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2025年2月20日木曜日

請求項における「所望」の用語(令和6年(行ケ)10050号)

 請求項においては、権利範囲を不確定とさせる表現がある場合、明確性違反(特許法36条6項2号)となる場合がある。審査基準に挙げられた例は、「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的に」等である。
 「所望」という文言も場合によっては不明確となり得る用語であると思われる。というのは、誰にとって所望なのか、どこまでの範囲が所望に含まれるのか等が問題となり得るからである。

 取り上げる裁判例は、無効理由の一つとして明確性違反が主張された例である。特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1】
A  車種、経過年を含む履歴情報、価格を少なくともパラメータとして含む、t台(tは1以上の整数値)の車両の購入額、及び所定の期間経過後の販売額を演算する購入販売額演算部と、
B  前記t台の車両の夫々を購入した者を貸主として、当該t台の車両の夫々を、所定の借主に対して賃貸借契約で賃貸する場合の賃貸費を演算する賃貸費演算部と、
C  前記賃貸費と、前記購入額と、前記販売額とに基づいて、前記貸主の損益額と、前記t台の車両の組合せからなるファンドの商品を購入する投資家の損益額と、の夫々を演算する損益演算部と、
D  前記パラメータ及び前記t台、前記購入額、前記販売額、前記賃貸費、前記貸主の損益、並びに前記投資家の損益の組合せを変化させて、前記購入販売額演算部、前記賃貸費演算部、及び前記損益演算部の各処理を繰り返し実行させ、その実行結果に基づいて、前記貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように、前記ファンドの商品の内容を決定する商品最適化部と、
  を備える情報処理装置。

原告は以下のとおり主張した。
 (2) 構成要件Dの「前記投資家の所望する金額」は、当該投資家のニーズ(【0063】)に応じた出資額あるいは投資家要求損金配当に基づいて決定される金額であるが、本件特許発明は、出資額や損金の演算を発明特定事項としないし、「前記投資家の所望する金額」とファンドの商品の内容との関係も不明であるから、「貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように・・・決定する」ことを内容とする構成要件Dは、請求項の記載自体が不明確である。
 これに対し裁判所は、明細書を参酌した上で、構成要件Dの「投資家の所望する金額」とは、各年度ごとのキャッシュフロー、特にトラックファンドの初年度の損金額を意味するものと理解することができると解釈した上で以下のように述べた。
 しかし、構成要件Dの「前記貸主の損益」及び「前記投資家の損益」が、構成要件Cの「前記貸主の損益額」及び「前記投資家の損益額」を意味することは請求項1の文脈上明らかであるし、繰り返しの各処理により変化する「前記貸主の損益額」が、繰り返しの各処理によっては変化しない「前記投資家の所望する金額」と比較されるものであることは、本件明細書等に接した当業者にとって明らかである。また、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例の構成の一部である「出資額や損金計上の根拠となる金額の演算」に関する構成が、本件特許発明の発明特定事項として記載されずに、任意の構成とされていても、本件特許発明が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。 
 
 下線部はほんとに一言だけなので裁判所がそこまでの意味を込めて書いたか分からないが筆者がポイントだと思った箇所である。
 「所望する金額」が各処理の中で変化しないということが不明確ではないという判断につながっているのではないか。審決は、これを「目標」という言い方をしているが明細書には「目標」という用語がないためか、裁判所は「目標」という用語は使わずに「変化しない」金額であると述べたと思われる。
 
 この裁判例から、「所望」という文言を用いても直ちに不明確とはならないことが分かる。
 ただし、本件の場合は、以下のように[ ]内の文言はなくても十分に発明を特定できるような気がする。
D  前記パラメータ及び前記t台、前記購入額、前記販売額、前記賃貸費、前記貸主の損益、並びに前記投資家の損益の組合せを変化させて、前記購入販売額演算部、前記賃貸費演算部、及び前記損益演算部の各処理を繰り返し実行させ、その実行結果に基づいて、[前記貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように、]前記ファンドの商品の内容を決定する商品最適化部と、

 逆にいえば、その程度の要件だから「所望」があっても不明確ではなかったともいえる。

2023年10月3日火曜日

[裁判例]永久磁石の樹脂封止方法事件(令和3年(行ケ)10152号)

 特許が有効であるとした無効審判の審決に対する審決取消訴訟である。無効理由は、分割要件違反を前提とする新規性・進歩性欠如、分割要件を前提としない進歩性欠如、補正要件違反、サポート要件違反、明確性違反と多岐にわたるが、特許庁はすべての理由が成り立たないとした。裁判所はサポート要件についてのみ判断した。
 特許は、複数の鉄心片が積層された回転子積層鉄心に形成された複数の磁石孔に永久磁石を挿入し樹脂で封止する方法に関する発明である。

【請求項1】 (符号は筆者が追加した)
 複数枚の鉄心片が積層された回転子積層鉄心(12)の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔(13)に前記永久磁石(14)を樹脂封止する方法において、 
 前記回転子積層鉄心(12)を、上型(21)及び下型(17)の間に配置して、前記上型(21)及び前記下型(17)同士が当接することなく、前記下型(17)及び前記上型(21)で前記回転子積層鉄心(12)を押圧し、前記回転子積層鉄心(12)の前記磁石挿入孔(13)に前記永久磁石(14)を樹脂封止(15)することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。 


(裁判所の判断)
 裁判所は、まず、大合議事件(平成17年(行ケ)10042号)の判示に倣って以下のように一般論を述べた。
「(1) 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」

 裁判所は、本事案について以下のように判断した。
「 (4) 本件発明についてのサポート要件の検討 
ア 従来技術の問題2を解決するための手段として、本件発明1は、前記2(2)アのとおり、回転子積層鉄心を押圧する際の上型及び下型に対する回転子積層鉄心の配置及び上型と下型との位置関係又は状態を特定する発明であるのに対し、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は、前記2(3)ウのとおり「回転子積層鉄心12の下面25が当接する矩形板状のトレイ部26と、トレイ部26の中心部に立設され、回転子積層鉄心12の軸孔11に嵌入する直径固定型で棒状のガイド部材27とを有している搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を下型17上に搬送し」、「搬送トレイ16を回転子積層鉄心12と共に、下型17から取り外し、回転子積層鉄心12が搬送トレイ16から取り外される」ものであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると、搬送トレイを不可欠の構成としているものと解される。そうすると、本件発明1には、回転子積層鉄心を搭載する搬送トレイを含む構成の発明だけでなく、この搬送トレイを含まない構成の発明も含まれており、搬送トレイを構成に含まない特許請求の範囲の記載を前提にした場合、上記発明の詳細な説明の記載から、当業者が、積層鉄心を下型の有底穴部に嵌挿し、加熱後、積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業は、人手又は機械によっても、時間を要するもので、作業性が極めて悪いこと(従来技術の問題2)を解決して、生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる永久磁石の樹脂封止方法を提供するという本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえない。


 裁判所が言っていることは、発明の詳細な説明によれば、作業性が悪いという課題を解決するためには、搬送トレイが必須であるにもかかわらず、特許請求の範囲からは搬送トレイの構成が省かれているため、請求項に係る発明は課題を解決することができない、ということである。つまり、本件は、審査基準でサポート要件違反の類型として挙げられている「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合」である。
 このような場合、請求項の構成では課題を解決できないので、「特許請求の範囲に記載された発明が、・・当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のもの」ではないと判断されることになる。






2020年1月19日日曜日

金融商品取引管理装置事件(知財高裁 令和元年10月8日)


 無効審判の請求不成立に対する審決取消訴訟である。無効理由は、進歩性欠如とサポート要件違反があるが、ここではサポート要件違反を取り上げる。争点は、明細書に機能A+機能Bという構成が開示されているのに対し、機能Aのみを取り出してクレームすることがサポート要件違反に当たるかどうかである。
 具体的には、請求項1は、外為取引において注文を出す方式の一つである「シフト機能」を規定したものである。これに対し、実施の形態には、この「シフト機能」と「いったんスルー注文」及び「決済トレール注文」を組み合わせた構成が開示され、「シフト機能」単独の実施の形態はなかった。
 裁判所は、「シフト機能」自体が効果を有しており、組み合わされた他の機能とは別個の処理であることが読み取れるとして、「シフト機能」のみの発明を認めた。
 本件は、分割出願に係る特許であるが、原出願は、「決済トレール注文」に主眼をおいた明細書となっていたため、「シフト機能」のみからなる実施形態がなかったと思われる。しかし、そのような場合であっても、他の機能と分離可能である場合には、クレームアップが可能である。ただし、このようなケースでは、従たる機能について、単独で機能することも付言しておくとなお良い。

※以下、裁判所の判断
イ ・・・上記①の記載から,「シフト機能」は,「新規注文と決済注文が少なくとも1回ずつ約定したのちに,更に新規注文や決済注文が発注される際に,先に発注済の注文の価格や価格帯とは異なる価格や価格帯にシフトさせた状態で,新たな注文を発注させる態様の注文形態」であり,シフトされる先に発注済の注文には,「新規注文」又は「決済注文」の一方のみの構成又は双方の構成が含まれること,先に発注済の一つの注文の「価格」をシフトさせる構成のものと先に発注済の複数の注文の「価格帯」をシフトさせる構成のものが含まれることを理解できる。
 また,上記①ないし③の記載から,「シフト機能」は,「相場価格を反映した注文の発注を行うことができる」という効果を奏し,「いったんスルー注文」,「決済トレール注文」や,各種のイフダン注文(例えば…「リピートイフダン注文」や「トラップリピートイフダン注文」)」等の注文方法とは別個の処理であること,「シフト機能」にこれらの各種の注文方法のいずれを組み合わせるかは任意であることを理解できる。

除くクレーム(令和6年(行ケ)第10081号)

 1 除くクレームについて  特許実務において、引用文献と差別化を図るために、構成要件の一部を除くことが行われることがある。新たな技術的事項を導入しないものである場合には構成要件の一部を除くことが認められるが(ソルダーレジスト大合議事件(平成18年(行ケ)第10563号))、...