2022年4月14日木曜日

[EP]技術的特徴と非技術的特徴からなるクレーム (審査ガイドライン)例5

 例5は、被処理物をコーティングする方法に関し、溶射コーティングプロセスのパラメータを自動調整する発明である。

「請求項1
溶射法を用いて被処理物をコーティングする方法であって、該方法は、以下を含むことを特徴とする、溶射法:
(a)スプレージェットを用いて、溶射によってワークピースに材料を塗布する;
(b)溶射ジェット中の粒子の特性を検出し、その特性を実測値として供給することにより、溶射プロセスをリアルタイムで監視する;
(c)実測値と目標値を比較する;実測値が目標値から乖離している場合,
(d)溶射コーティングプロセスのプロセスパラメータをニューラルネットワークに基づくコントローラによって自動的に調整し、前記コントローラは、ニューラルネットワークとファジー論理ルールとを組み合わせ、それによってニューロファジーコントローラの入力変数と出力変数の間に統計的関係をマッピングするニューロファジーコントローラである。 」

 この発明に最も近い文献D1は、「溶射ジェットを用いてワークピースに材料を塗布し、前記溶射ジェット中の粒子の特性の偏差を検出し、ニューラルネットワーク解析の結果に基づいてプロセスパラメータを自動的に調整することによる溶射プロセスの制御方法を開示している。」
 例5の発明とD1との違いは、D1ではニューラルネットワークを用いているのに対し、例5の発明では、ニューラルネットワークとファジー論理ルールとを組み合わせたニューロファジーコントローラを用いる点である。

 人工知能に関連する計算モデルやアルゴリズムは、それ自体、抽象的な数学的性質を持っているが、相違点にかかる特徴は、技術的目的に資する技術的効果の発生に寄与し、それによって発明の技術的性質に貢献するから、進歩性の評価において考慮される。これは、例4の場合と同じである。

 課題ー解決アプローチの客観的な技術的課題、および自明性の判断は、次のとおり。

「ステップ(iii)(c):客観的な技術的課題は、客観的に立証された事実に基づき、請求項の技術的特徴に直接的かつ因果的に関連する技術的効果から導き出されるものでなければならない。
 本件では、溶射プロセスへの具体的な適応に関する詳細な説明もなく、ニューラルネットワーク解析とファジーロジックの結果を組み合わせてパラメータを算出するという事実だけでは、プロセスパラメータの異なる調整以上の技術的効果を信頼性高く保証することはできない。特に、請求項1の特徴の組合せにより、コーティング特性または溶射方法の品質が向上することを認める証拠は見いだせない。このような証拠がない場合、客観的な技術的課題は、D1において既に解決されている溶射プロセスを制御するプロセスパラメータの調整という問題に対する代替的な解決策を提供することである。

「自明性:D1の教示から出発し、上記の目的技術的課題を課された制御工学の分野の当業者(G-VII、3)は、プロセスの制御パラメータを決定するための代替的解決策を探すであろう。
 第2の先行技術文献D2は、制御工学の技術分野において、ニューロ・ファジー制御器を提供するニューラルネットワークとファジー論理ルールの組み合わせを開示している。この先行技術から、本願の出願日において、ニューロファジーコントローラは、制御工学の分野でよく知られ、適用されていることが明らかになった。したがって、本解決は自明な代替案であると考えられ、請求項1の主題は進歩性がない。」

 相違点にかかるニューロファジーコントローラは公知技術であり、例5では、ニューラルネットワークに代えて、単にニューロファジーコントローラを使ったというだけであり、進歩性が認められないのは、至極当たり前に思われる。なぜなら、溶射コーティングプロセスのパラメータを自動調整にニューロファジーコントローラを用いたことによる技術的効果がなければ、公知技術の寄せ集めにすぎないので。
 
 ところで、この例における客観的な技術的課題を「代替的な解決策を提供すること」としているのは、進歩性なしという結論に結び付ける、うまい問題設定だと思った。
 例4では、「表面上の結露のリスクをより正確かつ信頼性の高い方法で判断する方法」という定式化を行っており、単に代替策ということではなく、正確かつ信頼性の高いというところまで技術的課題と設定しているため、この技術的課題の技術的解決を示唆する他の先行技術がなければ進歩性ありという結論になる。一方、例5では「代替的な解決策」を技術的課題としているため、ニューロファジーコントローラが知られていれば進歩性が否定されるという寸法である。
 公知技術を適用しただけで特段の効果が見えなければ、それは寄せ集めにすぎず進歩性なしという結論は普通だと思っていたので、そこまで分析的に考えたことはなかったが、客観的な技術的課題という考え方を介在させるとすれば、そういう課題(代替的な解決策の提供)を設定することになるのだろう。

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