2026年10月14日水曜日

[裁判例]補正前の請求項を対象に審理判断した審決が取り消された例(令和8年(行ケ)第10016号)

  「転がり軸受」に関する特許出願(特願2020-186871)の拒絶査定不服審判において、請求不成立とした審決の取消しを求めた事件である(知財高裁第2部・令和8年9月9日判決)。審判段階で請求項1が補正されていたにもかかわらず、審決が一貫して補正前の請求項1の文言を引用して判断していたことから、審理対象の誤りを理由として審決が取り消された。
  本件補正後の請求項1は以下のとおりである。
 【請求項1】
 少なくとも外周面に内輪軌道を有する内輪と、内周面に外輪軌道を有する外輪と、前記内輪軌道と前記外輪軌道との間に介在する複数の玉により構成される転がり軸受において、前記内輪と前記外輪の少なくとも一方の材質をアルミニウム合金、またはマグネシウム合金とし、前記玉の動作時の公転と自転比率を変えることにより保持器を使用しないで負荷を受ける玉同士を非接触とする自律分散式転がり軸受の構成とし、前記玉と前記軌道との摩擦と摩擦熱を低減せしめることにより、前記軸受動作時の前記内輪軌道及び前記外輪軌道の温度を、前記内輪軌道及び前記外輪軌道の強度低下温度未満としたことを特徴とする転がり軸受。
 
 本件補正前は、末尾部分が「前記軸受停止時に対する前記軸受動作時の前記内輪軌道及び前記外輪軌道の温度上昇値を、…強度低下温度未満とした」となっていた。つまり、本件補正は、軌道の「温度上昇値」を強度低下温度未満とする規定から、軌道の「温度」そのものを強度低下温度未満とする規定に改めたものである。
 
 審決は、①「自律分散式転がり軸受」の意義が不明であり、構成A(公転と自転比率を変えて玉同士を非接触とする構成)と構成B(軌道温度を強度低下温度未満とする構成)との関係も多義的であるとして明確性違反、②実施可能要件違反、③引用発明1(登録実用新案第3059736号)に引用文献2(原告自身の特許出願に係る特開2007-177993号)の技術的事項を適用して容易想到であるとして進歩性欠如、と判断した。
 これに対し被告(特許庁長官)は、訴訟において、審決が構成Bを補正前の文言で記載していた点に誤りがあることを認めつつ、明確性・進歩性の判断の要点は補正後の文言で読んでも同じであり、結論に影響しないと主張した。
 
[裁判所の判断]
 本件審決の審理判断の対象について検討するに、本件審決の「理由」欄の「第2 本願発明」には、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1は前記第2の3⑵のとおりであると記載される一方で、「第4 当審における判断」には、本願発明の明確性につき、…と、また、本願発明の進歩性につき、…と、さらに、審判請求人(原告)の主張につき、…と、一貫して本件補正による補正前の請求項1が記載され、本件補正による補正前の請求項1に係る発明を対象として審理判断がされている。
 そうすると、本件審決には、本件補正による補正後の請求項1に係る発明を対象として、その明確性、実施可能要件、進歩性等につき審理判断すべきであるのに、本件補正による補正前の請求項1に係る発明を対象として、これらを審理判断した手続上の瑕疵が存在するといわざるを得ない。
 そして、審理判断の対象を異にする以上、これが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、本件審決は取り消されるべきである。
 
(コメント)
 審決の「本願発明」の項には補正後の請求項が正しく記載されていたが、判断部分では明確性、相違点の認定、技術的意義の検討、請求人の主張への応答のいずれにおいても補正前の文言が引用されていた。補正前の文言を引き写したまま判断部分を書いてしまったものと推測される。
 注目されるのは、被告が「誤りはあるが結論に影響しない」と主張したのに対し、裁判所がその当否、すなわち補正後の文言で読んでも明確性欠如・進歩性欠如の結論が維持されるかどうかに立ち入らなかった点である。裁判所は、審理判断の対象を異にする以上、結論への影響は「明らか」であるとして、いわば形式的に取り消した。単なる誤記として処理できる場合もあるが、本件では判断部分全体が補正前の発明を前提としていたため、審理対象自体を取り違えたものと評価されたのであろう。
 実質的に見ても、「停止時に対する温度上昇値」と「動作時の温度」とでは、雰囲気温度を含むかどうかで意味が異なる。補正後の構成Bは、使用環境によっては構成Aを採用しても当然には満たされないとも考えられ、構成Aに付随する作用効果にすぎないとする審決の論理がそのまま妥当するとは限らない。被告のいう「要点は同じ」も直ちには言い切れなかったように思う。

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