請求項においては、権利範囲を不確定とさせる表現がある場合、明確性違反(特許法36条6項2号)となる場合がある。審査基準に挙げられた例は、「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的に」等である。
「所望」という文言も場合によっては不明確となり得る用語であると思われる。というのは、誰にとって所望なのか、どこまでの範囲が所望に含まれるのか等が問題となり得るからである。
取り上げる裁判例は、無効理由の一つとして明確性違反が主張された例である。特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1】A 車種、経過年を含む履歴情報、価格を少なくともパラメータとして含む、t台(tは1以上の整数値)の車両の購入額、及び所定の期間経過後の販売額を演算する購入販売額演算部と、B 前記t台の車両の夫々を購入した者を貸主として、当該t台の車両の夫々を、所定の借主に対して賃貸借契約で賃貸する場合の賃貸費を演算する賃貸費演算部と、C 前記賃貸費と、前記購入額と、前記販売額とに基づいて、前記貸主の損益額と、前記t台の車両の組合せからなるファンドの商品を購入する投資家の損益額と、の夫々を演算する損益演算部と、D 前記パラメータ及び前記t台、前記購入額、前記販売額、前記賃貸費、前記貸主の損益、並びに前記投資家の損益の組合せを変化させて、前記購入販売額演算部、前記賃貸費演算部、及び前記損益演算部の各処理を繰り返し実行させ、その実行結果に基づいて、前記貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように、前記ファンドの商品の内容を決定する商品最適化部と、を備える情報処理装置。
原告は以下のとおり主張した。
(2) 構成要件Dの「前記投資家の所望する金額」は、当該投資家のニーズ(【0063】)に応じた出資額あるいは投資家要求損金配当に基づいて決定される金額であるが、本件特許発明は、出資額や損金の演算を発明特定事項としないし、「前記投資家の所望する金額」とファンドの商品の内容との関係も不明であるから、「貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように・・・決定する」ことを内容とする構成要件Dは、請求項の記載自体が不明確である。
これに対し裁判所は、明細書を参酌した上で、構成要件Dの「投資家の所望する金額」とは、各年度ごとのキャッシュフロー、特にトラックファンドの初年度の損金額を意味するものと理解することができると解釈した上で以下のように述べた。
しかし、構成要件Dの「前記貸主の損益」及び「前記投資家の損益」が、構成要件Cの「前記貸主の損益額」及び「前記投資家の損益額」を意味することは請求項1の文脈上明らかであるし、繰り返しの各処理により変化する「前記貸主の損益額」が、繰り返しの各処理によっては変化しない「前記投資家の所望する金額」と比較されるものであることは、本件明細書等に接した当業者にとって明らかである。また、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例の構成の一部である「出資額や損金計上の根拠となる金額の演算」に関する構成が、本件特許発明の発明特定事項として記載されずに、任意の構成とされていても、本件特許発明が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
下線部はほんとに一言だけなので裁判所がそこまでの意味を込めて書いたか分からないが筆者がポイントだと思った箇所である。
「所望する金額」が各処理の中で変化しないということが不明確ではないという判断につながっているのではないか。審決は、これを「目標」という言い方をしているが明細書には「目標」という用語がないためか、裁判所は「目標」という用語は使わずに「変化しない」金額であると述べたと思われる。
この裁判例から、「所望」という文言を用いても直ちに不明確とはならないことが分かる。
ただし、本件の場合は、以下のように[ ]内の文言はなくても十分に発明を特定できるような気がする。
D 前記パラメータ及び前記t台、前記購入額、前記販売額、前記賃貸費、前記貸主の損益、並びに前記投資家の損益の組合せを変化させて、前記購入販売額演算部、前記賃貸費演算部、及び前記損益演算部の各処理を繰り返し実行させ、その実行結果に基づいて、[前記貸主の損益額が、前記投資家の所望する金額となるように、]前記ファンドの商品の内容を決定する商品最適化部と、
逆にいえば、その程度の要件だから「所望」があっても不明確ではなかったともいえる。