1 除くクレームについて
特許実務において、引用文献と差別化を図るために、構成要件の一部を除くことが行われることがある。新たな技術的事項を導入しないものである場合には構成要件の一部を除くことが認められるが(ソルダーレジスト大合議事件(平成18年(行ケ)第10563号))、逆に言えば、先行技術と技術的思想が共通する場合は、「除くクレーム」による補正をしても、進歩性の要件を満たすことは困難である。
除くクレームを用いた発明について判断した裁判例を紹介する。「愛玩動物マッチングシステム」という名称の発明について、拒絶審決に対する審決取消しを求めた事件である。
【請求項1】
譲受人がインターネットを介して愛玩動物を閲覧する閲覧手段と、
譲受人が引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)及び日時を予約する予約手段と、
引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)までの愛玩動物の輸送を手配する輸送調整手段とを有し、
譲受人が指定した引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)及び日時に基づいて、愛玩動物の健康診断を手配する健康診断調整手段をさらに備える
ことを特徴とする愛玩動物マッチングシステム。
(原告の主張)
引用文献1は、犬や猫等の動物の譲渡を行いやすくする譲渡支援システムの発明を開示している。引用文献1では、生体販売業界の現状として、ブリーダーによる直接販売には、①対面販売違反の疑い、②飼育に対する十分な説明が困難、③アフターフォローが不十分、などの問題があることが指摘されており(【0019】~【0024】)、引用発明は、既存の生体流通経路を利用せず、ブリーダーからの直販スタイルでありながら、生体を引き渡す場所を動物病院(獣医師)とすることで現状の課題を解決する一つの方策を提示したい、との発明者の思いから発明の着想に至ったものである(【0025】)との記載がある。
このような記載があることから、原告は、引用発明は、適切な情報を新規飼主に伝達し、かかりつけ病院と生体情報を紐付けて、生体管理の徹底とマイクロチップ番号の適切な登録等を行うことを可能にすることで、上記②及び③の問題を解決する効果をもたらすものであり、このような効果をもたらすためには、動物の引き渡し場所を獣医師又は動物病院とすることが必須となると主張している。これに対し、本願発明は、「(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)」と規定されている。引用発明において動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除くことには阻害要因があり、新規性・進歩性を有しているというのが原告のロジックである。
(裁判所の判断)
イ 引用文献1の【0006】は、「発明が解決しようとする課題」として、里親希望者が譲渡する動物を登録した動物病院までその動物を引き取りに行かねばならず、これがマッチングの成立を阻む要因となっていたことを挙げているが、この要因の除去は、引き渡しの場所を「譲渡する動物を登録した動物病院」以外の場所に変更することによっても可能であるといえる。また、【0006】には、動物の個体管理の技術が動物と譲受希望者とのマッチングに活用されていなかったことも、発明が解決しようとする課題として挙げるが、この課題の解決は引き渡し場所とは関係がない。したがって、引用文献1の【0006】の記載から、引用発明の動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとはいえない。
イ そこで、予約手段における「引き渡し場所」に関する相違が、本件審決認定の相違点1で述べられるとおり、本願発明では「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものであるのに対し、引用発明では「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものでないことにあることを前提に、その点の容易想到性について検討する。
・・・また、引用発明において、引き渡し場所を、特段限定のない引き渡し場所から、「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」引き渡し場所に変更することによって、システムの大きな設計変更が必要になるとは認められない。
そして、本願明細書等には、引き渡し場所から「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ことによって得られる効果について何ら記載されておらず(前記1⑶イ)、本願発明において、引き渡し場所から「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものとした構成によって得られる効果が、当業者が予測することのできる範囲を超えた顕著なものであるとは認められない。
したがって、引用発明の、特段の限定のない引き渡し場所を、「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」場所に変更することは、当業者であれば容易に想到し得たものである。そうすると、本件審決の、予約手段における「引き渡し場所」についての容易想到性の判断に誤りはない。
(コメント)
除くクレームが有効なのは、引用発明の本質的な構成を除く場合である。つまり、本質的な構成を備えないようにすることは阻害要因があるので、引用発明から容易想到ではないということになる。本裁判例では、引用発明は、動物病院及び獣医師が立ち会う場所で引き渡しを行うことが必須ではないと認定され、進歩性が否定された。引用発明の認定で勝負がついたのであり、除くクレーム自体が否定されたわけではない。
なお、本裁判例で興味深かったのは、引用発明の認定において引用発明の着想に至った経緯を、引用発明の構成から分離して検討している点である。
「引用文献1の【0025】には、「本願の発明者らは、・・・生体を引き渡す場を動物病院(獣医師)とすることで現状の課題を解決する一つの方策を提示したい、という思いから本願発明の着想に至った。」との記載があるが、一つの方策を提示する着想に至るまでの発明者の心情に関して記載したものにすぎず、引用文献1に記載された発明の具体的な構成を特定した記載とは認められないから、【0025】の記載から、引用発明における動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとは解されない。」
