2023年4月6日木曜日

[裁判例]ガス系消火設備事件(知財高裁 令和4年(行ケ)10009号)

 ガス系消火設備に関する発明の異議申立事件の取消決定に対する取消訴訟である。
 ガス系消火設備では、建物内の部屋に複数の容器内の消火剤ガスを導入して消火を行う。複数の容器からいっぺんにガスを供給すると部屋の圧力が高くなりすぎるので、それを防止するために、排気ダクトを太くしなくてはならない(=ガスを逃がす)。発明のポイントは、部屋の圧力が高くなりすぎないようにし、ひいては配管を細くするために、複数の容器の容器弁の開弁時期をずらして消火剤ガスのピーク圧力が重ならないようにしたことである。

【請求項1】 (下線は補正箇所)
 建物内でのダクトおよび配管を細くすることで施工コストを低下させ、かつ、設計の自由度を高めたガス系消火設備であって、 
 消火剤ガスが貯蔵された複数の容器と、 
 複数の前記容器内の消火剤ガスを、電子機器が設けられており消火のために水を用いることができない、前記建物に設けられる部屋である防護区画へ導入する前記配管により構成される導入手段と、 
 消火剤ガスが導入される前記防護区画の側面を貫通するように前記側面に接続されて前記防護区画から消火剤ガスを排出するための、前記建物内で縦および/または横方向に延びるダクトと、 
 前記防護区画の避圧口で前記ダクトの端部に設けられたダンパとを備え、 
 前記ダンパが開閉することで前記ダクトと前記防護区画とが連通および遮断され、 
 複数の前記容器のうちの一つの容器と別の容器との容器弁の開弁時期をずらして、前記一つの容器と前記別の容器とから放出される消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止して前記防護区画へ消火剤ガスが導入され、 
 前記一つの容器の容器弁の第一の開弁タイミングと、前記別の容器の容器弁の第二の開弁タイミングであって前記第一の開弁タイミングとは異なり消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止する前記第二の開弁タイミングとを決定し、前記各容器弁に接続される制御部をさらに備える、ガス系消火設備。

 主引例である甲1発明は、「不活性ガス消火設備設計・工事基準書〔第2版〕」の記載で、容器弁の開弁時期や、窒素ガスのピーク圧力が重なること等の記載はないが基本的な構成は記載されていた(下図)。


 副引例は、火災危険抑制システム10の発明である。ガスシリンダー12aと12bとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16aと、ガスシリンダー12bと12cとの間の配管40に沿って配置されたラプチャーディスク16bの開放時間をずらすことで、シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されることが記載されている。

 これらの証拠からすると甲1と甲2に基づいて本件特許が進歩性なしとした異議決定は妥当なように思える。しかし、裁判所は次のように判断した。

[裁判所の判断]
 甲2には、・・・火災危険抑制システム10において、・・・シリンダー12aからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12bからのガスの供給を開始する時点と、シリンダー12cからのガスの供給を開始する時点とをずらした結果として、不活性ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されること。」)が記載されていることが認められる。 
 しかるところ、甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、配管等の内部のあらかじめ決められた圧力により動作(破裂)し、一旦動作(破裂)した後は再閉鎖されない、使い捨ての部材(甲21ないし23)であり、弁が繰り返し開閉する「容器弁」とは、動作及び機能が異なるものである。 
 そして、前記(2)の甲2の記載事項によれば、甲2には、①甲2記載の火災危険抑制システムは、複数(第1及び第2)のガスシリンダー間にラプチャーディスクを取り付け、第1のガスシリンダー内のガスが保護された部屋(密閉された部屋)に放出されて第1のガスシリンダー内の残存ガスのレベルが低下すると、第1及び第2のガスシリンダー間の圧力差で、ラプチャーディスクが破裂して第2のガスシリンダー内のガスが保護された部屋に放出され、このように複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスが放出されることによって、保護された部屋の過圧を防止できること(前記(2)エ、キ)、②保護された部屋の大きさ、ガスシリンダーの容積、及びその他の要因によって、必要に応じてより多くのガスシリンダー及びラプチャーディスクを使用して、閉鎖された部屋(保護された部屋)を適切に保護することができること(前記(2)オ、カ)の開示があることが認められる。 
 一方で、甲2には、バルブ(図2記載の第1のバルブ30、第2のバルブ34、第3のバルブ38)の開閉によりガスシリンダーから配管へのガス流を制御することの記載はあるものの、ラプチャーディスクを使用することを前提とした記載であって、ラプチャーディスクを使用せずに、各バルブの開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについて記載や示唆はない。 
(ウ) 以上のとおり、甲1記載の「容器弁」付き窒素ガス貯蔵容器の「容器弁」と甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は、動作及び機能が異なること、甲1及び2のいずれにおいても貯蔵容器の容器弁又はガスシリンダーのバルブの開閉時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することによって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについての記載や示唆はないことに照らすと、甲1及び2に接した当業者は、甲1発明において、保護区域又は保護された部屋の加圧を防止するために甲2記載のラプチャーディスクを適用することに思い至ることがあり得るとしても、ラプチャーディスクを用いることなく、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって加圧を防止することが実現できると容易に想到することができたものと認めることはできない。

(コメント)
 非常に微妙なケースのように思うが裁判所の判示を整理してみる。
 甲1の容器弁と甲2のラプチャーディスクとは動作及び機能が異なる。甲2がラプチャーディスクを設けている目的は、部屋の過圧を防止することであり、その点は本件特許とは同じであるが、甲1に過圧防止ということは記載されていないし、仮に、過圧を防止するにしてもラプチャーディスクを使うことになるから、本件特許の構成には想到しない。
 異議決定のロジックは、甲2に過圧防止という目的が書いてあるから、甲1で過圧を防止するために容器弁を制御することは容易であるというものである。これはこれで一理あるような気もするが、裁判所は、異議決定のロジックは誤りであると判断した。根底には、甲1と甲2を足したとしても、甲1+ラプチャーディスクの構成までで、容器弁を制御するという本件特許の構成には到達しないということがあるのだろう。





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