2021年8月4日水曜日

[裁判例]流体供給装置事件(知財高裁 令和3年6月28日)

 給油所で無人で給油を行うシステムに関する特許を保有する原告コスモ石油マーケティング会社が被告コモタ株式会社を訴えた事件である。原審では、特許侵害が認められたが、双方不服があるとして控訴がなされた。控訴審では、非侵害という判断になった。

(発明の概要)
 従来は、プリペイドカードを使った方法が知られていた。すなわち、プリペイドカードをカードR/Wに挿し込み、給油が終わった後に給油量に応じた金額がプリペイドカードから差し引かれて返却されていた。
 明細書によれば、この従来技術には3つの課題があるという。
①プリペイドカードを挿し込むと外から見えないので、忘れてしまう。
②プリペイドカードを挿し込んでいる間、プリペイドカードを使えない(飲み物等)
③忘れないようにプリペイドカードを挿入口からはみ出すようにしておくと、盗難にあう恐れがあるので給油中に計量機から離れられない。

 そこで、本発明は、記憶媒体を読み取るといったん記憶媒体から金額を差し引き(下記1C)、差し引いた金額以下の給油を可能とする(下記1D)。実際に給油を行った後に、給油量から計算される料金が予め差し引いた額より小さければ、差額を精算する(下記1F)という処理を行う。
 趣旨としては、予め記憶媒体から金額を差し引いて担保をとることで、記憶媒体を運転者にいったん返却することができるというものであり、これにより、上記の課題①~③を解決した。 

(請求項1)
1A 記憶媒体に記憶された金額データを読み書きする記憶媒体読み書き手段と, 
1B 前記流体の供給量を計測する流量計測手段と, 
1C1 前記流体の供給開始前に前記記憶媒体読み書き手段により読み取った記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取り込むと共に, 
1C2 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記記憶媒体に書き込ませる入金データ処理手段と, 
1D 該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データに相当する流量を供給可能とする供給許可手段と, 
1E 前記流量計測手段により計測された流量値から請求すべき料金を演算する演算手段と, 
1F1 前記流量計測手段により計測された流量値に相当する金額を前記演算手段により演算させ,
1F2 当該演算された料金を前記入金データの金額より差し引き, 
1F3 残った差額データの金額を前記記憶媒体の金額データに加算し, 
1F4 当該加算後の金額データを前記記憶媒体に書き込む料金精算手段と, 
1G を備えたことを特徴とする流体供給装置。 

(被告給油装置)
 電子マネー媒体(Felica)により給油の金額の精算を行う給油装置である。
 顧客が給油量または給油金額を選択した後に電子マネー媒体をかざすと、選択された給油量または給油金額に対応する金額を電子マネー媒体から引き去り、その後、給油が可能となる。顧客が給油中に給油ノズルを元に戻した場合には、給油しなかった分に相当する金額を電子マネー媒体に返金する。

(裁判所の判断)
 裁判所は、構成要件1C1「先引落し」(給油開始前に金額を引き落とすこと)と、構成要件1A等「記憶媒体」について非充足と判断した。いずれも、請求項の文言自体からは充足しているように見えるが、明細書の記載から文言解釈を行って非充足といっている。
・構成要件1C1「先引落し」
 構成要件1C1では、先引落しの金額をどう決めるかは限定されていない。しかし、裁判所は、先引落しの額は、システムが予め設定した金額を意味すると解すべきであるとした。
 理由としては、実施の形態に「顧客が指定した金額」が実施例として記載されていないことと、先引落し額は「担保」としての性格を有するものだから、顧客の意思を反映させる必要はないこと、である。(なお、担保というのは裁判所の認定であり、明細書に「担保」という文言はない)
 被告給油装置では、引き落とされる金額は顧客の意思と関わりなく決定されることはあり得ず、先引落し額の意味合いが全く異なる。被告システムは、構成要件1C1が顧客が定めるという方法を採用しているから、構成要件1C1を充足しない。

・構成要件1A等「記憶媒体」
 「媒体預かり」と「後引落し」の組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ、本件3課題が生じることはないから、本件発明の記憶媒体には当たらないと解釈した。
 被告給油装置では、電子マネー媒体は瞬間的にカードR/Wにかざすだけで、基本的には常に顧客にょって保持されていることが予定されているから、電子マネー媒体を「預かる」構成は想定し難い。よって、電子マネー媒体は、本件発明の「記憶媒体」には該当しない。

(コメント)
 構成要件1C1を見て、金額はシステムが設定されるべきと考える人は少ないのではないか。1C1で引き去る金額が担保の意味合いかな、という気はするが、給油したいと思っている量に応じて、顧客が担保の金額を決めることはあり得るような気がする。実施例に記載がないからといって、人が金額を設定する態様を一切排除しているとの判断には驚いた。
 記憶媒体についても、3課題が生じうるような媒体に限定されるというのは、どうなんでしょう。最初に磁気カードで発想を得たとしても、電子マネーに応用することはないのでしょうか。
 裁判所は、充足論に加えて、先引落しの金額を顧客が指定する場合を含むこと、非接触ICカードも記憶媒体に含まれることを前提とした場合には特許無効であると判断しており、この観点から上記の解釈になったということなら、結論としては理解できる。ただし、裁判所がいう「前提」は、要旨認定としては発明の範囲に含まれているので、個人的には、無効判断だけの方がスッキリする。

知財高裁令和2年(ネ)第10044号

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