2021年1月21日木曜日

AIを用いた特許調査

  知財管理2021年月号に、「AIを用いた特許調査における業務効率化に関する研究」と題する記事があった。内容は、AIを用いたスクリーニング調査において、教師データが調査結果にどういう影響を与えるかの検証結果である。

 検証の対象となった調査ツールは、見つけたい発明と類似の公報を正例、類似しない公報を負例として学習を行い、学習済みのモデルを使って調査を行うというタイプのものである。教師データは多い方が正解率が上がることや、教師データの正例と負例との距離が近いほど正解率は下がるといった結果は感覚的なところと整合していた。少し違っていたのが、学習に用いる項目数(特許請求の範囲、要約、発明等)が多い方が正解率が下がったという結果である。「釣り具分野」でしか検証されていないし、今回だけの結果でどうこうということはないが、そういうこともあるんだなと。あと、教師データは、文字数を統一(短い教師データは、同じ文章をコピペ)すると正解率が上がった。

 こうした結果を見ると、どういう細工をするとどういう結果が出るのか、といったAIの癖みたいなものを理解していないと、ツールを使いこなせないという印象である。

 最近では、所望の発明を自然文で入力すると、それに近い公報を検索するAI調査のツールもあるが、それにしてもどういう表現をするかによって結果が異なるということがありそう。



2021年1月15日金曜日

特許のシグナリング機能

  特許には、製品の質や企業の価値を伝達する機能がある、という論調を見つけたのでここにメモする。

(1)消費者に対するシグナリング機能

「2. 企業の知的財産権取得に関する実験経済学的分析」(平成30年度我が国の知的財産制度が経済に果たす役割に関する調査報告書)において、被験者に対して、「特許取得済」「意匠と登録済」「特許出願中」等のラベルを付与した説明文と「ラベルなし」の説明文を見せて、その製品を購入する際の支払意思額を入力させるという実験を行った。

 この結果によれば、製品の品質等に関する不確実性が高いときや信頼感が醸成されていないときに(製品ライフサイクルの導入期等)、知的財産権のラベルは支払意思額を高める効果があった。また、どのような機能に対して権利が取られているかを明確に表示する方が効果が高かった。

 知的財産のラベルは技術等の裏付けになるので、支払意思額を高めそうなことを漠然とは想像するが、それが確からしいことが分かった。


(2)資金調達におけるシグナリング機能

 「スタートアップ企業にとっても特許権の取得は重要!」(特許行政年次報告書2019年版)というコラムにおいて、特許出願後にベンチャーキャピタルから資金を得られる確率がどのように変化するのかを記載している。これによれば、特許出願をした場合としなかった場合の資金獲得確率の比率は、下記のとおり。


 コンピュータ産業では、特許出願をした場合はしなかった場合に比べ、資金獲得確率はなんと10.99倍!

 特許出願という事実が効いて資金を獲得したのか、特許出願できるような技術力のある会社だったからなのか、という気は少ししたが、特許出願後からの経過日数との関係を見れば、特許出願が効いたという整理でいいのかな。






2021年1月10日日曜日

[裁判例]ユーザ認証方法事件(平成29年(行ケ)10219号)

  本件は無効審判の審決に対する審決取消訴訟である。無効理由は29条の2であり、請求項1~7は無効、請求項8,9は有効と審決されたところ、審判請求人および特許権者の双方が、審決を不服として審決取消訴訟を提起した。

 対象は、パスワードの導出パターンの登録方法等に関する発明である。

 使用時のパスワードは、ランダムパスワードである。本件特許では、パスワード生成器の代わりに、ランダムな数字が記載された一覧表を提示し、その中からあらかじめ定めた位置にある数字を選択することでワンタイムパスワードを生成する。どの位置の数字を用いるかをあらかじめ登録しておく方法が対象特許の発明である。導出パターンは、例えば、下図において、“(0,0)-(1,2)-(2,1)-(3,2)”と表すことができる。


対象特許は、導出パターンを登録する方法である。ユーザに座標を指定して特定させるのではなく、登録したい位置に表示された数字を指定させることで登録を行わせる。




 先願にかかる発明も、登録されている位置に表示されたランダムパスワードを入力することにより、位置情報の登録をさせるものである。対象特許の請求項1~7と同一の発明であるという点を、特許権者は争っているが、同一であるという判断は妥当である。
 請求項8は、
「前記パスワード導出パターンが特定されたとき,前記特定されたパスワード導出パターンを含む登録確認画面を前記無線端末装置が表示して,これにより,前記パスワード導出パターンを登録するか又は前記表示及び入力を最初からやり直すかの選択を促す手段」
を備えたシステムの発明であるのに対し、先願に、パスワード導出パターンの登録確認を行うことが特定されていない。この構成が当該技術分野における周知慣用技術であるか否かが争点となった。
 原告は、パスワードの登録確認について多数の証拠を提出したが、原告が提出した証拠について以下のとおり判断した。

[裁判所の判断]
 甲16(特開平10-49596号公報)及び甲17(特開平11- 227267号公報)は,ユーザが入力したパスワードをそのまま表示 し,確認して登録するものである。 
 甲18(特開2000-353164号公報)には,入力したパスワードが入力枠に表示されることは記載されておらず,2回のパスワードの入力が一致した場合にパスワードを登録するものであって,表示によ り登録確認をするものではない。
 甲19(特開2001-92785号公報)には,パスワード認証装 置及びパスワード認証方法に関し,画面上を升目状に分割したグリッド をグリッドプレーンに配置し,認証用画像とグリッドプレーンを合成し たパスワード入力映像を表示し,グリッドの選択順序をパスワードとし 84 て設定するパスワード認証方法(【0030】ないし【0036】)が 記載され,パスワード登録画面には,パスワードの登録時に,グリッド を選択すると,選択されたグリッドが表示され,「パスワード入力終了」 ボタンを押すと,終了する(図3)ことが記載されている。しかし,甲19は,パスワードとしてグリッドの位置を登録する際に,登録するグリッドの位置を表示して確認するものではあるが,それ自体は公知技術にすぎず,甲19のみをもって,パスワード導出パターンを,ユーザによって選択された複数の位置とその選択順序を確認できるように表示することが周知技術であるとはいえない。そして,このような周知技術とはいえない単なる公知技術に基づいて,甲1の記載を補充して,特許法 29条の2の先願発明との同一性を判断することは相当でない。  
 甲2(平成19年3月8日付けQの宣誓供述書)の添付資料6(平成13年11月1日付けモバイルコネクトサービス操作説明書)及び甲7 (日経インターネットテクノロジー平成13年12月号)には,NTTコム社による甲1発明の実施においては,「Go!」,「やり直し」という,「パスワード導出パターンを登録するか,最初からやり直すか」を選択するためのボタンが示されている。 しかしながら,NTTコム社において公然実施された「Go!」ボタ ン,「やり直し」ボタンは,本件特許の出願前の公然実施発明であり周知技術とはいえず,このような周知技術とはいえない単なる公知技術に 基づいて先願明細書等の記載を補充して,特許法29条の2の先願発明との同一性の判断することは相当でない。 

 相違点にかかる構成として、特許公報(甲19)が1件と公然実施発明(甲2)が存在したが、周知慣用技術とは認められなかった。やや厳しい判断のようにも感じるが、周知慣用技術であることを示すためには、多数の証拠の積み重ねが必要であることが示された。

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...