2023年9月15日金曜日

[裁判例]引用文献の課題に基づき阻害要因が認められた例(令和4年(行ケ)10100号)

  発明の名称を「塗装機器及び塗装方法」とする特許についての無効審判の審決取消訴訟である。請求項は訂正されているが、各請求項が共通して有する構成は以下のとおりである。判断のポイントとなったのは、「前記塗装剤ノズルの全てが前記車両部品に同一の塗装剤を塗布し得るように」という点である。

[各訂正請求項が共通して有する構成]
「 塗装剤を塗布する塗布機器を有し、塗料で車両部品を塗装する塗装機器であって、 
 前記塗布機器が、少なくとも1つの塗装剤ノズル(12; 14.1 ~14.4; 16.1~16.6; 20; 29; 36; 44; 45)から前記塗装剤を吐出するプリントヘッド(8、9)であり、 
 前記プリントヘッドが、ノズル列に配置された塗装剤ノズルを有し、それぞれのノズル列がいくつかの塗装剤ノズルを含み、 
 前記塗装剤ノズルの全てが前記車両部品に同一の塗装剤を塗布し得るように、さまざまな前記ノズル列の前記塗装剤ノズルが、塗布される前記塗装剤が供給される塗装剤供給ラインに一緒に接続され、 
 前記プリントヘッドが搭載される多軸ハンドを有する多軸ロボットによって前記プリントヘッドが位置決めされ、 
 前記プリントヘッドが、少なくとも1m2/分の面積塗装性能を発揮するように構成され(る、) 
ことを特徴とする塗装機器」 

 審決が認定した引用発明は、以下のとおりである。
[引用発明]
異なる色のインクジェットプリントヘッド14を備えた少なくとも1つの印刷ブロック18を備えるプリントアセンブリ13と、プリントアセンブリ13の位置決めを確実にし、水平(Tx)、垂直(Ty)、及び深さ(Tz)方向の並進を可能にする3並進自由度を有するキャリア15と、プリントアセンブリ13の向きを確実にし、2つの直交軸に沿ってその回転(Rx、Ry)を可能にする2自由度を有するリスト16とを備え、最大印刷速度は、180dpiの解像度で2.142m2/分であるトラック12の外面11上への3次元印刷に使用されるロボット10。 」

 本件特許と引用発明との相違点は、「塗装剤ノズル」に関して、同一の塗装剤を塗布するものか(本件特許)、異なる色であるか(引用発明)である。
 特許権者は、甲1明細書のクレーム17では色に関する具体的な言及はない等として、引用発明を「異なる色」に限定して認定する必要はないという取消事由を主張した。
 裁判所の判断は以下のとおりである。

(裁判所の判断)
「ア 甲1機器発明に係る審決の認定について 
 甲1の明細書の【0043】、【0068】、【0072】及び【0215】では、プリントアセンブリが、異なる色のインクを使用するいくつかのプリントヘッドを備えた少なくとも1つの印刷ブロックを備えることが開示されている。その上、甲1発明の課題は、本件審決が認定したとおり、「あらゆる画像複雑さにかかわらずあらゆる画像または写真を印刷することが可能なデジタル技術とを使用して」、「1600万色による180dpiの印刷品質で、表面上でのデジタル画像の3次元自動印刷を可能にする」ことであると認められるところ、この課題を解決するためには、「異なる色のインクジェットプリンタヘッド14」が必須である。 
 よって、審決が甲1機器発明について「(同一の色ではなく)異なる色のインクジェットプリントヘッド14を備えた少なくとも1つの印刷ブロック18を備えるプリントアセンブリ13と」と認定した点に誤りはない。 」

「上記(1)での認定説示を踏まえると、甲1発明において、相違点に係る本件発明の発明特定事項を採用することには阻害要因があるといえ、本件発明は、甲1発明又は他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法29条2項の要件を欠くものではない。」

 以上のように、甲1明細書の課題に基づき、「異なる色」であることが必須であるから、甲1発明は「異なる色のインクを使用するいくつかのプリントヘッド」という認定を行い、かつ、「異なる色」を「同一の色」に変更することについて阻害要因を認めた。
 主引例の課題に反し主引例が採用し得ない構成である、というのは阻害要因が認められる典型的なパターンである。

 個人的には、主引例の課題にフォーカスしすぎではないのかといつも思う。つまり、普通に考えれば、多色を用いていたところを単一色にすることは容易であろう。確かに、甲1明細書の文脈では「異なる色」を「同じ色」にしてしまっては意味がない。しかし、当業者って、甲1明細書だけを見ているのか? 甲1明細書しか見てはいけないのか?現実世界から乖離した論理の遊びみたいな感じがする。
 とはいえ、そういう実務なのだからそれに従っていくのが賢策である。(というか逆らってもしかたない。)

0 件のコメント:

コメントを投稿

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。  この件について、今月号の...