2025年2月20日木曜日

請求項における「所望」の用語(令和6年(行ケ)10050号)

 請求項においては、権利範囲を不確定とさせる表現がある場合、明確性違反(特許法36条6項2号)となる場合がある。審査基準に挙げられた例は、「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的に」等である。
 「所望」という文言も場合によっては不明確となり得る用語であると思われる。というのは、誰にとって所望なのか、どこまでの範囲が所望に含まれるのか等が問題となり得るからである。

 取り上げる裁判例は、無効理由の一つとして明確性違反が主張された例である。特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1】
A  車種、経過年を含む履歴情報、価格を少なくともパラメータとして含む、t台(tは1以上の整数値)の車両の購入額、及び所定の期間経過後の販売額を演算する購入販売額演算部と、
B  前記t台の車両の夫々を購入した者を貸主として、当該t台の車両の夫々を、所定の借主に対して賃貸借契約で賃貸する場合の賃貸費を演算する賃貸費演算部と、
C  前記賃貸費と、前記購入額と、前記販売額とに基づいて、前記貸主の損益額と、前記t台の車両の組合せからなるファンドの商品を購入する投資家の損益額と、の夫々を演算する損益演算部と、
D  前記パラメータ及び前記t台、前記購入額、前記販売額、前記賃貸費、前記貸主の損益、並びに前記投資家の損益の組合せを変化させて、前記購入販売額演算部、前記賃貸費演算部、及び前記損益演算部の各処理を繰り返し実行させ、その実行結果に基づいて、前記貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように、前記ファンドの商品の内容を決定する商品最適化部と、
  を備える情報処理装置。

原告は以下のとおり主張した。
 (2) 構成要件Dの「前記投資家の所望する金額」は、当該投資家のニーズ(【0063】)に応じた出資額あるいは投資家要求損金配当に基づいて決定される金額であるが、本件特許発明は、出資額や損金の演算を発明特定事項としないし、「前記投資家の所望する金額」とファンドの商品の内容との関係も不明であるから、「貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように・・・決定する」ことを内容とする構成要件Dは、請求項の記載自体が不明確である。
 これに対し裁判所は、明細書を参酌した上で、構成要件Dの「投資家の所望する金額」とは、各年度ごとのキャッシュフロー、特にトラックファンドの初年度の損金額を意味するものと理解することができると解釈した上で以下のように述べた。
 しかし、構成要件Dの「前記貸主の損益」及び「前記投資家の損益」が、構成要件Cの「前記貸主の損益額」及び「前記投資家の損益額」を意味することは請求項1の文脈上明らかであるし、繰り返しの各処理により変化する「前記貸主の損益額」が、繰り返しの各処理によっては変化しない「前記投資家の所望する金額」と比較されるものであることは、本件明細書等に接した当業者にとって明らかである。また、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例の構成の一部である「出資額や損金計上の根拠となる金額の演算」に関する構成が、本件特許発明の発明特定事項として記載されずに、任意の構成とされていても、本件特許発明が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。 
 
 下線部はほんとに一言だけなので裁判所がそこまでの意味を込めて書いたか分からないが筆者がポイントだと思った箇所である。
 「所望する金額」が各処理の中で変化しないということが不明確ではないという判断につながっているのではないか。審決は、これを「目標」という言い方をしているが明細書には「目標」という用語がないためか、裁判所は「目標」という用語は使わずに「変化しない」金額であると述べたと思われる。
 
 この裁判例から、「所望」という文言を用いても直ちに不明確とはならないことが分かる。
 ただし、本件の場合は、以下のように[ ]内の文言はなくても十分に発明を特定できるような気がする。
D  前記パラメータ及び前記t台、前記購入額、前記販売額、前記賃貸費、前記貸主の損益、並びに前記投資家の損益の組合せを変化させて、前記購入販売額演算部、前記賃貸費演算部、及び前記損益演算部の各処理を繰り返し実行させ、その実行結果に基づいて、[前記貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように、]前記ファンドの商品の内容を決定する商品最適化部と、

 逆にいえば、その程度の要件だから「所望」があっても不明確ではなかったともいえる。

2025年2月19日水曜日

弁理士会研修「最新技術と知財:生成AIの特許事情」

[研修の備忘]

〇国内生成AI特許の出願傾向
・2024年12月までの調査で846件が公開、373件が登録になっている。
・2023年4月から生成AIの出願が急増している(2022年11月にChatGPTの発表があった)。ただし、2023年4月の出願件数が多いのはほとんどがソフトバンクグループの出願である。2024年12月までの約800件の出願のうち、約300件(驚!)がソフトバンググループ。
・2024年後半から公開件数も急増している。
・国内生成AIの特許は、LLMを活用するアプリケーション、サービスに関する特許がほとんどである。

〇審査基準のおさらい
・人間が入力したクエリをそのまま生成AIに入力する→進歩性なし
・人間が入力したクエリを加工して生成AIに入力する→進歩性ありの可能性

〇個別特許の検討
 こうした例を一気に紹介してもらえるのはありがたい。ざっと聞いてみて納得感があり、個人的な感覚とずれがないのを確認できたのはよかった。

・法律文書を修正するプログラム(特許7506867)
 修正したい箇所と評価情報の一部をプロンプト入力すること。

・会話仲介装置(特許7445108)
 会話が指定会話か判定し、指定会話の場合に訴求対象の商品を選択し広告を出す。

・社内の承認ワークフローを設定する装置(特許7430953)
 組織役職情報に基づいてルールを生成する。

・求職者のレジュメを生成する装置(特許7353696)
 過去の経歴と応募する企業の情報に合わせレジュメを調整する。

・電子決済サービスに関する業務効率化(特許7393579)
 先月いくら使ったかの問いに対し、利用履歴から回答生成する。

・質問に対する回答する装置(特許7441366)
 質問に特化したデータベースを選択して回答する。

・電子カルテ(特許7441391)
 カルテの内容を提供し電子カルテ内容のプロンプトを生成する。

・電子カルテ(特許7421000)
 患者の診療情報を生成AIに入力しEQ-5D-5Lに対応したQOLを数値化して出力する。

・ストリーミングサーバ(特許7325787)
 ライブストリーミング中にメッセージを受信し、ユーザがユーザリストに入っているかとメッセージの内容でメッセージの表示タイプを決める。

・仮想人物対話装置(実用新案3241834)
 キャラクタのプロフィール情報を入力すると、看護師の容姿の3D画像を生成する。

2024年12月26日木曜日

[メモ]独立項が非侵害で従属項が侵害ということはあり得るか(均等論)

 侵害鑑定を行う場合、通常は、独立項が非侵害ならばその従属項も非侵害と結論する。なぜなら、従属項は独立項の構成要件をそっくりそのまま備えているから、独立項において非充足の要件があれば従属項もその非充足の要件を備えているからである。

 思考実験として、均等侵害の場合について考えてみた。
【請求項1】 AとBを備える装置。
【請求項2】 Cを備える請求項1に記載の装置。
[被疑侵害品]A+B’+C
[出願前公知技術]A+B’

(ケース1)Bが本質的部分の場合(※)
均等の第1要件を満たさないから、請求項1は非侵害。請求項2についても非侵害。

※技術思想同一説からするとBが本質的部分という言い方は正確ではないかもしれないが簡単のためこう書く。

(ケース2)Bが本質的部分ではない場合
 BをB’に置き換えても同一の作用効果を有し、かつ置き換えが容易ならば請求項1に係る発明の均等侵害の可能性あり。
 ただし、被疑侵害品は出願前公知技術と同一だから第4要件を充足せず、均等侵害は成立しない。

 問題は、請求項2である。
 BをB´に置き換えても同一の作用効果を有し、かつ置き換えが容易ならば請求項2に係る発明の均等侵害の可能性あり、というのは請求項1と同じである。
 被疑侵害品の構成はA+B'+Cであり、出願前公知技術A+B’と同一ではない。もし、公知技術A+B’から被疑侵害品A+B’+Cを容易に推考できないとした場合、第4要件を充足することになる。
 つまり、この場合は請求項2に係る発明の均等侵害の可能性がある!

 請求項1は侵害ではないのに、その従属項である請求項2は均等侵害になることをどう考えたらよいだろうか?
 請求項1が特徴のない構成なのである。請求項1はそもそも特許される価値がないがたまたま特許になってしまっており、請求項2が本命である。チャレンジクレームがそのまま特許になったような場合である。
 請求項2の方が本命で本質的部分を有している。なので、請求項2の本質的部分(上記例では構成C)を共通して備えているために、請求項1は均等侵害が成り立たないのに請求項2は均等侵害になる可能性がある。

2024年7月27日土曜日

[裁判例]先使用権についての裁判例(知財高裁令和3年(ネ)10086号)

 パナソニックが遠藤照明を特許権侵害で訴えた事件の控訴審である。ここでは先使用権の判断を取り上げる。
 特許はLEDランプに関する発明である。LEDランプの中には複数のLEDチップが内蔵されている。LEDは放射角が比較的狭いので筐体を透過するLEDの光の輝度差が生じ、ユーザに光の粒々感を与えるという問題があった。
 これを解決するために、特許発明ではLEDチップの間隔x(mm)とLEDの輝度分布の半値幅y(mm)の関係を規定したことがポイントである。(半値幅yは輝度が半分になる幅) 具体的には、以下の関係を満たす。
1.09x≦y≦1.49x
この式は変形すると、下記のようになる。
1.09≦(y/x)≦1.49

 先使用に係る製品(403W製品)はy/x値が概ね1.27~1.40程度であった。
 したがって、特許発明の1.09≦(y/x)≦1.49のうち、1.27~1.40程度については403Wの実施形式であり先使用権を有する。
 裁判所は、以下のとおり、y/x値が1.1~1.7を超える範囲まで先使用権を有すると判断した。

(裁判所の判断)
(イ) また、先使用権に係る実施品である403W製品は、本件優先日前において公然実施されていた402W製品とシリーズ品を構成する(乙35)から、被控訴人402W製品と極めて関連性が高い公然実施品である。 
 そして、403W製品は、402W製品と共通のカバー部材を採用しつつ(乙315)、402W製品と比べると、LEDの個数を減らしつつも「粒々感の解消」を図った超エコノミータイプとの位置づけであった(乙297)。すなわち、403W製品は、402W製品との比較でいえば、y値(半値幅)を固定して、x値(LEDチップの配列ピッチ)を工夫しつつ、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えている(所定の輝度均斉度を得ている)ものと理解できる(乙35)。 
 ここで、証拠(乙317)によると、カナデンに納品された402W製品のy/x値は1.7程度であり、その余の402W製品のy/x値は更に大きいこと(乙77では1.89)が認められる。 
 また、証拠(乙90、207)によると、平成23年6月に被控訴人が発売した「THF72L」や「LEDZ TUBEシリーズ(RAD-402など)」は、粒々感のない光源の実現のため、所定の明るさにする制約からX値が決まり、電源内蔵型LED(型番RAD)では、電源を内蔵するためLEDとカバー部材の間隔を大きく取れない制約があるため、数種類のカバー部材を用意して粒々感を目視評価して、カバーを選定していたものであり、LEDZ LシリーズSLIM TUBE MODULE」は、x値16mm、y値26.2mm y/x値1.64であったことが認められる。 
 以上のことを踏まえると、403W製品に具現化された発明であるy/x値が1.4を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲は、被控訴人においてx値を適宜調整することで実現していた範囲であって自己のものとして支配していた範囲であるといえる。 
(ウ) さらに、本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。 
 そこで、本件優先日1当時の技術水準や技術常識等についてみると、前記認定のとおり、輝度均斉度が85%程度を上回ることで粒々感に対処できることが周知技術(乙402、甲31)であったこと、y/x値が1.208~1.278程度のクラーテ製品②が、本件優先日1前に公然実施されていたこと、403W製品は、402W製品と比較して、LEDの個数を減らす設計によるものであって、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えることができる範囲内でx値を402W製品より大きくし、y/x値を輝度均斉度が85%程度となる1.1程度まで小さくすることは、402W製品を起点とした403W製品の設計に至る間の延長線上にあるといえる。以上のことからすると、y/x値が1.27~1.1を満たす製品を設計することは、403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式というべきである。 
(エ) まとめ 
 以上のとおり、被控訴人403W製品に具現されたy/x値との同一の範囲は、1.27~1.40と認定でき、また、被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。

(コメント)
(イ)では、y/x値が1.40より大きい範囲について判示している。すなわち、403W製品と極めて関連性の高い402W製品において「粒々感の解消」を図っていたこと、そのy/x値が1.7程度かそれ以上であったことを根拠としている。402W製品のy/x値が実際に1.7程度かそれ以上であったということなので、被控訴人が先使用権を有するという結論は受け入れやすい。
(ウ)では、y/x値が1.27より小さい範囲について判示している。
①粒々感を抑えることは当業者に知られた課題であって試行錯誤を通じて製品化されていた
②y/x値が1.208~1.278程度の公然実施品が存在した
③403W製品はLEDの個数を減らす設計(=間隔xは大きくなる)で、y/x値が1.1程度(←輝度均斎度から導かれる値)まで小さくすることは403Wの設計の延長線上である

ということを根拠として、y/x=1.1までは403W製品によって具現化された発明と同一性を失わないと判断した。
 先使用にかかる403W製品の範囲は1.27~1.40程度であり、先使用品の実施形式は1.27~1.40程度である。しかし、LEDの数を減らすという403W製品の設計方針にしたがってLEDの数を減らしていけばy/x=1.1には想到するのであるから確かに403Wの設計の延長線上だと思う。よって、実施形式に具現化された発明に、y/x=1.1まで含めることには納得感があった。
 もう少し一般化すると、先使用品の構成に対し、技術常識や先使用品の設計思想を考慮すると当然行われ得る改変の範囲までは先使用の範囲ということになるだろうか。



 

2024年3月17日日曜日

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。

 この件について、今月号のパテントに高石秀樹弁護士が投稿しており、2つの判決には矛盾はないと述べているので紹介する。詳しくは、パテント2024年3月号の「同一特許、同一引用文献で、同日同ヵ部の知財高裁判決(審決取消訴訟と侵害訴訟)における新規性判断が分かれ、また、訂正の再抗弁が時機後れ却下された事例」(弁護士 高石秀樹)を参照されたい。

 2つの裁判の結論が異なったのは、以下の理由からである。
 
・審決取消訴訟
 審決は、本件発明の「情報処理装置」は単独であるのに対し、主引用発明の「学習・生活支援システム1」は複数の装置を含むから両者は相違すると判断し、新規性を認めた。
 審決取消訴訟は、(審決の適法性が審理対象であるため)裁判所は審決の認定について判断し、誤りはないとした。

・侵害訴訟
 被告は、学習・生活支援システム1に含まれる「学習・生活支援サーバ」が本発明の「情報提供装置」に該当すると主張し、裁判所は新規性なしと判断した。

 以上のように、主引用発明の認定(引用文献からどのような発明を主引用発明とするか)についての被告の主張が両判決では異なっていたため、結論が変わったというわけである。




2024年1月25日木曜日

[裁判例]阻害要因の主張を認めなかった例

 拒絶審決に対する審決取消訴訟である。対象の発明は、紙のような印刷媒体であるかのような印象を与える表示装置に関する。引用発明もまた紙の光学特性を模倣するための表示装置であり、審決は2つの相違点を認定した。このうち、相違点2は以下のとおりである。

【相違点2】 
 本件補正発明では、「前記印刷表示媒体の外光に対する拡散反射光を再現する場合の画素の輝度は、前記光センサで検出された照度を用いて、画素の輝度=拡散反射率×照度/πの計算式に基づき設定される」のに対して、
 引用発明では、測定された周囲光の照度に基づいて決定された、表示画素のRGBサブ画素の最大輝度値及び最小輝度値を参照して、表示画素のそれぞれのサブ画素に関連付けられた画像データのRGB色値をスケーリングし、画像データのスケーリングされたRGB色値は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最小輝度を維持するように、ディスプレーのためのプリセット値で補償される点。 

 本件補正発明では、光センサで検出した照度を用いて画素の輝度を決めている。これは、紙の印刷媒体の場合、自ら発光するわけではないので、その明るさは周囲の明るさに拠る。本件補正発明の構成要件はこのことを述べている。これに対し引用発明は、RGB値を最小輝度を維持するように補償する構成である。実は、この相違点の認定が問題なような気がするが、それは裁判所を判断を読んでいただけると分かる。
 審決は、この相違点2は技術常識に照らして設計事項にすぎないと判断した。引用発明は、光学特性を模倣するための表示装置だから、「光センサー」で「検出」された「照度値」と放射輝度の関係を、「印刷物」を反射面としたときの「周囲光」の照度と反射光の輝度の関係に一致させるようにすることは、当然というわけである。
 
 これに対し、原告は、次のとおり阻害要因を主張した。
「引用文献1に記載された発明は、周囲光が暗すぎる場合のユーザの視認性を考慮するなどして、発光輝度を、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持し、かつ、周囲光の照度が高まるにつれて発光輝度が発散傾向で増大するような制御をしている。このような引用発明において、『「光センサー」で検出された「照度値」と放射輝度が比例関係』となるような構成を採用すると、引用発明に記載された目的に反するものとなるため、阻害要因があるといえる。 」

[裁判所の判断]
ウ 以上の記載に照らすと、引用文献1に記載されている発明は、表示装置と紙の発光の仕組みの違いを踏まえつつ、表示装置においても印刷物のような自然な画像品質を提供することを目的として、これを実現するため、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性を用いて、紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣しようとするものと認められる(本件審決が認定する引用発明の第1段落部分参照)。 
 このような引用発明において、紙の光学特性(紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にある)を用いて、表示装置の表示における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射光とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること、すなわち技術常識3を適用することは、ごく自然なものというべきである。 
 引用文献1には、原告らの主張するとおり、最低輝度の維持制御技術の開示があり(上記イ(ウ))、本件審決はこれを引用発明の構成要素として認定している(本件審決の認定に係る引用発明の第3段落部分)。しかし、引用文献1の記載事項全体を踏まえてみれば、最低輝度の維持制御技術の位置づけは、「一実施形態」であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない。上記イ(エ)の記載(「・・・してもよい」)も、これを裏付けるものである。 
 また、最低輝度の維持制御技術は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに初めて発動されるものであって、それ以外の条件下においては、照度輝度比例構成と矛盾・抵触するものではなく、むしろこれを前提とするものといえる。すなわち、最低輝度の維持制御技術と照度輝度比例構成とは、技術思想としては両立・並存するものということができ、引用発明が最低輝度の維持制御技術を有するものであるとしても、照度輝度比例構成の採用を必然的に否定するような関係にはない。 
 以上の検討を踏まえると、引用発明に含まれる最低輝度の維持制御技術は、引用発明と技術常識3を組み合わせる阻害要因になるものではないというべきである。 


 一実施形態の構成を捉えて阻害要因を主張しても、それが引用発明の本来の目的との関係で必須でないならば、阻害要因の主張は成り立たない。この判示は納得のいくものである。裁判所が判示するとおり、技術思想としては両立するからである。



2024年1月10日水曜日

[裁判例]動機付けがないとして組合せを否定した例(令和4年(行ケ)第10112号)

 発明の名称を「有料自動機の制御システム」とする特許にかかる無効審判の審決取消訴訟である。有料自動機というのは具体的にコインランドリーのことであり、発明はその制御システムである。
 発明の課題は、多数の有料自動機が複数箇所に分散して設置されている場合であっても各設置場所を巡回することなく有料自動機の動作状態を容易に確認することが可能な有料自動機の制御システムを提供することであり、以下の構成を有する。少し長いが、全体を見てほしい。

【請求項1】
A 複数のランドリー装置の各々に対応して配置されるICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置と前記複数のランドリー装置の稼働状況に関する情報を集める管理サーバとからなるランドリー装置の制御システムであって、 
B 複数のランドリー装置の各々は、現金を投入する現金投入部、前記現金投入部への現金の投入を検知して現金投入の検知信号を出力する現金投入検知部、および、前記現金投入の検知信号の入力に応じてランドリー装置の動作を制御するランドリー装置制御部を有し、 
C 前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置は、前記ICカードリーダー/ライタ部が読み取った情報に基づき前記検知信号と同じ信号を前記ランドリー装置制御部に送出し、接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を生成し、かつ出力し、 
D 前記ランドリー装置制御部は、対応して配置されているICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置より出力された前記現金投入の検知信号と同じ信号の入力に応じて前記ランドリー装置を制御し、 
E 前記管理サーバは、前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置が出力した前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を用いて、前記複数のランドリー装置の各々が運転中か否かを示す運転情報を作成し、前記運転情報を前記管理サーバに電気通信回線を介して接続された表示装置を有する端末に提供することを特徴とするランドリー装置の制御システム。 

 基本的には、ランドリー装置の稼働状況を管理サーバに集め、通信回線を介して端末に運転情報を提供するということを規定している。発明の課題とどういう関係があるのかやや不明である(と感じるのは筆者だけか?末尾のコメントに続く。)が、ランドリー装置はICカードリーダー/ライタ部を備えている。
 ICカードリーダー/ライタ部はポイントカードへのリードライトを行う装置であり、現金が使われたときはポイントを貯め、ポイントが使われたときには、現金の場合と同様にランドリー装置を制御する(構成要件D)。

[引用発明と相違点]
 引用発明は、本件発明と同じくコインランドリー等で用いられる商品販売役務提供システムに関し、商品又は役務の提供を受ける顧客の利用状況に応じて、これらの提供対価を調整できるようにすると共に、商品販売及び役務提供に関する販売促進を支援できるようにした発明である。
 具体的には、カードリーダライタにパソコンが接続されており、カード毎に記録された使用日時、利用金額、利用時間幅が集計される。また、現金利用者の使用日時、利用金額の集計も行い、提供対価を増減するように調整することも行う。なお、引用発明は、複数の店舗のパソコンをつなぐ中央指揮パソコンを備え、任意のコインランドリー支援システムの稼働実績情報をほぼ瞬時に取得できる。



 本件発明と引用発明との相違点はいくつかあるが、裁判所が進歩性について判断したのは下記の相違点である。

(相違点1-3)
 本件発明1のカードRW通信装置は、ランドリー装置の情報として「接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報」を「生成」かつ「出力」するものであるのに対し、引用発明1のカードRW通信装置は、ランドリー装置の情報として「接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報」を「生成」して「出力」するものでない点。 

[裁判所の判断] 
 (2) 相違点1-3の容易想到性について 
 前記2(1)イのとおり、引用発明1の課題は、顧客の利用状況に応じて提供対価を調整できるようにすると共に、商品販売及び役務提供に関する販売促進を支援できるようにしたシステムを提供することであり、販売促進を図るための利用状況の集計データを得ることが目的であるといえ、「運転中であるか否かを示す情報」をカードリードライターからパソコンに出力することは、甲3(注:甲3は引用発明1の文献)に記載も示唆もされていない。 
 また、「運転中であるか否かを示す情報」は「顧客の利用状況に応じて提供対価を調整する」ことや「販売促進」と直接関係しない情報であるから、引用発明1において「運転中であるか否かを示す情報」を「カードリードライター」で生成しかつ出力する構成に変更する動機付けがあるとはいえない。 
 そうすると、甲3において相違点1-3に係る構成とすることを示唆する記載もなく、このような構成に変更する動機付けがあるとはいえない以上、甲20~24の技術を考慮したとしても、当業者において、相違点1-3に係る構成とすることが容易に想到し得たとはいえない。 
 したがって、引用発明1において相違点1-3に係る構成とすることは容易に想到し得たことではないとした本件審決の判断に誤りはない。 

 原告は、「(イ)過去の情報を取得することとそれに加えて現在の情報を取得することは全く矛盾しないから、引用発明1に甲20~24の技術を組み合わせることについて、甲3の記載に阻害されることはない」等と主張したが、裁判所は、次のように取り合わなかった。

 前記(2)のとおり、「運転中であるか否かを示す情報」を「カードリードライター」で生成し出力することと、販売促進を図るための利用状況の集計データを得ることとは直接関係するものではないから、上記(ア)~(エ)の点は、引用発明1において相違点1-3に係る構成に変更する動機付けがないとの判断を左右するものではない。原告の上記主張は採用できない。

[コメント]
 甲20~24も示されているが、直感的にも、コインランドリーの稼働状況を収集して公開するのは周知である。コインランドリーに行くなら空きがあるときにしたい。
 副引例に係る技術事項がいくら周知であっても、主引用発明の目的、課題に整合しない場合には、主引用発明との組み合わせが認められないことがある。いわゆる阻害事由、阻害要因がある場合である。
 しかし、本件は阻害要因のケースとは異なる。主引用発明と直接関係しないという理由で副引例の動機付けを否定し、進歩性を認めている。
 最初に書いたが、本件発明自体、動作状態を容易に確認するという課題を解決するための稼働状況を収集する構成に対してICカードリーダ/ライタ部の構成は関連性がよくわからないし、寄せ集め感がある。
 本件の判示によれば、寄せ集めの発明であればあるほど、例えばAという構成とBという構成とは直接関係するものではないという理由で、AとBの寄せ集めに進歩性が認められることになってしまわないだろうか。



請求項における「所望」の用語(令和6年(行ケ)10050号)

 請求項においては、権利範囲を不確定とさせる表現がある場合、明確性違反(特許法36条6項2号)となる場合がある。審査基準に挙げられた例は、「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的に」等である。  「所望」という文言も場合によっては不明確となり得る用語であると思われる。と...