2024年1月25日木曜日

[裁判例]阻害要因の主張を認めなかった例

 拒絶審決に対する審決取消訴訟である。対象の発明は、紙のような印刷媒体であるかのような印象を与える表示装置に関する。引用発明もまた紙の光学特性を模倣するための表示装置であり、審決は2つの相違点を認定した。このうち、相違点2は以下のとおりである。

【相違点2】 
 本件補正発明では、「前記印刷表示媒体の外光に対する拡散反射光を再現する場合の画素の輝度は、前記光センサで検出された照度を用いて、画素の輝度=拡散反射率×照度/πの計算式に基づき設定される」のに対して、
 引用発明では、測定された周囲光の照度に基づいて決定された、表示画素のRGBサブ画素の最大輝度値及び最小輝度値を参照して、表示画素のそれぞれのサブ画素に関連付けられた画像データのRGB色値をスケーリングし、画像データのスケーリングされたRGB色値は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最小輝度を維持するように、ディスプレーのためのプリセット値で補償される点。 

 本件補正発明では、光センサで検出した照度を用いて画素の輝度を決めている。これは、紙の印刷媒体の場合、自ら発光するわけではないので、その明るさは周囲の明るさに拠る。本件補正発明の構成要件はこのことを述べている。これに対し引用発明は、RGB値を最小輝度を維持するように補償する構成である。実は、この相違点の認定が問題なような気がするが、それは裁判所を判断を読んでいただけると分かる。
 審決は、この相違点2は技術常識に照らして設計事項にすぎないと判断した。引用発明は、光学特性を模倣するための表示装置だから、「光センサー」で「検出」された「照度値」と放射輝度の関係を、「印刷物」を反射面としたときの「周囲光」の照度と反射光の輝度の関係に一致させるようにすることは、当然というわけである。
 
 これに対し、原告は、次のとおり阻害要因を主張した。
「引用文献1に記載された発明は、周囲光が暗すぎる場合のユーザの視認性を考慮するなどして、発光輝度を、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持し、かつ、周囲光の照度が高まるにつれて発光輝度が発散傾向で増大するような制御をしている。このような引用発明において、『「光センサー」で検出された「照度値」と放射輝度が比例関係』となるような構成を採用すると、引用発明に記載された目的に反するものとなるため、阻害要因があるといえる。 」

[裁判所の判断]
ウ 以上の記載に照らすと、引用文献1に記載されている発明は、表示装置と紙の発光の仕組みの違いを踏まえつつ、表示装置においても印刷物のような自然な画像品質を提供することを目的として、これを実現するため、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性を用いて、紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣しようとするものと認められる(本件審決が認定する引用発明の第1段落部分参照)。 
 このような引用発明において、紙の光学特性(紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にある)を用いて、表示装置の表示における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射光とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること、すなわち技術常識3を適用することは、ごく自然なものというべきである。 
 引用文献1には、原告らの主張するとおり、最低輝度の維持制御技術の開示があり(上記イ(ウ))、本件審決はこれを引用発明の構成要素として認定している(本件審決の認定に係る引用発明の第3段落部分)。しかし、引用文献1の記載事項全体を踏まえてみれば、最低輝度の維持制御技術の位置づけは、「一実施形態」であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない。上記イ(エ)の記載(「・・・してもよい」)も、これを裏付けるものである。 
 また、最低輝度の維持制御技術は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに初めて発動されるものであって、それ以外の条件下においては、照度輝度比例構成と矛盾・抵触するものではなく、むしろこれを前提とするものといえる。すなわち、最低輝度の維持制御技術と照度輝度比例構成とは、技術思想としては両立・並存するものということができ、引用発明が最低輝度の維持制御技術を有するものであるとしても、照度輝度比例構成の採用を必然的に否定するような関係にはない。 
 以上の検討を踏まえると、引用発明に含まれる最低輝度の維持制御技術は、引用発明と技術常識3を組み合わせる阻害要因になるものではないというべきである。 


 一実施形態の構成を捉えて阻害要因を主張しても、それが引用発明の本来の目的との関係で必須でないならば、阻害要因の主張は成り立たない。この判示は納得のいくものである。裁判所が判示するとおり、技術思想としては両立するからである。



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