パナソニックが遠藤照明を特許権侵害で訴えた事件の控訴審である。ここでは先使用権の判断を取り上げる。
特許はLEDランプに関する発明である。LEDランプの中には複数のLEDチップが内蔵されている。LEDは放射角が比較的狭いので筐体を透過するLEDの光の輝度差が生じ、ユーザに光の粒々感を与えるという問題があった。
これを解決するために、特許発明ではLEDチップの間隔x(mm)とLEDの輝度分布の半値幅y(mm)の関係を規定したことがポイントである。(半値幅yは輝度が半分になる幅) 具体的には、以下の関係を満たす。
1.09x≦y≦1.49x
この式は変形すると、下記のようになる。
1.09≦(y/x)≦1.49
先使用に係る製品(403W製品)はy/x値が概ね1.27~1.40程度であった。
したがって、特許発明の1.09≦(y/x)≦1.49のうち、1.27~1.40程度については403Wの実施形式であり先使用権を有する。
裁判所は、以下のとおり、y/x値が1.1~1.7を超える範囲まで先使用権を有すると判断した。
(裁判所の判断)
(イ) また、先使用権に係る実施品である403W製品は、本件優先日前において公然実施されていた402W製品とシリーズ品を構成する(乙35)から、被控訴人402W製品と極めて関連性が高い公然実施品である。
そして、403W製品は、402W製品と共通のカバー部材を採用しつつ(乙315)、402W製品と比べると、LEDの個数を減らしつつも「粒々感の解消」を図った超エコノミータイプとの位置づけであった(乙297)。すなわち、403W製品は、402W製品との比較でいえば、y値(半値幅)を固定して、x値(LEDチップの配列ピッチ)を工夫しつつ、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えている(所定の輝度均斉度を得ている)ものと理解できる(乙35)。
ここで、証拠(乙317)によると、カナデンに納品された402W製品のy/x値は1.7程度であり、その余の402W製品のy/x値は更に大きいこと(乙77では1.89)が認められる。
また、証拠(乙90、207)によると、平成23年6月に被控訴人が発売した「THF72L」や「LEDZ TUBEシリーズ(RAD-402など)」は、粒々感のない光源の実現のため、所定の明るさにする制約からX値が決まり、電源内蔵型LED(型番RAD)では、電源を内蔵するためLEDとカバー部材の間隔を大きく取れない制約があるため、数種類のカバー部材を用意して粒々感を目視評価して、カバーを選定していたものであり、LEDZ LシリーズSLIM TUBE MODULE」は、x値16mm、y値26.2mm y/x値1.64であったことが認められる。
以上のことを踏まえると、403W製品に具現化された発明であるy/x値が1.4を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲は、被控訴人においてx値を適宜調整することで実現していた範囲であって自己のものとして支配していた範囲であるといえる。
(ウ) さらに、本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。
そこで、本件優先日1当時の技術水準や技術常識等についてみると、前記認定のとおり、輝度均斉度が85%程度を上回ることで粒々感に対処できることが周知技術(乙402、甲31)であったこと、y/x値が1.208~1.278程度のクラーテ製品②が、本件優先日1前に公然実施されていたこと、403W製品は、402W製品と比較して、LEDの個数を減らす設計によるものであって、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えることができる範囲内でx値を402W製品より大きくし、y/x値を輝度均斉度が85%程度となる1.1程度まで小さくすることは、402W製品を起点とした403W製品の設計に至る間の延長線上にあるといえる。以上のことからすると、y/x値が1.27~1.1を満たす製品を設計することは、403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式というべきである。
(エ) まとめ
以上のとおり、被控訴人403W製品に具現されたy/x値との同一の範囲は、1.27~1.40と認定でき、また、被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。
(コメント)
(イ)では、y/x値が1.40より大きい範囲について判示している。すなわち、403W製品と極めて関連性の高い402W製品において「粒々感の解消」を図っていたこと、そのy/x値が1.7程度かそれ以上であったことを根拠としている。402W製品のy/x値が実際に1.7程度かそれ以上であったということなので、被控訴人が先使用権を有するという結論は受け入れやすい。
(ウ)では、y/x値が1.27より小さい範囲について判示している。
①粒々感を抑えることは当業者に知られた課題であって試行錯誤を通じて製品化されていた
②y/x値が1.208~1.278程度の公然実施品が存在した
③403W製品はLEDの個数を減らす設計(=間隔xは大きくなる)で、y/x値が1.1程度(←輝度均斎度から導かれる値)まで小さくすることは403Wの設計の延長線上である
ということを根拠として、y/x=1.1までは403W製品によって具現化された発明と同一性を失わないと判断した。
先使用にかかる403W製品の範囲は1.27~1.40程度であり、先使用品の実施形式は1.27~1.40程度である。しかし、LEDの数を減らすという403W製品の設計方針にしたがってLEDの数を減らしていけばy/x=1.1には想到するのであるから確かに403Wの設計の延長線上だと思う。よって、実施形式に具現化された発明に、y/x=1.1まで含めることには納得感があった。
もう少し一般化すると、先使用品の構成に対し、技術常識や先使用品の設計思想を考慮すると当然行われ得る改変の範囲までは先使用の範囲ということになるだろうか。