2021年6月24日木曜日

[米国]PTAB特許審判官による審理の合憲性に関する最高裁判決

[概要]
 Arthrex,Incが保有する特許に対して、Smith&Nephew,IncがIPRを申請し、手続きをした結果、特許を無効とする決定が下された。
 これに対し、Arthrexは、IPRの審理をしたPTAB特許審判官が、合衆国憲法の「任命条項」に違反して任命されているとして、控訴したのが始まりである。CAFCは、PTAB特許審判官は、上級官吏(principal officer)に該当するところ、商務長官によって任命され、大統領によって任命されてはいないから、合衆国憲法に違反するとして、PTABの最終決定を取り消した。以来、これに追従するPTAB決定の取り消し、差し戻し請求が相次いだ。

 この事件の論点は、PTAB特許審判官は、上級官吏(principal officer)か下級官吏(inferior officer)か、上級官吏であるとすれば大統領によって任命される必要があり、下級官吏であるとすれば、ある水準で、上級官吏によって、管理・監督される必要がある、ということである。

[最高裁の判断]2021年6月21日判決
 最高裁は、特許庁長官がPTABの最終決定を再審理し、PTABに代わって決定できるようにすることで、憲法に適合すると判断した。ただし、特許庁長官がすべての最終決定を再審理する必要はなく、重要なのは再審理する裁量権を持つことである。
 
 
 

2021年6月23日水曜日

[EP]英国の標準必須特許訴訟最高裁判決 (知財管理より)

  知財管理2021年3月号に掲載されている石新智規先生の論説より、2020年8月26日に出された最高裁判決のポイントをメモしておく。以下、Unwired Planet International Ltd 他 v. Huawei Technology Co Ltd 他を「第1事件」、Huawei Technology Co Ltd, ZTE Corporation 他 v. Conversant Wireless Licensing SARLを「第2事件」という。

・英国の裁判所が英国特許だけでなく、グローバルライセンスをFRANDとしてその内容を判断することは許される(第1事件)。
・・特許権は属地主義であり、侵害判断は各国が行うが、FRAND条件はETSIのIPRポリシーに基づき、特許ファミリー全体に効果を持つから。
・・実務的には、グローバルライセンスは珍しくない。
・・各国で訴訟提起するのはコストがかかり困難である。
・ただし、英国以外で特許が無効、または非侵害になった場合には、既払い分について返還させたりロイヤリティ料率を減額する等の調整を行う(Huaweiは、そのような権利を有する)。

・中国の裁判所はグローバルでFRAND条件を判断する権限がないので、中国で審理するより英国の裁判所で審理する方が合理的である(第2事件)。
・中国の裁判所の審理を待ってもFRAND条件の審理・判断は期待できないので、中国裁判所の審理を待つ必要もない。

 特許権者にとって非常に有利な判決であると感じられる。
 なぜなら、特許権者は、英国で裁判を行って勝てば、全世界でのライセンス料を得られる。もし英国で負けても、属地主義により他国で勝つことは可能である。逆に、実施者は、英国で負けてしまうと、一旦、全世界でのライセンス料をとられ、各国で勝って、ライセンス料を取り返していかなければならないからである。


2021年6月18日金曜日

[EP]AI関連発明の開示要件(審決T0161/18)

 2020512日に出された審決(T0161/18)において、AI関連発明の開示要件について重要な判断がなされた。この事件の対象となった特許は、心拍出量を決定する方法(Method for determining cardiac output)である。対象はドイツ語で記載されているので、特許の内容については、ファミリーの米国特許を参考にしている。

(発明の内容)
 発明の内容は、末梢領域における動脈血圧曲線から心拍出量を求める方法であって、動脈血圧曲線から中心血圧に変換し求め、中心血圧から心拍出量を計算する。動脈血圧から中心血圧に変換する過程で、学習によって得られた重み係数を持つ人工ニューラルネットワークを用いるというものである。

(EPO審判部の審決)※開示要件のみ
 どのような入力データが本発明による人工ニューラルネットワークの学習に適しているか、あるいは、技術的課題の解決に適した少なくともつのデータセットが開示されておらず、このため、(当業者は過度な負担を強いられることなく、)人工ニューラルネットワークを実施することができない。

 これは、例えば、発明者が実施してうまくいった実験結果を明細書において開示せよということなのだろう。確かに、ニューラルネットワークはブラックボックスなので、ニューラルネットワークを使って良い結果が出ることやその条件の開示がある程度は必要なのかもしれない。

2021年6月16日水曜日

[裁判例]引例の構成を分離して対比することは許されないとした例(令和2年(行ケ)10102等)

 ユニクロのセルフレジの関係で、アスタリスクが持つ特許の有効性が争われた審決取消訴訟である。アスタリスクは審決で無効と判断された請求項1,2,4について、ユニクロは審決で有効と判断された請求項3について、審決の取消を求めていた。

(対象特許の請求項1)
 物品に付されたRFタグから情報を読み取る据置式の読取装置であって, 
 前記RFタグと交信するための電波を放射するアンテナと, 
 上向きに開口した筺体内に設けられ,前記アンテナを収容し,前記物品を囲み,該物品よりも広い開口が上向きに形成されたシールド部と, 
を備え, 
 前記筺体および前記シールド部が上向きに開口した状態で,前記RFタグから情報を読み取ることを特徴とする読取装置。 


 請求項1の構成はシンプルで、上向きに開口したシールド部を備えた構成により、商品の出し入れが簡単で、かつ、周囲にある他の装置への電波の影響を小さくした、というものである。

(甲1発明)
 下記のような、読取り/書込みモジュール200を備えた会計端末100である。
 

 審決は、右図の読取り/書込みモジュール200を請求項1と対比し、実質的な相違点がないか、あったとしても当業者が容易に想到し得ると判断した。
 
(裁判所の判断)
 ・・・当業者は,甲1発明においては,「読取り/書込みデバイス102」の「防壁」が外部への電波の漏えい又は干渉を防止するものであると理解すると認められる。 
 (ウ) 「吸収性発泡体214」の外側に設けられる「外壁212」の材質について,甲1では特定されていないが,上記(ア),(イ)で述べたところに,金属の「側壁」,その外側の「吸収性発泡体」の更にその外側(外壁212の位置)に金属が設けられると,金属である「側壁」と,「外壁」が電波反射板となり,電波を反射するため,その間に「吸収性発泡体」を設ける意味が失われることを考え併せると,当業者は,甲1発明において,「外壁212」を金属で作る必要はないと理解すると認められる。 
 (エ) そうすると,甲1発明の「読取り/書込みモジュール200」は,「防壁」が存在しない状態で単独に用いられること,すなわち,「読取り/書込みモジュール200」だけで電波の漏えい又は干渉を防止することは想定されていないものと認められるところ,外部への電波の漏えい又は干渉を防止する機能は,本件発明と対比されるべき「読取装置」には欠かせないものであるから,甲1発明の「読取り/書込みモジュール200」が単体で,本件発明と対比されるべき「読取装置」であると認めることはできない。 

 以上のように、裁判所は、甲1号証の図2の読取り/書込みモジュールを単体の構成として分離して、対象特許の読取装置と対比することは認めないとした。図1の会計端末と比較した場合には、開口は上向きではなく前向きであるから、この点で両者は相違する。このことから、請求項1に係る発明は、甲1発明に基づいて容易に想到し得たものではないと判断した。
 なお、読取り/書込みモジュールがシールド部を備えていれば、構成としては、請求項1に係る発明と同じになると思われる。しかし、この点については、上記引用の(ウ)の部分で、外壁212を金属で作る必要はない、と判断している。

 個人的な印象としては、本件特許と甲1発明は、レジに使われるという用途も同じだし、開口の中にRFタグのついた商品を入れて使うという構成も同じで、有力な無効資料と思った。装置本体とモジュールの違いに起因する相違点をうまくつかれたような格好だが、請求人にとってやや厳しいのでは?という気はした。


[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...