2024年7月27日土曜日

[裁判例]先使用権についての裁判例(知財高裁令和3年(ネ)10086号)

 パナソニックが遠藤照明を特許権侵害で訴えた事件の控訴審である。ここでは先使用権の判断を取り上げる。
 特許はLEDランプに関する発明である。LEDランプの中には複数のLEDチップが内蔵されている。LEDは放射角が比較的狭いので筐体を透過するLEDの光の輝度差が生じ、ユーザに光の粒々感を与えるという問題があった。
 これを解決するために、特許発明ではLEDチップの間隔x(mm)とLEDの輝度分布の半値幅y(mm)の関係を規定したことがポイントである。(半値幅yは輝度が半分になる幅) 具体的には、以下の関係を満たす。
1.09x≦y≦1.49x
この式は変形すると、下記のようになる。
1.09≦(y/x)≦1.49

 先使用に係る製品(403W製品)はy/x値が概ね1.27~1.40程度であった。
 したがって、特許発明の1.09≦(y/x)≦1.49のうち、1.27~1.40程度については403Wの実施形式であり先使用権を有する。
 裁判所は、以下のとおり、y/x値が1.1~1.7を超える範囲まで先使用権を有すると判断した。

(裁判所の判断)
(イ) また、先使用権に係る実施品である403W製品は、本件優先日前において公然実施されていた402W製品とシリーズ品を構成する(乙35)から、被控訴人402W製品と極めて関連性が高い公然実施品である。 
 そして、403W製品は、402W製品と共通のカバー部材を採用しつつ(乙315)、402W製品と比べると、LEDの個数を減らしつつも「粒々感の解消」を図った超エコノミータイプとの位置づけであった(乙297)。すなわち、403W製品は、402W製品との比較でいえば、y値(半値幅)を固定して、x値(LEDチップの配列ピッチ)を工夫しつつ、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えている(所定の輝度均斉度を得ている)ものと理解できる(乙35)。 
 ここで、証拠(乙317)によると、カナデンに納品された402W製品のy/x値は1.7程度であり、その余の402W製品のy/x値は更に大きいこと(乙77では1.89)が認められる。 
 また、証拠(乙90、207)によると、平成23年6月に被控訴人が発売した「THF72L」や「LEDZ TUBEシリーズ(RAD-402など)」は、粒々感のない光源の実現のため、所定の明るさにする制約からX値が決まり、電源内蔵型LED(型番RAD)では、電源を内蔵するためLEDとカバー部材の間隔を大きく取れない制約があるため、数種類のカバー部材を用意して粒々感を目視評価して、カバーを選定していたものであり、LEDZ LシリーズSLIM TUBE MODULE」は、x値16mm、y値26.2mm y/x値1.64であったことが認められる。 
 以上のことを踏まえると、403W製品に具現化された発明であるy/x値が1.4を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲は、被控訴人においてx値を適宜調整することで実現していた範囲であって自己のものとして支配していた範囲であるといえる。 
(ウ) さらに、本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。 
 そこで、本件優先日1当時の技術水準や技術常識等についてみると、前記認定のとおり、輝度均斉度が85%程度を上回ることで粒々感に対処できることが周知技術(乙402、甲31)であったこと、y/x値が1.208~1.278程度のクラーテ製品②が、本件優先日1前に公然実施されていたこと、403W製品は、402W製品と比較して、LEDの個数を減らす設計によるものであって、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えることができる範囲内でx値を402W製品より大きくし、y/x値を輝度均斉度が85%程度となる1.1程度まで小さくすることは、402W製品を起点とした403W製品の設計に至る間の延長線上にあるといえる。以上のことからすると、y/x値が1.27~1.1を満たす製品を設計することは、403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式というべきである。 
(エ) まとめ 
 以上のとおり、被控訴人403W製品に具現されたy/x値との同一の範囲は、1.27~1.40と認定でき、また、被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。

(コメント)
(イ)では、y/x値が1.40より大きい範囲について判示している。すなわち、403W製品と極めて関連性の高い402W製品において「粒々感の解消」を図っていたこと、そのy/x値が1.7程度かそれ以上であったことを根拠としている。402W製品のy/x値が実際に1.7程度かそれ以上であったということなので、被控訴人が先使用権を有するという結論は受け入れやすい。
(ウ)では、y/x値が1.27より小さい範囲について判示している。
①粒々感を抑えることは当業者に知られた課題であって試行錯誤を通じて製品化されていた
②y/x値が1.208~1.278程度の公然実施品が存在した
③403W製品はLEDの個数を減らす設計(=間隔xは大きくなる)で、y/x値が1.1程度(←輝度均斎度から導かれる値)まで小さくすることは403Wの設計の延長線上である

ということを根拠として、y/x=1.1までは403W製品によって具現化された発明と同一性を失わないと判断した。
 先使用にかかる403W製品の範囲は1.27~1.40程度であり、先使用品の実施形式は1.27~1.40程度である。しかし、LEDの数を減らすという403W製品の設計方針にしたがってLEDの数を減らしていけばy/x=1.1には想到するのであるから確かに403Wの設計の延長線上だと思う。よって、実施形式に具現化された発明に、y/x=1.1まで含めることには納得感があった。
 もう少し一般化すると、先使用品の構成に対し、技術常識や先使用品の設計思想を考慮すると当然行われ得る改変の範囲までは先使用の範囲ということになるだろうか。



 

2024年3月17日日曜日

[裁判例]【補足】システムを装置に変えることは容易か(令和3年(行ケ)10027号)

 2022年12月29日の投稿で、タイトル記載の裁判例(審決取消訴訟)でシステムを装置に変えることに進歩性が認められたことを報告した。その中で、同日に出された侵害訴訟の判決では、同じ引例を理由に、新規性なしと判断されたことに非常に驚いたとコメントした。

 この件について、今月号のパテントに高石秀樹弁護士が投稿しており、2つの判決には矛盾はないと述べているので紹介する。詳しくは、パテント2024年3月号の「同一特許、同一引用文献で、同日同ヵ部の知財高裁判決(審決取消訴訟と侵害訴訟)における新規性判断が分かれ、また、訂正の再抗弁が時機後れ却下された事例」(弁護士 高石秀樹)を参照されたい。

 2つの裁判の結論が異なったのは、以下の理由からである。
 
・審決取消訴訟
 審決は、本件発明の「情報処理装置」は単独であるのに対し、主引用発明の「学習・生活支援システム1」は複数の装置を含むから両者は相違すると判断し、新規性を認めた。
 審決取消訴訟は、(審決の適法性が審理対象であるため)裁判所は審決の認定について判断し、誤りはないとした。

・侵害訴訟
 被告は、学習・生活支援システム1に含まれる「学習・生活支援サーバ」が本発明の「情報提供装置」に該当すると主張し、裁判所は新規性なしと判断した。

 以上のように、主引用発明の認定(引用文献からどのような発明を主引用発明とするか)についての被告の主張が両判決では異なっていたため、結論が変わったというわけである。




2024年1月25日木曜日

[裁判例]阻害要因の主張を認めなかった例

 拒絶審決に対する審決取消訴訟である。対象の発明は、紙のような印刷媒体であるかのような印象を与える表示装置に関する。引用発明もまた紙の光学特性を模倣するための表示装置であり、審決は2つの相違点を認定した。このうち、相違点2は以下のとおりである。

【相違点2】 
 本件補正発明では、「前記印刷表示媒体の外光に対する拡散反射光を再現する場合の画素の輝度は、前記光センサで検出された照度を用いて、画素の輝度=拡散反射率×照度/πの計算式に基づき設定される」のに対して、
 引用発明では、測定された周囲光の照度に基づいて決定された、表示画素のRGBサブ画素の最大輝度値及び最小輝度値を参照して、表示画素のそれぞれのサブ画素に関連付けられた画像データのRGB色値をスケーリングし、画像データのスケーリングされたRGB色値は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最小輝度を維持するように、ディスプレーのためのプリセット値で補償される点。 

 本件補正発明では、光センサで検出した照度を用いて画素の輝度を決めている。これは、紙の印刷媒体の場合、自ら発光するわけではないので、その明るさは周囲の明るさに拠る。本件補正発明の構成要件はこのことを述べている。これに対し引用発明は、RGB値を最小輝度を維持するように補償する構成である。実は、この相違点の認定が問題なような気がするが、それは裁判所を判断を読んでいただけると分かる。
 審決は、この相違点2は技術常識に照らして設計事項にすぎないと判断した。引用発明は、光学特性を模倣するための表示装置だから、「光センサー」で「検出」された「照度値」と放射輝度の関係を、「印刷物」を反射面としたときの「周囲光」の照度と反射光の輝度の関係に一致させるようにすることは、当然というわけである。
 
 これに対し、原告は、次のとおり阻害要因を主張した。
「引用文献1に記載された発明は、周囲光が暗すぎる場合のユーザの視認性を考慮するなどして、発光輝度を、周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持し、かつ、周囲光の照度が高まるにつれて発光輝度が発散傾向で増大するような制御をしている。このような引用発明において、『「光センサー」で検出された「照度値」と放射輝度が比例関係』となるような構成を採用すると、引用発明に記載された目的に反するものとなるため、阻害要因があるといえる。 」

[裁判所の判断]
ウ 以上の記載に照らすと、引用文献1に記載されている発明は、表示装置と紙の発光の仕組みの違いを踏まえつつ、表示装置においても印刷物のような自然な画像品質を提供することを目的として、これを実現するため、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性を用いて、紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣しようとするものと認められる(本件審決が認定する引用発明の第1段落部分参照)。 
 このような引用発明において、紙の光学特性(紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にある)を用いて、表示装置の表示における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射光とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること、すなわち技術常識3を適用することは、ごく自然なものというべきである。 
 引用文献1には、原告らの主張するとおり、最低輝度の維持制御技術の開示があり(上記イ(ウ))、本件審決はこれを引用発明の構成要素として認定している(本件審決の認定に係る引用発明の第3段落部分)。しかし、引用文献1の記載事項全体を踏まえてみれば、最低輝度の維持制御技術の位置づけは、「一実施形態」であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない。上記イ(エ)の記載(「・・・してもよい」)も、これを裏付けるものである。 
 また、最低輝度の維持制御技術は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに初めて発動されるものであって、それ以外の条件下においては、照度輝度比例構成と矛盾・抵触するものではなく、むしろこれを前提とするものといえる。すなわち、最低輝度の維持制御技術と照度輝度比例構成とは、技術思想としては両立・並存するものということができ、引用発明が最低輝度の維持制御技術を有するものであるとしても、照度輝度比例構成の採用を必然的に否定するような関係にはない。 
 以上の検討を踏まえると、引用発明に含まれる最低輝度の維持制御技術は、引用発明と技術常識3を組み合わせる阻害要因になるものではないというべきである。 


 一実施形態の構成を捉えて阻害要因を主張しても、それが引用発明の本来の目的との関係で必須でないならば、阻害要因の主張は成り立たない。この判示は納得のいくものである。裁判所が判示するとおり、技術思想としては両立するからである。



2024年1月10日水曜日

[裁判例]動機付けがないとして組合せを否定した例(令和4年(行ケ)第10112号)

 発明の名称を「有料自動機の制御システム」とする特許にかかる無効審判の審決取消訴訟である。有料自動機というのは具体的にコインランドリーのことであり、発明はその制御システムである。
 発明の課題は、多数の有料自動機が複数箇所に分散して設置されている場合であっても各設置場所を巡回することなく有料自動機の動作状態を容易に確認することが可能な有料自動機の制御システムを提供することであり、以下の構成を有する。少し長いが、全体を見てほしい。

【請求項1】
A 複数のランドリー装置の各々に対応して配置されるICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置と前記複数のランドリー装置の稼働状況に関する情報を集める管理サーバとからなるランドリー装置の制御システムであって、 
B 複数のランドリー装置の各々は、現金を投入する現金投入部、前記現金投入部への現金の投入を検知して現金投入の検知信号を出力する現金投入検知部、および、前記現金投入の検知信号の入力に応じてランドリー装置の動作を制御するランドリー装置制御部を有し、 
C 前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置は、前記ICカードリーダー/ライタ部が読み取った情報に基づき前記検知信号と同じ信号を前記ランドリー装置制御部に送出し、接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を生成し、かつ出力し、 
D 前記ランドリー装置制御部は、対応して配置されているICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置より出力された前記現金投入の検知信号と同じ信号の入力に応じて前記ランドリー装置を制御し、 
E 前記管理サーバは、前記ICカードリーダー/ライタ部と通信部とを有する装置が出力した前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報を用いて、前記複数のランドリー装置の各々が運転中か否かを示す運転情報を作成し、前記運転情報を前記管理サーバに電気通信回線を介して接続された表示装置を有する端末に提供することを特徴とするランドリー装置の制御システム。 

 基本的には、ランドリー装置の稼働状況を管理サーバに集め、通信回線を介して端末に運転情報を提供するということを規定している。発明の課題とどういう関係があるのかやや不明である(と感じるのは筆者だけか?末尾のコメントに続く。)が、ランドリー装置はICカードリーダー/ライタ部を備えている。
 ICカードリーダー/ライタ部はポイントカードへのリードライトを行う装置であり、現金が使われたときはポイントを貯め、ポイントが使われたときには、現金の場合と同様にランドリー装置を制御する(構成要件D)。

[引用発明と相違点]
 引用発明は、本件発明と同じくコインランドリー等で用いられる商品販売役務提供システムに関し、商品又は役務の提供を受ける顧客の利用状況に応じて、これらの提供対価を調整できるようにすると共に、商品販売及び役務提供に関する販売促進を支援できるようにした発明である。
 具体的には、カードリーダライタにパソコンが接続されており、カード毎に記録された使用日時、利用金額、利用時間幅が集計される。また、現金利用者の使用日時、利用金額の集計も行い、提供対価を増減するように調整することも行う。なお、引用発明は、複数の店舗のパソコンをつなぐ中央指揮パソコンを備え、任意のコインランドリー支援システムの稼働実績情報をほぼ瞬時に取得できる。



 本件発明と引用発明との相違点はいくつかあるが、裁判所が進歩性について判断したのは下記の相違点である。

(相違点1-3)
 本件発明1のカードRW通信装置は、ランドリー装置の情報として「接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報」を「生成」かつ「出力」するものであるのに対し、引用発明1のカードRW通信装置は、ランドリー装置の情報として「接続されている前記ランドリー装置が運転中であるか否かを示す情報」を「生成」して「出力」するものでない点。 

[裁判所の判断] 
 (2) 相違点1-3の容易想到性について 
 前記2(1)イのとおり、引用発明1の課題は、顧客の利用状況に応じて提供対価を調整できるようにすると共に、商品販売及び役務提供に関する販売促進を支援できるようにしたシステムを提供することであり、販売促進を図るための利用状況の集計データを得ることが目的であるといえ、「運転中であるか否かを示す情報」をカードリードライターからパソコンに出力することは、甲3(注:甲3は引用発明1の文献)に記載も示唆もされていない。 
 また、「運転中であるか否かを示す情報」は「顧客の利用状況に応じて提供対価を調整する」ことや「販売促進」と直接関係しない情報であるから、引用発明1において「運転中であるか否かを示す情報」を「カードリードライター」で生成しかつ出力する構成に変更する動機付けがあるとはいえない。 
 そうすると、甲3において相違点1-3に係る構成とすることを示唆する記載もなく、このような構成に変更する動機付けがあるとはいえない以上、甲20~24の技術を考慮したとしても、当業者において、相違点1-3に係る構成とすることが容易に想到し得たとはいえない。 
 したがって、引用発明1において相違点1-3に係る構成とすることは容易に想到し得たことではないとした本件審決の判断に誤りはない。 

 原告は、「(イ)過去の情報を取得することとそれに加えて現在の情報を取得することは全く矛盾しないから、引用発明1に甲20~24の技術を組み合わせることについて、甲3の記載に阻害されることはない」等と主張したが、裁判所は、次のように取り合わなかった。

 前記(2)のとおり、「運転中であるか否かを示す情報」を「カードリードライター」で生成し出力することと、販売促進を図るための利用状況の集計データを得ることとは直接関係するものではないから、上記(ア)~(エ)の点は、引用発明1において相違点1-3に係る構成に変更する動機付けがないとの判断を左右するものではない。原告の上記主張は採用できない。

[コメント]
 甲20~24も示されているが、直感的にも、コインランドリーの稼働状況を収集して公開するのは周知である。コインランドリーに行くなら空きがあるときにしたい。
 副引例に係る技術事項がいくら周知であっても、主引用発明の目的、課題に整合しない場合には、主引用発明との組み合わせが認められないことがある。いわゆる阻害事由、阻害要因がある場合である。
 しかし、本件は阻害要因のケースとは異なる。主引用発明と直接関係しないという理由で副引例の動機付けを否定し、進歩性を認めている。
 最初に書いたが、本件発明自体、動作状態を容易に確認するという課題を解決するための稼働状況を収集する構成に対してICカードリーダ/ライタ部の構成は関連性がよくわからないし、寄せ集め感がある。
 本件の判示によれば、寄せ集めの発明であればあるほど、例えばAという構成とBという構成とは直接関係するものではないという理由で、AとBの寄せ集めに進歩性が認められることになってしまわないだろうか。



2023年10月16日月曜日

[米国]IPRにおけるクレーム解釈、Claim Preclusionの法理

備忘メモ: 日本ライセンス協会のワーキンググループでの学び

・IPRにおけるクレーム解釈
 IPRが請求されるとPTABは、請求人の主張が認められる合理的な可能性があるかどうかを判断し、可能性ありの場合に審理開始の決定を行う(米国特許法314条(a))。
 この際のクレーム解釈と異なるクレーム解釈で最終判断をする場合には、PTABは当事者に反論の機会を与えなければならない。
Axonics, Inc. v. Medtronic Inc., Nos. 2022-1532, 1533 (Aug. 7, 2023)

・Claim Preclusionの法理
 前の訴訟の内容は蒸し返してはいけないという法理。
 Claim Preclusionに該当するための要件
 ①同一当事者またはその利害関係人が先の訴訟に関与していた
 ②先の訴訟が後の訴訟と同一請求である
 ③先の訴訟が本案に関する終局判決によって終結した

 ②の要件に関し、先の訴訟で主張できたのに主張しなかった場合にもClaim Preclusionの要件に該当する。日本の裁判実務とはだいぶ異なる。
 例えば、先の訴訟の時点ですでに訴訟物と同等の別の製品が販売されていることを知っていたのに訴訟物に加えていなかった場合、Claim Preclusionの法理により後続訴訟は排除される。

 



2023年10月3日火曜日

[裁判例]永久磁石の樹脂封止方法事件(令和3年(行ケ)10152号)

 特許が有効であるとした無効審判の審決に対する審決取消訴訟である。無効理由は、分割要件違反を前提とする新規性・進歩性欠如、分割要件を前提としない進歩性欠如、補正要件違反、サポート要件違反、明確性違反と多岐にわたるが、特許庁はすべての理由が成り立たないとした。裁判所はサポート要件についてのみ判断した。
 特許は、複数の鉄心片が積層された回転子積層鉄心に形成された複数の磁石孔に永久磁石を挿入し樹脂で封止する方法に関する発明である。

【請求項1】 (符号は筆者が追加した)
 複数枚の鉄心片が積層された回転子積層鉄心(12)の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔(13)に前記永久磁石(14)を樹脂封止する方法において、 
 前記回転子積層鉄心(12)を、上型(21)及び下型(17)の間に配置して、前記上型(21)及び前記下型(17)同士が当接することなく、前記下型(17)及び前記上型(21)で前記回転子積層鉄心(12)を押圧し、前記回転子積層鉄心(12)の前記磁石挿入孔(13)に前記永久磁石(14)を樹脂封止(15)することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。 


(裁判所の判断)
 裁判所は、まず、大合議事件(平成17年(行ケ)10042号)の判示に倣って以下のように一般論を述べた。
「(1) 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。」

 裁判所は、本事案について以下のように判断した。
「 (4) 本件発明についてのサポート要件の検討 
ア 従来技術の問題2を解決するための手段として、本件発明1は、前記2(2)アのとおり、回転子積層鉄心を押圧する際の上型及び下型に対する回転子積層鉄心の配置及び上型と下型との位置関係又は状態を特定する発明であるのに対し、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は、前記2(3)ウのとおり「回転子積層鉄心12の下面25が当接する矩形板状のトレイ部26と、トレイ部26の中心部に立設され、回転子積層鉄心12の軸孔11に嵌入する直径固定型で棒状のガイド部材27とを有している搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を下型17上に搬送し」、「搬送トレイ16を回転子積層鉄心12と共に、下型17から取り外し、回転子積層鉄心12が搬送トレイ16から取り外される」ものであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると、搬送トレイを不可欠の構成としているものと解される。そうすると、本件発明1には、回転子積層鉄心を搭載する搬送トレイを含む構成の発明だけでなく、この搬送トレイを含まない構成の発明も含まれており、搬送トレイを構成に含まない特許請求の範囲の記載を前提にした場合、上記発明の詳細な説明の記載から、当業者が、積層鉄心を下型の有底穴部に嵌挿し、加熱後、積層鉄心を下型の有底穴部から取り出す作業は、人手又は機械によっても、時間を要するもので、作業性が極めて悪いこと(従来技術の問題2)を解決して、生産性及び作業性に優れており、安価に作業ができる永久磁石の樹脂封止方法を提供するという本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえない。


 裁判所が言っていることは、発明の詳細な説明によれば、作業性が悪いという課題を解決するためには、搬送トレイが必須であるにもかかわらず、特許請求の範囲からは搬送トレイの構成が省かれているため、請求項に係る発明は課題を解決することができない、ということである。つまり、本件は、審査基準でサポート要件違反の類型として挙げられている「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合」である。
 このような場合、請求項の構成では課題を解決できないので、「特許請求の範囲に記載された発明が、・・当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のもの」ではないと判断されることになる。






2023年9月21日木曜日

AI特許、審査体制4倍(日本経済新聞9月21日)


 AIに関する審査官を10人から40人に増員するとのこと。ここまで一気に増やすとは驚きである。ただし、ロボットやバイオ等に1人ずつ配置する、各審査室の優秀な審査官を研修するとのことなので、特定の審査官にAI関連の知識をつけてもらうということのようだ。
 
 2023年度中にAI関連出願の知見を整理した審査事例を公表するとのことなので、こちらは楽しみである。





[裁判例]先使用権についての裁判例(知財高裁令和3年(ネ)10086号)

 パナソニックが遠藤照明を特許権侵害で訴えた事件の控訴審である。ここでは先使用権の判断を取り上げる。  特許はLEDランプに関する発明である。LEDランプの中には複数のLEDチップが内蔵されている。LEDは放射角が比較的狭いので筐体を透過するLEDの光の輝度差が生じ、ユーザに光の...