」である本願発明は、その観点から見ても『自然法則を利用した技術的思想の創作』とはいえない。」



2020年7月6日月曜日

[裁判例]引例との相違が「ゲームの性格に関わる重要な相違点」である場合には進歩性を有するとした例(知財高裁 令和2年6月4日)

 デッキ対戦型ゲームに関する出願の拒絶審決の審決取消訴訟である。本件はゲームのルールの違いに基づく進歩性について正面から判示をしている。

[事案の概要]
 出願に係る発明(以下、「本願発明」という)は、自分の手元(第1のフィールド)にあるキャラクタカードを、対戦の場(第2のフィールド)に出し、相手が同様にして対戦の場に出したキャラクタカードと対戦をするというのが基本的な制御である。



 本願発明と引用発明との相違は、本願発明はキャラクタカードを対戦の場(第2のフィールド)に移動すると、それに伴って、第3のフィールドから自分の手元(第1のフィールド)に追加のキャラクタカードが補充されるのに対し、引用発明では、対戦の場とは異なる領域に、キャラクタカードとは異なる種類のカードを配置することにより、カードが補充されるという点である。
 この相違点について、拒絶審決では、「どのフィールド又は領域への移動を補充の契機とするかはゲーム上の取り決めにすぎない」ので、引用発明の構成を本願発明における構成とすることは当業者が容易に想到し得たと判断した。

[裁判所の判断]
「イ このように、引用発明におけるカードの補充は、本願発明におけるそれとの対比において、補充の契機となるカードの移動先の点において異なるほか、移動されるカードの種類や機能においても異なっており、相違点6は小さな相違ではない。そして、かかる相違点6の存在によって、引用発明と本願発明とではゲームの性格が相当程度に異なってくるといえる。したがって、相違点6に係る構成が「ゲーム上の取決めにすぎない」として、他の公知技術等を用いた論理付けを示さないまま容易想到と判断することは、相当でない。
そして被告の主張に対しては、上記相違点が「ゲームの性格に関わる重要な相違点であって、単にルール上の取り決めにすぎないとの理由で容易想到性を肯定することはできない」とした。

[コメント]
 本件は、ゲームのルールであっても、進歩性に寄与することを明確に判示した。
ゲームのルールそれ自体は、自然法則を利用しておらず発明に該当しないので、引用発明との差分がゲームのルールしかない場合には、一見すると進歩性がないようにも思われる。
しかし、その差分が「ゲームの性格に関わる重要な相違点」である場合には、その相違点を示す公知技術等がなければ進歩性を有するというのが本判決の内容である。

 審査基準では、参考事例として、商品の選択に際して、「少なくとも嗜好を含むユーザの個人情報」に代えて、「少なくとも嗜好並びに趣味及び家族構成を含むユーザの個人情報」を用いることは設計事項であると説明している。この説明は、以下のとおりである。
「ユーザとの間で商品の売買を行う取引において、ユーザの嗜好や趣味、家族構成などの個人情報に基づいて選択した、おすすめの商品を当該ユーザに提示することはビジネスの慣行として周知である。 当該ビジネス慣行に鑑みると、引用発明において、ユーザの嗜好に加えてユー ザの趣味や家族構成に基づいて、ユーザに提示する商品を選択するよう構成することは、取引の実態に応じて適宜取り決め得る事項である。」
 この例をよく読むと、取り決めだから、直ちに、設計事項と説明しているのではなく、周知のビジネス慣行に鑑みると、設計事項であると説明している。
 本件においては、特許庁は、この参考事例でいうところの周知のビジネス慣行にあたる部分を立証しなければならなかった。



2020年7月1日水曜日

[US]IPRにおける当事者の併合(35U.S.C.315(c))

 米国におけるIPR(Inter Parte Review)は、日本でいう無効審判に相当する手続きである。IPRを提起できるのは、特許付与から9か月後かあるいはPGR(Post Grant Review)の終結の日のいずれか遅い方の後である。ただし、侵害訴訟の当事者については、IPRを提起できる期限が、訴状送達が送達された日から1年以内と定められている(35U.S.C.315(b))。
 Facebook v Windy Cityの事件において、Facebookは、訴状送達の日から1年を経過した後にIPRを提起し、自身が行った先のIPRへの併合を求めた。米国特許庁の審判部は、このIPRの併合を認めたが、裁判所は、自身の行ったIPRへの併合("same-party" joinder)は認められないと判断した。また、裁判所は、35U.S.C315(c)の併合によって、新たな論点を加えること("new issue" joinder)も認めれられないと判断した。
 この判決は先例的判決であり、今後は、自身が行った先のIPRへの併合が認められないことになる。

 詳細は、こちら。



[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...