2026年10月20日火曜日

[裁判例]作用機序が「推論」にとどまり、実施例も発明の構成と異なるとして実施可能要件違反とされた例(令和7年(行ケ)第10110号)

 空調装置などの冷媒の効率を改善する「静電整流器」に関する特許(特許第6906213号)について、特許権者である昴テクノロジー株式会社が、株式会社パワーサポートの請求による無効審決の取消しを求めた審決取消訴訟である(知財高裁第4部・令和8年8月10日判決)。審決はサポート要件違反と実施可能要件違反をいずれも認めて特許を無効としていたが、裁判所は実施可能要件についてのみ判断し、請求を棄却した。
問題となった請求項1は以下のとおりである(符号は筆者が付した)。

【請求項1】
A 導電性を備えた材質により形成され、極性媒体を収容して循環させる媒体管と、
B 前記媒体管と電気的に絶縁又は抵抗を介して接続され、前記媒体管を収容する筐体と、を備えた温調装置であって、
C 前記媒体管に出力端が電気的に接続され、周波数20kHz以上60kHz以下で繰り返されるパルス状の減衰波信号を前記媒体管に伝達することにより自由電子を前記極性媒体に供給する回路を備えた静電整流器と、を備える
D 温調装置。

要するに、冷媒が配管内を流れる際の摩擦で静電気が発生し、冷媒が管の内面に捕捉されたり、極性によって集まってクラスターを作ったりして流動性が落ちるので、配管に20~60kHzのパルス状の減衰波信号を与えて自由電子(和電子)を脈動的に供給し、クラスターを分解して熱伝達効率を上げる、というものである。明細書は、この作用について「推論の部分もあるが」「クラスターを分解するよう力が加わるものと考えられる」と述べている(【0033】)。実施例としては、静電整流器の出力に接続した電極を、水を満たした水槽に入れて冷却したところ、接続しない場合は3度程度しか下がらなかった温度が6度程度下がった、との記載がある。

[裁判所の判断]
2 取消事由2(実施可能要件の認定判断の誤り)について
⑵ (略)しかし、上記②のパルス状の減衰波信号を与えてクラスターを小さくするとの作用機序については、本件明細書に「推論の部分もある」と記載されている(【0033】、【0034】)にとどまる。そして、減衰波信号によりクラスターを小さくすることに関してはそのような知見が存在することをうかがわせる文献等の証拠は提出されておらず、出願当時の技術常識からも不明であるといわざるを得ない。
また、上記④の実施例についてみても、本件発明は、静電整流器を媒体管に接続し、パルス状の減衰波信号を媒体管に伝達することで媒体に供給するものであるのに対し、上記実施例では、静電整流器の出力に接続した電極が、接地された他の電極と共に媒体である水を満たした水槽に投入されている(本件明細書・図8(別紙))。したがって、本件発明とは媒体にパルス状の減衰波信号を供給する手段が異なるから、これを厳格な意味での「実施例」とみることは困難であり、その結果が本件発明の効果を示すものとは認められない。
さらに、本件発明を実施するためには、使用電力量の減少という目的に反しない範囲で効果を奏するよう電圧を適切に調整する必要があると解されるが、本件明細書にこの点に関する記載がないことに加え、本件発明の構成により上記効果を奏するに至る作用機序が不明であることに照らすと、当業者が本件明細書又は技術常識に基づいて上記調整を行い得るともこれが単なる設計事項であるとも認めることはできない。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明を実施することができる程度の記載があるということはできない。

(コメント)
請求項に書かれた装置を作ること自体は、それほど難しくない。導電性の配管に、20~60kHzのパルス状の減衰波を出す回路をつなげばよいからである。それでも実施可能要件違反とされたのは、判決が、効果を奏するように電圧を調整できるかという点まで含めて「実施」を考えているからであろう。効果の裏付けが問題になる事案ではサポート要件で判断されることが多いが、本件では「事案に鑑み」実施可能要件が選ばれている。
判決が挙げた理由は三つあるが、要は、作用機序も分からず、実施例も本件発明の構成になっていない、という点に尽きる。作用機序が解明されていなくても、実施例で効果が示されていれば足りる場合は多い。本件で致命的だったのは、実施例が配管ではなく水槽に電極を入れる構成だったことである。請求項は「前記媒体管に出力端が電気的に接続され」「媒体管に伝達する」ことを特定しているのに、その構成で効果を確かめたデータがない。周波数も25kHzの一点だけである。
三つ目の電圧の点も興味深い。請求項にも明細書にも振幅(電圧)の特定はなく、通常であれば当業者が適宜調整すべき事項とされてもおかしくない。しかし判決は、作用機序が不明である以上、どう調整すればよいかも分からず、設計事項ともいえないとした。作用機序が分からないことが、他の記載不足を技術常識や設計事項で補う道まで塞いでしまった格好である。技術常識に乏しい分野の発明ほど、請求項の構成そのもので効果を確認した実施例を用意しておく必要がある、という教訓である。


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