2026年10月18日日曜日

36条(記載要件)を理由とする無効審判(2016~2025年の審決)

 J-PlatPatで「36条」をキーワードとして特許の無効審判の審決を集め、審決日が2016年以降のものを整理してみた。そのうち、36条(実施可能要件・サポート要件・明確性要件)のみを理由とするもの(52件)と、36条と進歩性などの他の理由を併せて主張したもの(混在タイプ、513件)について、審決の結論と理由を確認した。


36条のみの無効審判は意外と通る
36条のみを理由とする52件のうち、無効(一部無効を含む)とされたのは7件(約13%)である。
特許行政年次報告書(2025年版)によれば、2016~2024年の特許無効審判の審決(取下げ・放棄を除く)のうち、請求成立(一部成立を含む)は923件中223件、約24%である。これと比べると、36条のみの無効審判は通りにくいように見える。
しかし、36条のみの52件には、2024年と2025年に同一請求人が請求した27件が含まれており、これらはすべて請求不成立である。一連の特許に対してまとめて請求されたもので、特殊な要因による可能性がある。この27件を除くと25件中7件(約28%)となり、無効審判全体とほぼ同じ水準である。

区分

件数

無効(一部無効を含む)

割合

無効審判全体(2016~2024年)

923

223

約24%

36条のみ

52

7

約13%

36条のみ(同一請求人の27件を除く)

25

7

約28%


件数が少ないので幅をもって見る必要はあるが、36条のみだから特に通りにくい、ということはなさそうである。なお、年次報告書の数字は2024年までの審決であり、同一請求人の27件の審決の多くはこれに含まれていないとみられる。その意味でも、比べるなら27件を除いた数字の方が適切であろう。
差が出ているのは、どの要件で争うかである。無効とされた7件は、いずれもサポート要件違反(実施可能要件違反を併せたものを含む)によるものである。液状医薬製剤の発明で、請求項に「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」と書きながら、明細書には合計16日間の試験データしかなかった例(無効2018-800028)や、冷媒の効率を改善する「静電整流器」の発明で、明細書の回路では正常に動作せず、実施例も周波数25kHzの一点だけであった例(無効2023-800073)などがある。
これに対し、明確性要件だけで争った21件は、すべて請求不成立であった。もっとも、うち18件は上記の同一請求人による一括請求であり、それ以外は3件にとどまる。明確性要件違反は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確かどうかで判断されるので、審査を通った請求項について、そこまでの不明確さを示すのは容易ではないのであろう。

混在タイプでも36条違反は認められている

無効審決が出た混在タイプ163件のうち、約4割で36条違反が無効の根拠に含まれている。進歩性などで無効とされる場合には36条について判断されないことも多いので、実際に36条違反の疑いがあったものはもっと多いのかもしれない。
その中には、進歩性などの他の理由が退けられるか判断されないまま、36条違反だけで無効とされたものが少なくとも19件ある。例えば、ゼオライト触媒の発明では、進歩性欠如を理由とする四つの無効理由はいずれも退けられたが、記載要件違反で無効とされた(無効2015-800212)。
なお、混在タイプの請求成立率は、進歩性などの他の理由が認められたものを含んだ数字であり、36条の強さを示すものではない。36条のみの無効審判とは性格が異なるので、両者の成立率を比べることにはあまり意味がない。

36条違反の類型
36条違反で無効とされた79件について、違反とされた理由を分類すると次のとおりである(静電整流器の件は①と③の両方に数えた)。

類型

件数

① 請求項の範囲(上位概念・数値範囲)に比べて実施例・データが足りない

17

② 効果・機能を実現する具体的な手段が明細書に書かれていない

9

③ パラメータ・反応原理等と効果との相関に誤り・裏付け不足がある

12

④ 課題解決に必須の構成が請求項にない、又は実証された範囲を大きく超えて一般化している

24

⑤ 用語・数値限定の意味が不明確、測定方法の不特定、プロダクト・バイ・プロセス等

18


①
と④はいずれも、請求項が実施例・データに比べて広すぎる、という類型であり、合わせると41件と全体の半分を占める。上記の液状医薬製剤の例(無効2018-800028)のほか、口腔内崩壊錠の発明で、効果が確認されたのは2種類の崩壊剤を併用した実施例だけなのに、請求項はそれに限定していなかった例(無効2017-800104)など、医薬・化学の発明が目立つ。
③
には、トマト含有飲料の香気成分比率など、食品・飲料のパラメータ発明でまとまって無効とされたもの(無効2015-800011など)が含まれる。自動二輪車の自動ブレーキの発明で、明細書の補正式の次元が合わず物理的に意味を持たないとされた例(無効2023-800055)もこの類型である。
⑤
の明確性では、数値限定に測定方法が書かれていない例(無効2017-800115)や、物の発明に製造方法が書かれた例(無効2016-800109)などがある。後者は、2015年のプラバスタチン最高裁判決を受けて、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの明確性が問題とされたものであろう。なお、36条のみの審判で明確性要件違反により無効とされたものはない。
②
は、請求項に書かれた機能を実現する具体的な方法が明細書にない、というものである。ドットパターンに関する一連の関連特許(無効2019-800003など)のほか、アンチセンス核酸の標的配列を特定できないとされた例(無効2018-800135)がある。
なお、同じ特許に複数の請求人が別々に審判を請求した例も、それぞれ1件として数えている。また、医療用ガイドワイヤの発明で「Au-Sn系はんだ」の組成が特定されていないとされた例(無効2015-800133)は、用語の問題のようにも見えるが、審決はこれをサポート要件違反(その全般で課題を解決できるとは認識できない)としているので、④に数えた。①と④は重なる部分があるので、まとめて見た方がよい。

36条のみの無効審判は、同一請求人の一括請求を除けば約3割が無効とされており、無効審判全体の約24%と比べても遜色がない。36条だけでは勝負にならない、というわけではないのである。ただし、通っているのはサポート要件(実施可能要件)違反であり、明確性要件だけで争ったものは1件も通っていない。36条で攻めるのであれば、「請求項の範囲に比べて実施例が足りない」「明細書の記載が技術的に成り立たない」といった具体的な欠陥を示すことが重要である。また、混在タイプでは、進歩性が退けられたのに36条違反で無効とされたものが少なくとも19件ある。進歩性と併せて主張しておけば、先行技術で押し切れなかった場合の受け皿にもなる。
権利者・出願人の側から見ると、①④と③が教訓になる。上位概念や広い数値範囲で請求するなら、その範囲をカバーする複数の実施例を用意しておく。パラメータで発明を特定するなら、そのパラメータと効果との相関をデータで示しておく。数値限定には測定方法を書いておく。補正で実施例の構成を組み合わせるときは、新規事項とサポート要件の両方から突かれることを意識する。いずれも当たり前のことであるが、36条違反で無効とされた審決は、その当たり前が守られていなかった事案である。
なお、今回のデータは審決段階のものであり、審決取消訴訟で結論が変わったものは反映していない。また、検索条件の関係で、拾い漏れがある可能性もある
。

0 件のコメント:

コメントを投稿

36条(記載要件)を理由とする無効審判(2016~2025年の審決)

  J-PlatPat で「36条」をキーワードとして特許の無効審判の審決を集め、審決日が2016年以降のものを整理してみた。そのうち、36条(実施可能要件・サポート要件・明確性要件)のみを理由とするもの(52件)と、36条と進歩性などの他の理由を併せて主張したもの(混在タイプ、...