2021年8月26日木曜日

[均等論]半導体チップの製造方法事件(東京地裁平成28年10月14日)

  本件特許は、半導体チップの製造方法に関する特許である。特許に係る方法は、半導体ウエハーをチップに分離するために、上面に第一の割り溝(11)を形成すると共に、下面に第二の割り溝(22)を形成し、その後に割って分離するというものである。
 特許請求の範囲は、次のとおりである。
A サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において、
B 前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝(11)を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に、第一の割り溝(11)の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と、
C 前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で、第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝(22)を形成する工程と、
D 前記第一の割り溝(12)および前記第二の割り溝(22)に沿って、前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備することを特徴とする
E 窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。

(被告方法の構成)
 本件で充足性が問題になったのは、「第二の割り溝」(構成要件C、D)である。
 被告方法では、ウエハーの下面に、レーザースクライブによって断面V字形状の変質部分を形成する。レーザースクライブによっては、溝(「溝」とは、周囲よりも窪んでいる細長い形状の部分である)は形成されない。

 裁判所は、大合議判決にも触れつつ、次のように判断した。

(裁判所)
 本件においては、本件明細書等に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分であるという事情は認められない。
 以上のような、本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から導かれる本件発明の課題、解決方法、その効果に照らすと、本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり、半導体層側にエッチングにより第一の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分を形成し、サファイア基板側にも何らかの方法により第二の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分を形成するとともに、それらの位置関係を一致させ、サファイア基板側の線幅を狭くした点にあると認めるのが相当であり、サファイア基板側に形成される第二の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分が、空洞として溝になっているかどうか、また、線状の部分の形成方法としていかなる方法を採用するかは上記特徴的部分に当たらないというべきである。
ウ 被告方法は、・・・LMA法でサファイア基板を加工した場合、溶融領域が発生し急激な冷却で多結晶化し、この多結晶領域は多数のブロックに分かれるが、加工領域中央に実質の幅が極端に狭い境界が発生し、この表面に垂直な境界線の先端に応力集中するので割れやすくなることが認められる。・・・
 そうすると、被告方法は本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を共通に備えているものと認められる。したがって、本件発明と被告方法との相違部分は本質的部分ではないというべきである。

(コメント)
 特許請求の範囲の記載において、「第二の割り溝」が特許の本質的部分に関係のある構成であるが、被告製品が「第二の割り溝」の構成を備えていないことをもって第1要件の非充足としてはいない。明細書に記載された従来技術に照らして、本件発明の特徴的部分は、“切断に資する線状の部分”であると認定し、被告製品がこの特徴的部分を共通に備えているから、相違部分が非本質的部分であると判断した。この例は、特許請求の範囲に記載された「第二の割り溝」の構成要件が、“切断に資する線状の部分”に上位概念化された例である。
 ここで、“切断に資する線状の部分”は明細書に表れておらず、これをどこから持ってきたのかは不明である。本件の場合は、具体的構成である「第二の割り溝」が果たすべき機能で特定すると、“切断に資する線状の部分”になるようにも思える。しかし、明細書にも記載されていない概念での上位概念化は、場合によっては発明者すら発明していないことを後知恵で発明してしまう結果になってしまうかもしれない。また、均等論による権利範囲の広がりの予測を難しいものにするであろう。

平成25年(ワ)第7478号

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